モブと生徒と種族の違い
「よし、これで全員が仕留められた訳だな。気分はどうだ」
地面にへたり込んでいる生徒たちを前に、レックスが腕を組んでそう言う。
気分は、と問われた生徒たちは苦しそうに呼吸をしながら顔を歪めた。
ふざけた教師の面子を潰す、そう思って参加した戦技教練で、面子を潰すどころか自分たちの方が潰されてしまったのだ。
「今回なんでお前らを走らせたかと言うとな、お前らに実戦の状況を知ってほしかったのと、お前らに種族の違いをキチンと理解してもらうためだ」
種族の違い、と言われ生徒たちは一斉に疑問符を浮かべてしまう。
「せんせい、種族の違いって、なんのことなんですか?」
男子生徒に質問され、レックスは規則正しく分けられた生徒たちの塊を指差していった。
「今、脱落した順番に、ざっくりと、上位、中位、下位の順番でレイン先生に固めてもらってる。お前ら、周りの奴らを見て気づいたことはないか?」
そう言われて生徒たちが首だけ回して周りを見てみる。
「あっ」
「お? なにか気づいたか?」
女子生徒が、はっとした表情をしたのを見逃さず、レックスは彼女を指差すと回答を促した。
「えっと、上位の人は魔族や亜人族の人が多いです」
「正解! よく分かったな」
女子生徒に拍手を贈り、レックスは改めて生徒たち一人ひとりを見回して言う。
「本気で走れって言われて身体強化をした奴は多いと思うが、お前ら、身体強化っつっても魔力と体力一緒に消費するのは知ってるよな」
身体強化の魔法は、魔力を持っている人なら誰だって無意識に発動できるほど簡単な魔法の一つ。
だからこそ、身体強化もまた魔法であり、魔力を消費するということを忘れがちなのだ。
「普通の走りと全力疾走を交互にすれば、どうしても体力は削れていく。これは魔力も同じだ。俺の攻撃を避けるために強化すれば、その分魔力を使うし、俺に集中するあまり無駄に使ってた奴らもいるしな。だからこそ、種族の差が大きく出るんだ」
まず、と前置きすると亜人族の生徒たちを見て言う。
「獣人族は保有魔力量こそ低いが、単純な身体能力は各種族の上位に入る。体力だって人一倍だ。さらに、耳なんかの感覚器官も鋭いから、俺の攻撃も避けやすかったわけだな。身体強化がなくても長時間走っていられるわけだ」
次に、と魔族の生徒たちを見てレックスは言った。
「魔族は、身体能力は亜人族に劣る部分もあるが、魔力保有量に関しては他の種族より上だ。だから、長時間の身体強化使用も問題ないし、多少無駄が出ても立て直せる」
「贔屓だ!」
生徒の一人がそう言ったのを聞いて、レックスは、あのなぁ、と見せつけるように肩を落とし、ため息を吐いた。
「贔屓って……」
「俺たちを貶めるために、魔族や亜人族が残るようにしたんだろ!」
同じ種族であるレックスが、わざと魔族や亜人族を残したと彼は主張していた。
レックスは、その事を否定しない。
彼はあくまでも、相手を見極めた上でふっ飛ばしていただけなのだが、それを言ったところでこの生徒には通用しないだろう。
「同族だから贔屓にしたい、という気持ちはある。けどなー、お前らを贔屓にする理由ないんだよな俺」
「じゃあなんだよ! こんな走るだけのことで何がわかるってんだ!!」
「何がわかるって、お前らの弱さ」
弱さ、と言われて途端に生徒たちが色めき立つ。
レックスは大きく手を振り、生徒たちを見下して言った。
「黒衣の戦乙女に鍛えられてると聞いて期待してたが、どうだ。血統や種族でしか判断できない馬鹿と、他人を下に見ないと立場を維持できない馬鹿、そんなやつらに良いように踏みつけられて燻るだけの馬鹿。馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿ばっかりだ。こんな鍛え甲斐のない奴らを鍛えなきゃいけないなんて、レインも苦労するなぁ……」
「――ふざけるな!」
「お前に何がわかる!」
「急にやって来て何がわかるのよっ!!」
ふざけるな、馬鹿にするな、と立ち上がって顔を真っ赤にして怒鳴る生徒たち。
「分かるかよテメーらの事なんて。だがな? お前ら、俺の二つ名と受けてた依頼を聞いて笑ってたろ。笑ってたっつーか、なめてたよな? 『採集なんて子供のおつかいだろ』『たかがB級』とか。違うか?」
「それのどこが間違ってるんだよっ! レイン先生はA級だぞっ!」
