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モブと学園と緊急依頼

 イェレナの勧誘から一月(ひとつき)。引き継ぎや帝都各地への挨拶回りを終わらせたレックスは、聖十字大陸中央部、海で隔たれた中央大陸へやって来た。


「レックスさん、そろそろ学園だよ」

「ほんとか?」

「ああ。もう少しかかるけど、あそこの城壁ならすぐに見えてくるよ」

「へー――おおっ!」


 御者台に座る商人に言われ、レックスは竜車の窓から顔を出し、感嘆の声をあげた。

 小高い丘の上にそびえ立つ、巨大な壁。

 純白のそれは、学園が元々対魔族用の最終防衛拠点だったことの名残であり、現在はあらゆる物から住人を守るための盾として機能している。

 レックスが城壁を見上げていると、竜車が門前の列に並び、少しずつ進んでいく。

 レックスが回りを見ると、そこには、木箱を積んだ馬車や、レックスと同じように武装したグループを乗せた竜車が並んでおり、皆学園に入っていくもののようだ。

 一端の冒険者の装備をした、年若い少年少女のチームを見て「すげぇなぁ」と感心していると、ゆっくりと揺れていた竜車が止まった。


「ようこそ、聖サタノエル学園へ。用件は?」

「行商です。こちらの荷物を。あと、こちらは護衛の冒険者さんです」

「ども。ああ衛兵さん、こっちに来るときにこれを渡してくれと聞いたんだけど……」

「これは……」


 レックスは腰の革鞄に納めていた、イェレナから渡された半透明の淡い青色の板を、鎧を着た門番に渡す。

 板を受け取った門番は、何度か裏表を確認すると「お待ちください」と一言告げて詰所に戻っていく。

 それから待つこと数分。駆け足で戻ってきた門番が、レックスに板を渡す。


「こちらを。学園での身分証明になります」

「……あれ? なあ衛兵さん、これ、こんなだったか?」


 レックスが持っていた透明の板は、元は何も描かれていない半透明の淡い青色だったのだが、『氏名、レックス・サタノエル。種族、魔族。職業、戦技教官・冒険者(階級B)』と描かれていた。

