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モブと生徒と質問と

 こうして、レックスの学園生活が始まった。

 レインと一緒に戦技教練を行い、学園内を巡回し、そして時間があれば依頼を受けて冒険へ出かける。

 生徒たちからの反応は冷ややかなものだが、少し経てば反応も変わってくるもので。

 数日ほど経った頃から、レックスに近づいてくる生徒がいた。


「ねえ、先生! アレどうやったのか教えてよー?」

「あれじゃわかんねーよ。というか、質問はレイン先生にしたらどうだ」

「えーやだ」

「お前……頼むから本人に言うなよ。めっちゃ気にしてんだから」


 褐色の肌に尖った耳。魔族版森人族である、闇森人族(ダークエルフ)の少女だ。

 人族はおろか、魔族の生徒からも距離を取られているレックスだが、この少女だけは違うようで。


「だって、アルティミス先生って人族のえーゆーでしょ? そんな人より、ただの冒険者の方が話しやすいし」

「それ、遠回しに俺のことなめてない?」

「えっ、先生そんな趣味が」

「ねーよ!」


 その舐めるじゃねえよ! とレックスが声を張ると、きゃーこわーい、とまとわりついていた少女がピョンと後ろに跳ぶ。


「で、アレってのは何のことだトーリ」


 トーリに身体ごと向き直ったレックスに、トーリが身振りをしながら言う。


「アレだよアレ! あの、シュバッて消えてズッバーンッってやったじゃん! アレアレ」

「あー、お前をぶっ飛ばしたヤツな。あれは風魔法で――って、別に必要なくねーか? お前ら闇森人の戦い方は違うだろ」


 レックスの使った技、というのが、目にも止まらぬ速さで近づき攻撃を加えるというものだった。

 しかし、トーリの願いに対してレックスの反応は芳しくなかった。

 教える事自体に問題はなのだが、あの技がトーリに必要だとは思えなかったのだ。


「えー、ケチ」

「ケチじゃない。というか、あの技はマジでレイン先生の方が分かってるだろうからそっちに聞け。技を使うかどうかは別として、体捌きの訓練にはなるぞ」


 レックスに拒否されると思っていなかったのか、プクッ、と頬を膨らませて不満タラタラなトーリだったが、レインに教えてもらえという言葉を聞いて、露骨に嫌な顔をする。


「えー、でもさぁ」

「なんでそんなに嫌なんだよ。レインがなんかしたか?」

「いや、そうじゃないけどさぁ……」


 そうじゃないけど、と表情を曇らせるトーリを見て、大体の事情を察したレックス。

 どうやら、魔族や亜人族がレインに声をかけるのはあまり良くないらしい。

 内心くだらねぇと吐き捨てつつ、しかしそれを伝えるわけにもいかないので、レックスは「仕方ねぇなぁ」と背負っていた大剣を引き抜いた。


「そんなに時間ねーし、キチンと見とけよ」

「やたっ! 先生大好きっ!」


 トーリの現金な態度に苦笑しつつ、レックスは魔法を発動させるのであった。




 そして、トーリの他に彼に声をかける人族が居た。


「……サタノエル先生」

「バニングスか。なにか質問でもあるのか?」


 戦技教練終了後の休み時間、レックスに声をかけてきたのは、ゴーマシュル・リリース・バニングス。聖王国の高名な貴族の三女という女子生徒だった。

 膝立ちで大剣を整備していたレックスが顔を上げれば、リリースは苦虫をたくさん噛んだような、形容し難い表情を浮かべていた。


「はい、今日使用した魔法について少し」

「……お前、そんなに嫌ならレイン先生に聞いたらどうなんだ?」

「あの人は魔法も使えますが、純粋な剣士です。魔法の理論に関しては魔法専門の教員に聞くほうが有意義です」

「それ、俺も同じじゃねえの?」

「腹立たしいことに、ええ、とても腹立たしいことですがっ! この学園の魔法科教員と貴方では、貴方の方が質が上です」


 学園の魔法科教員は、高度な魔法を使用することができるのだが、リリースが欲しいのはそういう魔法の知識ではなく、実戦で自分が使用できる効率の良い魔力運用の方法であった。


