モブとスカウトと
この作品は、テンプレ、主人公TUEEE展開など、なろうテンプレを満たす作品です。それらに拒否感のある方は避けることをおすすめします。
ちょっとこれは想定外だ、とレックスは乾いた唇を舐めた。
彼の見上げる先、紫色に染まる空に浮かんでいるのは蝶。
満開の花を思わせる巨大な蝶は、青白く光る鱗粉を振り撒きながら、レックスとその横に横たわる死体を見ているようだった。
身の丈を越える大剣を構えつつ、レックスは蝶の様子をうかがう。
なにもしてこないならそれでいいが、もし何かをしてくるなら。そう考えた次の瞬間、蝶の巨体が震えた。
「――――――――――」
空気が震え、レックスの内蔵が揺さぶられる。
怒りか悲しみか、それとも別の感情かは分からないが、蝶の意識がこちらに向いたことだけは分かった。
蝶の身体が縮こまった、次の瞬間、暴風がレックスの身体に叩きつけられる。
レックスは急いで大剣を地面に突き刺して暴風に耐える。鎧を身に纏って尚吹き飛ばされそうになるその威力に舌を巻きつつ、大剣の陰から様子を窺う。
一度大きく羽ばたいた後、蝶は再び穏やかな羽ばたきへと戻っていて、それだけを見れば先ほどまでと変わらないように見える。
しかし、その身体が淡く発光したのを見た瞬間、レックスは跳んだ。
身体に引っ張られて大剣が地面から抜け、次の瞬間その場所に光が着弾した。
「魔力弾かざけんなッ!?」
爆発の衝撃で軽く身体が浮かぶが、レックスは無事着地。自分の横に空いた大穴を見て叫ぶ。
指向性を持たせた魔力の塊。言葉でいうだけなら大したことないが、蝶の放つそれは一発の威力が通常のものとは桁が違う。
下手をすれば身体に穴を開けかねない即死の光弾がレックスに迫る。
横に跳び、大剣で切り、時に盾とすることで光弾を防ぐ。
一発も当たるわけにはいかないと、全力で光弾から身を守るレックスだったが、そんなレックスを更なる絶望が襲った。
光弾を放つ蝶の身体が、更に発光を始めたのだ。
夜空を背に、無数の光弾と蝶が輝く。
星空が降ってきたような幻想的な光景を前に、レックスは何故こうなっているのかを思い出していた。
※
「教官ん? 俺がぁ?」
応接間に通されたレックスは、聖王国からやって来た二人の言葉に、思わず間の抜けた声を出してしまう。
「はい。聖サタノエル学園の戦技教官を勤めていただきたいのです」
森人族の女性に真っ向からそう言われ、レックスは首をかしげてしまう。
「いや、なにも俺じゃなくてもいいだろ。帝都組合にゃ、俺よりも階級高くて凄い冒険者なんてざらにいるぞ?」
B級であるレックスは、決してランクが低い訳ではない。
それでもA級、人外魔境たるS級と比べれば実力も知名度も劣ってしまう。
「お付きの人も俺の勧誘には賛同しかねてるみたいだしな。そこんとこどーなのよ?」
「ケイス、あなた……」
森人族の女性に咎めるような視線を向けられ、青年、ケイスは背筋を正して言う。
「失礼ですがイェレナ様、あなたの言葉には賛同しかねます。なぜこのような魔族を戦技教官にしようと考えているのですか。我々には黒衣の戦乙女が居られるではありませんか」
このような魔族、という少し含んだ言い方に、レックスは兜の下で眉をひそめた。
雇おうと言う話をしてるのに、当人の前でそんな含みのある言い方をするのか。抗議の意味を込めてイェレナを見ると、彼女は痛恨と言わんばかりの険しい表情をしていて、なまじ元が美人なせいでその歪んだ顔が恐ろしく、レックスはサッと目を逸らしてしまう。
「……あんた、この人の依頼達成率と活動内容教えて上げたよねぇ……?」
