哀より出でて、愛で青し〜愛すべきクソ野郎と青ざめるヒロインの愛〜
どのくらい歩いただろうか。
アーディを追って分け入った森の中。そんなに深く入ってないだろう。けど重い装備と重い武器、さらに大人程ある大きな獲物の三重苦だ。
「おぅい、アイテムボックスや。どこにいるんだーい?」
息もきれぎれ喉の奥から絞り出した声に、返ってくるのは地面とアーディの亡骸の摩擦音。その響かない音で余計に重さが増えるように感じる。
ロープの先に縛っているアーディの亡骸が少し憎たらしく思えてきた。命を奪った僕に対して細やかなる復讐だろうか。そしたら僕は大絶賛疲労中、そのおちゃめな復讐は成功だ。
「アイテムボックスもないんだよなぁ」
アーディ一匹いたところで、もって精々1週間。数ヶ月、数年の単位で繰り広げられる戦争じゃ、全然足りない。それなのにこの疲労感。
ほんと重量無制限、保管期間無限のアイテムボックスは兵站オバケだよ。羨ましいよ!
「はあ、やっと拠点が見えてきた」
拠点と言ってもそんな大層な物じゃない。荷台を布地で覆った兵士運搬車。その荷台の布を一部外して日除けにして 、組み立て式の簡易テーブルと人数分の折り畳み椅子を並べただけの簡素なモノだ。
そこには数人の見覚えのある人影が見える。
引率の教官は1人だけ、では他の人達は?
よし、怒るのはまだ早い。誰かケガしたとか、彼らは彼らで1匹捕まえてきたとか、色々事情があるはずだ。
森を抜け、開けた場所に出た。森の浅いところから見えていたように森のすぐ側で拠点を立てていた。
僕が木々を抜け、空き地に出ると拠点に集まっていた人たちの中から一人の少女が駆け寄ってきた。
弾む彼女の身体。はずむ……、はず……。
いやね、全体的には弾んでるんですよ。まとめた黒髪、少し大きめな幅の迷彩服、それに可愛らしいメガネが身体に合わせて揺れている。
僕は入学してから迷彩服はパンドラの箱なのではと思うんだ。女性の身体のラインを全て隠してしまう。女性という世界の全てを覆い尽くす絶望の迷彩服。その唯一の希望が『揺れ』なんです!しかし彼女、エリーナにはそれがない。エリーナは絶望の、というか絶壁の塊になってしまう。そもそも『揺れ』にはP波とS波、縦揺れと横揺れがあり……。
「ユー君、どうしたの?」
「あっ、いや別になんでもないよ」
僕のほうがエリーナより数センチ、いや数ミリ、いやいや数ミクロン、ひ、ひく……低い。目線を合わせるように僕の目を覗きこんでくる。僕が考え事をしている間に、もう目の前まで来ていたのだ。そのメガネの奥のきれいな瞳は、僕の思考を観察するかのように見つめたまま動かない。
僕は気まずくて思わず目を反らした。
目を反らした先では一人の可愛い女の子と、二人のクソ野郎どもがこちらに向かって駆けてくるところだった。
女の子は迷彩服を腕捲りして、少し焼けた肌を晒している。首には長く垂れた耳がついたヘッドホンのようなモノをさげている。ブロンドのショートヘアから見える小さな耳につけたらロップイヤーみたいになりそうだ。
しかし、それよりも何よりも首もとから胸にかけて開けたファスナー。そこから見える白いアンダーシャツと小麦色の谷間、迷彩服との素晴らしいコントラスト。そして『揺れ』。
絶望の中の一つの希望、すなわち美少女の震源地が笑顔でこちらに走ってくる。これが異世界ハーレムってやつか。
と、思っていた時期もありました。視線がね、僕の後方を見ているんですよ。完全に取ってきたアーディへの興味ですよね。知ってましたよ。この異世界ナイナイづくしですから、ハーレムもできないですよね。
「ミウサ。お前らも1つぐらい目標取ってきただろうな?」
目の前まできた震源地の美少女、ミウサは呆けた顔をした。すると開き直ったように腕を組み、背筋を正した。
「ないですわ! アナタが取ってきてるじゃない」
「はぁ!? 隊長だろ、作戦はどうした? 訓練はどうしたぁ!」
「私が命令して、アナタが取ってくる。作戦通りですわ!」
「ちょ……、ウソだろぉ」
