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モブと砂漠とパーティと

「あの、レックスさん! 本当にいいんですか!?」


 早足で歩くレックスに追い付こうと小走りについていくハイピュリアは、焦った様子でレックスに問いかける。

 彼女の服装は冒険者組合に来たときとは違い、きちんとした鎧と武器を装備していた。

 そのどれもが、レックスが彼女のために買い戻したものだ。

 レックスが予想した通り、彼女は今回の依頼を出すための報酬金を、自分の貯金と装備品から捻出していたのだ。

 なのでレックスは、まず彼女の武器と防具を回収するべく、彼女が売ったと言う店を渡り歩き、諸々の手続きを無視すべく全て倍額で購入。砂漠に行くために必要な道具を購入したのだった。


「なにが?」

「なにが? って、報酬ですよ!! わたしの装備買い戻したからレックスさんもうお金無いじゃないですか!!」


 ハイピュリアの言葉に足を止め、レックスが振り返る。

 全身に施された角に棘、竜を思わせる威圧的な兜がズイッと近づいてきて、ハイピュリアはのけ反ってしまう。


「一緒に避難してるわけだし、仲間探すんならお前に着いてきてもらうのが一番手っ取り早い。それに、お前は翼人族だ」

「そうですけど……」

「遮蔽物のない砂漠なら、お前の仲間が外に出ててもお前なら見つけられる」


 ただでさえ広いラハーサ砂漠を、たった四人探すために歩き回るのは効率が悪い。

 ならば、仲間と避難していて避難場所を知っており、空を飛べるハイピュリアを連れていかないという考えはなかった。


「過酷な砂漠に何の準備もなしに行けばどうなるか、分かるだろ?」

「で、でも……」


 理由を聞いても納得できない様子のハイピュリアに、あのなぁ、と呆れたレックスは腰に下げた革鞄の中から小さな袋を取りだしてハイピュリアに押し付けた。


「え、なんですか?」

「持て」

「はい?」

「いいから持て」


 持てと言われて持たないわけにもいかず、しぶしぶ袋を持ったハイピュリアは、手に乗った予想外の重さに袋を取り落としそうになってしまう。

 ジャラジャラと金属の擦れる音を立てる、重たくゴツゴツした袋。

 ハイピュリアは生唾を飲み込みながら袋の紐に手をかけた。


「――ぁへ?」

「その袋の中身は全部、帝都金貨でな? そんな端金ならいくらでもあるってことよ」


 袋の中身を見て間の抜けた声を出してしまったハイピュリア。

 そんな彼女の反応を見て肩を震わせ、レックスは彼女を置いてさっさと歩き出す。

 いくら小さな袋と言っても、両手で持たないといけないほどの金貨の量。これをGに換金した場合、どれほどの金額になるのか。

 自分の質問に対して物理的に答えを出してきたレックス。

 もしかしてわたしは、トンでもない人に依頼したのでは? と冷や汗をかきながら、ハイピュリアはレックスの背中を追いかけるのであった。







「……もう、驚きませんよ」

「どうした? なんか疲れてないか?」

「……いえ、いいです」


 どこかやつれた様子のハイピュリアに、レックスは首をかしげた。

 準備を整えたレックスは、ハイピュリアと一緒にラハーサ砂漠に飛んだ。

 無垢の飛石(むくのとびいし)と呼ばれる特殊な道具による転移によって、何日もかかる道を一瞬で飛んだのだ。


「飛石で来ちまったから、街道を行くのと違って場所が分かりづらい。今いるのは、ここ。ラハーサ砂漠の岩場の一つだ。お前はどこを拠点にしてた?」

「えっと……私たちが拠点にしてたのは、ここです。で、ランドシャークを探すのに、砂漠地帯をこう歩くように移動しました」


 手近な岩に地図を広げたレックスに自分の地図を渡し、ハイピュリアは自分達の動きを指で示す。


「そうか、ってこたぁこことは真逆のところに居んのか……そこまで距離は離れてねえが……」


 サンドワームに会って洞窟に逃げ込んだ、というハイピュリアの言葉から、サンドワームが巣を作りやすい岩場近くに転移したレックスなのだが、彼女たちは真逆、砂漠地帯の方に居たらしい。