 不思議そうに尋ねるレックスに、衛兵が微笑みながら言う。


「教員証明書です。専用の機材で文字を刻むことで、劣化と紛失を防げるのですよ」

「はー、魔道具ってことか。ありがとう」


 レックスが普段から持っている冒険者証(ギルドカード)もまた、この板と同じ魔法の力を秘めた道具、魔道具なのだが、冒険者証と教員証明書は明らかに別物だった。

 魔法に対する知識と技術の差を肌で感じつつ、動き出した竜車の上でレックスは衛兵にペコリと頭を下げた。


「レックスさん、あんた教師なのかい?」

「まあ、いろいろな。お、ここで終わりか」


 門を抜けた先は道が別れており、一つは竜車などの通用口、もう一つは歩行者用の出入り口だ。


「いいのかい? 報酬なしだなんて」

「いいのいいの。組合介してねーし、あんたは護衛を、俺はここまでの足をタダで手に入ったんだから言いっこなしだ」


 竜車から降りて御者台の商人に頭を下げ、レックスは出入り口へと歩いていく。

 多くの人でごった返す中、うまく人の流れに入り込んだレックスは、その流れに乗って門を出て――目の前に広がる光景に思わず足を止めてしまう。


「ぉお……すっげぇ……」


 道を行く、人、人、人。人族、魔族、獣人族に妖精族。挙げていけばキリがないほどの種族が入り乱れる市場。

 商人の威勢の良い声が響き渡り、それを雑踏が掻き消していく。

 帝都と比較しても劣らない賑わいと、多様な種族の姿を見て感動していると、ふと周りから視線を感じたレックスは、キョロキョロと辺りを見回した。


「ちょっと、なにかしら……」

「冒険者? 物騒ねぇ……」


 無遠慮に向けられる警戒と好奇の視線、そして多くの迷惑そうな目。

 レックスは、自分がいる場所を思い出して頭を掻いた。

 こんな威圧感しかない鎧と巨大な剣を背負ったやつが、門から出てすぐで立ち止まっているなんて、迷惑にもほどがある。

 レックスは一呼吸置くと市場に向かって歩いていく。

 授業をする前にまず街を案内する、ということで学園に来たレックスだが、約束の時間はまだ先の話。

 時間潰しに、この街にある冒険者組合に向かうことにしたのだ。

 冒険者組合は、大体が門から距離が近く、また薬などを扱う店に近いところに作られることが多い。

 この街でもそれは同じで、レックスはすぐに冒険者組合の看板を見つけることができた。

 翼の生えた靴の紋章と、酒場を示す泡の溢れるジョッキの絵。

 躊躇なくスイングドアを開け、店内に入ったレックスは足を止めて辺りを見回した。


「はぁーっ、すっげぇなあ」


 暖かな光を放つ照明と、木目の美しいテーブルと椅子。とても冒険者組合の酒場とは思えない上品さのそれらを見て、しかしレックスは既視感を覚えていた。


――あ、あれだ。ファミレスとかいうヤツだ。


 以前スマホの写真で見た、ファミレスなる食事処と良く似た雰囲気の店内を見回し、レックスはカウンターに向かって歩いていく。

 それにしても、若い。店内全体の雰囲気もそうだが、テーブルで食事をとる冒険者たちのほとんどが年端も行かない若者ばかり。妙にキラキラしていて、レックスは少し居心地が悪かった。

 レックスがカウンターの前に立つと、受付嬢と思われる女性が彼の前に来たのだが、それを見たレックスは思わず開きかけた口を閉じてしまう。


「冒険者ギルドへようこそ! ……あの?」

「――あ、ああ、その、登録に来た。別の組合からの移籍なんだが」

「はい、お受けします。冒険者カードはお持ちですか?」


 レックスが冒険者証と教員証明書の二つを渡すと、受け取った受付嬢はにっこりと笑って裏に入っていく。

 その背中を見て、そして彼女の服を思い出してレックスはため息を吐いた。

 組合の受付嬢は大体美人が多いというのは良くある話だが、それにしても、あの制服はないだろう。

 胸元ざっくりヘソだしルックに背中丸出しミニスカート。淫魔族(サキュバス)だってあそこまで露骨ではない。


「お待たせしました。レックス・サタノエルさん、帝都ギルドからの移籍ですね。歓迎いたします。なにか飲まれますか?」


 何が嬉しいのか、全身で愛想を振り撒き、下から覗き込むように上目使いで見つめてくる受付嬢に圧倒されながら、レックスは言う。


「ミルク」

「は?」

「ミルク、蜂蜜入りで。ストローもつけてくれ」

「はあ……わっかりましたー! 少々お待ちくださーい」


 お尻を振って裏に引っ込む受付嬢を見送ったレックスは、カウンターの席に腰掛けると一息吐いた。

 流石は世界最高峰の学園、何から何まで違いすぎていて刺激が凄い。正しく異世界にやって来たという気持ちだ。

 周囲から注がれる、好奇の視線を気にすることなく背伸びをしてリラックスするレックス。そこに受付嬢がジョッキを持って戻ってくる。


「はーい、たっぷりミルクでーす」

「ああ、ありがとう」


 礼を言ったレックスは、兜の面頬を少し上げて空間を作ると、そこにストローを差し込んで、


「――たっ、助けてくださいっ!!」


 ミルクを飲もうとしたところで響いた音に動きを止める。

 バタバタと慌てたようすでレックスの隣に飛び込んできたのは、両腕が翼の形をした少女だ。


「どうかなされましたか?」

「わ、わた、わたし――その、えっと、凄い魔物が出て――」

「おい、ちょっと落ち着け」


 これでも飲んで落ち着いたらどうだ? とレックスからミルクを差し出され、少女は礼を言う間もなくジョッキを引ったくると一気にジョッキを傾ける。


「――げぼっ!? ごほっごほっ!?」

「ああもう慌てて飲むからっ! ほら、落ち着いてー、息を吐いてー、ふかーく息を吸う、ふぅーっとゆっくり息を吐くー」


 勢いが良すぎたようで、顔中ミルクまみれにしてむせる少女の背中を擦りながら、レックスは少女の身体を改める。

 腕が翼の形をしていることから、翼人族(ハーピィ)であることは間違いない。ボロボロの衣服に擦り傷だらけの肌。こんな様子で冒険者組合に来るのは、魔物に襲われたからか。


「――あ、ありがとうございます。あの、これどうすれば……」

「いいのいいの。で、どうしたんだ?」


 冷静さを取り戻した少女が、台無しにしたミルクを見て酷く怯えた表情をするが、レックスは優しく問いかける。

 すると、少女は慌てて立ち上がり、受付嬢に飛び付くようにカウンターに身を乗り出した。


「ラハーサ砂漠でサンドワームに襲われたんですッ!!」







 サンドワームとは、砂漠地帯に生息するB級の魔物の名だ。

 草食竜を丸のみできる巨体と、生半可な武器を通さない硬い外皮、砂の中を泳ぐように移動するのが特徴で、臆病な性格をしているものの、よく砂漠地帯を移動する商隊といざこざを起こすことで有名だった。

