表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/11

モブと砂漠の虫と

「正面突破、ですか?」

「サンドワームを討伐する。それ以外にこの砂漠を脱出する手段はない」


 レックスの提案に、アシタは難しそうな顔で唸る。


「あの、飛石は使えないんですか?」


 二人の話を聞いていたハイピュリアが真っ先に手を挙げた。

 彼女の言う通り、無垢の飛石を使えれば問題なく帰ることができた。だが、今回はそうもいかない。


「確かに、飛石の予備はいくつかあるんだが……飛べねえんだよ」

「はぇ? 飛石って、どこにでもいけるんですよね?」

「万能に見えるがな、この世のモンは大体不便なことがあるもんなんだよ」


 飛石は、楔と呼ばれる物が置かれた場所に転移することができる。だが、飛石で転移するには、十分に広い空間であること、そして近くに他の大きな魔力が存在しないことという条件があった。

 レックスの説明を聞いて、ハイピュリアは首をかしげる。


「大きな魔力って、そんなの……」

「サンドワームですね?」


 アシタの言葉にレックスが頷く。


「そうだ。すぐ近くに大きな魔力があると、飛石はそっちに飛ンじまうんだよ。飛石で飛んだら胃の中でしたーとか、砂と同化してしまった、なんてなりたくないぞ俺は」

「そうなんですね……でも、僕たちでサンドワームを倒せるのでしょうか」


 暗い顔で自信無さそうに呟かれた言葉を聞いて、レックスは思わず吹き出した。


「ッフフ、何言ってんだ? お前らに戦わせるわけないだろ」

「え、でも正面突破って」

「この洞窟はどこにも繋がってない洞穴だ。逃げるには、どうしてもあいつの居る砂漠を突っ切る必要がある。だから、俺が囮になる」


 レックスの考えた作戦はこうだ。

 レックスが派手に暴れてサンドワームと殺し合い、その間にパーティが全速力で離脱する。

 言葉で言うだけなら簡単だが、サンドワームはそんな生易しい魔物ではない。

 自分達を助けるために、命を捨てさせるわけにはいかない。口を開こうとしたアシタに手が突き出される。


「お前らの言いたいことはわかるが、俺を信じろ。B級冒険者の力、見せてやるぜ」


 兜に隠れていて分からないが、自信に満ち溢れたレックスの言葉を聞いて、アシタは言葉を飲み込むと、顎を引いて頷くのであった。








 レックスがパーティと合流してしばらく経ち、レックスは一人、洞窟の入り口に立っていた。

 これからレックスが行うことは単純だ。

 パーティ全員を逃がしたあとで自身も離脱、もしくはサンドワームを討伐する。

 とはいえ、あれだけこちらを狩ることに執念を抱いていた相手だ。討伐まで粘ることになるだろう。


「さてさて、サンドワームちゃんはどこいるのーっと」


 いつでも大剣を抜けるように右腕を背中に回しつつ、ゆっくりと歩くレックス。

 よく目を凝らし、サンドワームの触手が出ていないか辺りを警戒する。

 しかし砂漠は静かなもので、先程見た触手のようなものが出ている様子もない。

 ここから距離を取ったのだろうか? レックスが考えた瞬間、急に地面が揺れ始めた。


「何度も同じ手を――ッ!!」


 揺れ始めた瞬間に走り出し、前方へ頭から跳ぶ。

 背後で轟音。僅かに身体が浮くが、身体を丸めて着地しすぐに反転する。

 砂の雨が降り注ぐ中、見上げた先に居る巨大な影、サンドワームだ。

 どうやら、獲物が洞窟から出てくるのを地中で待ち続けていたらしい。

 確かに、サンドワームは地面の振動を感知する能力を持つと言われているが、それにしても嫌に知恵が回る。


「よし、こっちだデカブツ!!」


 身体をくねらせ、完全にレックスの方を見たサンドワームを見て、レックスは叫びながら走り出す。

 轟音、続けて振動。全力疾走するレックスに、背後からサンドワームが迫る。

 レックスがチラリと背後を見ると、そこには蠢く肉の洞窟がある。

 閉じることのない巨大な口は、あらゆるものを呑み込み、至るところに生えた牙によってぐちゃぐちゃに磨り潰されるのだろう。

 時おり飛び掛かってくる巨体を左右に避けながら、レックスはとにかく走る。

 そして、飛び掛かるサンドワームから逃げること数分。レックスはサンドワームの口を避けると、一際大きく飛び、背中の大剣を抜き放った。

 洞窟の岩が小さく見えるほどの距離。これだけ離れればもう大丈夫だ。


「待たせたな虫野郎。そろそろ鬼ごっこも飽きてきたんじゃねーか?」


 少し乱れた呼吸を整えるレックスの前で、サンドワームが反転する。

 巨大な筒に、直接口をつけたような姿。おおよそ目のようなものはなく、あるのは口の周りから無数に伸びる、感覚器である触手のみ。

 レックスと向き合うや否や、身体を起こし、触手を拡げたサンドワーム。その身体に魔力が迸り、周囲に次々と砂の塊が浮かび上がる。

 それを見るのと同時に、レックスは走り出した。

 一斉に放たれる砂の塊。それを大剣で打ち払い、降り注ぐ砂の塊の中をひた走る。

 降り注ぐ砂の弾丸は増えていくが、着実にサンドワームとの距離を縮めていく。

 砂を砕いた勢いのまま大剣を肩に溜め、レックスの身体が深く沈む。

 次の瞬間、レックスの身体が風になった。

 一瞬でサンドワームの懐に飛び込んだレックスは、その勢いのまま腰を跳ね上げ、全体重を乗せてサンドワームの横っ腹に大剣を叩き込む。

