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モブと蝶と月と

「――かはっ!?」


 全身に走る衝撃でレックスの意識が覚醒する。

 白昼夢か、走馬燈か。過去の出来事を呑気に振り返っていた自分に舌打ちし、レックスは身体を起こす。

 自分の手にずっしりとした重さを感じて、レックスは安堵した。どうやら大剣を手から離さずにすんだらしい。

 レックスが大剣を構え直している内も、月光華蝶は変わらずふわふわと浮遊している。

 先程までの苛烈な攻撃が嘘のような穏やかさに、薄ら寒いものを感じながら、レックスは今後の動きを考え始めた。

 前提条件を確認するべく、レックスは着火の魔法を発動する。

 着火の魔法は、火属性魔法の初歩の魔法だ。レックスの思惑通りに着火の魔法は発動し、大剣の先端に火が灯る、が、次の瞬間そこに降り注ぐ光が殺到し、火はまたたく間に消えてしまった。


「魔法を消す鱗粉、だよなあ、そうなるよなぁ。マジでメンドクセェ」


 心底うんざりした気分で、レックスはそう吐き捨てた。

 月光華蝶の出す鱗粉は、魔力を吸収する性質を持っており、月光華蝶の前では一定以下の魔法は魔法として成り立たなくなる。

 当然、魔法を放てたとしても、上空の月光華蝶に届く頃には威力は減衰してしまう。

 これについては月光華蝶も同じはずなのだが、彼らの場合は単純に出せる魔力が多いのだ。威力の減衰なんてあってないようなものなのである。

 レックスは魔法剣士。多少空を飛ぶ術を持っているとはいえ、あくまでも剣士。空を飛ぶ相手とはそもそも相性が悪いのに、そこに月光華蝶の魔力を消す鱗粉だ。

 相手としては最悪の一言。


「まあどっちにしても死ぬし、な!」


 レックスが大剣の柄を引くのと同時に、鱗粉が次々と大剣に張り付き始める。

 しかし、そんなものは関係ないと刃が展開されて光り始めると、月光華蝶の動きが変わった。

 ふわふわとした浮遊を止め、身体がレックスの方を向く。

 そして、再び魔力弾による攻撃が始まった。

 降り注ぐ魔力弾を大剣で受けると、魔力弾は霧散することなくそのまま大剣の中に吸収されていく。

 当たるものだけを受け止め、レックスは走る。どれだけ高威力の魔法であっても鱗粉で減衰する以上、出来るだけ距離は詰めておきたいのだ。

 それは月光華蝶も分かっているようで、魔力弾を放ちながら、レックスに合わせて後退していく。

 一向に縮まらない距離にやきもきしつつ、冷静に防げるものだけ防いで走るレックス。


「ほんっとウゼえな降りて戦えッ!!」


 叫びつつ、レックスが大剣を振り下ろした。

 すると、大剣の軌跡が光の刃となって月光華蝶に飛んでいくではないか。

 これは、月光華蝶の放つ魔力弾と同じものだ。斬撃という属性を与え射出した、魔力の塊。

 月光華蝶から吸収した魔力を上乗せして返すそれは、鱗粉による減衰をもろともせずに月光華蝶に肉薄する。

 着弾。飛翔する斬撃は寸分の狂いもなく月光華蝶の胴体に吸い込まれ、見えない壁に阻まれた。


「障壁かッ!? ダアもう面倒くさいなこのっ!!」


 何度も大剣を振り、斬撃を飛ばすレックス。

 その攻撃は強固な魔法障壁によって防がれてしまう。しかし、障壁を張っている間月光華蝶は動けないのか、少しずつだがレックスと月光華蝶の距離が縮まっていく。


「ッ獲ったァ!!」


 レックスが叫び、同時に大剣を魔力が迸る。レックスの前に魔法陣が形成され、レックスが片手を前に向けその名を唱える。


「ライトニング・ブレイクッ!!」


 レックスの声に応えるように魔法陣が発光した次の瞬間、激しい稲光と空をつんざく轟音が轟いだ。

 虚空を焼きながら月光華蝶に殺到する雷は、一切の抵抗を許すことなく月光華蝶の身体を焼いた。

 月光華蝶の体勢が崩れ、その身体が地面に落ちていく。

 ふわり、と羽のようにゆっくりと着地した月光華蝶に向けてレックスが駆け出した。

 このチャンスを逃すわけにはいかない。そう考えての行動だった。


「――っぉおああっ!?」


 衝撃。目に見えない力によってレックスの身体が宙へと浮かぶ。

 受け身を取れずに背中を強かに打ち付け、息が詰まる。

 自然と溢れる涙を目を瞬かせて流し、レックスは立ち上がった。

 しかし、その頃には月光華蝶は再び飛び始めていて、その姿を見て舌打ち一つ。

 恐らく、魔力放出だ。折角のチャンスを不意にしてしまい眉間にシワを寄せる。

 いや、失敗したものは仕方ない。気持ちを切り替えて柄に手をかけるが、先程までと違い月光華蝶はその高度をどんどんと上げていく。

 何をする気だ? 訝しむレックスの視線の先で、月光華蝶が羽を拡げた。

 空に華が咲き、淡い光を放ち出す。

