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ダンジョンの受付嬢最強説  作者: 蜜柑缶


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10/133

10 勤務初日5

 マジか……かなり強力なブラック企業……暗黒じゃないですか。

 

「それって救助要請の申込みをしているお客さんが帰るまで続くんですよね」


「基本はそうだが申込みをしてなくても客が潜ってる間は誰かがここで詰めてる」


「どうしてですか?その場合救助要請は来ないですよね」


「まぁ、そうだが手続きの問題もあるし……そのうち分かる」

 

 ライアンはそう言うと私にお茶をいれろと言ってきた。

 

 仕方ない、入れてやるか。昼食代払ってないし。

 

 そう思ったものの場所と勝手がわからずにいるとちょうマルコがやって来たので教えてもらえることになった。

二人で一旦、訓練場へ出るとすぐ隣にある給湯室のようなこじんまりした部屋へ入った。そこでお茶を入れたり出来るようだ。

小さなキッチンのような造りで流し台があり置いてある普通のケトルに蛇口から水を入れすぐ横の平らな四角いタイルの上に置くと側のボタンを押した。まるでIHクッキングヒーターの様な感じで火は見えない。

 

「これって何で熱くなってるんですか?」

 

 私が質問するとマルコは小さい子に教えるように優しく答えてくれた。

 

「これは魔石を使った魔術具じゃ。部屋の灯りやシャワーが出る仕組みにも使われておる。カウンターがあった隣の待機室の側の壁に地図があっただろう?あれはダンジョンの中にいる客の居場所を示すもんじゃがあれも魔術具で、動かすのに魔石が使われておる」


「あれでお客さんの動きがわかるんですね」


「そうじゃ、あれはただ居場所を知らせるだけじゃなくて、今どういう状態かも探ることが出来る。

それによって救助要請が来なくても何かあった場合は駆けつけなければいかんからのぅ」


「どうして要請がないのに行くんですか?さっきもライアンに聞いてたんですけど……」

 

 マルコと話し込んでいると急に待機室の方からライアンが早足で出てくると私を呼んだ。

 

「用意しろ、行くぞ」

 

 そう言って自分は既に腰に長い剣を差しマントを羽織ると私に何か色々な物が付いてるベルトと魔石を渡して来た。

 

「早くしろ、それを腰に付けて『所在発信用魔石』はベルトについてるポケットにでも入れとけポーションはセットしてある。ダガーは持ったか?」


「ちょ、ちょっと待って。そんな急な……」

 

 あまりに急な事であたふたする私にライアンは容赦なく続ける。

 

「早くしないと客が死ぬぞ」


「えぇ!!」

 

 驚いて一瞬固まったがマルコがダガーを持たせてくれ私にニッコリ笑った。

 

「ライアンから離れるでないぞ、見失うと死ぬからの」

 

 ヒィ〜なんて事を笑顔で言うの!

 

 私の用意がなんとか出来るとすぐに訓練場の奥にあるドアの方へ向かった。

 

ドアにはそれぞれ『初級レベル1〜10』『中級レベル11〜30』『上級レベル31〜100』そして『救助専用』と書かれてありどうやら各々ダンジョンの入口らしかった。

 

 ライアンはそのうちの『救助専用』のドアを開けると入って行った。私が入る事に躊躇していると中から手を掴まれ引っ張り込まれた。

 

「覚悟を決めろ、ここからは冗談じゃすまない」

 

 そう言って床に円形に描かれたいわゆる魔法陣って感じの上に立たされた。ライアンが壁にある何かタッチパネルの様な物にいくつか触れた。魔法陣はすぐに光りだし目の前のドアがボヤけ少しフラついてライアンによりかかると急に辺りは真っ暗になった。

 

「え?何、どうなったの?」

 

 焦って手探りで彼のマントを掴む。

 

「落ち着け、すぐに見えるようになる」

 

 そう言ってゴソゴソとする気配がしてすぐに電気がついたように明るくなった。


ほんのり光る魔石を渡されベルトに収納するように言われた。この『明かりの魔石』が光って照らしているというよりはその作用で辺りを明るくしてる感じで魔石をポケットに入れても暗くはならなかった。


魔術具ってことかな。結構広範囲に明るくダンジョンを進むのに先々まで見えるので助かる。いつどこから魔物が出てくるかわからないし。

 

「オレから離れると置いていくぞ。客が優先だからな」

 

 鬼のような発言にビビリながら頷く。ここは何でもありの上級者用だ、ひとりじゃきっとすぐに死ぬ。


 足早に歩き出した彼に置いて行かれまいと必死で着いて行った。向こうは私より背が高く体力もあるため大変だ。

 初めて来たダンジョンの中は思いのほか広く複雑な造りをしていた。洞窟の様なその迷宮を迷う事なく進む様子に先程地図を睨んでいた彼の姿が思い浮かぶ。

 

「さっきは道順を覚えていたの?」


「あぁ、最短距離で行かなきゃ客が死んじまうからな」


「でも二組いてどうしてこっちに行くんだってわかったの?」


「道は両方覚えてた」

 

 ゲ、凄い。方向音痴の私には無理だ。あの短時間で……もしかしてライアンて賢い?

