61 弟子と奴隷4
ブクマありがとうございます。
レブが乗ってくると馬車は静かに動き出した。彼は足元の箱からカチャリといくつかの小瓶を取り出し私に差し出す。
「これは毒消しです。ケルベロスの唾液には毒があります。もし噛まれたらすぐに飲んで下さい。そうすれば命は助かります、治療は後で」
ヒュドラと同じパターンね。また切るならライアンに頼んで意識を失わせてもらおう。
「ケルベロスは甘味や酒に弱いので酒精を多く含んだ甘味を用意したので上手く行けばいくつかの首はすぐ殺れるでしょう。戦い方ですが、首が三つあるのでどうしても一つを攻撃している間に他の二つに殺られるのが一般的です。ですから、ユキ様には攻撃後すぐにケルベロスから距離をとる事をおすすめ致します」
「一発殴って逃げてまた一発ってこと?」
なんだか面倒くさい事になってるな。
「我々も出来るだけ援護させて頂きますが基本はそうです。ライアン様ですと恐らく一度に三つの首を落とされるので処理が早そうですが」
「あんなバカ強いのと一緒にしないで」
レブは薄っすら笑うと私の黒いマントを取るとさっき渡された趣味の良いコートを着せひざ掛けをかけてくれた。
こういうとこが結婚詐欺師向きなんだろうな。まめで優しい。
心地よい揺れで眠りそうになっていると馬車が止まった。
ケイとレブが馬車から下り積んであった荷物も降ろした。そこは森に少し入った所で木箱を抱えたケイとレブに付いて行くと背丈ほどもある草むらを進むと突然ポッカリと空間がありそこに魔法陣が描いてあった。
いよいよか…
「向こうに着いたらお静かに、魔物の巣から離れていると思いますが念の為」
レブの言葉にうなずくと一瞬で転移した。
着いた場所はまた背丈ほどある草むらの中で、二人について行くと整備されていない脇道のような所に出た。馬車がやっと一台通るかという幅で道の横も草が生い茂っている見通しの悪い感じだ。
ケイとレブは顔を見合わせなんとも言えない表情をした。
「なにかあった?」
私の問に軽くため息をつくとレブは木箱をガチャリといわせて言った。
「えぇ、面倒になりそうだなと思いまして」
ケルベロス以上に面倒な事ってなんだろ?
「ユキ様、ここになんと言われてきたか覚えてますか?」
「えぇ、ケルベロスを討伐して来いって言われたわ」
「結構です、それをお忘れなく。では行きましょう」
レブが何考えてるかわからないがケルベロス以外の事にわずらわされたくないので黙っていた。
しばらく行くと土が剥き出しになった山肌に大きく横穴が掘られた場所を見下ろす小高い位置に来た。あれがケルベロスの巣穴だろう。
「ではユキ様はこの下で待機して頂いて、我々で巣穴へ侵入致しますので魔物が飛び出して来た所をお願い致します」
「ケルベロスはニ体だったよね」
「確認出来たのは二体ですが恐らくもっといると思われます。油断なさらぬように」
レブは毒消しやポーションが入った木箱を置いていくつか取り出して持ち、ケイが甘味が入ったそれだけを抱え二人は下りていった。
私も後から続き巣穴の脇にある岩陰にそっと隠れた。
こんな中がどうなってるかもわからない所へよく入って行くなと思うが、奴隷に課せられた命令には逆らう事を許さない強力な物があるんだろう。私だって来たくないのに来てしまってる。ダンジョンの方がずっとマシだよ。
二人がそろりと巣穴へ慎重に入って行く。
心臓がドキドキとして手が震えるがグローブをはめギュッと拳を握る。
突然爆発音がし巣穴からもうもうと、顔が熱くなるほどの熱をはらんだ煙と同時に黒い影が飛び出して来た。
聞いてないよ…なんてデカいの!!
体高二メートル以上はある。首が三つの獰猛な犬を思わせる顔の形だが、むき出した牙や恐ろしい眼は可愛さも忠実さも全く窺えない。
出てきたのは一体だけで、三つの頭の一つだけは少し目が虚ろでふらふらとして見える。コイツだけは甘味を食べたのだろう。だが残る二つの頭は体に大ヤケドを負って皮がズルリと剝けているものの全く弱った感じはない。
中の二人は大丈夫なんだろうか?っていうか、私だけが生き残った場合の想定はしてないんだけど!
