第一話 「墓守」なんて汚らわしい
ジョブとは、冒険者となった者に発現する力の分類だ。様々な効果を持つスキルをおぼえ、経験を積めばさらなる上位ジョブに進化する。
が、俺に発現したジョブ「僧侶」はぶっちぎりで不遇だった。
得意分野の聖魔法は「魔術師」の火炎魔法や「勇者」の雷魔法に比べて戦闘向きではない。
最大の長所である回復魔法も、なぜだか使う相手によって効果の振れ幅が大きく使いにくかった。
それでも俺が高ランクのパーティに入れたのは、ある意味その不遇さのおかげだった。
なんで俺を仲間に入れてくれたのかと「勇者」のパスカヴィルに聞いたことがある。いつもならそんな無駄口を発せばぶん殴られる。
が、その時の彼は酒に酔って機嫌がよかった。
「いいか、どんなジョブも経験値をためりゃ上位ジョブに進化する。俺の『勇者』も『剣士』の上位ジョブだ。
だがなディル、てめえの『僧侶』ってのは碌に戦闘に使えねえスキルばかり覚える。
とにかく無能なクズジョブすぎてどこも雇わねえわけだ。だから未だに上位ジョブが確認されてねえんだよ。
けど、ひょっとするとすげえスキルに目覚めるかもしれねえだろ。だから俺らのような成功して金に余裕のあるパーティが、てめえみたいなお荷物を養ってやってんのさ。
ま、ようするに実験だな! おまえは実験ネズミみたいなもんだ! ギャハハハハ!」
正直、そこまで言われる筋合いはなかった。
勇者を含めてパーティの面々は回復魔法の恩恵をかなり受けてるし、聖魔法も体力の高いアンデットには有効だ。古代遺跡のダンジョンでは「昇天」のスキルでミイラの大群に襲われた窮地を救ったこともある。
しかし俺はぐっと反論を我慢した。言っても無駄だ。答えは決まっていた。
「あ、そう。じゃあ辞めていいよ。俺らはポーション使うから」
実際に言われたことがある。たしかに回復目的ならポーションでもいい。それに聖魔法がなくても、パスカヴィルたちの実力があればゴリ押しでなんとかなるだろう。
けど、パーティに入って冒険者になるのは俺の長年の夢だった。力のない人を助け、魔物の被害から街を守り、未知の世界を冒険する。
死んだ父さんもよく言っていた。人は一人で生きてるわけじゃない、困ってる人を助けてやれ……と。
簡単に諦めるわけにはいかない。
たしかにパスカヴィルのことは正直言って好きになれない。
すぐに他人を殴るし、気に食わないことがあると大声で怒鳴る。どんなに回復してやっても感謝の一つも言ったことがない。おまけに女癖も相当悪いと聞いている。
それでも、彼は強い。彼とその仲間たちでなければ倒せない魔物も多かった。
それはつまり、彼らにしか救えない人々がいるということだ。
だから俺は彼らのことを尊敬していた。
それにまだ俺にも希望があった。「僧侶」の上位ジョブだ。
パスカヴィルの言うとおり、それが何なのかは未確認。ひょっとすると「勇者」をも凌ぐ可能性もある。そうすればもっと多くの人を助けることができるだろう。
そうであって欲しいと、俺は毎晩のように願った。
……そして昨日、その時がついに来た。
戦いを終え、「魔術師」のベリルに回復魔法をかけてやったときのことだ。
「いつもありがとう、ディル」
パスカヴィルだけでなく、パーティメンバーは基本的に俺に対して礼を言わない。
むしろ「回復が遅え!」とか「もっと治せないのかよ無能!」とか言われることが多い。
が、ベリルだけは別だ。
長い髪でいつも片目を隠しているのが印象的な、無口な女性だった。
回復魔法をかけると、どんな時でも必ずお礼を口にした。ほとんど聞こえないような小さな声で、だけど。
「ん、おいディル! てめえ今レベルアップしなかったか!?」
