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ダンジョンの受付嬢最強説  作者: 蜜柑缶


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72 すべき事

 浅い眠りだったがなんとか朝を迎えた。

 

 体は重いし顔はむくんで目は開けにくい。きっと腫れぼったく別人の様な顔になっているだろう。

 とにかく体を起こすと置いてあった水をゴクゴク飲んだ。シャワーを浴びようと着替えを手にドアを開けた。

 

 ライアン側のドアに鍵をかけちょっと熱めのシャワーを浴びる。最悪だった昨日の事を思い出すと胃がギュッと痛くなるが少しはマシだ。体を拭いて着替え、鏡をのぞくと少しはむくみがマシになっている気がした。顔色は悪いが大丈夫、シャワールームを出て部屋に戻り何も無い部屋に突っ立っていた。

 

 起きた事は変えられない、死んだ者は生き返らない。

 わかってはいるけれど……生き残った私に何が出来るだろう。

 

 何も思い浮かばず部屋を出ると事務所へ向かった。中に入るともうマルコが来ていて何か書類を片付けている。

 

「おはようございます」

 

 挨拶するとマルコがニッコリ笑う。

 

「おはよう、ずいぶん早いな」


「眠れなくって……」

 

 ひ弱な自分が恥ずかしくってうつむいた。

 

「そうか、こんな日は皆そうじゃ」


「みんな?ライアンも?」

 

 マルコは私をソファに座らせ自分も隣に座ると優しく髪を撫でてくれる。

 

「そうじゃ、ライアンもイーサンも気落ちして眠れん。もちろんワシもな」


「私のせい……」


「それは違う。ユキだけのせいじゃない。ワシら皆のせいじゃ、本人も含めての。ダンジョンに潜るという事はそういう事じゃ」

 

 そう言われても何だか落ち着かない。この気持ちをどうすればいいのかわからない。

 

「ここを辞めたくなったか?」


「いえ……それじゃ余りにも無責任な気がする。今のままじゃ気がすまないんです。このモヤモヤした気持ちをどうにかしたいんです」

 

 いっそお前が悪いと言われて責められた方が気が済むのかもしれない。だけどそれって自己満足なのかも、ここを辞めてもこの気持ちはきっと消えない。

 

「だったら自分を鍛えるしかないのう。この次、同じ場面が来た時に備えて」


「この次?」


「そうじゃ、また同じ場面が必ず来る。その時、お前がどうすればいいのか考えてみるといい」


「同じ場面……」

 

 魔物が間近に迫って来た時どうするか?誰かがやられそうな時どうするか?

 

 昨日の事を繰り返し思い出し、あの時何をするのが最善だったのかを考え続けた。

 

 マルコに促され開店準備を始めながらも考え、待機室で書類を整えている時ライアンがやって来た。

 

「ねぇ、ライアンならどうやったの?」

 

 私は昨日の事を詳しく説明し彼の対処法を聞いた。私には絶対的に経験が足りない。マルコも交えこんな時はどうするというシミュレーションを色々話し合った。

 

「私は何か武器を持った方がいいのかも。魔物の間近にいかないと攻撃出来ないのはやっぱり不利だよ」


「まぁ、一理あるな。リーチの短さはそれで補える事はある。だがお前にすぐ剣を持たすのは勧められんな、自分を傷つけそうだ」

 

 全く身のこなしが出来ていない私に刃物は逆に危険か。

 

「となるとメイスか……あまり長ものは慣れるのに時間がかかるじゃろ」

 

 マルコの言葉にライアンが何かを取りに部屋を出た。待つ間に時間が来たので店のドアを開くとそこにジャックがいた。

 

「あ……おはようございます」

 

 ジャックは顔色が悪く、眠れなかった事がわかった。私に何か苦情を言いに来たのかもしれない。

 

「昨日は申し訳ありませんでした」

 

 なんと言われても仕方が無い。ロキは死んだのだ。

 

「いえ、そんな、そんな事言わないで下さい。ダンジョンでは自己責任です、ロキだってわかってくれますよ」

 

 ジャックは私にそう言うと無理して笑った。彼は今日、自分の村に向けて立つという。

 

「昨日はユキさんこそ大変だったから様子が知りたかっただけなんです」


「私は平気です。自分の不甲斐なさに呆れているくらいで」

 

 ジャックによると私はハイオークに蹴られた後も奴の足を離さずしがみついて抵抗したそうだ。そのすきにマークを連れたジャックは逃げられたが、ライアンが来た時は酷い有様で生きているのが不思議なくらいだったそうだ。ありったけのハイポーションとポーションをかけなんとか助かっていたのだ。