 少女――ハイピュリアは、そんな砂漠地帯を移動する商隊から依頼を受けた冒険者だった。


「わたしたちのパーティは、試験の為にラハーサ砂漠のランドシャーク討伐依頼を受けていました」


 彼女を含める五人のパーティは、スムーズに依頼を進めていたらしい。

 ラハーサ砂漠に行くための準備をして、出発。目的の群れを探して砂漠を探索していたそうだ。

 その最中にサンドワームに襲撃されたそうだ。執拗に追い掛けられ、ほうほうの体で洞窟に逃げ込んだのだが、そこから動けなくなってしまったのだと言う。


「学園側に連絡はしたのですかー?」


 受付嬢の言葉に、ハイピュリアは表情を暗くした。


「先生は『依頼のミスを誤魔化すのは言語道断です』の一点張りで……このままじゃ皆が!!」


 目に涙を溜めてハイピュリアが叫ぶが、受付嬢は笑顔を崩すことなく手元の手帳を見ながら言う。


「では、緊急依頼を出されますか?」

「はいっ!」

「では、報酬金の提示をお願いします」

「これですっ!」


 二人のやりとりを眺めていたレックスは、思わず顔をしかめた。

 分かっていたことだが、ハイピュリアの提示した報酬は少ない。

 サンドワーム討伐の依頼の相場は、聖王国のG(ゴルド)に換算して50.0000~80.0000G。対して、少女の提示した報酬金額は8.0000Gほど。若者が持つには大金だが、依頼を出すには明らかに足りない。


「――はい、手続き完了です。依頼は貼り出すのでお待ちください」


 受付嬢がそう言って、依頼を紹介する掲示板に緊急の赤い依頼書を貼り付けるのだが、それに対する反応は冷たい。


「サンドワーム? ……うわっ、なんだこれ」

「安すぎじゃん。馬鹿にしてんの?」

「魔族ごときがしゃしゃり出るからそうなんだよ」


 反応は様々だが、基本的には『報酬金が低すぎる』と言った反応が多い。

 それもそのはず。冒険者などと言っているが、近年の冒険者のやることは魔物駆除のほうが多い。日々を生活する為に、職業として冒険者をやっているのだから、こんな命を懸ける価値もない依頼を受けるはずもない。

 ハイピュリアもそれは分かっているようで、時間が経つにつれて身体を抱き、ガタガタと震え出していた。

 なので、レックスは掲示板の前に立つと一通り依頼を吟味し、赤色の依頼書を手に取った。


「……受けるんですか?」


 レックスが提示した依頼書を見て、受付嬢が怪訝な表情で言い、その言葉に弾かれたようにハイピュリアが顔をあげる。


「サンドワーム一匹の討伐で50.0000、なのに緊急手当て含めても10.0000いくかいかないかだぜ? しかも、だだっ広い砂漠地帯で四人も子供を守らなきゃなんねぇ。割りに合わねーにも程がある」


 こんなん誰も受けたがらねーよ、とレックスが断じると、ハイピュリアは顔を伏せ、カウンターに滴が落ちる。

 そんなハイピュリアを見て、受付嬢はごみを見るような目でレックスを見る。


「あなた、正気です?」

「辛辣だなおい。で、ここの手続きは他と同じで良いんだよな?」


 さっさと行かねーと干からびちまう、とレックスが笑うと、受付嬢は信じられないものを見るように目を見開いた。


「……あなた、正気?」

「勝ち目もなしに受けると思うか? B級冒険者なめすぎだ」


 レックスの言葉を受けた受付嬢は、流れるように依頼書を受け取り書類を書き込み始める。

 レックスが隣を見ると、涙で顔を濡らしたハイピュリアが呆然と見上げていて、レックスはその場にしゃがんで彼女と目を合わせると言う。


「今回の依頼を受ける上で、報酬の話をしとこう」

「――ッ、はい」


 緊張で肩を強張らせるハイピュリアに、レックスは明るい声で言った。


「報酬は全額前払いだ。それでいいな?」

「はい」

「依頼内容はパーティ全員の救出、いいか?」

「はい」

「それじゃあ装備を整えにいくか」

「はい……はい?」


 レックスはそういって立ち上がると、ハイピュリアの脇の前に手を差し出して言うのだ。


「お前のパーティを助けに行くぞ!」

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