ケルベロスは突然の襲撃に怒り狂った様子で巣穴を振り返るとどうやらケイとレブが出てくるのは待ち受けているようだ。
このままじゃ何もしない私だけが生き残りそうだ。だけどいきなり出ていって一撃は入ったとしてその後どうすればいいんだろうと、周りを素早く見渡すと人の頭ほどの大きさの石が落ちているのを見つけそれを手に取った。結構な重量だ。
思い切って岩陰から飛び出すとスキルを使い石を力いっぱいケルベロスめがけて投げつけた。石は魔物の横っ腹に当たりめり込む。衝撃でドッと倒れたケルベロスに駆け寄り一番近い頭を蹴り飛ばした。それはうまく当たり骨が折れる音がしてガックリと力無く垂れ下がった。
残った真ん中の首がこちらを振り返りギョロリと睨むと牙をむき出した口からヨダレを垂らしながらゆっくりと起き上がった。
一発目の石での攻撃が効いているようだがまだ油断できない。ケルベロスは私を見据え恐ろしい声で吠えると飛びかかってきた。
「うわぁ!!」
慌てて駆け出し攻撃を避けたがすぐ近くに魔物の顔が迫る。握りしめた拳をその側面にめり込ませたが踏ん張りが足らなかったのか殺ることは出来ず逆に相手の前足で払われ吹き飛んだ。地面を転がりクラリとするがなんとか起き上がり構えたが、そこへ巣穴からもう一体のケルベロスが現れた。
イヤもう私には無理でしょ。
そいつは先の一体よりさらに体が火の魔術で焼けただれ骨が露出している所もあるが甘党じゃなかったようで首は三つとも健在だが魔術でのダメージがかなり大きくヨタヨタとして足元がおぼつかない。
とりあえずコイツの足を止めよう。
どうにか生き残ろうと揺れる頭をブルっと振り、手前にいる二体目のケルベロスの足を思い切り蹴りで払い骨を断った。だがこいつらは四足だもう一本折らなければまだ動ける。
足をやられた痛みでギャンと犬の様に吠えた声を聞き、今の内のもう一本と思ったのが悪かった。
攻撃の後は一度逃げろと言われていた事をすっかり忘れ再び前足を狙って行った所を食いつかれた。腕をやられ、ちぎれはしなかったものの慌てて引き抜いた時にザックリと牙で深傷を負った。
唾液に毒があるんだっけ?
腰のベルトを反対の手で探りつつ逃げ、なんとか小瓶を取り出し蓋を開けたところで一体目のケルベロスが飛びかかってきた。それを避ける為に横に飛び退いた時に小瓶を落とした。腕がズキリと痛む。
もう一本あったはず。
再びベルトを探りつつ負傷した腕を庇いながら逃げる。ダラダラと血が流れ出てくるのを見ていると焦ってきた。
まずは止血しないと毒の前に失血死するかもと、着ていたセンスの良いコートを脱いで腕にぐるぐる巻き付けた。その間もケルベロスは二体とも攻撃しようと迫って来る。お互い深傷を負いながらの攻防であったが首の数で私は完全に不利だった。
ケルベロスの攻撃の数には勝てず避けるだけで精一杯で、いよいよ追い詰められた。
巣穴近くの岩陰に追いやられ残すところ首一つのケルベロスが私の前に立ちはだかった。
これはもうダメだ。
その後ろから二体目のケルベロスが三本足でこちらに近寄ってきている。
こんな絶体絶命な場面に追い込んだカトリーヌは死んでも恨んでやる!私がこんな目にあってるのにきっと呑気に昼寝でもしているライアンだって同罪だからね!!
逃げまわりゼイゼイと息をきらせながら覚悟を決めた。
「このバカ犬!かかってこい!ただじゃ死なないんだからね!!」
そう叫ぶと同時にケルベロスが牙をむき飛びかかってきた。私は自ら負傷した、センスの良いコートをぐるぐる巻きにした方の腕を勢いよく奴の口に突っ込んだ。牙の一つを折りつつ突っ込んだ手で中の舌をグッと掴んだ。
見た目通り身体の作りも犬と似てるなら動きが鈍るはず。
油断すればズルリと滑りそうな舌を掴んだまま、渾身の力を込めるとその体を斧のように振かぶって持ち上げもう一体のケルベロスに勢いよく振り下ろした。
ゴキッと嫌な音がしてケルベロスの首が折れた音がした。すぐ横に泥酔した首があったので踏みつけへし折った。
下敷きになった方のケルベロスの首も次々と踏みつけてまわり魔物が死んだ事を確認した後その場にへたり込んだ。
息苦しいし頭がガンガン痛む。毒なのか出血のせいなのかよく分からないが意識が薄れそうになりながらベルトを探っていると目の前に小瓶を差し出された。
「ユキ様、遅くなり申し訳ございません。これを早く!」
与えられるままそれを飲み込むともう一本出されそれも飲んだ。
「ユキ様お一人でやったのですか…」
ケイが驚いて声をあげた。かすみかけていた目をあげると二人共マントは焼け焦げボロボロ、傷は治したのか見られないものの出血の後が体を汚していた。
「まだ中にもいたの?」
やっと口がきけるほど回復し尋ねるとレブは私を立たせながら周りをうかがっている。
「中にも二体いました。全部で四体いたのです」
二人で中の二体を殺ったらしい。




