1話 ヴェルデバランの愉快な家族(1)
おれ名前はヴェルデバラン。
元々は人間で、今は魔人という種族として生まれ変わった。
前世の記憶はあまりないがそれでも覚えていることは多少ある。
例えば前世でも男だったとか、スパゲッティという細長い食べ物が好きだったとかだ。
だが、自分がどのような名前だったのか。
そして、どのような人生を送り、またその生涯を終えたのかということはあまり覚えていなかった。
いや、正確には覚えているはずなのだが思い出そうとすると、モヤモヤと何かが思い出すことを邪魔するというイメージだ。
なので、大雑把なことしか前世のことは覚えていないのである。
今でも自分が生まれ変わったということは信じられなかった。
もしかしたらおれは覚めない夢の中にいるかもしれないと思う時だってある。
だけど五感はしっかりと機能しているし、何よりこれは現実だというリアルを感じていた。
ちなみに、新しい身体は人間だった頃と大して変わらない。
手足だって二本ずつあるし、顔には目や耳や鼻、頭には黒い髪の毛だってある。
ただ、一つだけ人間の頃に感じなかった感覚がある……。
それは、身体中が何やらふわふわとしているモノに包まれている感じがするのだ。
どうやらこれは《魔力》というモノらしく、前世では感じたことのないものだった。
これが巷に聞いていた怪物という存在になったということだろうか。
ヴァンパイア、ライカン、ミイラ男……。
前世では様々な怪物について聞き及んでいた。
『魔人』という名の怪物は聞いたことがなかったが、不思議な力があることからおれが怪物であることは間違いはない。
天界へと召され、天国という楽園で楽しく過ごせるかと思いきや、怪物に生まれ変わるとは悲しき性だ。
もしかしたら、人間たちが語っていた怪物とはみな元々は人間だったのかもしれんな。
おれはふとそんな事を考えていた。
「ていや! そいや! ほいや!」
家の庭で、威勢の良いかけ声を出してブロンズソードを振るう今世での父親ダグラス。
彼の声が聞こえてくる。
ちなみに、なぜ一人でそんなことをしているのかは知らん。
だが、声が聞こえてくるということでそれに反応してダグラスの事をいつも見てしまうのだった。
正直、おれから言わせてもらえばダグラスは未熟。
戦士としてのノウハウが全くわかっていないようだ。
まず、足腰がなっていない。
体幹が弱いのがみて取れる。
これでは自分より力も技量もない敵にしか勝てないだろう。
そして、ふざけているのかもしれんが何を想定してブロンズソードを振っているのか全然理解ができない。
人間か?
それともおれたちと同じような怪物か?
はたまたその他の存在なのか……。
何にせよ、殺す気も感じられなければ急所や手負いにさせる部位を狙っているわけでもなさそうだ。
ダグラスは声だけは一人前に出しており、威勢だけはあるのだが、その行動には何の実利も見出せない。
これが訓練だとしたら意味はないし、運動だとしたら効率が悪い。
昔はひと言ふた言、直接ダグラスに言ってやろうかと思った。
だが、ダグラスの真剣な表情を見てそれはやめた。
どんな目的があるのかは知らんが一生懸命ものごとに取り組んでいる者に口を出すことはしたくない。
おれは変わった父親として温かい目で見守っていた。
すると、今日は珍しくダグラスがおれに声をかける。
「ヴェル! そろそろお前も剣術というものを学んでみるか!」
玄関先で座るおれに向かって、元気よくダグラスは声をかけてくる。
剣術を学ぶ……?
一体だれから学ぶというのだ。
もしかして、ダグラスがおれに教えてくれるとでもいうだろうか。
おれは疑問に思いつつ、庭でなんちゃって剣術に励むダグラスを見つめる。
まあ、とりあえずダグラスと話をするか。
おれは庭先にいるダグラスのもとへとやってきた。
おれと同じ黒目黒髪であり、体つきは細身ながらも立派な魔人だ。
そして、まだ身長の低いおれを見下ろして大きな声で話し出す。
「ヴェル、お前も10歳になったんだ。そろそろ外に出ることも考えないといけない。だが、外の世界は危険がいっぱいなんだ。まずは自分の身を守れるようにならないとな!」
ダグラスは汗を拭きながらおれに説明をしてくれる。
確かに、おれは魔人として生まれ変わってから10年も経った。
しかし、この庭の外へ出たことは一度もない。
『絶対に家の外へは出てはいけない!』と強く言いつけられていたからな。
その理由はおれたちの住んでいる土地にあるらしい。
どうやら、ここら一帯はおれたち魔人が暮らしているエリアらしいが、少し離れると《ヴァンパイア》という恐ろしい怪物たちがそこら中に暮らしているという。
おれたち魔人はヴァンパイアたちの暮らすエリアの中でひっそりと暮らしている存在らしいのだ。
だからこそ、まだ幼いおれは外出が一切禁止だった。
母親であるレイシアも基本家を出ない。
外に出かけるのはダグラスくらいだ。
まあ、外に出てみたいと前から思っていたし、おれにとって悪くない提案だ。
「自分の身を守るのは大切だ。だが、剣術を学ぶとしてだれに教われば良いのだ?」
おれはダグラスに問いかける。
すると、ダグラスは笑いながら答えた。
「ハッハッハッ。何を言ってるんだ、俺が教えてやるに決まっているだろう!」
もしやとは思っていたが、ダグラスがおれに指導をしようとしていたらしい。
悪いが今までのダグラスを見る限りおれが教わるようなことはない。
まあ、今までのは本来の剣術の型とは別物であり、何か目的を持っていたのなら話は別だろう。
しかし、ダグラスはおれが見てきた10年間、なんちゃって剣術しかやってこなかった。
おそらく、いつものあれがダグラスの実力なのだろう。
「悪いがおれはダグラスから教わることなど何もない。付けるなら剣術をわかっている者を付けて欲しい」
父親だろうがなんだろうが関係ない。
おれはなんちゃって剣術に興味などないからな。
だが、おれの言葉を聞いてダグラスは顔色を変える。
「いいだろうヴェル……。そこまで言うのなら、俺を倒してみせろ! 俺を倒せたら別の指導者も考えてやるぞ!」
少しばかり気に障ったのだろうか?
いや、そんなことはないか。
いつも通りの楽しそうな表情をしている。
「いいだろう。息子に負けても恥じる必要はないぞ。ただ、積んできた経験が違うだけだ」
おれは少しばかり微笑んでダグラスにそう告げる。
「まだ年齢が二桁になったばかりのヒヨッコが何を言う。俺に勝つのは100年早いぞ!」
こうして、おれとダグラスは模擬試合を行うことになった。
ふっ、この世界に来てから剣を振るうのは初めてだな。
おれは久々に感情が高ぶっているのを感じていた。