11 勤務初日6
そこからも数体のオーク、グールが出てライアンが素早く斬り倒した。スライムが出た時は魔物とは言えただの粘着物というか陸に上がったクラゲみたいで、透けて見える体内の核を突くと見た目の気持ち悪さが無い分なんとか倒せた。
「核を壊せばすぐに倒せる、だが魔石が欲しければ核を避けて倒すといい。魔物の核の部分が魔石だ」
そう言われてもそんな余裕ないよ。
魔石目当ての冒険者たちはそれぞれ魔物のどこに魔石があるか熟知しそこを避けて倒した魔物から体内を探り魔石を獲るらしいけど解体するなんてキモい。
私が魔物を解体する気持ち悪さを想像しているとどこからとも無く泣き叫ぶ声が聞こえた。
「くそー!!なんでこんなとこで!なんでオレが……」
声が聞こえた瞬間にライアンはダッシュするとあっという間に見えなくなった。
「待って!!置いていくとかありえない!」
私も急ぎ着いていくとデコボコとした道を曲がった目の前に今まさに魔物に殺されそうな男が地面にへたり込み長剣を闇雲に振り回していた。足に怪我を負っているようで、相手はどうやら角がある人型の様子からオーガだ。
ライアンは迷う事なくオーガに斬りかかり客と魔物の間に立ちはだかる。
「救助を要請するか?」
背中に庇った客に声をかけた。客は一瞬とまどった様子だった。
「よ、要請する!!助けてくれ!」
「小銀貨五枚だが払えるか?」
オーガからの攻撃を受け流しながら交渉を続ける。
「払う、払うから頼む!」
「了解した」
答えを聞いた瞬間、すぐに勢いよくオーガに飛びかかると一発蹴りを入れ魔物がよろめいたスキにグサリと長剣を首に差込みそのまま切り落とした。オーガの体を押し倒し剣を一振りして血を払い鞘へしまう。
「怪我をしてるな」
客を振り返るとまだへたり込んだままで足が出血しているのが見えた。
「ユキ、ポーション持ってこい」
あっという間に魔物を倒したライアンを呆然と見ている所へ急に名前を呼ばれて驚いた。
「は、はい!」
私はすぐに駆けつけると腰のベルトに付けられている小瓶を一つ取り出した。このダンジョンに入る前に渡された幅広のベルトには縦五センチ直径二センチほどの小瓶に入っているポーションが一つ一つ差し込めていくつか持ち運べるようになっている。ベルトから取り出した物を客に渡そうとする。
「先に金をもらえ、大銅貨六枚だ」
「お金取るの?ここで?」
さっきもまさに殺されかけている場面で救助がいるか確認したり、金を要求したりと驚いたがここでは当たり前なのか客はゴソゴソと金を取り出し救助料小銀貨五枚とポーションの代金の大銅貨六枚を払った。
受け取ったライアンが頷くと私はポーションを渡した。客はすぐに足にかけ残りをグイッと飲むと立てずに死にかけていたはずが足はあっという間に回復しゆっくりと立ち上がった。
「助かったよ、もう駄目かと思ってたんだ」
素直に礼を言う客。ちょっと涙目だ。
「救助を受けた以上規定によりこのまま脱出してもらうがいいな?」
ダンジョンはあくまで自力でクリアした場合のみ証明書が発行されるようで、どこまで進んでいようが救助を受けた時点でクリア出来ていないとみなし今回は失敗となるようだ。
「もちろんだ。もうポーションが無くなったし、出直すよ」
力無く答えると客は大人しく後ろをついてきた。
帰り道にだってもちろん魔物はいる。脱出用の魔法陣を目指しライアンと客は協力しあって魔物を倒した。私は見ていただけだ。
魔法陣にたどり着きそこへ三人で立つと来た時同様床が光ると帰還し来る時に入った部屋へついた。
「出て右だ、お疲れ様。またのご来店を」
客はライアンに魔石を渡し救助用の部屋から出るとそそくさと帰って行った。
「結構あっさり帰るんだね」
命をかけて助けに行ったとは思えないほど両者の淡々とした態度に驚いた。私はクタクタだよ。
「そりゃこっちは仕事だし、むこうは失敗した恥があるからな。成功する奴ばかりじゃないからそこはそっとしておけ」
なるほど、プライドね。
そのまま店先へ戻るとマルコが地図を見ながら店番をしていた。
「まだかかりそうだぞ、結構やるようじゃな」
