34話 真の狩人(2)
一瞬にして火竜が闇に包まれる。
これはおれが発動した闇霧という魔法で、闇属性の霧の中に敵を閉じ込めてジワジワと持続的にダメージを与えるのだ。
体長数十メートルはあると見られる巨大な火竜であったが、おれは難なく閉じ込めることに成功する。
しかし、安心したのは束の間、火竜はその大きな翼で闇を豪快に薙ぎ払うのだった。
「ほぉ……。流石にこれは甘すぎたか」
大抵の魔物ならばあの霧から抜け出すことができず、死んでしまうものだ。
だが、相手はヴァンパイアたちすら恐れる竜なのだ。
余裕ぶって甘くし過ぎてしまったな。
これは反省だ。
まだまだ相手の実力を正確に測れないのはおれの課題である。
魔力感知によって相手の魔力量を測るのは優れているが、実力を読み取るには経験が足りないようだ。
「英雄様っっっっ! 逃げましょうーー!!」
冷静に状況を分析しているおれとは対照的に、エドは声を枯らしてそう叫んでいた。
グガガガガァァァァーーーー!!!!
すると、火竜が雄叫びをあげた。
次の瞬間、おれは不思議な感覚に包まれる。
『オマエダナ……。オレノスミカ、キズツケタノハ……』
突然、おれの脳内にそう声が響いてきた。
「なぁ、エド。もしかして、火竜っておれたちの魔族の言葉を話せるのか?」
おれはエドに尋ねてみる。
この頭に響く声は目の前にいる火竜ではないかとおれは推測したのだ。
だが、魔物である火竜と魔族であるおれたちの間でコミュニケーションが取れるなど聞いたことがない。
おれはエドの答えを待ったのだが……。
「何を言っているんですか!? 話せてたらどうにかして怒りを宥めてますよ!!」
エドは必死にそう叫んでいた。
まぁ、そんなことおれにはどっちでもいいことか。
どうせこの後の結果は見えているのだ。
さっさと始末してしまおう。
おれが余裕ぶってそんなことをしていると、火竜は攻撃態勢に入っていた。
おれたちを簡単に呑みこめてしまいそうなその大きな口をあけ、火竜は大きく息を吸い込む。
この後の奴の行動は手に取るようにわかる。
そこでおれは防御の準備をする。
そして、体内に空気を溜め込んだ火竜は燃え盛る炎を吐き出すのだった——。
「闇の壁!」
紅蓮の炎と闇の障壁が激しくぶつかり合う。
火竜が放つ炎はおれたち魔族が扱うものよりも豪快であり、自然を感じる美しさがあった。
思わず、見惚れてしまうかと思ったほどだ。
予想以上の激しい炎に一瞬ヒヤリともしたが、事前に魔力を溜めて防御魔法の準備をしていたことでおれは難なく対処する。
おれは防御魔法を展開して完全に防ぎ切ったのだ。
「ああぁぁーーーー!!」
エドは火竜がブレスを吐いた瞬間に死んだと思ったらしく、ガタガタと震えながら言葉にならない言葉を叫んでいた。
大袈裟だな。
ちゃんと防御魔法を展開してやったのに何を焦っているのだか……。
『シンデナイ……。ナラバ、ツギハ……』
そんな感嘆の声が再び脳内に響く。
やはり、この声はあの火竜のものなのだろうか。
だが、そうはさせない——。
「悪いが次はおれの番だ」
おれは全ての魔力を体中からかき集める。
さらに、大気からも可能な限り吸収した。
気づくと、おれの体からは魔力が染み出していて、闇のオーラが衣のように纏わりついていた。
「一度、全力を出してみたかったんだ……」
自分で見えないのが残念だが、きっと今のおれは不敵に微笑んでいることだろう。
この5年でおれ自身がどれだけ強くなったのか、確かめるためにコイツは最高の逸材に他ならない。
どうしても、レオンハルトでは気持ちとして制限がかかってしまうからな。
おれは得意の闇属性魔法を応用して空中に足場を造る。
転移もできない、空も飛べないおれにとってこの防御魔法を応用した闇の足場は空中での戦闘を可能にする魔法なのだ。
そして、おれはジャンプしてその足場へと飛び乗った。
さらに、新たな足場をより高い位置に生成してまた飛び移る。
こうして、空高くからおれを見下ろす火竜に向かっておれは駆け出したのだ。
グガガガガァァァァーーーー!!!!
