砂漠の世界 後編
前回のあらすじだよ。
やあ、みんな、ボク、ナリス。
地球にある日本って国の天照大神の息子で番外の神って呼ばれてるちょっと特殊な立ち位置にいる神の1人なんだ。正確には神っていうか…って感じなんだけど、神族であることは間違いないよ。
ボク、ちょっと前に初めて異世界に派遣されて転生したんだけど、何か突然、上位の神々にここに派遣されてきたんだ。って言葉の響きはいいけど、もうほぼほぼ「神々による丸投げのザル計画」の被害者なんだけど。
虫の居所が悪かったのは認めよう。何せ元の世界ではボクの親友が婚約するかどうかの瀬戸際に立たされている最中で、ボクはそれをにやにやしながら特等席で眺めている予定だったんだよ。
なのに気がついたらこの世界に派遣されて、道を作るための召喚の魔方陣には隷属の魔方陣を何とかして組み込もうとした人間の努力が実っていてばっちり組み込まれているし。あ、そんなものは効かないし、すぐに破壊してやったけど。ついでにボクを隷属させようとした犯人のおっさんはグーでパンチしておいたんだけど。どちらにせよこの世界にあんまりいい思いがないからちょっと水に沈めて大人しくさせておこうと思ったら、まさかのミズハが気に入っちゃったみたいなんだ。
ミズハはここのところ箱庭で動物たちと遊んでばかりいたから暇つぶしをしたいみたい。この世界にとっては良かったかもね、ミズハは天候を操る水晶と呼ばれているくらい、自分で好きな時に好きな場所に雨を降らせることが出来るから、うって付けって言えばそうなんだよね。
しょうがない、ミズハに色々保護して対策とって送り出すか。
「あ、あの神よ、どうかなさいましたか…?」
「うん?あぁ、ごめんよー。ちょっと考え事してたや」
片腕の王の問いかけにナリスは謎の誰かに向けていた思考の海から戻ってきた。
「さて、ミズハ、本気だね?」
ナリスの問いかけにミズハが大きく1回光った。
「わかった。王達、聞いての通り、ボクの大切な大切な身内である水晶のミズハがこの世界を救う手助けをしてくれるそうだ。ミズハの能力は大雑把に言うと、雲を呼び雨を降らせること。ボクたちの世界では天候を操る水晶、とも呼ばれている」
ナリスの言葉に王達がざわめいた。
この水が失われていっている世界でその水晶の能力は誰もが欲しがるもの。この水晶を手に入れることが出来た者こそこの世界の王、野心溢れる者たちにとってはとても魅力的な水晶だ。先ほどの神の言葉さえなければ。
先ほど、神はこうおっしゃった。
『本人(水晶)の許可無く勝手に触っただけで地獄の最下層に直通で落とす』と。
いくら野心に溢れていてもそこで死んでしまえば意味はない。触っていいのかどうかも水晶次第なのだ。
「もちろん、さっきも言った通り、この水晶には色々と加護と保護と仕掛けを施す。誰だろうとミズハを自分の都合の良いように使うことは許さない。当然、いつだってミズハとボクは繋がっているから、何かがあればすぐにボクがこの世界に来ることも出来るようにする。その上で、10年だ。10年あげよう」
「10年、でございますか?」
「そう。まずは10年でこの世界を多少でもマシな方向に導くことが出来たのならば、ひとまずはこの世界を水漬けにするのはやめてあげる。10年後にまだ同じ事を繰り返してるだけなら水漬けにして2,300年放置する。それで過剰な炎の魔力も収まるだろうからこの世界は新しい一歩を踏み出せるだろう」
何でも無いことのように簡単にナリスはこの世界全体を水漬けにすると言う。この召喚されたというか他の神々によってこの世界に送り込まれた少年神は、人を滅ぼすことだろうが何だろうが関係なくさらっと言ってくる。そしてそれが出来るだけの実力もあるのだろう。少年神の言葉からすれば、彼はこの世界の炎の男神と水の女神より上位の神々よりこの世界について一任されている神なのだろうから。
