人見知りの女の子に『イマジナリーフレンドだよ』って言ったら懐かれた
長文のところはオタク特有の早口です。
やべぇどうしよう。
「ひっぐ……ひっぐ……こないでぇ……」
俺さん、絶賛大ピンチ中。
先生に頼まれて数学の教材を倉庫に仕舞いに来たのだけれど、何故か入口の扉が開かなくなって閉じ込められてしまった。
それだけならまだ良い。
まだ昼間なので中から扉を叩いて叫べば誰かが気付いて助けに来てくれるだろう。
問題はこの小さな倉庫の中に閉じ込められたのは俺だけでは無いという事だ。
倉庫の隅で一人の少女がプルプル震えながら涙目で怯えている。
「いや……いやぁ……」
傍から見たら事案じゃねーか!
しかも電気が壊れていてかなり暗いからやましいことしている雰囲気が半端ない。
助けに来てくれた人にこんなとこを見られたら何を勘違いされるか分かったものじゃない。
確実に職員会議にかけられる展開だ。
俺は無実だ!
つーか、なんでこの子はこの倉庫の中にいるんだよ。
鍵がかかっていたはずなんだが。
とりあえず事情を聞くために一歩前に出た。
「あの……」
「ぴいっ!」
ははん、これはアレだな。
これ以上近づいたら悲鳴あげられて俺の人生が詰むパティーンだ。
はっはっは、チクショウ!
「(いくら古和さんだからって、ここまでビビられると流石にショックだな)」
古和さんは去年一緒のクラスだった女子だ。
小柄で童顔なので、大きなアレが無ければ決して高校生には見えない。
彼女はあまりの人見知りで常に小動物のようにプルプル震えており、友達はおろかクラスメイトとまともに話が出来たところを見たことが無い。
授業中に先生に指された時に教室から逃げ出した逸話がある。
そんな彼女を何故か追い詰めている。
「ぐすん……ぐすん……」
考えろ。
考えるんだ。
どうにかして話を聞いてもらい、穏便にここから脱出する方法を。
俺の人生を終わらせないために!
「助けて……サムエル……」
サムエルって誰だよ!
飼ってるペットの名前か何かか。
いや待てよ、思い出した。
そういえば俺は一度だけ古和さんが誰かと話をしているのを見たことがある。
アレは確か放課後に空き教室の前を偶然通りかかった時のこと。
『もう、ロイドったら頭出し巻き卵なんだから』
『犯人は私!』
『なんでお母さんって狙ったかのような絶妙に悪いタイミングで話しかけて来るんだろうね』
奇妙な会話が気になった俺は中を覗いたが、そこには古和さんしか居なかった。
彼女は誰もいない空中に向かって話をしていたんだ。
怖くなった俺はそのことを忘れることにした。
もしかしたら彼女は俺達に見えないものが見えているのか。
いやいや、そんなファンタジーなんてありえない。
だとするとアレか。
悲しいやつか。
よし、試しにアレを演じてみようか。
くっそ恥ずかしいが、上手く行けば話が出来るかもしれない。
「何を怖がっているんだい」
「ぴいっ!」
俺はまず、古和さんに向かって自然に話しかけた。
当然怖がられるが、ここで怖気づいたら何も解決しない。
「そんなに怖がられるなんて悲しいよ。俺は君の友達じゃないか」
「!?」
もちろん友達じゃないが。
挨拶すらしたことないが。
古和さんは驚いた様子だが、すぐに首をブンブンと横に振って否定をした。
「そんな、君と俺はいつもあんなに楽しくお話していたじゃないか」
「ふぇ?」
くっくっくっ、いいぞ、もっと俺に興味を抱け。
そして俺がアレだと信じるんだ!
「まだ分からないかい。俺は君の想像が生み出した存在だよ」
「!?」
いわゆるイマジナリーフレンドってやつだ。
普通ならこんなこと言うやつはヤベー奴だと思われても仕方ないが、古和さんの場合は本当にイマジナリーフレンドがいる可能性がある。
もしそうなら良くも悪くもここで食いついてくれるはずだ。
「わ、わわ、私のエミルくんはもっとイケメンです!」
フィーーーッシュ!