 振り下ろされた大剣と甲殻がぶつかり、一瞬固い感触が伝わるが、大剣は止まることなくそのままサンドワームの甲殻を切り裂いた。

 茶色い飛沫が噴き出し、サンドワームが苦しそうに身を捩る。

 振り下ろした大剣に背を向け、レックスの身体が回転する。大剣が跳ね、甲殻が真一文字に裂ける。

 再度攻撃をするために大剣を振り上げたレックスは、脇を絞めて大剣を盾のように構え、跳んだ。

 レックスが跳ぶと同時に、身体を凄まじい衝撃が駆け抜ける。

 暴れるサンドワームの頭部が打ち据えたのだ。

 しかし、先に防御体勢を整えていたレックスは危なげなく着地。身体の不調がないか確認しつつ、サンドワームの様子をうかがう。


――魔法使って脆い。成熟期で間違いないな。でも……。


 レックスは、のたうち回るサンドワームの様子に眉をひそめた。

 レックスの攻撃は通っているが、それほど強い攻撃力を持ったものではない。何回か斬った程度でここまで明確に弱るものなのか。

 しかも、相手が離れたことに気づいていないのか、サンドワームは何故かその場で狂ったように身体を打ち付け続けていた。

 少し離れてよく見れば、サンドワームの身体には無数の傷がある。触手も一部がなくなっているように見えるし、なにかがおかしい。

 だが、ここまで無防備な状態はこれ以上ないチャンスだ。

 レックスは大剣の柄に手をかけ、思い切り引いた。

 大剣の柄が伸びるのと同時に大剣の刃が稼動し、その面積を拡げる。そして、その表面に刻まれた線の中を魔力が駆け巡る。

 魔力回路が唸りを上げ、刃が輝き始める。回路を魔力が巡るごとに刀身が、水、赤と順番に発光していく。

 溢れんばかりの魔力を感じたのか、混乱状態だったサンドワームが身体を震わせて身体を起こすが、もう遅い。


「炎陣、水爆激ってなあ!!」


 叫びとともにレックスが大剣を振り上げ、地面な深々と突き刺した。

 次の瞬間、サンドワームを中心に巨大な幾何学模様(きかがくもよう)の描かれた魔法陣が地面に描かれる。

 突然発生した魔力にサンドワームが周囲を見渡すように首を回し、その首が上に打ち上げられた。

 魔法陣から尋常ではない勢いで水が噴き出したのだ。極太の水流がサンドワームの姿を隠し、かと思えば重力に従って落ちる水たちは魔法陣に沿ってその形を変え、たちまち出来上がったのは巨大な水の柱だ。

 中心でもがき苦しむサンドワーム、その姿が泡の中に消え――内臓を揺さぶる轟音と共に水の柱が破裂した。

 灼熱となった熱湯が波となって周囲を呑み込み、少し遅れ大量の熱湯が雨のように降り注ぐ。

 大剣の陰に隠れていたレックスは、熱湯が落ち着くのを待って大剣を引き抜くと、柄をしまう。

 柄が短くなるのに合わせて刃が収納されていき、普段の大きさに戻ったことを確認したレックスは、大剣を背中に収めてサンドワームのいた場所を見る。


「相変わらずエグいなこれ。素材に使えるか……?」


 むせ返りそうな熱気の中にいたサンドワームは、胴体が半ばからえぐり取られており、全身から湯気を出して倒れていた。

 サンドワームの身体は優秀な武器や防具の材料となるのだが、これでは使い物になるかどうか。

 レックスは足元に気をつけながらゆっくりとサンドワームに近づいていき、腰の革鞄から解体用ナイフを取り出した。

 一人で解体できる量は限られているし、今はチームの方が心配だ。

 いくつかの触手と甲殻と手早く切り取ったレックスは、ふぅ、とため息を吐くと「拍子抜けだったな」と呟いた。

 もっと長い時間戦うと思っていたが、蓋を開けてみたらどうだ。

 サンドワームは既に手負いで、隙だらけだった。大剣の魔法陣の使用以外に目立った消耗はないし、結果だけを見たら大勝利。

 しかし、とレックスはサンドワームを見上げて思う。

 このサンドワームは、なぜ手負いだったのだろうか。

 他の冒険者に襲われていたなら、自分たちがここに来るまでに接触できているだろう。

 他の魔物に襲われた? あれだけ傷ついていたのだ、勝ったにせよ負けたにせよ、わざわざ獲物が出てくるまで出待ちをするのではなく、巣に戻るなりして傷を癒やす筈だ。

 一体何がどうなっているのか。分からないことばかりだが、目的は達成しているので、パーティに合流すべく走り出そうとしたレックス。


「ん? ……こいつぁ」


 その足が唐突に止まった。

 レックスが手を前に出すと、その手のひらにふわりと光の玉が一つ。

 淡く光る玉の存在にレックスは首を傾げ、気づけば淡い光を放つ玉が次々と降り注いでいるではないか。

 ほのかに魔力を帯びた謎の発光現象に警戒を強めたレックスは、あっ、と何かに気づいたように呟いた。

 砂漠の生物がいなくなった理由と、サンドワームがあそこまで弱り、そして混乱していた意味。その全てが一つの線となって結びついた。


「おいおいおいおい」


 急いで空を見上げるレックスの視線の先に、華があった。

 優雅に飛翔する巨大な華。巨大な六枚の羽を羽ばたかせる巨大な蝶のような魔物。

 月光華蝶ムーンライトバタフライ。サンドワームの成虫であり、B級を超えるA級魔物が、レックスに向かって優雅に降りてくるのであった。

今回のテンプレ


水蒸気爆発(迫真)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