63 西の隣国エストート2
いや〜素晴らしいね、トイレが使えるって。
なんとも言えない解放感に包まれ個室を出るとすぐに後ろ手に縄で縛られた。
「まさかトイレの為にオレについて来たいって言ったのか?」
もうバレたか。トイレさえ使えればもうコイツに用はないが情報が欲しいってレブが言ってたな。
「そうじゃないけど、あそこ寒くって」
そう答えると男はニッコリ笑った。
「じゃあやっぱりあのオッサンと何かあるのか?随分お前を連れて行かせまいとしてたじゃないか」
それは多分行かせようとしてワザと言ったんだと思うけど。
「言いたくないわ」
そう言って視線をそらした。
男はやっぱりって顔して私を暖炉の側のイスに座らせた。自分も近くに座るとジッとこちらを見た。
「どうもお前って犯罪者クサくない。何故あそこにいたんだ?」
「あら、良くわかったわね。私は魔物の討伐を依頼されて行っただけよ、密輸とかは知らないわ。どこからそんな話が出たのかしらね」
小首を傾げて可愛く尋ねた。
「なんだかホントの事を言ってそうだな。……話はある豪商から来た、噂を聞いたってね」
豪商……ジャービスか?カトリーヌが嵌められたってこと?まさか私が行かされるとは思ってなかったのかな?ケイとレブは現場付近に着いた瞬間に変な顔してたから何かに気付いていたのかも。
「噂って密輸の?」
「そうだ、ミスリル鉱石が密輸されるって聞いた」
ヤバい、そこは本当じゃない。カトリーヌはミスリル鉱石を勝手に取ったんだもん、見つかれば捕まるんじゃない?そして私もここから帰れないの?
「もし、仮に密輸に関わったらどうなるの?」
「国益を損なったとして重労働、危険物を持ち込んでいれば極刑もある」
「えぇ!そんな、私は関わってない!魔物の討伐に来ただけよ、あの二人もそうだし」
男はう〜んと考えた。
「あの二人は犯罪者クサい」
やっぱりそれはわかるんだ。ホンモノだもんね。
「だが情報を出してくれればお前くらいならなんとかなるかもな」
そう言ってニヤけて太ももに手を乗せてきた。
チッ、すぐこれだよ。
「情報って?」
「誰に言われてきた?」
「師匠によ」
「師匠?」
男はそう言うと私の首元の鎖を引き出し石を確認した。
「これは……強い魔術師だな。本物か……お前やっぱり魔術師か。だがその縄は魔術を制御する物だ、もちろんあの牢屋もな」
そうなんだ、だからレブは大人しくしてたのね。
「それで、師匠の名は?」
これは今言っちゃいけない気がする。もう少し様子を見たいが牢屋には戻りたくない。
「言ってもいいけど、その情報源を教えてくれない?」
それさえ分かればここから逃げ出す方向でレブに何か考えてもらおう。
「それは難しいな、情報源を守らなければこれから情報が入って来なくなる」
「確かにね、でもそれは間違った情報よ。騙されたのに守るの?」
「そいつも騙されたのかも知れないし、お前がオレを騙してるのかも知れない。師匠の名は?」
クイッと鎖を引き私に顔を寄せてくる。
さっき頬にキスされたしコイツ軽い遊び人ぽいから平気で手を出されそうだ。
近づいた顔から離れようと体を引いた。
「私ってそんなに安くなくって」
「自分の身の安全をはからないのか?」
「あなたがなんの保証をしてくれるのかしら?話せば私達三人を逃してくれる?」
「全員は無理だ」
「でも私達だって騙されたのに、騙した奴らが無傷なのって国益を損なってるんじゃない?そいつらの目的を探らなくていいの?」
フムと考え男は鎖から手を離した。
「わかった、とりあえず牢からは出そう。魔術は制御するが部屋を与えよう。それで師匠の名は?」
「あの二人がここに来てからね」
男はチッと舌打ちし外にいる者に何やら言ったようだ。
これであそこに戻らなくていいしケイも少しは治療してもらえるだろう。
「これで心配事はなくなったろ?来るまで時間がある、そこでだ、あのオッサンからオレに乗り換えないか?」
男はまた私の隣に座ると足を触ってきた。
「止めとくわ、軽い人は好きじゃない」
「重いやつは止めとけ、傷つくぞ」
確かにね、タップリ傷ついた。
男は会話を楽しんでいるようでそれ以上は何もして来ない。
しばらく他愛も無い会話をしていると廊下をガチャガチャと鎧を鳴らして走ってくる音がしドアがバンと開いた。
「男達が逃げたぞ!そいつを押さえろ!」
ケイとレブが逃げた!?