信じてはくれてないみたいだけれど、会話のきっかけにはなったぞ。
しかしイケメンじゃないと言われているようでちょっとムカつくな。
少し仕返ししてやろう。
「残念ながら君の想像力の限界でこの形をとらざるを得なかったのさ」
くっくっくっ、想像力が貧困だとディスってやったぜ。
「そんな……よりにもよって渡部クンだなんて……」
こいつやっぱり泣かせてやりてぇ。
俺の姿がそんなに嫌なのかよ。
チクショウ!
「でもやっぱり信じられません。クラウドはそんな話し方をしないし、私のことだって名前で呼んでくれます!」
エミルじゃねーのかよ。
統一しろよ。
しかし、やはり違和感を抱かれてしまったか。
自分が想い描いてたイマジナリーフレンドの姿と全く違うのだから当然だ。
「まだ存在が曖昧なのさ。伊予がもっと強く想像してくれれば君が望む通りの俺に近づくだろう」
違和感は全部彼女の想像力不足ってことで押し通してやる。
しかし名前を覚えていて助かったな
いくらなんでも自分のイマジナリーフレンドが自分の名前を憶えていないのは違和感以前の問題だったからな。
「もし貴方が本当にまさし君なら、『炭火焼肉戦隊ケムインジャーの焼肉ブルーの決め台詞』を答えて下さい!」
まさし!
外国人じゃなかったのかよ!
しかも俺が本当にイマジナリーフレンドかどうかを確かめるために探ってきやがった。
いいだろう、そのリクエストに応えてやんよ。
「ネギタン塩のネギが落ちちゃうううう!」
「!?」
まさか古和さんも『炭火焼肉戦隊ケムインジャ―』を知っているとは驚きだぜ。
『炭火焼肉ケムインジャ―』は数年前に放送されていた深夜のバラエティ番組の一コーナー。
戦隊物をモチーフにした一発ネタのコントで放送は一回っきり。
パロディとしてもコントとしても全く面白くないため話題にもならずに消えたコーナーなのだが、俺はこういうクソみたいにつまらないバラエテイが好きだったから印象に残っていたんだ。
決して戦隊ピンクの人が元AV女優で胸が大きかったから覚えていたわけではないぞ。
「そ、それじゃあ『さぁ選ぶが良い。世界とエミリア、お前が望む方を救ってやろう』の正しい答えは!?」
おいおい、これってアニメ『鈍感勇者ジャスティスファンタジア』のクライマックスのシーンじゃねーか。
しかも『正しい答え』を知っているなんて。
「決まっている、世界だ!」
「!?」
『鈍感勇者ジャスティスファンタジア』はまごうこと無きクソアニメだ。
タイトル通りに主人公が鈍感であるためヒロインのアプローチに気付かずやきもきする、のは全然問題ない。
問題はクソ作画、棒読み声優、クソ脚本とクソアニメ要素が全て詰まった駄作だということだ。
しかもラスボスが大地震を起こして世界を滅ぼそうとした展開なのに現実世界で大地震が起きてしまい放送休止になった上、製作スケジュールがカツカツで最後まで作られていなかったのとあまりの人気の無さの影響かそのまま続きが放送されることも円盤が発売されることも無く闇に葬られた作品だ。
しかしある時、休止になった幻の十話の展開がネット上にアップされて話題になった。
それがあまりにもクソ脚本らしい展開だったから多くの人が信じたが、その後元スタッフと思しき人物がよりクソな展開にする予定だったと暴露したことで、どちらが正しいのか白熱した議論が繰り広げられた。
今では元スタッフ(仮)の証言の方がシン・クソ脚本として認められている。
ちなみにシン・クソ脚本の方は世界とヒロインのどちらを選ぶかで主人公は全く迷わず世界を選び、ショックを受けたヒロインが闇落ちしてラスボスを取り込んで真のラスボスとなったけれども、これまた遠慮なく全力で滅ぼして笑顔で勝利宣言するという胸糞な話である。
説明が長いって?