冒険者組合に加入しているのか? レックスがレインの方を見ると、レインは生徒の言葉に同意するように頷いた。
「前に少し、な」
「そっか。で、お前らはA級の先生に習ってるからB級を馬鹿にするってことか?」
「階級が下なんだから当たり前だろ。それにあんたは採集なんて誰でもできる依頼をしてたんだろ?」
得意げに胸を張りながら言う男子生徒の言葉を聞いて、なるほどな、とレックスは腕を組んだ。
A級やS級と呼ばれる、国内外に名前の轟く冒険者と、B級の冒険者というのは、確かに比較にならないほどの差がある。
だが、それは生徒たちに馬鹿にされ、なめられるような差なのかと言われれば、それは違う。
「B級の、昇給試験は何を討伐すればいいか知ってるか?」
「何をって……なんだよ」
「竜だよ、竜。ドラゴン、わかるか?」
「は……? で、でも、そんなのC級からでも狩れるぞ!」
ドラゴンという単語に唖然としていた男子生徒だが、すぐに調子を取り戻すとレックスに食ってかかる。
そんな言葉を聞いて、肩を落としてレックスは言った。
「あのなぁ、それ、ちょっと強い魚とか鳥じゃねーか。俺らの昇給試験や普段の依頼で討伐するのは、何百、何千と被害を出すような化け物だぞ。モーレン街道の赤竜は知ってるだろ。ああいうやつを相手にするのが、B級冒険者だ」
モーレン街道という、世界の動脈と呼ばれる街道があった。
商人や、それこそ軍隊も移動に使用するその街道の近くに、一匹の竜が巣を作ってしまう。
近隣の町を焼き、通行する人々を襲った赤竜は強く、一年間モーレン街道が通行不可能となってしまったのだ。
物価の高騰や街道の整備などでかなりの被害が出たことは生徒たちの記憶にも新しいことであった。
「で、でもあんたは採集依頼ばっかやってたんだろ!? あんたが相手にしてたわけじゃないじゃないか!」
「そのとおり。けどな、採集依頼ってのはお前らが考えてるほど簡単なもんじゃねーぞ」
指定された物を採集して帰ってくる。採集依頼とはそういう内容のものを指す。
森や山、沙漠や火山。様々な広大な敷地の中から指定された物を探すというのは、専門知識を持っていていても、そう簡単なことではない。
さらに、そうした場所には危険な動植物や魔物も多く、探すものによっては道中の安全を確保するために戦闘が避けられない場面も多いのだ。
「組合が把握してない魔物に襲われることだってよくある。赤竜ほどじゃねえが、しょっちゅうそういう相手とヤり合ってんだよ俺たちは」
そんな当たり前のこともわからないのか、と深々とため息を吐くレックス。
丁度言い終えたところで、授業の終了を告げる鐘が鳴る。
それを聞いたレックスは、パンパンと手を叩いて全員の意識を自分へ向けさせて言った。
「はい! 授業はここまで。なんで今日ボコられたのか、明日までに考えてきてください。分からなかった人は聞きに来てもいいぞー」
じゃあ解散ッ!
※
「はぁ……」
太陽が頭上で輝く頃、レインはベンチに座って大きなため息を吐いていた。
憂いを帯びた横顔はどこか妖しいものの、全身から発している暗いジメジメした雰囲気は彼女の魅了の力を持ってしても中和できるものではなくて。
レインは膝の上のパンをチョコチョコと齧り、かと思えば再び大きな大きなため息を吐き出す。
「はぁあぁぁぁ……」
「だ、大丈夫か?」
五本入りの棒状のパンを買ってきたレックスは「隣邪魔するぜ」と座り、レインの顔を伺った。
「レックスは凄いな……わたしは一年も何をやっていたのだろうか……」
「えっ、なんだよ急に!? 自信なくすようなことやったか俺!?」
はぁぁ、と項垂れてそれは重いため息を吐き出すレインは、うらめしそうにレックスを見て言う。
「皆があんな反応をしたのは初めてなんだ。普段は、分かりました、としか言ってくれなくて……」
「いやいやいやいや、ちょっと待て落ち着け。俺のやり方間違ってるからな!?」
今回したことは、決して褒められたことではないとレックスは考えていた。
実力を測るという名目で、冒険者訓練所とほぼ同じことをしただけではなく、生徒たちが自分を侮っていることを理解した上で、彼らを怒らせ煽ることで、冷静さを失わせた。
「あんなの本職の教師がやっていいわけないだろ」
「でも、あなたの言葉を聞いてハッとしている生徒も居たぞ」
