第六話 一方そのころ「勇者」パーティは。
今回はディルを追放後の勇者パーティサイドになります。
視点はパーティの紅一点であるベリルにお願いしました。
私、ベリル=ラテの人生は、たった二人の男のせいで台無しになった。
一人は父親。あいつはギャンブルで到底返せない借金をこさえた。
それだけならいい、そんなのあいつの責任だ。
だが最初の不運。その頃から、ちょうど王都で非合法の奴隷商人の活動が活発になっていたということ。
結論を言えば、私は奴隷として売り飛ばされた。
まあ幸いに私はすぐに保護され、教会の司教様に引き取られたのだが。
しかしここで二つ目の不運。
ちょうどその時、司教様の放蕩息子殿がパーティを組もうとしていたのだ。
私はその初期メンバーに入ってやってくれないかと頼まれ、他ならぬ司教様の頼みならばと快諾した。
問題はその息子殿、パスカヴィル=グレイハウンドという男が最低最悪のクズ野郎だったってこと。
いったいあのお優しい司教様からどうしてこんなのが?
とにかく人を殴る蹴るは当たり前。罵詈雑言は彼にとって挨拶のようなものだ。
そのくせ自分は「勇者」なんだと誰彼構わず威張ってまわる。
「てめぇは『勇者』に逆らうのか!? この出来損ないのハズレくじ野郎!」
それが口癖だった。
冒険者が発現するジョブは、その当たり外れが大きい。
「勇者」はその中でも三強と称される当りジョブ。が、あんなに威張っていては「勇ましき者」とはとても言えない。
とにかく、私は彼のパーティに入らされた。
そして幸運にも私は三強の「魔術師」を引き当てたが、パスカヴィルはそれを喜ばなかった。
「てめえがクズジョブだったら遠慮なく『ペット』に転職させてやったのにな。顔がいいのに残念だぜ」
「ペット」なんてジョブあるものか、クソ野郎。
それから一年ほどは地獄だった。魔物を殺し、宿屋で死んだように寝る。その繰り返し。
激務と飲みすぎたポーションの副作用で身長が伸びなくなった。私の体は、今でも子供と見分けがつかない。あんまりだ
……だが、悪いことばかりではなかった。
ディル=ミズハ。「僧侶」の少年が入ってきた。
彼はパスカヴィルたちの奴隷のように扱われていた。
まあ、「僧侶」は一番のハズレくじ。なにせ全くレベルが上がらない。レベルが上がらないからスキルも魔法も使えない。
そのはずなのだけど。
「ベリルさん! いま回復します!」
私たちより明らかに遅いが、少年は少しずつ成長していた。魔法も少しずつ覚えていた。
それに彼の回復魔法は、噂に聞くよりずっと効果があった。瞬く間に傷が治り、疲れが吹き飛ぶ。
性格も冒険者には珍しく優しい。何度か話しただけだが、弟にしたいくらいだ。
それになにより、ポーションを飲まなくていいのがありがたかった。
あれは嵩張るし、副作用もあるし、最悪だ。
「いつもありがとう、ディル」
とはいえ、彼に「ありがとう」を言うのは私だけだった。
思うに、ディルは皆のストレスのはけ口にされていた。パスカヴィルの横暴に耐えかねているのは何も私だけじゃない。
……今やそのディルはいない。明らかになった「僧侶」の上位ジョブ、「墓守」が汚らわしいと追い出された。
また地獄が戻ってくる。私は絶望しながらクエストに向かった。
が、何かがズレ始めていた。
「おいローリエとマスカルがいねえぞ!? どうなってんだ!?」
林道を進みながら点呼を取っていたパスカヴィルが怒鳴る。
冒険者ギルドを出た時はいたはずだが、確かに消えていた。
怒り狂う奴を、私は遠巻きから眺める。と、「狩人」のペイルが耳打ちしてきた。
「あいつらきっとバックレたんだぜ。前からパスカヴィルの横暴に辟易してたからな」
私はパスカヴィルに聞こえないよう小さく返す。
「それは皆一緒じゃない。それでも、このパーティの高い報酬のために耐えてきた」
「ああ、最初のうちはそうだった。だがよ、あいつ覚えてるか。『僧侶』のガキ」
忘れるわけ無いだろう。ほんの数日前に別れたばっかりだ。
「ディルのこと?」
「そうそう。あいつが入ってきてからだいぶ冒険が楽になったと思わねえか。
パスカヴィルは馬鹿にしてたが、回復魔法はポーションと違って怪我だけじゃなく疲れも取れる。
それにポーションと違って鼻が曲がるほどの臭いも苦味もねえ」
「そうね。でもあなたたち、一度でも彼に感謝したことあった?」
「……それを言うなよ。パスカヴィルにバレたらと思うと、そんなことできねえよ。
ああそれにあいつの聖魔法やスキルは、威力はないが便利だったよなあ。
『浄化』で臭え魔物の体液なんかを落としてくれたり、『昇天』でアンデッドの大群から助けてくれたこともあった」
「ええ。でもあなたたちもパスカヴィルと一緒に彼を殴ってた」
「だからしかたなかったんだって!
