29話 五年の月日
おれがレイシアに勧められて魔法の訓練を始めてから五年が経った。
魔王の大樹を一部破壊、ヴァンパイアとの遭遇——。
あの頃は色々とあって騒がしい日々を送っていたものだが、あれからおれは大きな事件に巻き込まれることもなく、平穏な日常を過ごしていた。
ダグラスとレイシアと3人で暮らす幸せな日々をこの五年間存分に味わっていたのだ。
だが、大きな事件がなかったからといって、決して毎日遊んでいたわけではない。
おれはレイシアとレオンハルト、そしてスペンサーの3人から魔法を教わる形で修行を重ねた。
それこそ、一日の大半を魔法の習得と研究に費やしていたと言っても過言ではない。
その結果、魔法のレベルに関しておれは五年前と比較にならないほどの成長を遂げたのだ。
しかし、この急成長はおれにとって善し悪しの二面性があった。
良い点としては、おれの目的に大きく一歩近づいたということだ。
魔法技術を高めたことにより、また前世の故郷へと帰るための力を得たのだ。
これはとても喜ばしいことであり、おれが毎日頑張れるモチベーションへと繋がっていた。
一方、悪い点としては成長が行き詰まってしまったことだ。
レイシアたちが話すには、本来ならば魔人であるおれが生涯をかけても到達し得ない極地へと、おれは既に到達してしまっているという。
だからこそ、レイシアはこれ以上おれに教えることは何もできないし、何をすれば成長できるかを考えることすらできないそうだ。
そして、それはレオンハルトやスペンサーについても同様だった。
彼らの知識を持ってしても、おれがどうやってこれから更なる魔法の高みを目指せばよいかわからないと話している。
おれがここまで急成長できたのは卓越した魔力感知と魔力制御、魔力操作によるものだ。
一度見れば、その魔法の仕組みを理解し、模倣することで習得に至る。
さらに、それを効率よく効力を高めたオリジナル魔法に昇華させることもできる。
だが、それはあくまでも元からある他人のものを借りてパワーアップさせているだけに過ぎない。
おれができるのは今ある1の魔法を10や100にすることなのだ。
0から1を生み出すことは今のおれにはできない。
つまり、レイシアたちの技術も知識も超越してしまったおれは、今この環境においてもう成長することは望めないということなのだ。
もちろん、おれが0から1を生み出せるようになることができれば話は変わってくる。
しかし、新しい魔法を開発することや、知らない魔法を発見することはおれにはできなかった。
もちろん、アイディアは浮かんでくる。
だが、魔力を使ってそれをどう実現させるかは検討もつかなかったし、がむしゃらにやってみても上手くはいかなかった。
おれはそんな絶望にも近い感情を抱えながら、ここ最近は過ごしているのだった——。
◇◇◇
「ヴェルくん、見てみて! 水球が使えるようになったよ!!」
歳柄にもなく、こうやってはしゃいでいるのは18歳になったフリンだった。
彼はバケツ一杯ほどのゆらゆらと揺れる水の球体を宙に浮かせながら喜んでおれに報告する。
おれと同じく魔人である彼とはあれからも交流が続いており、互いの家に遊びに行く間柄になったのだ。
つまりは友だちというやつだ。
「そうか、ならば次は魔力操作でこうやってみろ」
おれはフリンと同様に水球を使って目の前に水の塊を出現させる。
そして、精密な魔力操作を行うことによって、その球体でかつて倒したことになっている火竜を造ってみせるのだった。
「すっ、すごい……」
フリンはおれの造った水の火竜に心底驚いているようであり、月並みの言葉しか出てこないようだ。
そして、すーっと一度深呼吸をすると彼もおれを真似て挑戦しようとする。
だが、今のフリンにおれと同様のことが行えるはずもなく——。
バッッシャーーン!!!!
