30話 両親の説得
「もう一度言ってみろ。ヴェル、お前今なんて言ったんだ……?」
珍しくダグラスが真剣な面持ちでおれに語りかけてくる。
空気は緊張感で張り詰めており、おれの方へとダグラスたちの視線は集まっていた。
そして、おれはこれに動じることなくはっきりと自分の意志を語るのだった。
「ああ、何度でも言おうとも。おれは学園で魔法を学びたい。この魔王国で一番レベルの高い学園に入学したいんだ」
おれのこの発言に頭を抱えるダグラス。
予想はしていたことだが、どうやらおれの意見は中々に聞き入れてもらえないものらしい。
レオンハルトたちと別れて家に戻ってきたおれは、玄関を開けるなり2人を見つけて学園に入学して魔法を習いたいことを告げたのだった。
そして、今に至る——。
「お前、そんなに魔法を覚えてどうする? 将来何になるつもりだ。お前は既に火竜すら倒せるんだろ。なら、これ以上何がしたいんだよ」
頭を抱えながらダグラスが嘆く。
将来どうなるつもりか……。
どうやら、彼は彼なりにおれの将来のことを考えてくれているのかもしれない。
だからこそ、おれは嘘をつくことなく人生の目標とも呼べる夢を語ることにする。
「そういえば、おれの夢を話したことなかったな。おれは旅をしたいんだ。この広大な世界を旅して周りたい。そのために魔法が必要なんだ」
だが、おれの意見を聞いたダグラスとレイシアの表情が徐々に硬くなっていくのをおれは見逃さなかった。
「ダメだ! そんな夢は馬鹿げている。確かにお前は強い。だが、それでもこの世界は危険なんだ。命を危険に晒してまですることじゃない」
「そうかもな。だけど、それがおれの夢なんだ。そして、死なないために強くなる。だから、学園に行って魔法を覚えたい。それがダメなのか?」
必死になっておれの夢を否定するダグラスに、ついついおれもヒートアップしてしまう。
そんなおれたちを母であり妻であるレイシアはジッと見守っているのだった。
「ああ、ダメだとも。そんな勝手、俺が許さない! お前はここで安全に暮らしていればいいんだ。何も不自由なく、俺とレイシアと3人で暮らせばいい。それが一番の幸せだ!」
「確かに、3人で暮らすのはおれにとっても幸せなことだろう——」
「なら……!!」
「だがな、これだけは譲れない。おれは外の世界へ出てみたい。そして、世界中を旅するんだ。それが終わったらここに帰ってくる。それでいいだろう」
どうやら、ダグラスとしてはこの地で末永く安全に家族3人で暮らしたいようだ。
だからこそ、危険だと言われている外の世界に飛び出そうとしているおれを必死に止めようとするわけだ。
しかし、おれはこんなところで立ち止まるわけにはいかないのだ。
「よくない! お前は何もわかっていない。この世界の脅威も、俺たち魔人が置かれている状況も……!!」
深刻な表情で何かを言いたそうなダグラス。
しかし、決して喉元まで出かかっている重要な何かを口にはしなかった。
だからこそ、それを理解できないおれはおれで反対する。
「ああ、わからない。だが、関係ない。おれはおれの進むべき道を進むつもりだ。誰にも迷惑はかけない。そして、必ず生き抜く」
そして、ここでダグラスがキレた。
「この……分からずやがぁ!!」
顔を真っ赤にしたダグラスがおれを目がけて殴りかかってくる。
だが、おれはそれをひょいっと躱す。
そのままカウンターを入れて殴り返すこともできたが、それはやめておく。
おれはこの話を暴力によって解決するつもりはないからだ。
すると、これ以上おれたちだけで話すのは危険だと察したのか、 ここまで静観していたレイシアがつぶやく。
「やめてください——」
これにはおれだけでなく、ダグラスも一度静止するのだった。
そして、彼女の言葉を待つ。
「ヴェルデバラン、あなたの夢はわかりました。それに気づいてあげられなかった私たちにも責任があるでしょう」