「ええ。ですが、そのようなものいくらでも偽装できます。魔族は催眠魔法で多くの悪行を積んでおり、今でもやつらは――」
魔族がいかに危険か、冒険者というものがどれだけ不誠実なものなのか、などと自分で話の幅を拡げて盛り上がり始めるケイスと、そんなケイスを今にも殺しそうな眼で睨み付けるイェレナを見て、レックスは焦りながら口を開いた。
「組合長とはもう話されたんですね」
「ええ。その上で判断したのです。貴方こそ、学園に必要な人だと。どうか、わたしたちに協力していただけないでしょうか?」
深々と頭を下げるイェレナの、金糸のような金髪を眺め、レックスは腕を組んだ。
「悩まれるのは分かります。なのでサタノエルさん。貴方は冒険者を続けていただいて結構です。王都ギルドに紹介状を書きましょう」
「イェレナ様!?」
「黙ってなさいケイス! ……こほん。私たちがほしいのは、優秀な冒険者です。戦技教練の授業のみ参加していただき、あとの自由、住居や教官としての給与も保証しましょう」
「至れり尽くせりだな……うーむ」
悪くない話だ。
この世に生を受けて幾百年。思えば、学校を作ることはあっても行ったことはなかった。
聖サタノエル学園は、世界最高峰の教育機関だとも聞く。今の自分にはない知識などを学べることもあるだろう。
「でも、いいのか? 俺の先任の教官がいるんだろう? そいつは魔族でも平気な奴なのか?」
「はい。黒衣の戦乙女、レイン・アルティミスは人族ですが、そのような考え方とは無縁の方ですから」
「……へぇ、戦乙女様は名字があんのか。貴族なのか?」
「いえ、彼女は一般の家の出です。母親が名字のある地方出身だそうで」
イェレナにそう言われ、レックスは「そうかそうか」と何度もしきりに頷くと、よし、とイェレナを真っ直ぐ見据えて言った。
「分かった。あんたらの話に乗ろう」
「いいのですか!」
「おう。たしか、世界有数の学校なんだよな? んなとこ行ける機会早々ないだろうしな。やってやるよ」
「ありがとうございますっ!!」
承諾されたのがそれほど嬉しいのか、何度も頭を下げるイェレナを手で制したレックスは、立ち上がって彼女に手を差し伸べた。
「帝都組合所属、B級冒険者、レックス・サタノエルだ。種族は魔族。よろしく」
「聖サタノエル学園学年主任、イェレナ・シェラクイラです。これからよろしくお願いしますね」
グッと手を握ったレックスは、イェレナの手を離すと、渋い顔を隠そうともしないケイスの前に立ち、手を差し伸べた。
「レックス・サタノエルだ。よろしく」
「……ケイスです。よろしくお願いします」
「ところでケイス、お前ミルクは好きか?」
「は? ……まあ、嫌いではないですが」
「イェレナは?」
「飲みますけど……?」
突然の問いかけに疑問符を浮かべるイェレナと眉を寄せて訝しむケイスに、「そいつぁ良かった」とカラカラと笑ったレックスは、テーブルに置かれたベルを慣れた手つきで鳴らして言うのだ。
「ここの蜂蜜入りミルクは絶品なんだぜ?」
「……あなた、ふざけてます?」
唇を戦慄かせながらケイスが尋ねるが、レックスはそんな彼の様子を気に留めず、部屋に入ってきた給仕係の女性といくつか言葉を交わす。
「そう、それで三つ。あと、ちょっとそれ貸してくんない? ありがとう。後で返すから。ああ、ごめんごめん。ふざけてるのかって? 俺はいつでも本気だけどな」
女性を見送り、改めてケイスたちに向き直ったレックスは言う。
「あんたら――つうか、ケイス、俺はあんたに聞きたいけどな?」
「私に何を?」
あなた如きが私に言うことがあるのですか? と見下していることを隠そうともしないケイスに、一呼吸置くと、レックスは語りかける。