 その尋常ではない魔力を察知した瞬間、レックスは腰の革鞄から杭を引っ張り出した。


「間に合うか間に合えよ頼むから……っ」


 大剣に魔力を通わせ、複数の魔法陣を作りながら、自分の周囲に杭を打ち込み、次いで薬の瓶を兜で叩き割って頭から振り掛ける。

 逃げることは不可能。なら、耐えるしかない。

 今できる魔法対策を施したレックスは、大剣を盾のように構えて腰を落とす。同時に三枚の魔法陣がレックスの前に形成された。

 レックスが空を睨みつける中、月光華蝶の身体が満月のように力強い光を放ち始め、


――月の女神の怒り(ムーン・フォール)


 月光華蝶の身体を上回るほどの光の奔流が放たれ、レックスに襲い掛かった。

 地面に打ち込んだ防御結界はその効果を発揮することなく消滅し、第一魔法陣と魔法がぶつかり合う。


「ぉ、ぉおおおおっ!」


 砂が削れ、少しずつレックスの身体が後退していく。

 魔力を吸収し、自分の魔力と合わせて魔法陣へ注ぎ込むが、抵抗も虚しく一枚目の魔法陣が砕け散る。

 二枚目に光がぶつかり、レックスが踏みとどまった。世界が白く塗り潰され、レックスはただひたすらに光に抗い続ける。

 ガラスが割れるような音と共に魔法陣が砕け、ついに三枚目、最後の魔法陣へと光が到達した。

 この魔法はいつ終わる。終わりはないのか。いや終わらないはずがない。あまりの衝撃に痺れる手足に力を込め、割れんばかりに歯を食いしばって光に耐える。

 白く塗りつぶされた視界の中で、ピシッという罅の入る音が聞こえる。

 3枚目の魔法陣に罅が入ったのだ。レックスは急いで魔法陣に魔力を注ぎ込むが、その抵抗に意味はない。

 またたく間に魔法陣全体に罅が入っていき、呆気なく魔法陣が砕け散った。


「ぎぃ、ああああああ!?」


 全身を砕かれた、そう錯覚するほどの激痛、次いで叩きつけられたような痛みでレックスの意識が戻る。

 痛い、で済んでいることを喜ぶべきか。地面にうつ伏せで倒れたレックスは目だけを動かして自分の右手を見る。

 剣は、ある。しかし、あまりの痛みに身体が全く言うことを聞かない。

 再び魔力が高まっていくのを感じる。恐らくは第二射だろう。しかし四肢に力は入らない。もう、ここまでだ。


――ざけるな……。


 ふざけるな。目の一つでも動く限り、終わるわけがない。

 手に力を込めるだけで、のたうち回りたくなるほどの激痛が奔る。ふわふわとした感覚の指、一本一本に力を込めて握り拳を作った。

 腕を曲げ、足を曲げる。足が地面についているのか分からないが、膝立ちになり、老人のような速度で立ち上がる。

 足元がおぼつかず、熱に浮かされたように震えが止まらない。

 錆び付いた首を上に向け、光り輝く月光華蝶を見上げて言う。


――負けて、たまるかッ。


 だが、どれだけ気持ちが負けていなかったとしても身体は言うことを聞かず、月光華蝶を止める術はない。

 輝きが最高潮となり、再び魔法が放たれた――と同時に、空から稲妻が降ってきたのだ。


 それは一瞬の出来事だった。

 月光華蝶が再び魔法を放った瞬間、その巨大な羽根が真っ二つになったのだ。

 込められていた魔力が暴走し、月光華蝶の身体が燃えながら落ちていく。

 そして、その落下地点には一人の人が立っていた。

 淡い黄金色の光を放つ長剣を手にし、外套を揺らす人物が大きく体勢を低くした――次の瞬間、再びその姿が消え、月光華蝶の羽根が、身体が刻まれていく。


――気、か。


 そして、ついに月光華蝶の身体が肉片へと変わり、ボトボトと砂漠を染めていく。

 呆然とその様を眺めていたレックスの目の前に、ふわり、と夜が降りてくる。

 闇夜を思わせる黒髪に黒衣。所々赤に染まった純白の肌。


「――ですね?」


 彼女が何かを呟いているが、限界を超えていたレックスの耳にその言葉は届かない。


――ああ、嗚呼。月の女神、そうだな、そうだよな。

「きれい、だ……」


 面影を感じる顔貌に魅了され、フッと全身の力が抜けるのを感じながらレックスは意識を失うのであった。

今回のテンプレ

ヒーローのピンチに駆け付けるヒロイン


 ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。

 ここから、レックスの物語が始まっていくのですが、この作品を読んでくださっている方にお願いがあります。


 このままスクロールしていただくと、☆マークがあると思います。それが評価ptとなっており、その星の数がこの作品の評価となります。


 もし、面白い、次も読んでみたいと思ったのなら、評価ptとブックマーク、あとは感想など頂けると作者が喜びます。


 よろしくお願いします。

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