26 ダンジョンの異常1
魔法陣で転送され一瞬暗いダンジョン内が明かりの魔石で見えるようになる。
「行くぞ、ついて来なさい」
モーガンが私達の前をゆく道案内の赤い光を追うように駆け出した。洞窟の様になっているダンジョンを鎧の擦れるガチャガチャという音を響かせ救助に向かう。向こうは軽く駆けている感じだが私には結構ハードな速さだ。
お貴族様は容赦ないなぁ……あ、ライアンも半分貴族か。だから鬼上司なのか。
変なとこに納得しながら必死でついて行く。
「フム、ゴブリンだな。ユキは戦えるのか?」
走っていると遠くに魔物の影が見えてきた。何体かいるようで私も戦わなくてはいけない感じだ。
「えぇ、まぁ、多分」
未だ自在にスキルを使えるわけではないので中途半端な答えしか出来ない。
「自信無さげだな、見ててやるから行きなさい」
「え?一人でですか?」
「ゴブリンが五体だ、最ダンで働くならこれくらいは軽く倒さなければ務まらないだろう」
鬼上司の兄はやはり鬼。血は争えない。
拒否権もなくゴブリンの前に全面に押し出され背水の陣で魔物との対峙を迎えさせられた。
いや後ろは味方のはず、ですよね。
グイッと背を押されこちらに気づいた一体目のゴブリンが向かって来た。
「ひえぇ〜、えっとえっと、拳を握って肩と腰と……」
必死にイーサンに教えてもらったパンチの仕方を思い出しゴブリンに打ち込んだ。
「テイッ!痛い!」
私のへなちょこパンチが魔物の顔面に当たったもののスキルは使えてなくただ拳が痛み、か弱い攻撃にゴブリンの顔が横を向いたがすぐに食いつかれそうになる。
「うわぁ!」
驚いて声を上げたら私の顔の横を通り後ろから突き出された剣がゴブリンの頭を貫通しそのまま横へと退けられた。
「次が来るぞ、構えろ。武器は使わないのだな……見かけによらない戦い方だな」
モーガンが助けてくれながらちょっと痛い所をついてきた。
私も出来れば可憐なスキルが欲しかった。しかもちゃんと使えてないし。
ゆっくりと考える間もなくまたゴブリンが攻めてくる。しかも二体同時に!
「ふぇ〜、足を……」
さっき行ったダンジョンでは上手く使えた蹴りで攻撃しようとしたが今度は距離感を間違え、かすった程度で勢い余ってバランスを崩し尻もちをついた。二体のゴブリンはすぐにモーガンに斬り倒されまた次が来ると立たされ前を向かされた。
スパルタ……酷い……鬼兄弟……強引……
色々な言葉が頭に浮かんだがその時耳元でモーガンの声がした。
「戦えないなら死ぬだけだぞ。もう手は出さん、犠牲は常に伴うからな……」
そう言ってポンと突き出された。少しライアンに似た低い声で恐ろしい事を言われ寒気がして体がザワッとした。
攻めてきたゴブリンに反射的に右ストレートを打ち込むとまたも魔物の頭が吹き飛びアレが飛び散る。
うっぷ
嘔吐する間もなくきた次を両手で掴み壁に向かって投げつけ、倒れた魔物の頭を踏みつけやっぱりちょっとゲロった。
「なかなか……これは……」
モーガンのちょっと絶句したような感想が耳に届き後で口止めしとかなきゃと思った。しかしそこからのモーガンは紳士的でどこからか取り出したハンカチを手に私の顔を拭ってくれ怪我を確認した後、
「行くぞ」
とだけ言うとまた駆け出した。
ガチャガチャと鎧をならし前を行くモーガンの背を見ながらやっぱり兄弟だなぁと思った。体格も似てるし声も少し似てる。まぁ鬼なところも似てるし突き放し方とか半端ねぇ感じだが結構世話好き。
「もうすぐだろう」
そろそろ救助要請者が目視が可能な所まで来たが異様な現場にゾッとした。
少し拓けたその場所にウジャウジャとゴブリン、スライムが蠢きまるで夏フェスのようだった。真ん中辺りでひとり剣を振るい続けているファウロスは悪態をつきながら奮闘している。
「クッソふざけんじゃねぇー!」
おおぅ、ヤンキーばりの雄叫び。仕方ないけど。
「ファウロス!もう少し頑張れ!今こちらから斬り込む。出来るだけこっちへ向かって来い!」
モーガンが声をかけるとファウロスは私達に気がつき私を見てムッとした顔をした。
「なぜお前がいる!」
今回はハッキリと口に出された今日二回目のなぜ私。ぜひ分かって欲しいのは私もそれを望んでないって事。
ファウロスの不満は最もだがとりあえず救助に取り掛かる。
モーガンはエグいほど強かった。豪快に剣を振り回しまとめてゴブリンを薙ぎ払い詰めかける魔物の中、自然と道が出来ていく。
