21 昇段試験4
待機室へ入ると既にイーサンが来ていた。
「おはようございます。もう来てたんですね」
イーサンは爽やかな笑顔で腰に剣を装着しているところだった。昨日はシャツにパンツという普通な出で立ちだったのに今日は他の騎士達と同じ騎士団の鎧姿だ。
「おはよう、どうやら昨夜は大変だったようだぞ」
待機室の中のテーブルの上にはポーションの空き瓶やお茶を飲んだであろうカップ、夜食でも食べようとしていたのか手つかずで既に干からびてしまっていたナンのような物や何か肉料理の成れの果てが置き去りにされていた。
「二、三日は静かだって言ってましたよね、それでこれですか?」
マルコの顔をちゃんと見ると確かに疲労の色が濃い。
「いや、どうやら予想外に救助要請があったらしい。マルコも行ったそうだから」
「えぇ!!マルコさんて救助出来るん、いや、行ける、その……」
私はどう見てもヨボヨボのおじいちゃんにしか見えないマルコは救助には行かないと思っていたのでかなり驚いた。
「マルコはこの年でも結構やるぞ。中級と上級の浅い所は大丈夫だからな」
マルコは疲れているのにイイ顔をして出来る男風を醸し出してきた。
無理すんなよ、っていうか戦えるなら最初、私がゴブリンに襲われていた時に助けてくれても良かったじゃないか。
複雑な気持ちになりながらイーサンに視線を戻した。
「こんな事ってよくあるんですか?」
「いや、予想外と言った通り頻繁に起きる事じゃない。救助されて来た騎士達と話したがどうやら全体的にいつもより魔物が少しずつ強さを増しているようだ」
「そういえばライアンも最近稀に強い魔物がいるって言ってました」
「そうだ、数が少なかったからそこまで気にしていなかったがここに来て増えたようだな。ダンジョンの魔物は国中の至る所の魔物を転送して来ているから、つまり国中の魔物が強くなって来ていると言う事だ。すぐに上に報告が行くだろう」
昨日までは余裕がある感じだったが呼び出しが多発するであろう今回の昇段試験の為にイーサンも早目に臨戦態勢で行くようだ。何となく不安な気持ちのままでテーブルの上を片付けているとポタポタと垂れ落ちた乾いた赤黒い血痕が出てきた。
「ライアンはどこか怪我をしたんですか?」
見た瞬間、驚いてマルコを振り返った。いつも軽く魔物を倒していた彼が怪我をするところなんて想像がつかない。
「あぁ、それは救助の時に騎士が無防備にやられそうになっていたのを割って入って爪を引っ掛けたって言っておったな」
「爪って……」
「リザードマンと言っていたか、それも今までとは強さが違って戸惑ったようじゃ。ワシは幸いゴブリンやオーク位しか遭遇しなかったがそれでも今迄の奴らとはひと味違ったのう。集団であったしの」
割りと群れで行動する魔物もその群れが大きくなっているようだ。初級、中級のダンジョンには個体数が制限されているが上級は何でもありなので予想がつきにくい。思わぬ集団に出くわし慌てて救助を要請してきた者が多いそうだ。
「そんな所に救助に行くなんて、一人味方が増えたところで勝てない場合もあるんじゃないですか?」
私は乾いたライアンの血を見ながらゾッとした。
「勝つ必要はない、逃げられればいいんだ。だが確かに危ない時もあったようだ」
イーサンは来てすぐライアンから昨夜の報告を受けていたからか剣の手入れやポーションの確認を入念にしていた。
今からイーサンが待機室に詰めるが私はカウンターで手続き業務だ。マルコは少し休む為帰って行った。
「イーサン、一人で大丈夫ですか?」
私は書類や魔石を用意しながら彼を見た。
「大丈夫だ。それにいざという時はライアンを起こすさ。一応ユキも『所在発信用魔石』を持っててくれ、通信機能を起動させそれを持っていれば身に付けている者同士だけが会話が出来る」
ホントに魔術具って凄い。
私はさっそくダンジョンに行く時に身につけるベルトをつけるとそのポケットの魔石をグッと握り起動させた。これでいざという時は通信できるはず。
いつもより早目に店を開けると騎士達を迎えた。
