前略お母さん〜異世界より哀をこめて〜
前略 お母さん
僕、勇剛は今、異世界にいます。召喚ではなく転生です。簡単に言うと『別の世界に生まれ変わり』ました。こっちでは偶然出会ったヴォルグナーさんが養子に迎えてくれて、ユーゴー・ヴォルグナーと名乗っています。
何を言っているか、わからないと思います。自分でもよくわかりません。 この現実にすがり付くので精一杯です。
こちらでは5歳の身体で生まれて、現在では身体の年齢は15歳になりました。
顔付きは、男前と言っていいのでしょうか? まぁ、以前と比べて整った顔立ちになったと思います。男の僕の感性からしてもわりとカッコいいです。ただ、幼さが残るせいか周りから『坊や』と馬鹿にされることが良くあります。
身体付きも以前より筋肉質になりました。ヴォルグナーさんに鍛えてもらった甲斐があります。問答無用でしたが。
筋肉のせいか身長は伸びませんでした。転生以前から身長が低かったのに変わりませんでした。もう一度言います。筋肉のせいです。決して遺伝とか運命とか、そんなどうにもならない要素ではありません。 ……ありませんよね?
心配性な母さんのことですから、体調の方を気になさるかと思います。僕は元気です。ヴォルグナーさんの鬼の訓練のお陰で体も丈夫になり滅多に病気になりません。今も鹿を追いかけ、野山を駆け回っています。
ここで突然ですが、母さんと叫びたいと思います。せーの……
「かぁぁぁあぁぁぁざぁーん!!」
心からの僕の叫び声は森に木霊することなく消えていく。
ちくしょう、少しは返ってこいよ。寂しくて泣いちゃうだろ。てか少し泣いてるわ!涙声で『ざぁーん』とか、上手く発音できてないし。
大きな山脈の麓、その入口に当たる森の中。なだらかな斜面には細い広葉樹や太い針葉樹が乱立している。木々の小さな隙間を縫うように逃げている一頭の牡鹿を僕は追っていた。
あぁ、息が苦しい、肺が痛い、足が辛い。なんだよ、野山で鹿を追いかけているって、そんなのどかな光景じゃないぞ。
落ち葉がふかふかなところと土でしっかり踏めるところがあって、一歩一歩足の裏の感触が違う。ちょー走りづらい 。
あと細い枝や草が邪魔! 長袖、長ズボン、ブーツのカーキ色を基本とした迷彩服だから傷はできないけど……ってイッタァッ! 枝が頬っぺたカスって傷ついた! 前言撤回、フツーに傷つく。マジで邪魔。
鹿、鹿よ。ジグザグに走るな、凄く追いづらい。真っ直ぐ走れ。むしろ止まれ!
カの国の陸軍兵育成のための軍高等学校の追跡・捕獲の訓練。目的は鹿に似た生き物アーディを逃走するターゲットに見立てた、発見と生け捕り。現場の判断で生死は問わないけど、生け捕り以外は大幅な減点……。まぁ、捕らえられないのが一番ダメなんだけど。
「でも、このままじゃ埒が明かないよ」
僕の体力も無限じゃないし、他の人は銃を使うけど、僕は特殊で剣も使うから装備が重いんだよな。
一瞬、腰に固定されている剣に目を落とす。剣のグリップに対して、大き過ぎる金属製の鞘には機械的にチューブや歯車が付いている。
銃の使えない僕専用の特別な剣だ。コイツのせいで他の人より5割くらい装備が重い。チクショウ、見ると更に重くなったように感じる。何度、外せたらと思ったか……。
アーディに視線を戻すと追い付いてはいるが差は縮まってない、このままではいずれ逃げ切られる。
というか何で鹿に追い付いていけるのが僕だけなんだよ。挟み撃ちにできないじゃないか。これじゃ、仲間の助けも当てにならないかぁ。
「仕方ないな……」
背に腹はなんとやら、かな。
運良く、前方は大きな木の枝の下になっていて、視界や攻撃を遮るモノが少なく直線的に狙いやすい。さらに上にスペースがあって三次元的に開けた場所だ。
