人形
三題噺もどき―よんひゃくよんじゅういち。
窓を叩く音がリビングを満たす。
ようやく晴れが続いたと思えば、すぐに空は暗く重くなる。
ここ数ヶ月、一週間と晴れが続いたことがない気がする。
酷い時は一日晴れて次の日は雨、その次も雨、ようやく晴れと思えば昼には雨。
「……」
こうも天候が荒れていると、気分も荒れてしまって仕方ない。
それでも、先月の末から今月頭までは、支えがあったのでそうでもなかったのだが。
あまり長くは保たなかったらしい。
「……」
昨日の昼辺りから天気がおかしくなり、気分もおかしくなり。
今朝に至っては動けずにベッドで数時間をつぶしてしまい。
なんとか動いてリビングにきたはいいものの、何もできずにソファに座っている。
カーテンは開けた記憶がないが、昨夜閉めるのを忘れでもしたんだろう。
「……」
頭がやけに重い。
喉が渇いてきた。
何か飲みたいが動くのも面倒。
「……」
視界の隅で時計の針が動くのを見送ることしかできない。
雨音が鼓膜を叩くたびに、やかましいと思ってしまう。
時折軋む椅子の音が悲鳴のように聞こえる。
「……」
久しぶりに操り人形にでも戻った気分だ。
電池がある限り生き続ける自動人形とちがって、他人の支持がないと生きられない操り人形。操る糸があって、動かす意図があってこその操り人形。
指示がなければ、何もできず、立ちすくむだけの人形。
「……」
周りの空気に流されて。
周りの意見が絶対で。
他人に操られて。
他人のいいように使われて。
「……」
自分の意思などなくて。
自分なんてものはなくて。
「……」
周りに頼ることに中毒になっていって。
それがなければ生きている価値もないと。
死んでいるも同然だと言い聞かせて。
常に他人ありきで自分ができていて。
「……」
操る人間がいなければ、立つこともできない。
中身は空っぽの癖に、その空洞が嫌に小さい。
すぐに限界を迎えては、使い物にならなくなる。
それでも操られてしまえば、そう動くことしかできない。
「……」
いっそのこと、操り手でもいればいいのに。
なんてことは思いたくもないのだけど。
こうも思考が偏るのなら、そうした方が生きやすいのかもしれないとは。
思っても仕方ないと言ってほしい。
「……」
自分では出来ないから。
すぐにこうして他人に求める。
「……」
よくはないと分かっている。
だからこうして、たまに意図が切れたように使い物にならなくなる。
そうならないようにしていても。こうならない日が続いても。
「……」
あぁ、しかし。
喉が渇いてきた。
頭が痛み出した。
体が重くて仕方ない。
「……」
喉が渇いたのは、自分の意思だ。
私は意志がない人形とは違う。
まだ動ける。
「……」
そう言い聞かせて。
重たい体に鞭打って。
軋む椅子に苛立ちながら。
「……」
そういえば、先日置いて行かれたりんごジュースが冷蔵庫に入っている気がする。
小さな、甥っ子が飲みたいと言って買った三個入りのジュース。
あまりりんごは好きではないが。
「……」
喉が渇いたのは自分の意思。
ここまで来たのも自分の意思。
あまり好きではないりんごジュースを飲むのも自分の意思。
「……」
言い聞かせて。
言い聞かせて。
言い聞かせて。
「……」
操り人形から脱する。
お題:操り人形・りんごジュース・中毒