彼にとってはゴブリンなど雑魚でしかないのだろう。それに巻き込まれない様に気をつけながら私は足元のスライムをダガーで核を狙って突き刺していった。足で潰そうとするとぷるりんと避けられるのだ。一見無害だが襲われたら溶解液を出されたり毒を出されたりと結構厄介な奴なので細かく片付けて行く。
ファウロスがいるところまでスライム、時々蹴りでゴブリンを倒しながら徐々に近づきもう少しで合流だ。しかしその間もなんだかこの空間に魔物達が増えてきているようで囲んでいる集団がいつの間にか巨大化していた。
「話には聞いていたがやはり異常だな」
まだ余裕のあるモーガンもその現象に不気味さを感じているようだ。
やっとの事でファウロスと合流し、私はすぐにポーションを差し出した。
「大丈夫ですか?これどうぞ」
差し出したはいいが受け取れる状況では無い。私は二人が魔物を倒してくれてるスキにポーションを開けると素早くファウロスの口に瓶を咥えさせた。驚いたファウロスだがゴクリとポーションを飲むと顔を歪ませた。
それ、マズイんだよね。
やっと体力が回復し振るっている剣にも力がこもりだした彼はすぐに叫ぶ。
「お前がここで何してる!」
いや救助ですよ、どう見たって。
私は「ハハ……」と力なく笑い後は無視した。
「ユキ、交代だ。少し休ませろ」
ここまで魔物を軽く倒し続けていたモーガンがいきなり私と場所を入れ替えると真ん中でポーションを飲みだした。
「は、はい!」
慌てたもののさっきのでスキルは使える状態だ。一度使えればその緊張状態が続く間はスイッチが入ったままの感じでいけるのでとりあえず足で対応していった。遠くに押し出す感じで蹴りを入れれば後ろの奴も巻き込んでいなくなってくれるのでまとめて対処できる。出来るだけ殴るのは避けたい、頭取れちゃうと気持ち悪いし。
パンチを打たない私を見てモーガンが助言をくれる。
「いつも思いっきり打つんじゃなく加減して打てばいい。骨を断つ感じだ。こう、クッと……」
そう言ってモーガンが攻めてきたゴブリンの顔面を拳で軽く打つと首がゴキっと鈍い音を立てグルリと変な方向をむいて倒れた。
おおぅ!千切れないし潰れない、アレまみれにならずに済む!さすが殺しのプロ!
そこからパンチで上手く魔物を倒す事に挑戦し何度かはアレにまみれたが何度かはまみれず倒す事が出来た。私が次々とゴブリンを倒すのをファウロスは驚きの表情でチラチラと見ていた。
後で口止め出来るといいけど。
私達は少しずつではあるが魔法陣に向かって進みだした。なにせ数が多く、やっとの事でその集団から抜け出した。
そこからも走り去る私達を何体かの魔物が追いかけてきて、追われつつ倒しつつ魔法陣に着くと素早く転送されようやく帰還した。
汚れた顔はまたモーガンがハンカチを貸してくれたものの服も髪も酷いものだ。それは皆同じで彼らの鎧もかなり汚れていた。
「シャワーが必要だな、ユキ、先に行くといい」
紳士モーガンが譲ってくれたがここは客が先だろう。
「いえ、私は最後で結構です。ファウロス様がいらっしゃいますし」
私がそう言うとファウロスはムッと黙り込んだままドアを開け出て行った。
あぁ、口止め出来なかった……これで変な噂が広まり縁遠くなるなぁ……
私がトボトボとドアをくぐり外へ出るとそこにいた騎士達が一斉にこちらを見た。なんだか怖くて一瞬立ち止まったが後ろからモーガンがそっと誘導し待機室とは違う事務所の方へと連れて行かれた。
「あの、待機室に行かないで良いんですか?」
不思議に思った私がモーガンを振り返る。
「あぁ、イーサンがいるからまだ構わんだろう。それよりそのままでは気分が悪いだろう。この建物の上は簡単な住まいになっていてそこにシャワーがあるはずだ。行ってきなさい」
どうやら上はアパートになっているらしくそこのシャワーを使えるようだ。
私はお言葉に甘えて物品倉庫から着替えを取ると教えられた通り一旦外に出て建物と建物の間の路地へ行き外付けの非常階段のような所を二階へ上がって行った。ドアを開け中へ入るとそこは店同様古ぼけた感じで、木造のホコリ臭い廊下をゆっくりと進むと床がギシギシ音を立てた。
なんか怖いな、オバケ出そう。
入り口からすぐの部屋はキッチンらしく小さなシンクに横には二つのIHクッキングヒーターのようなタイルが並んでいた。あまり使われてる形跡は無い。
そこを通り過ぎるとドアがいくつか並んでいて一つ飛ばした二つ目にかすれた文字でシャワールームと書いてあった。