「ですから、貴方の知識と経験が必要なのです。ほんっっとうに嫌ですがっ」

「面と向かっていやとか言うなよな。俺だって傷つくんだぞ?」


 およよ、と泣き真似をするレックスはとても傷ついているようには見えず。

 大剣を背負ったレックスは、手近な段差に腰を下ろすと、頬をひくつかせるリリースに手招きする。


「では、話してくださるということでよろしいのですね?」

「分からなことがあったら聞きに来いっつったの俺だからな」


 質問されれば誠心誠意応えるさ、と言うレックスを意外なものを見たような目で見て、リリースは、コホン、と自分の気持ちを切り替えるとレックスに質問する。


「今日使ったのは、属性付与のされたファイヤー・ボールですわね?」

「いや、今日使ったのは火球じゃなくて炎熱矢(ファイアボルト)だぜ?」

「……炎魔法のプロフェッショナルである、バニングス家を馬鹿にしているのですか? ファイアボルトはファイヤー・ボールより強力で爆発力も高い魔法ですが、あそこまで器用に爆発させられません」


 ファイヤー・ボールとファイアボルトは、炎属性の魔法における、初級と初級上位の魔法に分類される。

 ただ対象に火の玉を当てて燃やすファイヤー・ボールと違い、ファイアボルトは弾速、爆発威力共にファイヤー・ボールの上位互換とも呼べる魔法だ。

 だが、ファイヤー・ボールとファイアボルトには、それ以外にも大きな違いがあった。


「爆発と弱体化の属性。分かったのはそれだけですが、それだけの属性を与えながら『私達に必要以上の怪我がない威力で場外に吹き飛ばす』なんて芸当は、攻撃力に特化したファイアボルトでは不可能な芸当です」

「よく勉強してるな」

「……貴族として当たり前ですから」


 凄いな、と言う称賛の言葉を聞いて苦々しい表情を作るリリース。

 彼女の反応に疑問を抱くが、聞いたところで答えてはくれないだろうと考え、レックスは魔法の説明を始める。


「お前の言うとおり、俺が使ったのはファイヤー・ボールだ。属性付与に関して説明はできるか?」

「属性付与ですわね? 属性付与は、文字通り魔法に対して様々な性質を追加する技術のことです」


 ファイヤー・ボールやファイアボルト等、ある程度形が定まっているのが魔法だが、実は魔法自体に明確な形は存在していない。

 その為、本来魔法の発動は個人差がとても大きいものなのだが、ファイヤー・ボールなどの長年の研究によって体系化したものに限っては、ある程度形が定まっているのだ。

 だが、これはあくまでも『ある程度形が決まっているだけ』であって『明確に、こう、という形があるわけではない』のである。


「詠唱や魔法陣を用いてその魔法に対して様々な効果を付与すること、コレが属性付与と呼ばれている魔法操作技術の一つです」

「じゃあ、火球に付与できて炎熱矢に付与できないと言った理由は?」

「先程も言いましたが、ファイアボルトは攻撃に特化した魔法です。その為、属性を付与できるスペースがあまりありません。ですが、ファイヤー・ボールは攻撃魔法ですが、攻撃にも使えるだけで元はイグニション。属性付与を行うスペースが広いからです」