『炭火焼肉ケムインジャ―』の時に少し説明したじゃないか。
俺はこういうクソみたいな話が大好きなんだ。
だから早口でまくしたてるオタクと化してしまうのさ。
決してヒロインの胸が大きくて触手で拘束されるシーンが好きだったわけじゃないぞ。
「そんな馬鹿な……まさか本当に?」
俺もびっくりだよ。
あのクソマイナーな話を両方知っている人にリアルで初めて会ったぞ。
「……」
おお、ついに古和さんが立ち上がった。
まだ小さく震えているけれど、ゆっくりと俺の方に歩いて来ている。
おっそ。
牛歩よりおっそ。
でもここで急かしてはダメだ。
もう少しで彼女と打ち解けられるかもしれないんだ。
そうなれば俺は変な目で見られることなくここから出られるだろう。
どれだけ待っただろうか。
彼女はついに俺の前まで移動した。
「私あなたのことが……」
ふぁっ!?
なんでいきなり告白展開になるんだよ。
俺ってイマジナリーフレンドだよな。
まさか古和さんの話し相手はイマジナリーラバーだったのか!?
いやまて、俺はこの展開を知っている。
小さな倉庫に閉じ込められた男女。
そして手を後ろで組み徐々に近づいて来るヒロイン。
そうだ、これはアレだ!
「殺してやりたいと思ってた!」
「殺してやりたいと思ってた!」
俺と古和さんは同時に相手のお腹に向けて刃物を突き刺すフリをした。
これは漫画『あなたへの想いが抑えきれないの』の超展開シーンだ。
物語当初からダダ甘なイチャラブ展開を続けていたのに、告白する瞬間にお互いを殺害してそのまま終わってしまったクソ漫画。
何がクソかって、伏線が全く張られていないからこうなることを誰も気付かず誰も望んでおらず、後付けで実は憎んでいたという事情を説明されてもこれまでのイチャラブなシーンが憎しみの裏返しにすらなっておらず全く納得出来ないところだ。
クソ作品スキーにとっては当然履修済み。
これで確信した。
やはり古和さんは俺と同じ嗜好の持ち主だ!
「きゃー!本当にシドー君だ!触れるぅううう!」
くっくっくっ、やったぞ。
ついに俺は古和さんと打ち解けた。
これまでの人見知りは何処に行ったのか、笑顔でペタペタ俺の体を触りまくってるぜ。
「ねぇねぇいつものアレやって。スナネコの鳴き真似」
スナネコだと!?
知らねーよ。
いや、確かクソつまんねぇお笑い芸人のコントでこのネタがあったな。
「すにゃ~すにゃ~」
「かわいい!」
正解だったのか良く分からん反応だが満足しているから良いか。
「ねぇねぇいつものアレやろうよ。あるあるネタの会話」
「家についた途端に雨がやむのって腹立つよな」
「でも我慢して待つとやまないんだよね」
「クソ、しかたない帰るか。ふぅ着いた。あ、やんだ」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
少し前の朝ドラの脚本があまりにもつまらなくて大炎上したんだが、炎上理由の一つに毎回必ずどうでも良いあるあるネタをぶっこんでくることがあった。
「ねぇねぇいつものアレやって。あの壁ドン」
「トンファー壁ドン!」
「あははは!トンファー意味無ーい!」
あまりにも普通につまらなすぎて炎上すらせずにひっそりと消えたコメディ映画の中のネタの一つだ。
どうやら俺は古和さんにイマジナリーフレンドとして認められて懐かれてしまったようだ。
だって遠慮なくガンガンぶっこんでくるもん。
人見知りな上に好みがここまで偏ってたらそりゃあ友達作るの難しいわな。
俺じゃないと対応できねーぞコレ。
さて、そろそろ落ち着いてもらってここから出ることを考えないと。
しかしどう切り出すか。
今の俺は触れるイマジナリーフレンドなんだよな。
別に出られなくても困らないよねって言われたらどうしよう。
などと俺がこれからのことを考えていた時の事だった。
「ちゅっ」
は?
今、俺の唇に柔らかいものが触れたような。
壁ドンしている俺に古和さんが顔を近づけたような。
いやいやまさか。
そんなわけないだろう。
古和さんならイマジナリーフレンド相手でも照れてキスなんて出来そうに無いじゃないか。
でも確かに感触はあった。
暗い倉庫内で入口から漏れ入る明かりを俺が遮っている形になっているので今の古和さんの表情は分からない。
……まさかマジでイマジナリーラバーだったのか。
妄想の相手に何度も何度もそういうことをしていたから実は慣れているとかそういうことなのか。
だとするとまずい。
古和さんにとって今の俺は全てを受け入れてくれる都合の良い彼氏であり、しかも密室で二人っきりの状態だ。
パサリと何かが床に落ちる音がした。
反射的に下を見ると、そこにはスカートが……
おいいいい!?