「わかりました。神よ、我らは10年かけて少しでもこの世界をより良い方向に導けるよう努力いたします。貴方様のお言葉をしかと胸に刻んで励みまする」
いつの間にか王達の代表として片腕の青年王がナリスの問いかけに答えるようになっていた。
「ですが、神よ。1つお願いがございます」
「何かな?」
「はい。その水晶のミズハ様ですが、どうかお側に侍る者をお決めください。我らが全く何も通じる事が出来ない、というのはさすがに…」
そこから先は少し言いづらそうだったが、まぁ、ナリスとしてもその気持ちも分からなくも無い。
ミズハが万が一、この足下の王のような者の言うことだけを聞く存在になっては元も子もない。
「そうだね。じゃ、ミズハに決めさせよう。ミズハ、君、この中から好きなの選んで。そいつを君の従者に認定するから。ミズハが気に入った人でいいよ」
ミズハが大きく1回点滅して、空中を音も無く移動して王達の近くに寄っていった。
「一応、ボクの足下にいるコレも候補にいれてもいいよ」
ナリスの言葉にミズハは2回点滅して拒絶した。
「あはは、イヤだってさ。あ、一応、ミズハはこちらの言葉は分かっているからね。はい、が点滅1回、いいえ、が点滅2回だよ」
皇都アークトゥルスにある屋敷でセバスとの会話を成立させる為に身につけた技がここでも役に立っている。
ミズハは王達の周りを無音ですーっと通り抜けると、片腕の青年王の前で1回光った。
「ふぅーん。そいつがいいの?」
肯定するようにミズハが1回光る。
「わかったよ。じゃ、そこの片腕の王様。君にボクの大切なミズハを預けるよ。わかっているとは思うけど、やりたい事は全てミズハの意志が優先だ」
選ばれた片腕の青年王は改めて深々と頭を下げた。
「は。この身、この命に代えましても、ミズハ様のお側に侍らせていただきます」
大げさに言っているように聞こえるが、この世界では水が最優先なのだ。それを自由に操ることができるミズハという水晶は国宝どころの騒ぎではない存在だ。まさしく”神々からの贈り物”。
たとえ真相が、退屈していたミズハが図書室にある小説を読みまくって自分もちょっとやってみたい、と思っただけだったとしても、この世界ではミズハの存在こそが神が与えてくれた救いになる。
「ミズハ、いいかい、この世界は魔力に満ちているからミズハが魔力切れになることはないと思うけど、万が一何かあるようならすぐにボクを呼んでね。それと色々と仕掛けておいたから、触っていい人にはちゃんと許可を出すこと。無茶をしないこと、いいね?」
ナリスの言葉にミズハは1回光った。
「それと、片腕の君。ちょっと立って」
ミズハが選んだ片腕の青年王を立たせると、ナリスは水の玉座を降りて近寄っていった。
「うん、切られてそんなに時間は経ってないね」
「はい。切られたのはつい最近のことですので」
巻かれた包帯から微かに血のにおいがする。どうやら未だに出血も止まっていないようだ。
「じゃ、治すよー」
そう宣言をしてナリスは青年王の無くした片腕に手をあてた。そこから優しい光が王の体内へと侵入していき、やがて無くなったはずの腕はきっちり生えていた。昔は苦手だった生者への治癒術も最近はそれなりに場数を踏んで得意になってきた。主に犠牲者は身内ばかりだったが。
「よし、生えた。片腕ないだけでもミズハのお守りは大変だと思うから、これはちょっとしたおまけだよ」
信じられないものを見たかのように、青年王は何度も生えてきた己の腕を見つめた。
誰かがごくり、と喉を鳴らした。
