85 潜伏1
遠くに見えたとはいえすぐに街には近づかなかった。暗くなってから目立たないように入るのだろう。
乗っているだけだがほぼ一日馬に揺られてグッタリとしていた。
日が暮れるまでは街道から離れた木陰で休む事になったが、水も干し肉も無くなりお腹が空いてため息をついてしまう。
「ユキ様、お疲れですね。申し訳ありません」
「別にいいよ、馬を操っているあなた達のほうが疲れたでしょう。私が見てるから休んでて」
昨夜もほとんど寝てないレブを休ませなければ顔色が悪い。
ライアンは腰を下ろすとムッとした顔で剣の手入れを始めた。
ちょっと機嫌悪い、疲れのせいかな。
嫌がるレブを無理やり座らせ私は木陰から辺りを見回した。
ここから離れているが街道は少し小高くなった所を通っている為、時折人々や馬車が通り冒険者風の男達が数人荷物を背に街へ向かっているのが見える。
街に入るには検問所を通らなければいけないし、通行料が必要だ。お金はなんとかなっても検問で引っかかるんじゃ無いだろうか?指名手配的な物が回ってるとかないのかな?
「私達って検問を通過出来るの?」
振り返ってレブに尋ねると少し困った顔をした。
「そこが問題ですね、恐らく情報は回っていると思われます。男女三人組では調べがキツイと思われるので分かれるかどこかに紛れるか、考えなくてはいけません」
分かれるなら二人と一人か全員バラバラか。でもこの世界の常識をよく知らない私が一人で門を通るのは止めた方が良さそうだ。となるとどちらかと二人か、ライアンとならカップルって感じだけどレブとは……愛人て感じだな。ライアンと行くか。
「オレとじゃ目立つかもしれん。レブと行け」
ゆっくりと立ち上がり手入れを終えた剣を腰に差しなおしているライアンを見た。
確かに乾いているとはいえ服やマントは戦った事がよくわかる血痕が残っている。
「愛人みたいじゃない?」
レブはなんとも言えない顔をした。
「そう見える方がそっちに気を取られて調べがおざなりになっていい。門番なんて何も無ければ退屈な仕事だ、いい刺激になるだろ」
不機嫌な言い方は鬱陶しいが確かにそうかも。ここは門を通る事を優先しなければいけないのは確かだ。
「仕方ない、一緒に行きましょうね、レブ」
雰囲気をだそうかと小首を傾げて可愛く呼んでみた。
レブは顔を引きつらせた。
「その時だけでお願いします。そこまで図太くないもので」
落ち着かない様子で立ち上がりレブが俯き加減で馬の方へ向かった。
結婚詐欺師で恋愛マスターかと思いきやそうでもないの?
不思議に思いながらレブの元へ行きまた一緒に馬に乗った。体が冷えていたのでまたレブの背中に毛布を被って引っ付いた。
「いつまで耐えられるか心配ですね」
レブがボソッとこぼした。何か悩み事があるらしい。
薄暗い中、門が閉じられるギリギリに列に並んだ。私とレブが先に並んでライアンは少し後に並んでいた。
馬からおり少しずつ進む列の前の方を見ていると、みんな街に来た目的を言って荷物を調べられていた。私達は建前としては恋人だが他人から見れば愛人ぽい。レブは世慣れ感が隠しきれないし私は本当にここの世間を知らない感じで、しかも認めたくはないがここでは年齢的に行き遅れ。焦った女がちょっと騙されてる的な、遊ばれてる的な感じが否めなくもない。
振り返るとライアンは疲れた孤独な冒険者という感じだ。体を縮め強そうに見えない様にしている。
私達の数組前の二人組が何やら検問にいる兵士と揉めだした。
「本当に恋人か?」
二人はどう見ても不釣り合いな感じだ。強そうな冒険者風のガタイのいい女性に気の弱そうな男。
「本当だよ、旅の途中で知り合ったんだ。彼は優しいし、私は強いし。いいパートナーだと思わない?」
兵士は胡散臭そうに二人を見比べた。
「本当は商売人と護衛だろ。商売するなら通過するだけの旅人と通行料が違う。ごまかさずにちゃんと払え!追い払われたいか?」