レックスの動きを見ている中で、目の色が変わった生徒が何人かいたのをレインは見逃さなかった。
自分がそうしたことを教えるのが下手というのもあるが、たった一日で生徒の意識を変えたレックスに、レインは嫉妬にも似た感情を抱いているのだ。
「そりゃお前の体質もあるし、何よりお前は英雄だ。どうしてもそういう目で見られちまう。それは仕方ないだろ」
「でも……」
ずーん、とどんよりした背中を見て、レックスは、ああもうっ! と立ち上がってレインの前にしゃがむと、彼女の頭を掴み、無理矢理顔をあげさせる。
そして、彼女の目を見てレックスは言った。
「なあ、レイン。お前はスゲーよ」
「……何が凄いんだ」
「お前は教えるのが下手と言ったが、ほとんどの生徒がお前を慕っているじゃねえか。英雄、とかじゃなくて教師のレインをだ。人族だけじゃなく、亜人族や魔族だってお前のことを信頼してるぞ」
確かに、レインは魔族や亜人族に関して対応が不完全だったのかもしれない。
だが、クラスの魔族も亜人族も、レインのことを嫌っている生徒はいなかった。彼女に話しかける生徒たちの目は、光り輝いていたのだ。
「たった一日しか来てないけどな、お前に話しかけてた生徒の目は、スッゲェ人を見る目だった。そんな目をさせられるのは、英雄とか、魅了の力を持ってる、とかじゃねぇんだよ。お前の一年間が、あいつらにそうさせてんだ」
それだけではない。レックスは戦技教練を思い出す。
生徒たちに本気を要求したように、レックスもまた本気で生徒たちを潰しにかかった。
しかし、レックスの予想とは裏腹に、生徒たちはレックスの想像以上に粘っていた。他種族をいたぶる生徒たちも、そうでない生徒たちも、レックスの攻撃にキチンと反応し、上位の者に至っては危なげなく避け、防ぐ者ばかり。
「分かるか? お前の一年は全く無駄じゃねえし、キチンとあいつらの血肉になってんだ。今回のことは、お前のやり方と俺のやり方が違ってただけで、お前が自信をなくす必要はねぇんだよ」
むしろ、授業中のように相手を煽ったりする自分は、教師の適性はないとレックスは考える。
「俺はあんたみたいに教師としての経験がない。だから、俺は冒険者としてのやり方でやるしかねぇ。けどそれは、この学校でやっていくうえであまり良いとは言えねぇ」
イェレナが何故、教師経験のないレックスをレインの補佐として配置したのか。
その理由は不明だが、確信を持って言えることが一つだけあった。
「お前の力が必要なんだ。一年間生徒たちと関わってきて、教師としての実績と名声を持ったお前がいないと、俺はここで誰かを教えることなんてできねえ。お前の全部が俺に、いや、生徒たちに必要なんだ」
彼女の英雄としての背中は、生徒たちの目標にはうってつけだし、彼女の教える戦闘技術は生徒たちの力になっている。
「だから、これからよろしく頼むぜ、先輩?」
少しおちゃらけたように締め括り、レインの方から手を離すと、レックスはベンチに座り直して面頬を僅かに上げて「いただきます」と素早く手を合わせると、買ってきたパンを差し込んだ。
一体どんな食べ方をしているのか、棒状のパンが面頬の内側に吸い込まれていく。
そんな不思議な光景を眺めていたレインだが、自分の手の中に視線を落とすと、彼に習うようにハムハムと齧り始めた。
二人の間に会話はないが、気まずいような雰囲気はなく。穏やかな風が二人の間を通り抜けていく。
「ごっそーさんでした」
「ごちそうさまでした」
手を合わせ、言葉が重なる。
互いに顔を見合わせて、クスッと笑みをこぼす二人。
「その包み、捨ててくるわ」
「いいよ、わたしのだから」
「いーからいーから。ごみ捨ては後輩の嗜みだぜ?」
渋るレインからパンの包みを受け取ったレックスは、ベンチを立ち上がる。
「あっ、ちょっと待って!」
歩きだしたレックスをレインが引き止める。
レックスが首だけ振り返ると、「あっ」と控えめに伸ばした手を胸に抱き寄せ、レインは困ったように眉を寄せる。
それから少し間を開けて、ふぅぅ、と長く息を吐いたレインは、レックスの顔を見て頬をほころばせた。
「ありがとう」
花開くような微笑みを見てガシガシと頭を掻いたレックスは、レインの言葉に何も返さずに背を向ける。
そうして、気にするなと言うようにヒラヒラと片手を振るのだった。