49 動揺
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しばらく放心していたが何とか気を取り直して用意してあったブラウスを羽織り、ボタンを留めようとして胸元に指の形に跡がある事に気づいた。その途端、手が震えだした。
思っているより怖かったんだ、こんな目にあった事無かったし。
落ち着こうとしたがボタンが上手く留められず焦りだした。息苦しくて呼吸も浅くなる。
早く行かなきゃ変に思われる。ちょっと触られただけで別に何もされて無いし、スキルがあるんだから平気だったのに何ビビってんだろ。
焦れば焦るほど指が震えてボタンがすべる。
その時軽くノックが聞こえたが、ドキッとして咄嗟に声が出ない。
「ユキ、入るぞ」
ライアンだった。
私はドアに背を向けた。彼はドアを開け入って来たようだ。
「ライアン、休んでたんじゃなかったの?」
声が震え無いように明るく話した。
「さっきマルコさんに呼び出されたんだ……みんな出払ったからって。でも上手く行ったようだな」
「そうなの、ファウロス様が意外と使える人で驚いたよ……ハハ……」
話してる間も必死にボタンを閉めようとしてるが出来ない。ライアンが近付いてくる気配がしてギュッとブラウスを握った。肩に手を置かれあきらめて振り返った。
「ボタン……とめられない……」
うつむいたまま震えた声でそう言った。握った手も震えていた。
「あぁ、聞いた……手を離せ」
そう言って私の手を解かせると大きな手でボタンを留めだした。
「へへ、こんな時に限って小さいボタンでさ……」
「あぁ……」
「別に平気なのに変だよね、きっと魔物を倒したばっかりで私も興奮しててそれで手が滑って……」
「あぁ……」
ボタンを全部留め終わるとライアンはそっと私を抱き寄せた。
ポロポロ涙が溢れた。
「もう大丈夫だ」
「うん……」
彼にしがみつくと声を殺して泣いた。
優しく髪を撫でられているのが心地良かった。
涙も止まり彼のシャツを掴んでいた手の震えも止まった。
ゆっくりと体を離し顔をあげると彼と目があった。優しく見つめられ顔が熱くなって下を向いた。
「顔洗え、酷いぞ」
そう言って髪をクシャッとすると部屋から出て行った。
ヤバい……かも……
さっきとは違うヤバさを感じながらシャワールーム兼洗面所へ行った。一応中に誰もいない事を確認しバシャバシャ顔を洗う。
違う違う、そうじゃない。大丈夫、そんなんじゃない。
自分で頬をパシッと叩き深呼吸する。
ちょっと弱ってただけだ。優しくされていちいち意識してたら身が持たないよ。
気合いを入れ直して事務所へ戻り物品倉庫へ入った。さっき散らかした魔石の箱を片付けなきゃいけない。
倉庫にはマルコがいて片付けをしてくれていた。
「すみません、マルコさん。私がやりますから」
床にかがんで魔石を拾い集めている彼と並んで拾い始めた。
「もう終わる。それより大丈夫なのか?今日はもうあがりなさい」
「ありがとうございます。もう大丈夫です、まだお昼過ぎですから」
せっせと拾い集め箱に戻すと一緒に立ち上がった。
「気が回らなくて済まなかったね」
「いえ、大丈夫です。私はスキルがあるんですよ。平気です!」
ニッコリ笑って見せた。
今は本当に大丈夫だし、今度からは落ち着いて対処できるはず。
マルコはちょっと困ったような顔をしたがそれ以上は何も言わず。二人で待機室へ向かった。
訓練場を通る時、騎士達が一斉にこちらを見て静まり返ったが直ぐに部屋へ入った。なかにはファウロスはいなくてモーガンとライアンだけだった。どうやらさっきの騎士をどこかへ連れて行ったようだ。
「飲め」
ライアンがポーションを渡してきた。さっきボタンを留めてくれた時に胸に跡が付いているのを見られたせいだろう。飲むほど大袈裟じゃないだろうと考えて躊躇した。
「怪我をしたのか?どこだ?」
モーガンが驚いて近づいて来た。
いやいや、見せれないし。
「大丈夫です、大した事ないんで」