 スラスラと答えを言うリリースに、レックスは称賛の拍手を送った。

 彼女の言った通り、体系化された魔法は扱いやすいものだが、それが中級、上級になるにつれて制御が難しくなり、余計なものを付け加える余裕はなくなっていく。

 これは魔法が使える人なら誰でも知っている理屈だが、いざ説明しろと言われても答えられない人も多いだろう。

 それくらい普段意識されない部分なのだが、彼女はそれを説明できる。それは凄い事だとレックスは考える。


「この程度の知識を褒められても嬉しくありません」

「そうか? 俺はすげぇと思うけどな。そうだ、俺が使った火球についてだな。ざっと十種類くらい属性付与したファイヤー・ボールってとこか」


 不機嫌そうに鼻を鳴らすリリースだったが、レックスの言葉を聞いて息が止まった。

 属性付与を十種類。さらっと口にするレックスだが、消費される魔力量や求められる制御能力がどれだけのものか。


「そんなに……」

「流石に攻撃魔法で傷一つつけないなんて器用なマネ俺にはできないしな。あ、でも俺の実力で全部やってるわけじゃないからな?」


 大剣を叩き「こいつのおかげなんだ」と笑うレックス。


「俺の発動器がこいつなんだよ。バニングスは杖だったよな?」

「え、ええ、そうです。バニングス家に伝わる由緒正しき長杖です」


 リリースの使う杖は、バニングス家に代々伝わる武具の一つ、大型の魔石を埋め込んだ長杖だった。

 誇らしそうなリリースに対し、レックスは、うーん、と唸る。

 リリースの言っていることは本当で、彼女の身につけている武器や防具はどれも高級なものが多かった。


「あー……怒らないでくれるか?」

「は? どういうことです?」

「いや、これから言うことに怒らないでくれるかなって」

「……それは、怒ることを言う、ということでよろしいですか?」

「……多分怒る」

「………………いいでしょう。言ってみてください」


 ふざけた魔族ではあるが、ふざけたことを言うこともないか、と長い葛藤の後にそう結論を出し、リリースがレックスに続きを促した。

 リリースに言われ、一呼吸おいたレックスはおずおずと口を開いた。


「長杖をやめて、魔導師になろうぜ!」

「――ッッ!!」

「やっぱ怒るじゃんっ!?」


 言った瞬間に顔を真っ赤にして拳を握るリリースを見て、思い切り跳び退いて両手を前に出して制止するレックス。

 その腰の引けた情けない姿を見て、何回か深呼吸したリリースは、頬に赤みを残しながら問う。


「なぜ私が由緒正しき長杖を捨てて破廉恥な人たちと同じにならないといけないのかまったく理解できませんが理由はお有りなのでしょうね?」

「めっちゃ怒ってんじゃん……別にいやらしいとか、名誉を汚すとか、そういうんじゃねーよ。えっとな、これはあくまでも走ってるところを見た俺の感覚なんだが……」


 レックスは、リリースがレックスの攻撃を防ぐときに長杖が地面に引っかかったり、そもそも重量で上手く扱えていない場面があると言う。

 その逆に、長杖を持っているときよりもそれを捨てた方が防御魔法や攻撃魔法による反撃を行えている場面が多い。

 さらに、両手が自由な時はレックスの大剣による一撃もキチンと避けられているのだ。


「お前は近接職くらい走れてるし、魔法の扱いも上手い。腕輪型みたいな小物の発動器を使って、魔導師として戦うのが合ってると思うんだよ」

「……なるほど、そういうことですか」


 そういうキチンとした理由があるなら、とリリースは頷くが、レックスの提案を受け入れるつもりはなかった。

 それは、レックスの言っていることが嫌だからではなく、単に魔導師という職業が好きではないからだった。


「理由はわかりましたが、あなたの提案を受けるつもりはありません」

「……脱げるからか?」

「――失礼します」


 レックスの質問に答えることなく、リリースは立ち上がってレックスに頭を下げると、足早に去っていく。

 背筋の伸びたキレイな背中を見送り、レックスは首を傾げる。

 破廉恥、踊り子などと言われる魔導師だが、その力は本物だ。


「うーん、全裸になるわけじゃないし、戦ってるときの魔導師ってすっごい綺麗なんだけどなぁ……うーむ」


 羞恥心よりも強い方が良いと思うんだけどなぁ、と呟きながら、レックスは再び大剣の整備を始めるのであった。

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