『カミクダイテヤル……!!』
すると、火竜のやつも急降下しておれに向かってくる。
おれは互いに距離を詰めていったのだ。
おれの目の前には視界いっぱいに広がる火竜が迫ってくる。
鋭い目つきは確実におれを捉えて仕留めようとしている。
大きく開いたその口からは鋭利な牙が太陽の光を反射してキラリと光る。
漆黒の肌は固い鱗で覆われており、まるで鎧のようだ。
おれが宙に駆け出してからほんの一瞬の出来事であったと思う。
おれと火竜の距離が遂にゼロとなる。
そして、おれは右の拳に魔力を溜めて一気に振り抜いたのだ——。
次の瞬間、今までに感じたことのない反動を味わうとともに、頭を打ち抜かれて地面へと叩き落とされる火竜が視界に映る。
おれは自分の100倍以上もでかい火竜を殴り飛ばすのだった。
ギヤァァァァーー!!!!
今日初めて聴く火竜のその悲鳴を受け、おれはダメージがしっかりと入っていることを確信した。
だが、もちろんこれだけでは終わらない。
火竜が息絶えていないことがわかっているからだ。
おれは闇属性の防御魔法を応用して造った足場を崩し、火竜が倒れ込む地上へと降りる。
そして、無事に着地したおれは今度は脚に魔力を込めて、蹴り飛ばすのだった——。
ギヤァァァァーー!!!!
再び火竜が悲鳴をあげる。
それから火竜は勢いよく宙を浮き、数キロ離れた地点に落下した。
今度は頭ではなく、堅い鱗で覆われている背中を蹴ったわけだが、それでもダメージは与えられたらしい。
おれはこの結果に大きく満足する。
以前、スペンサーから教わった身体強化の魔法だが使える場面が非常に少なかった。
今日はその実践として、ヴァンパイアロードでしか太刀打ちできないレベルの巨大な火竜を相手に、身体強化だけで一方的に蹂躙できたのだ。
おれの心は満たされていた。
後はもう始末するだけだった——。
おれは吹き飛んだ火竜の場所まで高速でダッシュして移動する。
そして、傷ついて動けない奴を見下ろした。
せっかくなので、ダメ元でこの火竜に語りかけてみるか。
コイツもコイツなりにおれの脳内に話しかけてきたんだからな。
これはおれなりの返礼というものだ。
『先ほどとは立場が逆転したな。今はおれがお前を見下ろしている』
声に出してもよかったのだが、試しに伝えようと思い念じてみた。
おれがされたのと同じように、脳内に響けと試してみたのだ。
おれの言葉が伝わったのかはわからないが、火竜は頭を地面にガックシと垂れて敗北を認める。
そして、おれは上空に闇の塊を出現させた。
直径5メートルはあろう巨大な球体の魔力の塊だ。
これは高密度な魔力を含む、おれの攻撃魔法の一種だ。
魔力を詰め込みすぎたため、全てを抑えきれずに魔力がほとばしっている。
これをぶつければこのサイズの火竜も簡単に消し飛ぶだろう。
特に躊躇することはなかった。
そして、おれが手を振り下ろすと同時に闇の塊は火竜へと向かった。
ヴァンパイアロードクラスでないと相手にできない火竜を倒し、おれは自信を付けて魔王学園へと向かう。
「さらばだ、お前には感謝しているぞ」
今度はしっかりと声に出して伝えた。
この火竜に届くなど思ってはないが、不思議とそうつぶやいていた。
『タスケテ……』
最後に、おれを見上げる火竜と目が合った。
そして、火竜の悲痛の声がおれの脳内に響くのだった——。