 ランドシャーク狩りに来てんだから当たり前か、と自分の短慮さを反省しつつ、レックスは地図をしまうと装備の点検をしながら言う。


「自分達が隠れた洞窟の場所は分かるな?」

「はい。近くに行けば必ず分かります」

「食料なんかは持ってんだよな?」

「はい。携帯食をいくつか。いくつか薬も持っていってました」

「お前が学園に戻るまで三日か……よし、行くぞ」


 ギルドから提供される携帯食は、かなり保存が効く上に腹持ちがいい代物ではあるが、極限環境下で人が耐えられる時間はそう長くはない。

 急いで発見しないとな、とレックスは気を引き締めるとハイピュリアと共に砂漠地帯に向けて歩き出すのであった。




 カッと燃える太陽に顔をしかめながらも、レックスたちは順調に足を進めていた。

 砂漠の暑さに対抗するための道具を使っているため体調に問題はなく、そして運良く狂暴な魔物などに襲われずに目標の場所に近づいていく。

 そんな順調すぎる状況に、レックスは違和感を覚えた。

 砂漠が静かだ。それはいつもの、過酷な環境だから静かだというものとは違う、もっと別種の沈黙。

 あまりにも生き物に会わないのだ。これだけ無防備に歩いていれば、普通は魔物の一匹や二匹引っ掛かるものだ。しかし、今日は一回も魔物を見ていない。

 それはまるで、この砂漠には自分達しかいないかのような。ここに生きるものがなにもいないような――


「レックスさん! もうすぐ洞窟です!!」


 上空からハイピュリアの声が聞こえ、レックスは正面に見えてきた高台を見る。

 砂漠のなかにポツンと佇む巨大な岩。どうやら、あそこに目的の洞窟があるらしい。

 レックスは周囲を警戒しながら歩みを進め、ふと足を止めて目を凝らした。

 なにかある。少し離れた場所にポツンとある黒いもの。

 植物か、いや茎も葉もない。それはまるで水晶のように丸い――次の瞬間、レックスの背筋を冷たいものが駆け抜けた。


――目があった。


「ピュリアアアアッッ!!」

「――っっ!?!?」


 レックスが叫びながら走りだし、上空のハイピュリアが驚く間もなく地面が揺れる。

 次の瞬間レックスの視界が回転し、地面の感覚がなくなった。

 レックスはすぐに風の魔法を発動し、背中の剣を引き抜いた。風の魔法を使い回転を制御し、身の丈ほどの大剣を引き抜くことでわずかに体勢が安定する。

 地面と空がはっきりとしたことで、レックスはそれを初めて見た。

 太陽を遮る巨大なモノ――筒に直接口をくっ付けたような魔物、サンドワーム、その巨大な口がレックスに迫っていた。


「レックスさんっ!!」

「助かるッ!!」


 レックスの肩を何かが掴んだ瞬間、彼の視界が安定し、急激に上昇した。

 ハイピュリアだ。レックスの声を聞いて回避行動をとっていた彼女が、上空に打ち上げられたレックスを足で掴んでくれたのだ。


「あれか!?」

「はいっ、あれですっ!! このまま全力で突っ切りますっ!!」


 大剣を持った鎧男を掴んだまま、ハイピュリアは力強く羽ばたいて加速する。

 背後から轟音。どうやらサンドワームが着地したらしい。

 レックスはそれを聞いて少し安心した。サンドワームには空中の獲物を獲る手段を持たないからだ。

 だが、次の瞬間レックスの身体が勢いよく振り回される。


「うお!? 魔法か!?」

「あいつ魔法をつ――くぅっ!?」


 背後から降り注ぐ砂の塊。

 背後から迫る砂の塊を、鎧男を抱えたまま、ハイピュリアは左右に揺れて器用に回避する。

 襲ってくる塊が魔力によって固められたものだと察したレックスは、相手がただのサンドワームではないことを悟り叫ぶ。


「下ろせ、狙い撃たれるぞ!!」

「このまま行きますっ!!」


 魔力の高まりを感じた次の瞬間、レックスの身体が加速した。

 回避した砂の塊を追い越す勢いで飛翔するハイピュリア。振り落とされないように彼女の足に掴まり、レックスは歯を食いしばって前を見た。

 先程まで遠かった岩はその形がハッキリするほど近くに見える。

 よく見ると、岩同士がぶつかり合ってできた大きな隙間がある。あそこが洞窟なのだろう。

 そうしているとハイピュリアの加速が終わり、徐々に高度が下がっていく。

 地面スレスレまで高度が下がったところで足が離され、レックスは地面に着地した。


「……あいつ」


 気づけば、あれほど降り注いでいた砂の塊が飛んでこなくなっていて。

 レックスが振り返れば、そこにはただ広い砂漠が広がるだけ。

 先程まで居た筈の巨大な魔物は影も形も見えず、レックスは薄ら寒いものを感じながらも、ハイピュリアと共に洞窟へ入っていくのであった。







 岩同士が重なってできた洞窟の中は、とても明るかった。

 奥行きのある大きな空間の上に、大きな穴が開いているからだ。

 そこから日が差し込み、空間を明るく照らし出していた。

 そんな空間の隅、ちょうど日陰になっている場所にパーティはいた。


「みんな!!」

「ハイピュリア!? どうして」


 ハイピュリアが、座り込んだ四人組に駆け寄っていく。

 抱き合い、話始める四人を遠目に眺めつつレックスは今後のことを考える。

 ハイピュリアのパーティは、消耗した様子こそ見えるものの、大きな怪我はしていないようだった。

 本来なら、撤退も容易だろう。しかし、その邪魔をするのがサンドワームだった。

 レックスたちを深追いせず、すぐに地面に潜った動き。それに、飛行する相手に対して、本来サンドワームが使用することのない魔法の使用。

 どう対応するかレックスが悩んでいると、一人の少年がレックスに近づいてきた。


「ハイピュリアから聞きました。僕たちの救出に来てくださったと」

「ああ、お前らの救出を請け負った、元帝都組合B級冒険者、レックス・サタノエルだ」

「学園ギルド所属、D級冒険者、アシタです」

「へぇ、お前らの歳でD級、それもランドシャーク討伐を受けられんのか。中々やるな」


 レックスに褒められ、少年――アシタは照れ臭そうにはにかんだ。

 くすんだ金髪の、垢抜けない少年の笑顔を見たレックスは、改めて皆を無事に送り届けることを決意する。


「さて、早速で悪いんだが、脱出について話そうか」

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