今日は一人で手続きをしなければいけない。少し緊張しつつ最初の騎士に応対した。
「あら、女性の受付なの?」
目の前のにいたのは女性騎士だった。金髪碧眼の綺麗な人で驚いた顔をしていた。
「はい、よろしくおねがいします。ではここにお名前と血の登録をお願いします」
私は注意事項の書類と『所在発信用魔石』と『救助要請用魔石』の二つ並べると血の登録用の水晶の箱を出した。
「ライアンはどこ?救助中かしら?」
女性騎士は名前を書きながら尋ねてきた。かなり親しげだ。
「いえ、今は休んでおります」
続いて血の登録の為の針を渡す。針を受け取りながら探るように私の顔をジッと見てきた。
「そう……あなたは手続き専用の人かしら?」
「えぇ、まぁ今のところは」
曖昧に答えると女性騎士は訝しむ。
「まさか救助要請もやるの?」
「まぁ、いずれはそうなりますか」
血の登録を済ませた彼女の指にポーションをかけた。
「彼と一緒に働いてるって事なのね」
指の傷が治ったのを確かめると彼女は立ち上がった。
「私はアウロラ、あなたの名前を伺っても?」
何だか挑戦的な目で重量級な胸を見せつけられてる気がするがあえてここはスルーでいいよね。
「ユキです。では訓練場へどうぞ。次の方こちらへ」
今日は私しかいない為、案内は出来ない。どうせ騎士達はここに慣れているのだから大丈夫だろう。数人の手続きが済んだら今度は入場させなくてはいけない。訳のわからないライアンのお知り合いにかまってる暇は全く無い。……ちょっと気になったけど。
時間が来たので昨日手続き済みだった騎士をダンジョンに入場させることになった。急いで訓練場に入ると上級へ騎士を一人案内する。今回はいつもと違う事を説明し送り出した。
続いて中級のダンジョンへ騎士を送り込む。中級は結局昨日は入場出来なかったファウロスだ。朝からウザイが仕方ない。
「ではこちらへどうぞ」
私は彼を連れ中級レベルの扉を開け中へ通した。ガチャガチャと鎧を軋ませファウロスは緊張した面持ちで魔法陣の上に立つ。
「お聞き及びとは思いますが今回のダンジョン内の魔物は今までとは少し違うようですので十分にお気をつけて」
先程上級の騎士にも言った注意事項を繰り返す。
「あぁ、聞いている。余計な事はいい、早くやってくれ」
チッ、やっぱりウザ。
「ではいってらっしゃいませ」
彼を送り込むとまたカウンターへ急いで戻った。数十人の手続きを終えるとしばらく客足が途絶えた。
毎回初日は混乱するが後は急いでも順番が来るまで待つしか無いので様子を見つつ来る人が殆どだそうだ。つまり昨日来ていたのは遠足が楽しみすぎて我慢が出来なかった奴ばかりという事だ。結局昨日入場出来なかったファウロスが一番間抜けにみえるな、ププッ。
落ち着いたので待機室に戻るとイーサンがお茶を飲みつつ地図を眺めていた。今日の地図は各階ごとに区分されている。各ダンジョンの迷宮が映し出され、そこにいる騎士達の小さな光がゆっくりと移動している。お間抜けファウロスもその一人だ。
「まだ救助要請は無いですね」
開店してから随分たつがまだ一度も要請が無い。
「やはり朝のうちは魔物の動きが鈍いのかな。午後の方が増えるだろう」
午後や夜中の方が魔物は活発らしい。動物でも夜行性のものがいるように魔物にもそういう習性があるのかな。
順調に時間が過ぎているように思えたがやはりいつもと違うようだ。上級のレベル35で救助要請を知らせる赤い光が輝き待機室の明かりが二度チカチカと点滅した。
イーサンは素早く立ち上がると手首を押さえた。
「上級で救助要請だ。私が行く、ここにはユキしかいない。後は頼むぞライアン!」
そう言うと待機室を出て行った。多分手首に『所在発信用魔石』を仕込んであるのだろう通信機能を使ってライアンを呼び出したのだ。その声は私にも届いていて、目の前にいるイーサンからでは無く頭の中に響くように声がした。話しているイーサンの声は耳からは聞こえなかったので他の人には会話が聞こえないようだ。