 

「それでどっちに向かってるの?」


「一人でいる方だ」

 

 つまり救助要請じゃない。

 

「要請が無いのに救助に向かうの?」

 

 早足で歩きながらの会話でますます息が切れる。

 

「さっきまで軽快に進んでいた様だが一旦止まった後、急に動きが鈍りノロノロとした後再び止まって動かなくなった」

 

 ライアンは息を乱すこともなくドンドン進む。

 

「休憩してるんじゃないの?」

 

 歩き疲れてというか走り疲れて私も休みたい。

 

「多分、魔物にやられて動けないんだろう。止まった場所は休むような所じゃない。魔物は地図に映らんからな」

 

 どうやら休憩するには無防備な所で動きが無いのは怪我して移動が困難なせいらしい。


地図の上だけでそこまで読み解かなきゃいけないの?


この仕事って結構頭も使わなきゃいけないようだ。推理力が試されるね。

 

「止まれ」

 

 急に止まれと言われても止まれずライアンの背にぶつかった。

 

「痛い!なによ、突然」


「動くなよ、オークだ」

 

 そう言って彼はダッと前に飛び出すと腰にある剣を抜き、前方にある脇道から現れた豚の頭部に似た顔で筋肉質な体の魔物に斬りかかった。

一太刀で首を跳ね飛ばしオークは何もする事なくバッタリと倒れた。

 

「行くぞ、他が出てくると厄介だ」

 

 オークは首が無くなった所からドクドクと血液を流し体はまだビクビクと動いている。その様子に目が釘付けになりその場から動けなかった。

 

「そいつはもういいから来い!」

 

 すくんで動けない私の腕を掴むとライアンはまた早足で進んだ。私達は倒れたオークの体をまたいで先を急ぐ。

 

 吐きそう……

 

 私が口を手で押えるとライアンが面倒くさそうに顔をしかめた。

 

「しっかりしてくれ、ここから魔物が増える」

 

 言うなり今度はゴブリンが数体現れた。こいつはこの世界に来たばかりの時に追いかけられ済みだ。見た事があるというだけですこし冷静に見れた。

 

「やっぱりこいつキモい」

 

 私がやっと口をきくことができるとライアンは腕から手を離した。

 

「こいつは一度経験したんだからイケるだろ。少しは手伝えよ」

 

 そう言ってまた一体のゴブリンを斬り倒した。

まだ数体いるが次々と斬り倒す様子を見ても助けがいるとは思えない。

一応ダガーを握りしめ立っていたが心の中は上司と食事に行って「奢ってくれるはずだよね」って思いながら財布を出してるのと一緒でまったく行動に移す気は無かった。

 

「最後は殺れよ」

 

 ライアンはそんな気の良い優しい上司では無く、脅してここに就職させた鬼上司だった。

 最後の一体をワザと私の方へよこし自分は剣を収めた。

 

「イヤー!なんで?!無理無理!」

 

 私は急にこちらに向かってきたゴブリンに手にしたダガーをあたふたと振り回すと後退りした。

 

「早くしろ、振り回すんじゃない、突くんだ。言ったろ?」

 

 鬼上司は呆れイライラとしながらゴブリンの側を抜けこちらへ来るとダガーを握りしめた私の手を上から握り、反対の手で肩を抱くと耳元で言う。

 

「突き刺す、こういう風に」

 

 迫るゴブリンの胸元にダガーをグサリと突き刺した。刺しこむ力はライアンのものだが私の手にも肉を切り裂く感触が伝わり背筋にぞわりと悪寒が走る。

 

「もっと深く刺せ」

 

 ダガーの刃をゴブリンの体に途中まで刺すとそこから手の力を抜き私にトドメをさすように促す。ゴブリンは刺された瞬間から動きを止めその醜い目で私を睨んでいるようだ。

 

 こっち見ないでよ、私のせいじゃないし。

 

 気持ち悪いがゴブリンを殺らなければこっちが上司に殺られそうだ。震える手でグッとダガーを押し込んで魔物の息の根を止めた。肉を突く感触が生生しく手に残る。

 

「抜くときは出来れば体を正面から避けた方がいい。また浴びるぞ」

 

 そう言いながらゴブリンの体を右へ押しやりダガーをスルッと抜いた。魔物の体からまだ温かい血液が一瞬勢いよく流れ出て私とライアンの手を汚した。

 胃から迫り上がってくる物をなんとか飲み込むと、私の気持ちは後回しにされまたライアンは歩き出した。

 

 ついて行かなきゃ……ホントに死んじゃう。



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