なるほど、そんなケチな商売人もいるんだ。この街の通行料がいくらか知らないけどそんなとこケチって入れなくなったらどうするんだ。
「チッ、わかったよ。ホラ払いな」
女は男に金を出させると男はしぶしぶ支払った。二人は兵士に睨みつけられながら街へと入って行った。
「アレは凄いですね。うまく街に入り込んだ」
レブが笑って言った。
「失敗したんじゃないの?」
「違いますね、多分、男が何か訳アリで女冒険者は街へ入る為だけに途中で雇われたんでしょう。通行料を誤魔化そうとしてると見せかけて実は身元を偽っている。男は追われてる身なのでしょう」
「へぇ、流石ね。詐欺師は詐欺が見破れるのね」
やり手のレブがいれば無事に検問を通れる気がしてきた。
いよいよ私達の順番が来てレブは恋人に見えるように私に優しく寄り添い、ニッコリと目を合わせて笑うと兵士の前に行った。
「二人連れか?」
「はい」
「この街へは何故来た?」
「町へ帰る途中なんです」
「通過か……夫婦じゃないな」
私達を見比べてさっき女冒険者たちを調べていた兵士が、調子に乗っているのか私を見てニヤリと笑った。
「恋人なんです」
そっとレブの腕と腕を組む。
「おっさんにしては若い恋人だな?」
比較対象がレブだと私もまだまだ若く見えるのか!……いや実際若いんだけどね、まだ二十七才なんだから。
「幸運でしたよ、彼女と出会えて」
レブが組んだ腕に優しく手を添えると私はニッコリ微笑む。
その時、そろそろ門が閉じられる時間なのか兵士達が今まで一組ずつ検問していたのを急に数組づつ調べ始めて検問所がざわつき出した。
私達の数組後ろにいたはずのライアンが隣で検問を受け出し、なんだか落ち着かない気持ちになった。後ろの話が耳に入る。
「冒険者か……その割に手ぶらなんだな」
「魔物に襲われて逃げるのに手一杯だったんだ。荷物は全部無くなった」
「ほぉ、馬だけ残ったって事か。運が良すぎないか?」
「そうだな、運が良かった。生き残れたからな」
ライアンを調べていた兵士が離れた場所にいる一人に合図して側に来るように言っている。怪しまれているんじゃ無いだろうか。
「誰を見ているんだ?」
レブが急に私の腕を乱暴に引き寄せた。
「え?別に、私は……」
呼び出された若い兵士を見ていたので驚いて目が泳いだ。
「あの男を見ていたのか?アイツがなにかしたのか?」
レブは急に怒り出し近づいてきた若い兵士に詰め寄った。
「お前、私の恋人に何か用か?」
「は?何言ってるんだ」
兵士は急にあらぬ疑いをかけられ戸惑う。
「待って、違うわ。誰も見てない!」
私は慌ててレブを止める。
「本当はもっと若い男が良いと思ってるんだろ?私に付いてきたのはあの村から出る為だったんだな!」
そう言ってすごい剣幕で怒り始め検問所は大騒ぎになっていった。
「違うって言ってるじゃない!落ち着いてよ!痛い、離して!」
必死になだめる私を乱暴に揺さぶり始め兵士が慌てて止めに入ってきた。
「オイやめろ!暴れるんじゃない!ブチ込まれたいのか!」
暴れるレブを私から引き離すと、さっき呼び出された若い兵士が気遣ってくれる。
「えらい嫉妬深い男だな。大丈夫なのか、あんなのと一緒にいて」
「ありがとうございます、普段はとっても優しいんですけど……」
困った恋人だという感じで話す。
「君ならもっといい人が見つかるんじゃないか?」
おっと、ちょっとカッコイイなぁ……
「お手数おかけしました。でも……大丈夫です」
くぅ……この世界で初めてまともな平民に声をかけられたのに、惜しい……
兵士になだめられ少し落ち着いた風のレブが私の側に戻って来た。隣にはさっきの若い兵士がいる。
「すまなかったね。つい取り乱して……」
申し訳無さそうな顔をして私に手を差し出す。
「もう、あなただけって言ってるじゃない」
恥ずかしそうに微笑み手を取ると彼の元に帰るか弱い女子を演じた。
若い兵士は少し残念そうに見える。
私も残念だよ……




