31話 両親の想い
ヴェルデバランが魔王学園に入学したいと告げてから数日が経った。
あれ以来、親子でその話題に触れれることは互いにしなかった。
なぜならば、話したところで議論は平行線のままだと互いにわかっていたからだ。
そして、ヴェルデバランが自己鍛錬のために地下室へと出かけた。
2人きりになったダグラスとレイシアは先日の件について話し合う。
息子がヴァンパイアたちが支配する魔王学園への入学を希望しているということについてだ。
「なあ、レイシア……。もしも仮にヴェルのやつが受験できたとして、合格すると思うか……?」
ダグラスはふとそんな話題を妻へと振る。
そして、レイシアは彼の疑問に冷静に答えるのだった。
「残念ながら無理ですね。王族と何の接点もない劣等種のあの子が合格できる可能性はゼロでしょう。それより受験中に何かされるかもしれない。私はそちらの方が心配です」
レイシアはそう息子の心配をする。
彼女は試験に受けられたとして、そこで機嫌を損ねたヴァンパイアに息子が傷つけられてしまうのではないかと心配するのだった。
そして、それはダグラスもまた同様であった。
「だよな……。いくら表向きはヴァンパイア以外も受験できると言っても、暗黙の了解というものがある。劣等種であり、ヴァンパイアに虐げられている存在である魔人の受験を快く思う者はいないだろう」
「えぇ……。きっと、受験後には彼らが私たちのところへとやってきて見せしめの意も込めて制裁を加えるでしょう。もちろん、浮浪者の仕業と見せかけて、王族がやった証拠など残さずに……」
2人の心配は試験終了後の起こり得る出来事にまで及んだ。
もしも、ヴェルデバランが本当に魔王学園の入試に参加するとなればヴァンパイアたちは黙っていないだろう。
高貴なる場である魔王学園入学試験に穢れた劣等種の魔人がやってきたとその責任を親である自分たちに擦りつけてくるはずだ。
いや、ヴァンパイアたちの機嫌が悪ければその被害は彼ら2人だけでなく周辺の魔人の集落にまで及ぶかもしれない。
きっと、王族や貴族に雇われた者が浮浪者を装おって自分たちのところまでやってくる。
そして、過激に暴れまわり甚大な被害を受けることになるであろう。
2人はそこまで心配しているのだった。
「だろうな……。ヴァンパイアというのはそういう奴らだ。傲慢でありながら陰湿で、卑怯な奴らだ。俺に力さえあれば……」
「貴方だけのせいではないですよ。これは私たち魔人全体の問題なのです……。私たちがこの魔王国でヴァンパイアに依存していることがいけないのです……」
無力を嘆くダグラスに対して、レイシアはそう述べるのであった。
「そういえば、エドさんはこの件について何と言っていましたか……?」
エドというのは長いあご髭が特徴的な近くの魔人の集落の長である。
いつもダグラスが食糧を確保する際にお世話になっている人物だ。
もしも、ヴァンパイアたちの怒りの矛先が自分たちでなく、近隣の魔人たちにも向けられるとしたらエドの集落が被害を受ける。
レイシアはそれを危惧しているのだった。
ダグラスは自分の息子が魔王学園を受験したがっていることをエドに伝えた。
もしろん、考えられるその後のことも含めてだ。
そして、エドからの返答をダグラスはそのまま妻へ伝えるのであった。
「エドさんは反対はしていなかった。ただ、賛成もしていない。何でも、火竜殺しの英雄ならばヴァンパイアたちにひと泡吹かせられるかもしれないと」
「ヴェルデバランはあの集落との繋がりは薄い。だからこそ、自分たちの心配はしなくてもいい。何かあったとしても被害に合うのはあくまでも俺とレイシアだろう。自分たちで考えて息子を送り出すか説得しろだと——」
エドはあくまでもヴァンパイアに目をつけられるとしたらヴェルデバランの両親である2人だけだと考えているようであった。
そして、自分たちでよく考えて息子を説得するようにと——。
「そう……」
レイシアはエドからの意見を受けて深く考える。
母として、自分はどうしてあげたら良いのだということを——。
そして、彼女自身一つの答えを出す。
「本当は母としてあの子の夢を応援したいのです。ただし、それは同時に私たちの幸せを壊してしまうのではないかと不安にも思います……。いいえ——」
「私は母親失格ですね。本当は私の幸せをあの子に押しつけているだけなのです。私はあの子の夢よりも、自分の身を案じてしまっています。あの子の幸せと私の幸せは別モノだど心の奥ではわかっているのに……」
レイシアはダグラスにそう語りかける。
彼女はここまで隠していた素直な気持ちを述べるのであった。
本当はヴェルデバランのことを応援したい。
しかし、現実にそれをすれば彼女たちの幸せは崩れてしまうかもしれない。
息子の幸せと自分の幸せを天秤にかけて、彼の身を案ずることを言い訳にして、自分の幸せを無理矢理押しつけていたのだった。
そして、ダグラスは静かに彼女の言葉を受けて入れていた。
「ダグラス、もしもの時はまた私を護ってくれますか……?」
レイシアは愛する夫を見つめてそう尋ねる。
それはかつて、彼女が彼を選んだ時に見せた姿と重なるものがあった。
そして、ダグラスは躊躇することなく妻を見つめて宣言する。
「もちろんだとも。何があっても俺は君を守り通す。約束する」
その言葉を聞き、彼女は安堵に包まれるのであった。
そして、溢れ出す感情とともに自分の想いを伝える。
「ありがとうございます……」
彼女は彼の胸に飛び込み、腕に抱かれてじっとその温もりを感じる。
いつも以上にその幸せをじっと噛み締めるのであった。
そんな彼女の姿を見て、ダグラスも幸せを感じる。
そして、愛する妻を安心させるために言葉を付け加えるのであった。
「それに今は頼れる男がもう一人いるからな。少し生意気なのがたまに傷だが、君を護る勇敢な騎士に変わりはないだろう」
ふふっ……。
そうレイシアは笑ってみせる。
「そうね。こんなに小さかったあの子が今では立派な男の子に育ちましたからね」
彼女はたくましく育った息子の姿を思い浮かべて、幸せな気持ちになる。
そして、2人はようやく決心するのだった。
「それでは、2人であの子を笑顔で送り出してあげましょうか」
レイシアはダグラスと共に覚悟を決めたのであった。




