青ガキ 青年 青二才 〜しかし青さは海より深く、空より高く〜
「揃ったようだな」
「はい、レイ教官」
ブラウンのセミロングの髪、獲物を狙う獣のような獰猛で静かな目をした女性、レイ教官だ。
僕らは彼女を中心に扇状に広がっていた。彼女の隣には僕、ユーゴーが居てそこから、ソラ、カイル、エリーナ、そして反対側にはミウサがいる。
「お前たち……、わかっているんだろうな?」
レイ教官の目が細められ、獰猛な光がより鋭くなる。僕は目標を取ってきたから、まだ余裕あるけど他の奴らはキツイだろうな。
他の奴らの顔色がみるみる青ざめていく。
何が怖いって、この人隙がないんだよな。イスがあるのに座らない。逆に周りも座らせない。下に見る態度とかしないから、皆、レイ教官の言葉を受け流せないのよね。
「この肉は私も喰えるんだろうな!」
「そっちかよ!」
後ろにある鹿のような生物、アーディを勢い良くゆびを指している。肉の方に向いていたのね、それは獰猛な目になるわ。
「ほう、ユーゴー、上官への反抗的態度か? 威勢が良いな」
「ち、違っ、違います!」
レイ教官はその目を僕に向けた。
僕を見下ろす瞳に狩人の光が宿る。
「アタシの若い頃は、皆、肥大した自意識から上官に喰ってかかってボコボコにされたもんだ。次は私がボコボコにする番だと思っていんだけど……」
レイ教官はアーディに向けた指をスゥと横に引いた。横たわるアーディの白い首から腹にかけて、赤い線が滑らかに一本引かれる。
「今の子たちは少し物分かりが良すぎてね。こうしてやる予定だったのだけど……」
レイ教官が指を振るう度、アーディの皮が剥がれ、内臓が裂け、肉が削がれ、みるみる部位ごとの肉の塊になった。
レイ教官、それではボコボコどころかバラバラですよ。
「まぁ、それはさて置き、この訓練の総評だ。まずミウサ、報告!」
急に話を振られたミウサが驚いたように背筋が伸びる。震える声で話始めた。
「今回の訓練は私が作戦を立案、ユーゴーが追跡、標的の殺害は達成。生け捕りは不達成でしたわ」
「そうか。追跡にユーゴーを使った点は評価する」
え、そこ評価しちゃうの? 僕は思わずレイ教官を二度見してしまった。僕、一人で追っていたんだけど……。
「責任を履き違え、適材適所の判断を間違え、自分一人でなんとかしようとする奴らが多くてな。今回、追跡は機動力が主だ。そこで機動力に劣る自分を切り離した判断は評価できる」
レイ教官は腕を組み、ミウサを見つめた。
「しかし、機動力で言えば2名、優秀な猟犬が残っているはずだ。カイル、ソラ何をしていた?」
「我々2名は木々が障害となり機動力が発揮できないので、無理に追わず。後ろに控えていましたであります!」
レイ教官の視線が怖くて、受け答えしたカイルの語尾がおかしいじゃないか。
「……お前たちは戦場を選ぶのか?」
「「それは……」」
「さっき言ったように各自で適材適所を考えるのは構わん。現場での不確定要素に強くなるからな。しかし、苦手で終わらせるな。克服すべき苦手、なんとかなる苦手、サポートが必要な苦手と分割しろ。これは全員だ!」
「「「はい! レイ教官」」」
僕も含む全員で声を上げた。
「次、ユーゴー」
その獰猛な瞳が僕に向いた。今回、僕はそんなに落ち度はないとわかっているけど、それでも教官の目は怖いな。
「今回はさすがと言うしかないな。標的を追跡できる機動力もさることながら、まだ魔力の使い方が雑だが標的に余計な傷が付いていない。一撃で仕留めた証拠だな」
そうでしょうとも、山でヴォルグナーさんにしごかれた経験は、簡単には忘れられないんですよ。
「学生の段階でこれだけ出来れば申し分ない、単品ならな」
「はぁ……、単品ですか」
「そう、単品だ。今回の追跡訓練で標的に付いていけたのはユーゴーだけだ。見方を変えれば、群れからはぐれた一匹の獣だ。逃げるにも、殺すにも一番狙いやすい」