とにかく、いなくなったローリエもマスカルも、ディルの便利スキルにすっかり慣れちまったのさ。
もちろんディルが来る前は臭えのも苦えのも当たり前だった。
でも俺たちは便利さに気づいちまった! いまさら戻ったりできるもんか!」
「それで、あなたも逃げるつもりなのね」
「……そうさ。おまえに声をかけたのは、一緒に来ないか誘うためだ。
『狩人』の俺と『魔術師』のあんたなら、新パーティでもやり直せる!
どうだ、一緒に来ないか?」
そう言って差し出された右手。いつもディルのことを平気でぶん殴ってた右手だ。
たしかにこいつはパスカヴィルよりマシ。でも、大した違いはないだろうな。
私が返答する前に、パスカヴィルがこっちの会話に気がついたらしい。
眼から炎を吹き出しそうな勢いで走ってくる。
「てめえら何こそこそしてやがるんだ!? さては脱走兵の居場所を知ってやがるな!?」
「やべえベリル! 俺はもう行く! お前も逃げるタイミングを間違えんなよ!」
余計なお世話だ。
林道を走り去っていくペイル。その体が突然に宙に浮く。
「ぎゃああああああああああああああ!!??」
森林翼竜。ここらじゃ最も危険な魔物だ。それが四体。悪夢だ。
さらによく見ると、ローリエとマスカルも他の翼竜に捕まっていた。
「っち、逃げただけじゃなく魔物まで呼び寄せやがったな!」
パスカヴィルが舌打ちし、残ったメンバーに号令をかける。
「おいてめえら! 今日最初の仕事だ! あのクソ魔物共を――」
しかし情けない悲鳴が、奴の言葉をかき消した。
「逃げろおおおおおおおおおおおおお!!!!」
「俺はもう抜けますううううううううううう!!!!」
「今までありがとうございましたあああああああああああ!!!!」
散り散りに逃げていくメンバーたち。
「……は?」
そりゃそうだ。皆ペイルのように逃げ出す気でいたのだ。翼竜なんぞ相手にしたくない。
おまけにまだまだ目的地までは長い。ディルを追い出した今、ここで負った手傷はそのままだ。
あるいはあの最悪なポーションを飲むか。それでも回復魔法と違い疲労は取れない。
便利に慣れるってのは怖いんだなあ。
「て……てめえらなにやってんだ!?」
ぽかんとしたパスカヴィルの表情が最高だ。久々に良いものを見た。
さて、私もそろそろ逃げ出すか。こんなところでクズと心中じゃたまらない。
そうして駆け出した、まさにその時だった。
翼竜の一匹が私たちの荷馬車を破壊した。あの中はポーションや路銀が詰まってるはずだ。
ああ、これでいよいよパスカヴィルは八方塞がりだ。
が、それは大きな間違いだった。
「……し、しまったあああああああああああ!!! 『積荷』がああああああああああ!!!!」
パスカヴィルの絶叫。だが先程のような怒りの声じゃない。
どちらかというと……困惑? なぜ?
理由はすぐに分かった。
壊れた荷馬車から「積荷」が這い出てくる。
私は血の気が引いた。
ただの荷馬車だと思っていた中に積み込まれていたのは、手と足を縛られた十名程度の人間だった。
私は理解する。
「勇者」パスカヴィルは、あろうことか、非合法な奴隷商人の一味だった。
私は、パスカヴィルの悪鬼のような瞳と目が合う。
「てめえ――」
奴は何を言おうとしたのだろう。そんなことはどうでもよかった。
頭に血が上ってほとんど無意識に、私は「魔術師」の持ちうる最強の魔法を唱えていた。
「エクスプロージョン・モスト!!!!」
閃光が走り、パスカヴィルを中心とした一帯の空気が爆発する。
巻き込まれた何体かの翼竜が無残に引き裂かれた。
が、すんでのところで「勇者」が防御系のスキルを使ったのが見えた。
おそらく死んじゃいない。それでも時間稼ぎはできただろう。
素早く「積荷」たちのもとへ駆け寄る。ほとんどは衝撃で気絶していたが、命に別条はない。
「皆さん、いま助けます! その場を動かないで!」
これならスキル「帰還」でまとめて助けられる。
そう思った矢先、黒煙の中にパスカヴィルが見えた。早い、もう立ち上がったのか。
紫の雷光が空に走る。
パスカヴィルは雷魔法を放つ気だ。撃たれたら間に合わない。
「くっ……間に合って……!」
私は祈った。
そして、雷鳴の轟が耳をつんざいた。
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