おれはこのレイシアに言葉に引っかかりを覚える。
「責任……? 母さんたちが負い目を感じる必要はない。話さなかったおれが悪いんだからな」
おれは申し訳なさそうに言葉を述べるレイシアにそう言葉をかける。
だが、どうやら話はそう簡単ではないようだ。
「いいえ、違うのです。魔人であるあなたは王都にある魔王学園をはじめとした魔法を学べる学園に入学することはできません……。それをもっと早くに話すべきだったのです」
「魔人には学舎と呼ばれる魔人のための学校があります。しかし、そこでは私たち魔人によるヴァンパイアへの反乱を防ぐため、魔法を教わることはできないのです。その現実を話しておくべきでした……」
「あなたにはつらい思いをさせてしまいました。すみません……」
そう言って涙ながらに謝るレイシア。
おれはそんな彼女の姿を見て思わず言葉にしてしまう。
「そんなことだろうと思ったよ」
魔法を覚えたがっていたフリンが魔法を学べる学園に行かないことにかつておれは疑問を持っていた。
それにレオンハルトとスペンサーは言っていた。
この魔王国には種族による差別が存在していると——。
つまり、そういうことなのだ。
魔人であるおれがどんなに魔王学園に入学したいと思ってもその夢は叶わない。
レイシアはそう伝えたいのだ。
「ヴェル……」
ダグラスがおれの名を呼ぶ。
夢が破れたおれに対して同情しているのだろう。
しかし、そんな憐れんだ瞳でおれを見つめる彼らに向けておれは堂々と宣言するのだった。
「しかし、それはおれが夢を諦める理由にはならないな」
「「……!?」」
2人は驚愕した顔でおれを見つめる。
まるで話せるはずのない死体が話し出したのを見ているかのような食いつきである。
「魔王学園だ。おれはそこに入学して魔法を極める」
「ヴェルデバラン、先ほども話しましたが魔人であるあなたでは——」
「魔王学園にはそんな規則があるのか? 魔人では魔王学園に入学できないという明確に定められた規則が」
それでも尚、引き留めようとしてくるレイシアにおれは用意しておいたとっておきの質問をする。
これは先ほど、事前にヴァンパイアであるスペンサーたちに確認しておいたのだ。
◇◇◇
今のおれは魔王学園に入学して魔法を極めることで頭がいっぱいだ。
だが、魔王学園とは魔王国で一番の教育機関であり研究機関であるという。
この魔王国では魔人に対しての差別が存在していることを踏まえて、おれはスペンサーに尋ねるのであった。
『それで魔人であるおれは魔王学園に入学できないのか?』
おれの質問にスペンサーは神妙な面持ちで答えた。
『制度上、入学試験を受けることはできます。ただし、魔人を含めた劣等種が合格したという事例はありません……』
申し訳なさそうに回答するスペンサー。
もしかすると、おれが望む答えではないと思っているのかもしれない。
だが、そんな彼の態度とは対照的におれの心は湧き上がり晴れていた。
『そうか……。それで十分だ』
◇◇◇
そして、レイシアもまたスペンサー同様に答える。
「なかったと思います……。流石のヴァンパイアも表立ってそのような差別は行いません」
彼女の口からも言質を取った。
そうだ、入学試験を受けることはできる。
ならば、可能性はゼロではないというだ。
「しかし、魔人であるあなたが受験するとなれば——」
「もう一度言うぞ。おれは魔王学園に入学して魔法を極める。それとみんなに迷惑をかけるつもりはない」
レイシアの主張をおれは正面から受け止めて反論した。
これ以上は論理的ではなく感情的な言い合いにしかならないだろう。
「ヴェルデバラン……」
それを彼女も察したのかレイシアはおれの名前をつぶやいて見つめてくることしかできないのであった。
「おれからはそれだけだ」
もうそれ以上彼らがおれに語りかけることはなかった。
そして、話し終えたおれは一人自分の部屋へと向かうのだった。