もう一組のふたりは順調に進んでいるようで既にレベル36だ。マルコの話によると一つのレベルをクリアするのにクラスにもよるが上級で最初の方はニ、三時間ほど。深くなるほど時間はかかり進むのも困難になる。ダンジョン内で夜を越えるのは当たり前、その間こちらも気を抜けない。次のレベルに進む魔法陣の横に脱出用のものがありどちらか選べるようになっているそうだ。
「コイツらはイーサンが昨日受付したから今日で二日目。そろそろ出るだろう」
ライアンはまたソファに寝転ぶと地図を眺めていた。
「出るって自主的にって事?」
「そうじゃ、今の階で出れば世間的にも上級として扱ってもらえる。仕事の依頼の金額も上がるじゃろ」
冒険者たちが請け負う依頼は多種多様だが一番多いのが旅の護衛らしく、ランクによって金額が違うから普通の冒険者は上級の浅い所でとりあえずレベル上げを終了することが多いそうだ。
「二日でレベル36なら優秀じゃな。一応声をかけとくかの」
優秀な冒険者を見つけた時は最ダンで働かないか勧誘してるようだ。ブラック過ぎてほとんど断られているようだが。
「これどうすればいいんですか?」
私は救助に向かう時に渡されたベルトを外すとマルコに尋ねた。
「帰ってきたら必ずポーションを補充してから置いておくのじゃ。出る時は慌てておるからの」
言われた通りにポーションを補充しベルトのポケットにしまっていた『所在発信用魔石』と『明りの魔石』を取り出した。『所在発信用魔石』はダンジョンに行く者が必ず持つ事でどこに居て、生きてるかどうかもわかるらしい。個人を特定出来る機能も付いていて客に渡す物と同じだが従業員専用の物には通信機能もついている優れものだ。
「この『所在発信用魔石』はユキの物だから明かりの魔石と一緒にそのベルトのポケットに入れてこの棚に置いておきなさい。ここに置いておけば魔石に魔力が補充される。ダンジョンに潜る時は必ず持っていくのじゃぞ」
ライアンのベルトも片付けるようにと言われ、棚にベルトを置いたがその手にはまだ魔物の血がついていた。ダンジョンの中で軽く拭っていたけどワンピースの袖口とスカートにも血が飛び散っている。すぐに着替えたいがまだ客はいるのでそれも無理なようだ。
とにかく手だけでも洗おうと給湯室へ向かい手を洗った後さっき入れそこねたお茶をいれた。お盆にカップを乗せさっきの待機室に戻るとソファで寝転んでいるライアンに手渡した。
彼が見ている壁にある地図は三つに分かれていてそれぞれ初級、中級、上級とあるようだ。初級は階層が十段階で迷路も単純、魔物の出現率で分けられているらしい。なのでそこまで詳しい地図は普段見られておらず救助要請があった時や要注意の客がいる時だけ開いて見るようになっている。
問題はやっぱり上級で階層はとてつもなく深い。ほとんどベテランの冒険者と騎士達が利用するわけだが、さっき救助した客みたいに時々まだ腕がない無謀な若い冒険者が油断して利用する事がある。ベテランで慎重な者なら慣れた者とパーティを組んで挑むが単独で上級を取ったとなれば箔がつくと思うのだろう、結果的に救助され失敗に終わる事が多いようだ。
「資格には何人でどのレベルを取ったか記載されるからな。単独制覇の肩書が欲しいんだろ。そういう奴に限って救助要請の申込みをしない」
ライアンは渡したカップに口をつけると一瞬こっちを見た。
「なに?」
「いや、意外だな」
お茶くらい美味しくいれるよ、長年商社で働いてきたし趣味で紅茶に凝ってた時もあったからね。大学卒業してやっと入った会社でなんとか仕事にも慣れ彼とも上手く行ってるつもだった。まさか浮気されて捨てられてこんなワケわかんないとこでお茶いれるハメになるとは思わなかった……はぁ……お腹すいた。
お昼を食べそこねていた事を思い出し買ってきてもらった袋を見て固まった。
「これ朝食べたやつと同じだよね」
「美味いって言ってたろ」
「いくら美味しくても連続はちょっと」
「贅沢いうな、金払え」
お金で思い出した、そう言えばさっき救助料小銀貨五枚も取ってた。
「それよりさっきの救助料高くない?救助要請料金の五倍でしょ?」
「ちゃんと確認して相手も了解したんだ。命の値段にしては安いだろ。これに懲りて次からは救助要請を申し込むさ」
鬼上司は黒い笑顔で笑った。