パスカヴィルが割って入る。ジョブのレベルの上がった者は僅かに体が発光する。
「おい『鑑定師』呼んでこい! いよいよ『僧侶』の上位ジョブが拝めるかもしれねえぞてめえら!」
ヒュー! という歓声。完全に見世物扱いだった。
が、構わない。上位ジョブの力で活躍できれば、仲間たちとも打ち解けていけるだろう。
そう思っていた。
「げ、レベルアップってディルっすか」
「鑑定師」のヘンリーが億劫そうにやってくる。
「鑑定師」は「学者」の上位ジョブだが、その肉体は「勇者」に勝るとも劣らない。相手の弱点を「鑑定」して素早く仕留めるジョブなのだ。
というかパーティメンバーの大半は武闘派だった。例外は俺とベリルくらい。
「パスカヴィルさん、いつも言ってますがぜってー無駄ですよ。ただでさえ『僧侶』は異常にレベルアップが遅いのに、金の無駄じゃないっすかねえ」
「いいじゃねえか。どうせポーション代ととんとんなんだ。苛ついた時にはサンドバッグにもなるしな」
「そりゃちがいないっすねえ!」
どっと笑いが起こる。俺は苦笑いでごまかした。ベリルはもう興味なさそうに本を読みふけっている。
「じゃ、鑑定してみますわ。まぁ無駄骨だと思いますが」
そう言ってヘンリーはごつい右手を俺の額にかざした。いつもその手に殴られているせいで思わずドキリとしてしまう。
ヘンリーの手から不思議な光が溢れる。彼のやる気のなさそうな表情が、奇妙に歪んだ。
「おいどうした。何か新スキルでも覚えてたのか?」
「パスカヴィルさん……いや、これは……」
「んだよ、はっきり言え!」
俺には訳がわからなかった。ヘンリーは何を驚いているのだろう。ひょっとして上位ジョブになれたのだろうか?
しかしそれにしては彼の様子は、まるで嫌なものでも見てしまったかのような。
誰もが黙ってヘンリーを見つめた。
彼がおそるおそる口を開く。
「あの、上がってます。上位ジョブっす。こいつはもう『僧侶』じゃない」
俺は内心飛び上がった。が、様子がおかしい。
「本当か! で、なんてジョブだ? 大僧正とかそんな感じか?」
「いえ、そのことなんすけど……『僧侶』の上位ジョブは、『墓守』らしいっす」
「なんだって……?」
パスカヴィルの表情が固まる。ベリルを除くメンバーたちもだ。
正直言って俺も思考が止まりかけた。
なんだ、「墓守」って? 僧侶となんの関係があるんだ? そもそも冒険に役立つのか?
が、問題はそんなことじゃなかった。
パーティの誰かが叫ぶ。
「の、呪われる!」
それを皮切りに次々と悲鳴が上がった。
「汚らわしい! 寄るんじゃねえ!」
「気持ちわりい! あっち行けよ!」
「俺たちを呪い殺そうってのか!?」
「いや、あの……」
皆がちりぢりに離れていく。わけがわからない。
たしかに墓場というとイメージは悪い。死と隣合わせの冒険者ならなおのこと敏感だろう。
それでも、墓守が誰かを呪うなんて話は聞いたことがない。
完全にイメージだけで怖がられていた。なんとか弁解しなくては。
しかし、パスカヴィルの怒声。
「てめえら静かにしろ! 『僧侶』の上位ジョブがまさか『墓守』とはな。おいディル!」
「は、はい!?」
「『墓守』なんて、そんな汚れたジョブはパーティにはいらねえ。お前はクビだ。
本当なら今まで投資した金ぜんぶ返してもらわなきゃ済まねえところだが、まあいい。
てめえは素晴らしいことを教えてくれたからな。何かわかるか?」
「い、いいえ……ぐぅっ!?」
いきなり胸ぐらを掴まれ、俺は地面から強引に持ち上げられた。パスカヴィルの体躯は俺よりずっとデカい。いくらもがいても無駄だった。
「『僧侶』ってジョブは! 正真正銘の呪われたハズレくじだってことだよ!