 

「ライアンさんが凄かったです。ハイオークを一撃で倒してましたから」

 

 やっぱりライアンならロキは死ななかっただろう。

 

「その後のユキさんの手当をしている時も必死で……あぁ、大切な仲間なんだなぁって。オレは仲間を死なせてしまったけどまたダンジョンに潜りますよ。弱い自分を鍛え直します。マークはもう戦うのは嫌だって言ってるけど、多分時間が経てば大丈夫。ユキさん、助けてくれてありがとうございます」

 

 ジャックは最後には泣きながら笑って手を振った。私も手を振り返しそれを見送った。

 いつの間にか側にライアンがいてそっと肩に手を置いてくれた。

 

「アイツもきっと強くなる」

 

 彼の手に自分の手を重ねた。

 

「私だって強くなる」


「その前に顔洗え、酷いぞ」


「ウルサイ、女子に顔酷いとか言わないで」

 

 涙を拭いながら笑った。

 

 

 

 ライアンが持って来た物はメイスと呼ばれる殴打用の武器で重量感のある頭部と持ち手の柄と二つの部位で構成されている。頭部に突起や刃をつければより攻撃力は増すがライアンが持って来た物には丸い頭に少し装飾が施されたシンプルな物だった。

 

「お前が持つならまずこれくらいだろう」

 

 長さも1メートル程でそこまで重く無い。ライアンは軽く突いたり払ったりと見本を示してくれ、それを真似るところから訓練を始めた。バトンなら多少は遊びで使った事はあるけど、武器としては初めての長ものだが剣よりは使いやすい気がした。

 

 今日も店は開けていたが昨日の事が噂になっているらしく、やはり魔物の強さが落ち着くまではダンジョンに来るのは控えようという雰囲気になっているらしい。

 中級にハイオークが出た事もかなりイレギュラーな事で二体も出る事はまず無い。あれからライアンが少し調査したが何もわからず、ハイオークは見つからなかったようだ。

 訓練場でライアンと二人、メイスの訓練をしていたら突然店側のドアが開けられた音がした。

 

「ユキ!どこだ!」

 

 はぁ……ファウロスかよ。

 

 彼はツカツカとそばまで来ると腕や顔に触りながら何やら点検しだした。

 

「ちゃんと怪我は治したのか!ダンジョンから引きあげてきた時点でもまだ傷を負っていたと聞いたぞ!」

 

 一緒に来ていたイーサンが呆れ返った顔でファウロスを私から引き離した。

 

「それはすぐに治したと言ったであろ。だいたい今日まで残すはず無いだろ」

 

 ここに来る直前にイーサンから私が怪我をしたと聞いたらしく馬車の中で大変だったようだ。

 

「ダンジョンから出た後はどこを治したんだ」

 

 急にライアンが確認してきた。ダンジョンではとにかく私の命を助ける為に酷い所を重点的に治してくれていたらしく細かい所までは確認していなかったようだ。ロキやジャン達にも使っていたので数に限りがあったせいだ。

 

「いや大した事なかったから」


「お前は前も大した事無いと言っていたがそうじゃなかった」

 

 ディランの時か。チッ、細かい男だな。

 

「指が折れて爪が剥がれてた。あと、頭が切れてたかな。シャワーを浴びてたらずっと血が流れてて気づいた。これで全部、もういいでしょ」

 

 こんな事より訓練しなきゃ。

 

 私はメイスをクルクル回すとまた突きの訓練を始めた。

 

「何をやってる!まだここで働く気か!死にかけたんだぞ。いい加減にしろ!」

 

 ファウロスは私に近寄ろうとするのでメイスで肩を軽く突き、押して近づけないようにした。

 

「私が何しようがファウロス様には関係ありません」


「クッ、だが危険だ。辞めたいと思わないのか?怖くないのか?」


「怖くて辞めたいと思った事は何度もあります」


「だったら……」


「でも今じゃない。今は辞めたくない。この先、どこで働くにしても今ここを辞めたら何も出来ない気がする」


「働かなくていい。私と結婚すれば……」

 

 またそれか。

 

「貴族とは結婚しない。お屋敷で優雅に過ごすのも社交でパーティに行くのも私には無理。外に出て働きたいの」


「働ければいいのか?」


「働けても貴族は嫌、ファウロス様とは結婚しない。もう言ってこないで。私といれば父親に背く事になるんじゃない?出世にも響くんでしょ?」


「父上には話をつけている。ユキの有用性もわかってくれた。カトリーヌに正式に申し込むはずだ」


「はぁ?何してくれてるの?」

 

 呆れて何も言えなくなった。

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