慌ててポーションを開けて飲もうとすると手を取り止められた。
「被害の詳細を報告する必要がある。騎士が平民に働いた犯罪行為はキツく取り締まるよう定められている」
「実害なしでいいです。あ、魔石が壊れてたらそれはお願いします」
「泣き寝入りはいかんぞ」
「泣き寝入りじゃないです。大した事ないんです」
必死に断るがなかなか引き下がってくれない。でも見せるのは嫌だ。
なかなか収まらないやり取りに困り果てた。このままじゃここでモーガンに見せなきゃいけない感じだ。
「女性騎士を呼べよ」
ライアンがため息をつきながら言った。
「ライアンには見せたのか……」
モーガンがちょっと驚いている。女性騎士を呼ばなきゃいけないところに傷があることがわかったのだろう。
「見せてません!」
見えただろうけど、見せたわけじゃない。
怪しまれつつもモーガンは私からポーションを取り上げると女性担当に会わせると言われ待機する事になった。
面倒な事になってきたな。さっさと飲んじゃえば良かったよ。
イライラしながら待っていた。
そこから一度救助要請があり、ライアンが向かっている時に担当の者が来たと知らせられた。待機室へ騎士は入れないので事務所へ行くと二人の女性騎士がいてそのうちの一人はアウロラだった。
「アウロラ様でしたか。お手数おかけします」
ツイてない時はずっとツイてない。寄りによってアウロラか。
「見知った者の方がいいだろうと思ったのよ。私くらいしか話した事ないでしょ」
彼女はそう言うと一人を入口に立たせ誰も来ないようにし、自ら書類を取り出すと私に被害の状態を見せるように言った。
「はぁ……大した事ないんです」
「大きい小さいの問題じゃないのよ」
ボタンを外そうとしてさっきライアンが留めてくれた時のことを思い出した。よく考えれば下着姿を見られた。今頃になって恥ずかしくなる。
熱い顔を隠すようにアウロラに背を向けブラウスを脱ぐと振り返った。
「これを大した事ないなんてどういう神経?」
私の胸にはさっきよりもクッキリと指の跡が浮かび上がり肩にも掴まれた痕跡があった。
「さっきまでこんなんじゃなかったんだけど……」
「時間が経ってより鮮明になったのね。待って記録するから、ビスチェも脱いで」
「えぇ〜」
「えぇじゃない!こんなの許してどうするのよ!」
思わぬアウロラの言葉にたじろぐ。
「騎士同士だって色々あるのに平民の女性に襲いかかってこんな目に会わせといて何も無いで済ませる訳にいかないのよ!」
「はい、すみません」
勢いに押されビスチェも取ると前と後ろも確認され書類に書かれた人型の絵にアザの位置を書き込まれやっと終了した。鏡も見てなかったのでその用紙を確認すると肩に押し倒された時の跡と、ビスチェを引き下げた時の引っ掻きキズの様なものと、キッチリ胸を掴んだ五つの指の跡があるのを確認できた。
「気持ちわる。こんなになってたんだ」
「もうポーションを飲んでいいわ」
アウロラは私に小瓶を差出し勧めてきた。それを一気に飲み干し調査終了だ。外にいた女性騎士が待機室へモーガンを呼びに行くと帰ってきていたライアンまで付いてきた。
二人して調査書類を確認すると二人して眉間にシワを寄せ私を見た。
「掴んだ指の跡だったのか」
ライアンが苛立たしそうに言った。ブラウスの隙間から一つだけ見えた指跡だけだと思っていらしい。私もそう思っていた。
「これを大した事ないと言っていたのか」
兄弟で私を責めるような姿は怖すぎる。
「彼女は被害者よ、羞恥で被害を隠すのは当たり前なの。それ以上は言わないで」
アウロラが間に立って庇ってくれた。驚いて見ていたが彼女は平然と続けてモーガンに報告し役目を終えた。
真面目に手際よく働く彼女に好感を抱き感心していたがそれは一瞬で消え去る。
「ライアン、ねぇ少し良い?」
小首を傾げ彼の腕に手を添える彼女の切り替えの良さに再び感心するとモーガンとすぐに待機室へ向かった。
今日は長くなりそうだな。