「あんたぁさっき言ったよな、魔族は催眠魔法が使えるって。で、ここの組合のやつらの仕事は全部偽装してあるってよ」
「ええ、あなた達のような卑劣な種族が腐ってもB級を名乗ることも不自然なのですよ。分かりますか?」
わかりますか、ねぇ、と呟きながら、レックスは机の上に持っていたものを置いた。
イェレナとケイスが覗き込む。
「これは、タイピン?」
机の上に置かれたのは、宝石のついたタイピンだった。
「そう、綺麗だろ」
「これがなにか――」
「随分と強固な防御魔法ね。精神に作用する効果を完全に無効化できる。……それにこれは物理攻撃に対する耐性付与? なに、ここの受付は戦争でもするの?」
イェレナの呟きに、そうだよ、とレックスは頷いた。
「いくら職として成り立ってるっつっても、冒険者は過去の知れないやつが多い。そして、そんな奴らがどいつもこいつもドラゴンスレイヤーときやがる。そんな中で普通の女が仕事できると思うか?」
冒険者組合の給仕や受付、特に受付嬢は危険の多い職業だ。文字の書けない冒険者の代筆や翻訳、カウンターでの依頼交渉などなど、その職務は多岐に渡る。
故に、冒険者組合の受付嬢は単独で冒険者を狩れ、知識のある者のみが選ばれる。
「知識、技術、そして人格。求められるものは、B級やA級への昇格審査より厳しい。そんな組織が、卑劣な魔族一匹の魔法でどうにかなると思ってんのか?」
「それは……だが、賄賂など」
ケイスが反論しようとした所で扉がノックされ、給仕係の女性が料理を積んだ車を運んできた。
机の上に並ぶのは、イェレナたちも数回しか食べたことのないような、料理というより、芸術品と呼ぶような美しく飾られた料理の数々。
丁寧かつ迅速に机の上に料理を置き、「ありがとうな」とタイピンを返された受付嬢は、一本線の通ったお辞儀をして部屋を出ていく。
「帝都組合含め、冒険者組合ってのは大体が国と関係を持ってる。ドラゴンテールのステーキに、俺の好きな蜂蜜入りミルクなんて、蜂蜜は聖王国から取り寄せてるらしいぜ? 木っ端の魔族の渡す賄賂と、冒険者一人が稼いでくる迷宮での魔石や道具の売買、各土地での産物の取り引き。どっちが稼げるよ?」
そもそも、素行に問題がある奴はBどころか、Cでも落とされるんだけどな、と一個だけストローの差してあったミルクのジョッキに手を付けたレックスは、兜の間にストローを差し込んで一飲み。
濃厚な牛乳の味わいの中に、仄かに蜂蜜の甘みが合わさり、トロリとした甘みに変わる。そして、トロトロのミルクが喉を通ったあとには鼻腔をくすぐる花の香り。
「うん、美味い。まあなんだ? 上司に歯向かうほど嫌ってのは構わねえけど、噛み付くならしっかりと噛み千切って止めさせよな。テメェだけならまだしも、テメェの上司も実力疑われるぞ」
タイピンの仕込みに気づけない時点でダメダメだけどな、と言われ、ケイスは顔を真っ赤にして全身を震わせる。
羞恥と怒り、しかし、ここで暴れてしまえばそれこそ魔族の思う壺だ。必死に我慢するケイスに向け、兜の下で笑いながらレックスは言った。
「でもなんだ、俺は喧嘩したくて言ってるわけじゃないんだ。魔族だ何だと下らねぇもんで目を曇らせてる暇があったら、しっかり勉強してくれってだけだ。だから、これからよろしくな、先輩?」
貴様ッ、と掴みかかろうと腰を浮かせたケイスだが、理性が怒りを急停止させ、その手をジョッキへと伸ばさせる。
その勢いにミルクが溢れるが、ケイスはお構いなしにジョッキを持ち上げるとそのまま一息に中身を飲み干し始めた。
その勢いはミルクを飲み慣れたレックスをして「おお!」と感嘆させるもので、ケイスの飲みっぷりに拍手をするレックスなのであった。