私は咄嗟に立ち上がろうとしたが目の前の男に足を掴まれた。
「無理だ、オレからは逃げられんぞ」
ニヤリと笑う男に掴まれた足はそのままに、腕の縄をひきちぎりイスの背もたれを持って殴ろうと振りおろした。男は足を片手で掴んだまま素早くそれをかわしイスは床に当たると砕け散った。
「何だコイツ、魔術師じゃないのか!?」
ガッチリ足は掴まれてるし駆けつけた騎士が三人近寄ってくる。私は床に手をつき足を振り上げて掴んでる男ごと騎士をなぎ倒した。
「うわぁーー!」
男は叫んだが手は離さず騎士達は次々と吹き飛ばされた。騎士は片付いたが男がまだ残ってる。払った足から掴まれている手を剥がそうとしたら素早く立ち上がった男に足を軽々引っ張り上げられ逆さに吊り下げられた。
「キャッ、離して!」
「なんて奴だ!足でも一本折っとくか」
そう言って床に投げつけられうつ伏せに押さえられると膝から足を変な方向に曲げられそうになる。逆らおうとスキルを使って抵抗してるのに男の力が強く今にも折られそうだ。
「痛い、痛い!嫌だ、待って話すから、レジナルドって人を呼んで!」
「レジナルド?勇者に準ずる者のか?知り合いか?」
「知り合いが知り合いなの!お願い!」
男は足から手を離し腕を掴んで私を床に座らせた。
「レジナルドはオレだ。知り合いって誰だ?」
マジか、コイツがレジナルド。軽い遊び人だって言ってたな。
でも本物そう、私のスキルが通用してなかったもん。
「ライアンよ、最ダンのライアン」
「お前ライアンの女か!かぁー、良かった手を出さなくて、死ぬとこだったな」
そう言うと私から離れ倒れた騎士からポーションを受け取ると投げてよこした。
「足痛めたろ、それ使って治せ、それからすぐあの二人の男を呼び戻せ。話を聞くから」
「そこは信用するの?嘘と思わない?」
「ライアンの名をこんな所で使うやつはいないよ。奴を知ってる者なら嘘で寿命を縮めたくないし知らない奴はその価値がわからないから使わない」
アイツやっぱり何かありそう。
もらったポーションを痛めた足にかけた。痛みがおさまったのを確認して立ち上がると庭に通じるガラス戸を開けた。
きっと彼らは私を探して近くに来ているはずだ。
「ケイ、レブ!このチャラ男……じゃなくてこの人がレジナルドだって。話を聞きたいって言ってる、出て来て!」
外に向かって叫びしばらく待つとどこからともなく二人が現れた。
「簡単に相手を信用するのは止めて頂きたいんですけどね」
レブがちょっと不満そうな顔で部屋に入って来た。その後をケイがまだ足を引きずるようについて来る。私はもう一本ポーションをもらいケイに渡しやっと回復させた。
レブは私のそばに来るとあれこれチェックを始め最後に前髪を指でそっと別けると顔をしかめた。
「これは?」
ツンと突かれ痛みでそこに傷がある事に気付いた。
「イタ!気づかなかった、多分さっき投げられた時のだよ。足も折られかけたし」
「これは報告しないと、私がとばっちりを受けそうです、ポーションを」
「これくらいもういいよ。足は治したし」
そう言うとレブはレジナルドを振り返る。
「どうします?ライアン様に報告しなければいけませんがその時にまだ顔に傷があるのとすぐに治しましたと言うのと」
「すぐ治せ、出来れば言うな」
二人が意見の一致をみてすぐに新しくポーションが開けられた。
「大袈裟じゃない?というかなんでライアンに報告?」
「私はライアン様に命じられておりますから。死なすなと」
「ケガくらいよくない?」
『良くない!!』
レブとレジナルドが再び意見の一致をみた。
「お前ライアンの女の割にアイツの事知らなすぎだな」
顔を引きつらせてレジナルドが言う。
「私はライアンの女じゃない。ただの同僚よ」
「え!?お前最ダンで働いてるのか?っていうかお前何者だ?普通じゃないだろ」
はぁ……とうとう初対面の人にも普通じゃないって言われちゃったよ。