ここでやるしかないな。殺すという選択肢ができた以上、ただ追うよりやれることは多い。なにも考えずに武器が使えるようになるのは大きいな。
「タイミングは一瞬だよ」
心を整える間を作るため、自分自身に言い聞かせるように呟いた。僕よ準備はいいかと。
「スロット3『ウィンドエンチャント』」
大きな鞘に付いた4つのスイッチ、その内の1つ『3』と描かれたスイッチを入れた。歯車が回り出し、駆動音が唸り始める。緑色の光る液体、風属性の液体魔力がチューブを通って鞘の中に注入される。
鞘の中では流体金属製の刃と液体魔力が混ざり合い、新たな刃が形成されていく。数秒で駆動音が治まり、排気口から煙が噴出する。剣の刃に風属性のエンチャントが終わった合図だ。
腰に差した剣に右手を伸ばし、鞘の留め具を外すと、鞘から剣を素早く引き抜いた。両刃の剣だが左右の刃の長さが違う。重さのバランスが違い、抜剣攻撃に向かないピーキーな型の風属性の剣。剣に送った魔力が、エンチャントの効果によって風属性に変換され剣が風を纏う。
歩幅を合わせ、歩数を整え、踏み切る足を考える。今まで走ってきた力を逃がさぬよう、余さず剣に伝わるように。
勢い良く 右足で踏み切り、左足がそれを押し留める。膝と腰が慣性を回転に変え、剣が加速する。 振り切った剣、放たれる風の刃、鋭く空気を切る音。
勢い余ってバランスを崩した身体が倒れ込む。視界から追っていたアーディが外れ、転ぶ音が身体の中に響いて何も聞こえない。
攻撃は当たったのか、見失ったらマズイ。転がって仰向けで止まった身体を瞬時に跳ね起こす。逃げられたことも視野に入れて、すぐ追い直せる態勢で辺りを見回した。
少し先に四足歩行動物の身体が転がっていた。頭と身体はお別れをして。
「ふぅ、しんどかった。とりあえず最低点を確保できたよ」
緊張感が切れ、尻餅をつく。安堵と疲れが身体を包んだ。走って乱れた呼吸を整え、装備のリュックから水筒を取り出し一息ついた。
「そう言えば前はアーディの肉食べてたっけ。持って帰って皆でバーベキューできないかな?」
ふらふらとアーディに近づくと彼と目が合った。角があるからきっとオスだろう。
生気のない虚ろな目がこちらを呪おうと見てるみたいで気味が悪い。
僕は自身の生の為に、食べるために命を奪ったわけじゃない。アーディの目はその罪悪感を問いてくるようで、僕はすぐに目を反らした。
僕は両膝をつき、手を合わせて彼の冥福を祈った。少しでも自分の罪が軽くなるかなと思ったからだ。
「おいしく食べたら少しは供養になるかな」
リュックからロープを取り出し、アーディの後ろ足をよく縛る。手近な太枝に引っかけ吊し上げ、血抜きを行う。幹にロープの残りを固定して終わりだ。
「スローライフも楽じゃないなぁ」
アーディの首から滴り落ちる血を見ながらそう思う。
僕も転生前はそれなりに異世界モノを読んでいた。そして剣と魔法の異世界でチート能力の楽々スローライフに憧れていた。だから剣と魔法と時々銃のこの世界にはとても期待していたのだ。
しかし、現実は辛かった。
兵士の育成できる現状とはつまり、目下脅威がないんです!人類の存亡をかけたような『乱世』じゃないんです。能力一つで成り上がりができないんです。即刻、地位を作って悠々自適なスローライフできないんです!聞くと『マ王』も転生した少し前に英雄によって倒されたと言われてる。
いや、別に何かに不自由してるわけじゃないんですが、最近こうやって地道なことをしてるとつくづくこう思います。
「はぁ、転生するのが遅すぎた」
草々
今回この作品を読んでいただきありがとうございます。大村 豆腐です
初投稿です。まだ色々慣れていないのでボチボチ慣れて行ければと。
それほど早書きではないのでゆっくりとやっていきたいと思います。