フリンが制御していた水玉は形を崩し、大きな音を立てて庭へとぶちまけられたのである。
おれはレイシアの姿を思い浮かべて、ここが室内でなくてよかったと心から思い、次からはフリンの実力に適した課題を出そうと心に決めるのだった。
「あちゃー……。上手くいかなかったな。でも、ヴェルくんは本当にすごいよ!」
フリンも簡単な水属性魔法を使えるようになったこともあり、おれの家に遊びに来てはこうして一緒に魔法の訓練をしたり、ときには2人で森に出かけて探索をしたりした。
そして、その度にフリンはおれの力に驚いてくれる。
彼が心から称賛してくれていることはおれにもわかっていたので、嫌な気持ちにはならなかった。
しかし、それと同時にこれ以上の成長を望めない今の現状を考えると、目の前で楽しそうに魔法技術を向上させているフリンを羨ましく思ってしまうのだった。
◇◇◇
五年もの月日が流れれば、魔法に適正のないフリンですら、簡単な魔法の一つも扱えるようになる。
我々、怪物に取って五年とはそれほど変化がある期間なのだとおれは実感する。
そんな才能のないフリンですら成長を見せる一方、才能に溢れるヴァンパイアのレオンハルトはというと——。
「ヴェルデバラン殿のおかげでレオンハルト様も次期魔王として申し分ないほどの成長を遂げることができました。ありがとうございます」
そう従者のスペンサーがおれに感謝するくらいには強くなった。
次期魔王とやらがどれほどの実力を指すのかはわからないが、それでも同じヴァンパイアであるスペンサーとの実力はかなり開いた。
それこそ、今のスペンサーではもうレオンハルトが本気を出せば手も足も出ないことだろう。
「ふんっ! スペンサーの言う通りだが調子に乗るなよ。今ではお前よりおれの方が強いんだからな」
おれに感謝する従者とは対照的に、本人はおれに対してマウントを取ってくる。
まあ、これも彼なりに親しみを込めて接してきているもので、感謝の念もあるのだと今のおれにはわかる。
だからこそ、言葉とは裏腹にこの声色であったり表情は柔らかくて落ち着いているのだ。
レオンハルトはその圧倒的な魔力量と転移魔法が使えるということで、模擬戦ならばおれと互角に戦えるようになったのだ。
まあ、あくまでも模擬戦に限った話だがな。
おれが転移魔法さえ使えたり、彼が転移魔法を縛ったりするのならば話は変わる。
また、本気の殺し合いとなれば、おれは容赦なくどんな手を使ってもレオンハルトを潰しにかかるだろう。
それを彼自身もわかっているからこそ、レオンハルトはおれに一定の敬意を払っているようだ。
だが、ヴァンパイアとしてのプライドがあるのだろう。
最近メキメキと実力を伸ばしている彼は決しておれより弱いと口にはしないのであった。
デリケートな部分だからこそ、おれは言及することなく、そこには触れないでおくのだった。
すると、スペンサーが興味深い話を始める。
「レオンハルト様もこれで問題なく《魔王学園》に首席入学できますね」
「そうだな。当初は不安もあったが、今のおれならば首席入学は間違いないだろう」
《魔王学園》という初めて聞く言葉におれは興味を持つ。
「魔王学園って何だ?」
おれは思わず彼らに問いかけてみる。
「なんだお前、そんなことも知らないのかよ。スペンサー、この無知な魔人に説明してやれ」
レオンハルトは少しばかり呆れたような表情を見せると従者のスペンサーに対し、そう命令するのだった。
すると、スペンサーは主の命令を受け、頷いてからおれに魔王学園の説明を始める。
「魔王学園というのは《原初の魔王》シャロン様が各魔王国に創設された学校であり、その魔王国で一番の教育機関、研究機関であるのです」
「その魔王学園に次期魔王であられるレオンハルト様は首席で入学することを目標としていたのです」
なるほどな。
いわば名門の学校ってところか……。
そういえば、この世界に転生してからそんな話題は一度も家の中で出なかったな。
だからこそ、おれは魔王学園なんて存在知らなかったわけだし……。
もしかしたら、これも劣等種である魔人とこの国を治める優等種のヴァンパイアとの違いなのかもしれない。
「そういうお前はどこの学園にも通わないのかよ」
レオンハルトはおれに尋ねてくる。
そもそもこの世界に学園があること自体知らなかった。
いや、正確にはあるにはあると知っていた。
同じ魔人であるフリンが学舎と呼ばれる魔人の学校で勉強をしていたそうだからな。
しかし、そこは研究機関ではなく必要最低限の生きるための知識を学ぶ場所だと話していた。
つまり、明らかにその魔王学園とやらとは格差がある学校なのだ。
「考えてもなかった。でも、学園になんて行って何を学ぶんだ?」
「そりゃ、一般的な教養ももちろんあるが一番は魔法についてだな。一流の魔法使いたちがいる魔王学園だからこそ学べる魔法が山ほどあるはずだ」
「それに王族や貴族たちとのコネクションづくりだな。一般の学生たちも将来国を護る傭兵としての資格を得られるし、優秀ならば在学中に就職が決まるんだ」
レオンハルトは楽しそうにそう語る。
余程、魔王学園とやらが素敵な場所だと知っているのだろう。
そうか、確かに言われてみればそうだな。
魔法で文明が栄えるこの魔王国の学校では魔法を習うことができる。
そして、魔王学園はこの魔王国で一番の教育機関であると——。
「なるほどな。おれも学園に行くことを考えてみるとしよう」
おれは暗闇の中で一筋の光を見つけた感覚を覚える。
行き詰まったおれの魔法の修行も、学園にさえ通えば解消されるかもしれない。
そして、新たな魔法を覚えることができれば、またおれの夢へと一歩近づくことができるのだ。
「なあ、急にどうした……? おい、聞いてるのかヴェルデバラン」
レオンハルトが何か言っているが、今はまったく入ってこない。
おれは覚悟を決めるのだった。
魔王学園におれも入学し、更なる高みへと登り詰めてみせると——。