「うっ、言われてみれば」
もう、最低点取りに必死だったからな。
「もし敵の救援部隊がいれば、殺されるならまだマシだ。捕虜になりこちらの情報を渡すことになったら、次はお前の仲間が殺される」
そういえば今回は狩りの感覚で追っていたな。標的の反撃の可能性はほぼ無く、いかに標的を見失わないかしか考えてなかった。そうか、実戦では反撃があるんだよな。
「一旦、全員と合流し、一回目の接敵を踏まえ再度トライする。そんな選択肢もあったはずだ。以降、それを含めて判断しろ」
「わかりました!レイ教官」
「お前たちは才能はある。だからこそ、特殊部隊育成課程に召集されている。まぁ、厄介者だからというのもあるがな。才能ある厄介者の体裁のいい囲いってやつだ」
レイ教官が腹を抱えて笑う。
クソ、他人事だと思って笑いよって。
「カイル・オルキヌス。体力は一級品、魔力はそれなり、知識系はさっぱりだが、機転を効かす問題は高得点と。オルキヌスっていうと海軍士官にちらほらいるな」
「偶然じゃ、ないですかね……」
ダメだ、カイル。バタフライのように目が泳いでいるぞ。
「調べはついている。言い逃れはできないぞ。オルキヌス家三男、中等学校時代は『聞かん坊のカイル』と呼ばれていた。ほう、初めての上官反抗はお前か? 楽しみにしてるぞ」
「ハハ、まさかないですよ」
拳をならすレイ教官に、カイルは青ざめて乾いた笑いを漏らしている。まだ、してないよな? なんでそんな額から汗流しているんだ。まだ、なんだよな?
「ミウサ・ネルラント。体力は平均以下、魔力は優秀。学術試験ではトップ。魔法魔術への知識量には目を見張るものがある。部活動は発明部か。空軍閥の武器開発系の大手企業に確かネルラント社という名前があったな?」
「な……何のことだかわかりませんわ」
ミウサもダメだ。目が合わせられないのはわかるけど、視線がどっかに飛んでいっている。
「次やる時はネルラント社の社長の名前を、父親の欄に書くは止めておけ。さすがに身元はバレるぞ」
「家名には誇りを持てと教わりましたわ!」
「名前を隠す意味がない場合だけな」
教官が押されている。ミウサは本当に大物なのかもしれない。
「ユーゴー・ヴォルグナー、ソラ・アリオール。ヴォルグナーとアリオールの名を聞いて、この国で知らん者はいないだろう。国を救った英雄の名だ。その息子なら、政治的にマークされるのは当たり前だな」
僕と隣のソラは大きな溜息をついた。
「更にお前たちは総合的に優秀だからな。より目がつけられる。弱点としたら、ユーゴーお前は魔力が馬鹿力すぎて制御できていない。ソラは反対に制御するのは抜群だが、魔力の瞬発力がない」
まぁ、幼い頃からのライバルだからな。あれもこれもって競っていたら、いつの間にかって感じで身長以外は伸びていたな、身長以外は……。
「そしてエリーナ・ベルククローネ。一番はお前だ。入学時、ヴォルグナーさんが口添えしたって噂がある。身元も母親の名前しかない。しかし成績はここにいる奴らに引けを取らない。一番、怪しいよな」
しかし、エリーナはニコニコして表情一つ変えていない。こいつも大物なのかもしれない。
「まぁ、家柄やしがらみ色々ある。だがお前たちの才能は確かなモノだ。あとは鍛えるだけ。食事も訓練だ。さっさと帰って肉食うぞ! はい、撤収」
僕らは椅子をたたみ、テーブルを片付け、車両に積み込んだ。
全員が乗り込むと運転席いる教官が車両のアクセルを踏んだ。
エンジンがないから、心臓に響くような重低音がしない。砂利とタイヤの擦れる音、金属が軋む音に、僕は少し物寂しさを感じた。それでも車両は進んで行く。
太陽は傾いてきたが、夕日には早くまだ空は青いままだった。
今回、読んでいただきありがとうございます。
大村豆腐です。
時間がだいぶ掛かった気がします。
一朝一夕では早くならないですね。
次話も早く書けるよう頑張ります