これが僕たちの隊長かよ、なんでこんなに自信満々なんだ? 引率の教官を除けばこの隊の指揮官はコイツなんだよ。ほんと大丈夫かな、この隊。
僕はミウサのことは諦めて、その隣にきた大男に視線を向けた。
「カイル。お前は走るの速いじゃん。なんで体力バカのくせに追わないんだよぉ」
「だぁかぁら、いつも言ってるだろ! 俺が速いのは直線なの」
僕の頭が胸の下ぐらいの位置になってしまう程、栗色のオールバックのクソ野郎、カイルは背が高い。その差を詰めるように額を寄せてきた。
「俺はお前みたいに小回りが効かないの! 今回の訓練では戦力外。大人しくミウサ隊長とサポートに回った方がいいってこと」
カイルは額を離すと、僕に向け自信に満ちたようにゆびを指す。
「大通りみたいな直線や弛いコーナーの場所ならお前のこと置き去りにしてみせるね。てか小回りならソラの領分だろ!」
カイルは次にブロンドの美しいクソ野郎、ソラに指をさす。
僕の背丈とカイルの背丈の中間程の身長で、全体的軍人というには華奢で上品に見える美少年だ。
「確かにボクは魔法による高機動ができる。だけどフィールドはあくまで空中だ。今回はボクの高さじゃないよ」
なんでコイツらこんなに自分の意見に正当性ありますって態度ができるんだろうか。どこにも正当性ないよ。
すると、ソラは勢い良く僕のことをゆび指してきた。
「それからユーゴー! ライバルである君が一人でやらないと、ボクとの勝負にならないではないか!」
「あぁー、はいはい」
訓練なんだから、勝負云々は関係ないじゃん。てか手伝えよ!
素っ気ない態度にソラはポカンとした後に涙目になっている。もっと食い付いてくれると思ったのだろうか。それと打たれ弱い割に勝負に拘るよなコイツ。
そして僕はエリーナに視線を戻した
「でエリーは?」
「私はユー君のお嫁さんだから。ユー君の帰りを待ってたの」
「……はぁ、もういいや。みんな、僕抜きで怒られてくれ」
僕は肩を落とし、大きくひとつ溜息をついた。
これ以上のツッコミは僕には無理だ
「とりあえずこれだけ持って。さすがに僕は疲れた。怒られた後は皆でバーベキューだ」
アーディの繋がれたロープをカイルに渡すと、ソラ、ミウサ、カイルの3名は喜んでさっさと戻っていった。しかし、なぜかエリーナだけは僕の隣に居たままだった。
すると突然、僕の耳元にエリーナが口元を寄せてきた。洗剤の良い香りに混じる彼女特有の匂いが鼻をくすぐる。しっとりとした吐息が耳を湿らし、呼吸音が心臓を高鳴らせた。
「ユー君、目のやり場には気を付けた方がいいよ?」
エリーナのフフッという笑い声に僕はしまったと思った。
「私のだけを見てもらいたいからね」
「……えーと、目とか潰される?」
「大好きなユー君を傷付けるわけないよ。でも他の人のに目が行くなら他の人のモノがなくなればいいよね」
鼓動の高鳴りが意味を変え、冷や汗が額から頬に流れる。
「……だから削いじゃうかも。友達の身体を削ぐようなこと、私にさせないでね」
エリーナは僕から顔を離すと、拠点へと機嫌良く戻っていった。
コイツが幼なじみで僕へ好意を寄せてくれている、異世界ヒロイン候補だなんて……。
甲斐甲斐しくて可愛い嫉妬をしてくれるヒロインじゃなく、気持ちが重くて嫉妬の激しいヒロインなんだよ。そんなグレードアップはいりません。
「まぁ、エリーも友達には簡単には手を出さないよね……」
先に行ったミウサに追い付いたエリーナが、二人でじゃれあっている。その姿を見る限り、それ程僕が心配する必要はないだろう。だからと言って彼女が何かをするまでチキンレースをするつもりもないけど……。
はぁ、僕の異世界ライフも上手くいかないなぁ
僕はのろのろと皆の所に向かって歩き始めたのだった。
今回読んでいただきありがとうございます。大村豆腐です。今回、割となりふり構わず書いてこの速度です。まだ制作する事自体に慣れていませんね。
速度はなるべく上げていきたいので、適当かつテキトーなやる気で頑張ります。
また次回読んでいただけたら嬉しいです。でわでわ