天候を操る水晶とこの少年神を己のものとすれば、間違いなくこの世界は自分のものだ、王達の内の何人かはそう考えた。だが、この少年に手を出すことは己の破滅に直結しているので、表にはその感情を出さないようにしなくてはいけない。そう思って必死に無の表情を取り繕っている者たちがいたのだが、ナリスは、というか水晶のミズハが選んだのは自分たちが下に見てきた片腕の青年王。
彼の青年王と親しい者たちは本人の公平性を知っているので特に何の驚きも無かったのだが、ナリスの足置きになっていた王などは憎々しげにナリスと水晶を睨み付けていた。
「ダメだよ。そんな物欲しそうな顔しても。言ったでしょう?神をたかが人間如きが自由に出来ると思うなよ、って」
水晶とナリスを自分の物にしたくて仕方の無い王達に向かってナリスは釘を刺すことを忘れていなかった。
「ミズハが選んだのはこの王だ。この王に協力するか敵対するかは好きにすればいい。でも、10年後の結果次第では君たち全員海の底に沈めるからね。あ、そうそう、おまけ」
そう言うとナリスは腕の生えた王に向かって光りの玉を投げた。玉はそのまま王の身体の中へと入っていった。
「君が寿命以外で死ぬことがないようにしたから、何が何でも10年間は生きてね」
失敗しようが成功しようが10年間はこの男を生かす。10年の間にどれだけの事が出来るのかは分からないが、ミズハが選んだ王なのだ。すぐに死んでしまったりしたらミズハが悲しむ。
「じゃ、ボク帰るから、10年後にまた会おうね。10年後は召喚の魔方陣とかいらないからね。ボクは勝手にこの世界に来るから。ミズハを頼んだよ。ミズハも何かあればすぐに呼んでね」
少年神はミズハに手を振ると、さっさとその姿を消したのだった。
王達が下げていた頭を上げたのは、いなくなってから十分な時間が経ったと思われた時だった。それまでは怖くて頭を上げられなかったのだ。
今までの出来事は実は白昼夢だったのでは、と王達は思ってしまったが、ふよふよと浮いている円錐形の水晶が夢でなかった事を示していた。さらに言うなら足置きにされていた王の全身に痛々しい傷跡がいくつも出来ていた。
「さて、どうする?」
ミズハに選ばれた王に近づいてきたのは近隣の小国の王達だった。ミズハに選ばれた王を中心に初めは小さな輪ができていたのだが、気がついたらその輪は広がっていて、まるでこの一角で決められた事こそが重要だと言わんばかりにミズハが周辺を浮遊していた。
「……ミズハ様にお伺いをたてよう。やりたいこと、行きたい場所があるのならば従者として共にいかねばなるまい。その上で、ミズハ様には快く雨を降らせていただきたいのだ」
王の言葉にミズハは点滅1回で答えた。
「神からいただいた期間は10年。その間に少しでも世界を改善して何とかしなくては…」
あの少年神なら何のためらいも無く実行するであろうこの世界の、というか人間の滅亡。少しでも時間が出来たのならばその回避のためにも動かなければならないだろう。幸い、ミズハ様は自分を選んでくれた。
「ミズハ様、まずはいかがなさいますか?この世界はまだまだ広うございますから、ミズハ様のお好きな事をなさってくださればいいのです」
ミズハは、王の傍を漂うとついてこいと言わんばかりに点滅しながら窓へと向かった。ミズハに選ばれた王とその周辺の王たちがミズハの後を追ってバルコニーに出ると、ミズハの全体が白く光った。同時に雷の音が聞こえ初め、そしてすぐに大粒の雨が降り出した。
それは、この世界の者にとって久方ぶりの天から降る雨であった。
ほんの短時間の間だったが、ミズハはこの世界全体に雨の雲を張り巡らせて雨を振らせた。
「民が喜びましょう。久しぶりの雨でしたから」
下の方から子供たちのあ「雨だー」という騒がしくそれでいて嬉しそうな声が響いてきたのだった。