今後もし『僧侶』の奴がいても遠慮なく無視できるぜ! それだけはてめえの役立った点だ!」
「がはっ……!?」
そのまま俺は、背中から地面に叩きつけられていた。肺の空気が全部出ていき、息ができない。
なんとか立ち上がろうとしたところをまたパスカヴィルに蹴り飛ばされる。
「おい誰か縄もってこい! 街に戻るまでこいつを縛り付けておけ!」
彼の言うとおりになった。痛みで動けない俺は、縄でぐるぐる巻きにされて荷馬車の中へと放り込まれた。
街に戻るまでの一昼夜。ひどく惨めで悲しくて、俺は声もあげずに泣いてしまった。声を出せばきっと怒鳴られるから。
こうして俺は、パスカヴィルのパーティからクビにされた。
希望も尊敬も砕け散った。
ただ誰かの役に立ちたいと、そう思っていただけなのに。
……それが昨日のこと。
そして今、俺はメンテの街の街角に立ち尽くしている。
パーティを追放され、それだけじゃない。あろうことかパスカヴィルは俺のジョブが「墓守」だと言いふらして回ったのだ。
冒険者ギルドの反応は推して知るべし。「墓守」と冒険をともにしたいという者はいない。事実上、俺は冒険者としての資格を永久に取り上げられてしまった。
「お腹すいた……」
この街に来て一年ほど経つ。だが、田舎から出てきてすぐにパスカヴィルのパーティに入った俺には、知り合いも財産も無かった。
クエストの報酬? もちろんない。宿代と食事代の分を差し引かれ、俺はずっと無給だった。
それでもよかった。冒険者になるのは俺の夢だったから。
今はもう冒険者ですらないけれど。
思い出すとまた涙が出そうになる。
けど今はそれどころじゃない。
思えばパーティにいたころは、無給ではあるが衣食住だけは保証されていた。
だが今は、縛り上げられた昨日から何も口にしていない。
ぐぅぅ、と情けなく腹が鳴る。あまりの空腹で視界が定まらなくなってきた。
どうにか食べ物を工面しなくては。だがどうやって?
パッと思いつくのは、「僧侶」もとい「墓守」としてのスキルに頼ることだ。上位になったとはいえ既存スキルはそのままだろう。
なら、回復魔法などで誰かを助ければ見返りに食料をもらえるかもしれない。
「いや、ダメだ……」
スキルや魔法の使用には魔力が必要だ。だが昨日ベリルを治した時点で俺の魔力は尽きている。
そして魔力は十分な休息と食事によって回復する。俺にはどちらも足りていない。
試しに最も初歩的な聖魔法である「ライト」を試してみたが、案の定何も起こらなかった。ただ周囲を明るくするだけの魔法なのに。
これでは消耗の激しい回復魔法などとても無理。
次に思いついたのは冒険用の装備を質に入れること。
しかしこれもダメ。
後衛である俺はマトモな装備など与えられていなかった。せいぜい薄汚れたナイフとボロボロの冒険者用着。
こんなものじゃ、むしろこちらが金を要求されそうだ。
となると次の手は……あれ? もう他になくないか?
スキルもない、元手もない、知り合いもいない。俺にできることは何もなかった。
このメンテ市は冒険者の集う裕福な交易都市だが、金を持たない人間には厳しい。通りを行き交う人は多いが、その誰もがボロボロの俺に目もくれない。
「や、やば……」
気がつけば俺は石畳の上に倒れ込んでいた。すぐ側を馬車が駆け抜けていき、御者の罵声が頭から降り注ぐ。
立ち上がらなくては。けれど体に力が入らない。
ああ、ダメだ……意識が遠くなる……。
俺は冒険者として、誰かを守って死ぬと思ってた。
なのに、こんなところで野垂れ死ぬのだろうか……。
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