「ナニヲシテイルノカナ?」
動揺し過ぎてカタコトになってしまったじゃないか。
ちなみにもこれも政治家が質疑応答でボケて滑り大炎上した時のを参考に……って違う違う!
俺は慌てて古和さんに背を向けた。
しかし衣擦れの音が止まらない!
こいつまさか上も……!?
「ねぇねぇいつものアレやろう」
いつものアレとは一体。
俺は頭を必死に回転させたが、この状況に近いネタは何も思いつかなかった。
古和さんは俺の手を取り強引に俺を振り向かせようとする。
こいつ、なんて力だ!
古和さんは全裸では無かった。
だが制服を上下脱いで下着だけの姿になっていた。
「やっと見つけた」
見つけたって何?
俺、こんなの知らないよ。
目をつぶって必死に心を落ち着ける。
この状況をどうにかして打開する方法を考える。
だがチラっと見てしまった古和さんの下着姿が脳内から消えてくれず思考がまとまらない。
俺は古和さんの恋人じゃないからこんなのダメだ。
はっ、そうだ。
素直にそう言えば良いじゃないか。
「俺は古和さんの『友達』だから。『恋人』の方じゃないよ」
イマジナリーフレンドであってイマジナリーラバーでは無いと気付いてもらえれば、ひいてもらえるかもしれない。
だが甘かった。
いや、甘かったのはこの考えだけではない。
そもそも俺は最初から間違っていたのだ。
「知ってるよ。友哉君」
こいつ、俺の名前を呼びやがった。
エミルでもクラウドでもまさしでも無い、俺の名前を。
まさか最初から俺が本物だったと気付いていたのか!?
「私が話せる気が合う男の子なんて多分もう会えない」
俺が道化を演じてしまったせいで、古和さんと趣味嗜好が一致することが分かってしまった。
しかも懐かれる程度に話が出来ることも分かってしまった。
つまり古和さんにとって俺は世界で唯一、自分の事を理解してくれる男性。
もし古和さんが内弁慶で仲間と判断した相手にはガンガンいけるタイプだとしたら……
「もう逃がさないよ」
ひいいいい!
逃げろおおおお!
「変な真似したら悲鳴あげるよ」
なんて奴だ。
この状況で悲鳴をあげて助けが来たら、俺は退学どころか逮捕されちまう。
普段の人見知りで怖がりな様子を誰もが知っているからこそ、俺は誰からもか弱い女の子を襲った卑劣な男として扱われてしまう。
ぐっ、詰んでいるじゃねーか。
「友哉君にだって悪い話じゃないはず。だって友哉君ロリコンでしょ」
「ロリコンじゃねーし!」
俺がロリコンだったらとっくに陥落してるわ!
そりゃあ古和さんは俺と気が合いそうだし趣味も同じだし一緒に居たら楽しいかもしれん。
だが絶対にダメだ。
だって古和さん、俺以外の人と絶対に関わろうとせずに永遠に俺に依存しそうだもん。
家事も何もせずにひたすら家でゴロゴロするダメ人間な気配しかしないもん。
そんな人に寄生されたら俺の人生が終わってしまう!
「あれ、おかしいな。何度も私の方見てるからてっきりロリコンかと」
自分の容姿を卑屈に思わず武器として使ってやがる。
なんてやつだ。
「そうか分かった。おっぱい星人だ」
「ぐっ」
「ふふふ、いっぱいサービスするよ。ほら、ほら」
「く、来るなあああ」
「おっぱいからは逃げられない。観念しなさい」
それはクソつまらなくて興奮しないことで有名なAVの中で使われている決め台詞。
発売当時にブームだったパロディ物の一つとして……
うわ、最後まで説明させろ!
アーッ!
エロ落ちを止めると恋愛が始まらない代わりにじっくり恋を育む長編が出来ます(やらない)