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9話

 

「さ、殺人鬼って……どういう意味だよ、内藤」


 困惑しながらも内藤に理由を求める。

 彼は鼻息荒く乱暴に答えた。


「そのままの意味だ! お前が佐藤を殺したんだろう!? 違うか!」

「それは……」


 違う––––とは言えなかった。

 結果だけなら否定できない。

 佐藤を殺したのは事実だ。


 しかしそこには正当防衛という理由がある。

 日本なら過剰防衛だと判断されそうだが、あの状況で殺さずに事を収めるのはかなり難しかった。


「……ああ、そうだ」

「っ! やっぱりそうじゃないか!」

「でも! それには理由があるんだ!」

「高橋くん」


 俺と内藤の間に委員長が割って入る。

 彼ならきっと分かってくれる筈。

 しかし、どうもさっきとは雰囲気が違った。


「委員長?」

「その理由というのを、早く聞かせてほしい」

「勿論、話すよ」

「そしてその結果、僕達は君を拘束しなければいけないかもしれない」


 委員長の言葉を合図に、武装した男子生徒達が俺を一瞬で取り囲み、武器をこちらへ向けた。

 突然の事態に混乱する。


「ど、どうして!?」

「佐藤くんは、死の間際にこう言ったんだ……『探索の最中、高橋に突然襲われた。アイツは自分が一番強いのをいいことに、クラスを支配するつもりだ』……とね」

「違う! 襲って来たのは佐藤の方だ! だから俺は仕方なく応戦して、結果佐藤が死んだ!」


 反射的に言い返す。

 佐藤はこの為にここまで……?

 余りの執着心に恐怖する。


 自分が死ぬかもしれないのに、最期に言い残す言葉が俺を陥れる為の呪詛なんて。

 だけど証拠も何も無い。


 誤解は直ぐに晴れる。

 そう思っていた。


「困ったね、佐藤くんと反対のことを言っている」

「あいつが嘘を言っているんだ」

「たしかに、佐藤くんの言葉が真実という証拠は無い、でもね……それは君も同じなんだ、高橋くん」

「え!?」


 ガツンと頭を殴られたような気になる。

 佐藤には証拠がない。

 そして俺にも証拠が無いと委員長は言う。


「本当に申し訳ないけど、今の僕達は君が無実かどうかを判断する為の材料が無い。だから暫くの間拘束させて、様子を観察させてもらうよ」

「そんな、俺は殺したくて殺したワケじゃない! 佐藤は––––」


 必死になって佐藤の悪行を説明する。

 彼こそ、この状況を利用して力を誇示し、邪魔な俺を排除してカーストトップに立とうとした外道だと。


 しかし何度も訴えても結論は変わらなかった。


「佐藤がそんな事を?」

「あいつ、そんな事言う奴だっけ?」

「目立たないけど大人しい奴だったよな」


 クラスメイトは口々に以前の佐藤について語る。

 別に彼を擁護してるワケではない。

 単にどういう人物だったかを話すだけ。


 目立たない生徒だったが、おとなしい男子生徒。

 これが皆んなの佐藤に対する評価だった。

 俺の前で豹変した者と同一人物とは思えず、皆が疑うのも無理はない……と、無理矢理に納得する。


 実際は複雑な感情が渦巻いていた。

 こっちは殺されかけたのだ。

 悪いことなんて一つもしてない。


 何より委員長が俺を拘束しようとしている事実に、どうしてか酷く傷ついた。


「……なあ、やっぱり佐藤の言う通りなんじゃないか?」


 誰が言ったのかは分からない。

 分からないが、誰かが言ったのをこの耳で聴いた。


「あいつ、いっつも一人で何考えんのか分かんなかったし」

「不気味……だったな」

「高橋は危険だ、直ぐに捕まえよう!」


 クラスメイト達が次々と糾弾の声をあげた。

 その光景を見て……何かが壊れる。

 自分がクラスに馴染めてない事は分かっていたつもりだったが、ここまでとは思っていなかった。


 もっと心を開いていれば……一人でも友人を作っていれば……こんな事にはならなかったのか?


「っ、皆んな! まだ高橋くんが白か黒か決まったワケじゃない! あくまでそれを確かめる為に拘束するんだ!」

「委員長……」

「高橋くん、私は貴方を信じたい。だから今は、彼の言う通りにしてくれないかしら?」


 日浦が珍しく、不安を隠そうともせずに言う。

 瞳がグラグラと揺れている。

 俺を見たり、見なかったり。


 彼女も俺を疑っている内の一人だった。

 そっか、そうだよな。

 異世界に来てまだ数時間。


 委員長や日浦と話したのは、その間だけ。

 俺が一方的に絆を感じていただけなのだ。

 結局は佐藤の時と同じ。


 世界が変わっても、人は変わらない、変われない。

 その結論に至った瞬間。

 俺は包囲網を抜け、脱兎の如く駆け出した。


 クラスメイト達は追ってこない。

 森の中を進むのはリスクが高いと判断したのか、それとも危険人物の排除に成功したと喜んでいるのか。


 どちらにしろ、俺は逃げた。

 もう耐えられない。

 これ以上、惨めな気持ちにさせないでくれ。


 現実を、突き付けないでくれ。


「高橋くん!」


 最期に、委員長の声が聞こえた。




 ◆




「うっ、うう……!」


 涙を流しながら、森の中を走り抜ける。

 目的地なんて無いし、出口のある方向も知らない。

 身に宿るこの気持ちを外に出したいだけだ。


「うあっ……!」


 木の根に引っかかり、盛大に転んでしまう。

 頭から地面に突っ込んだ形だ。

 顔も服も土汚れでいっぱいになる。


 立ち上がろうとしたその時。

 真横からモンスターの気配がした。

 咄嗟に体を前転するように押し出す。


「ウオオオオオンッ!」

「また、お前か……! しつこいんだよ!」


 狼モドキが俺の居た位置に攻撃を仕掛けた。

 すぐに立ち上がって、体制を立て直す。

 丁度良い……ストレス発散だ。


 片手剣を前方に構える。

 身に余るこの激情を、何でもいいからぶつけたい。

 殺すために殺す。

 倫理観から外れた行為だが、こうでもしないと俺はこの先に進めない気がする。


「だああああっ!」

「ウオオオンッ!」


 狼モドキとほぼ同じタイミングで前に出る。

 奴の武器は両手で持つ大剣。

 片手剣と比べ遥かに巨大だ。


 分厚い刃は物体を斬るのでは無く、叩き潰してしまいそうなほどの重厚さなのは見て分かる。

 一発でも当たったら即死だ。


 ゲームでは即死技を持つモンスターもいたっけ。

 ゲームでも充分クソゲーなのに、現実でも即死なんてクソゲーを超えた何かだな。


「ウオオオンッ!」


 狼モドキが大剣を真横に降る。

 モーションが遅かったので余裕を持って避けられたが、余波の風圧で体のバランスを崩された。


 続けて今度は真上から大剣を振り下ろそうとする。

 危ないと思ったが、大剣が重いのか、横から真上へ持ち上げるまでに若干タイムラグがあった。


 バランスを保ち直すに時間としては充分。

 次の攻撃も回避に成功する。


 見たとこよ、大剣はその大きさと重さ故か、使い手の動きが遅く攻撃方法も単調になりがちだ。

 熟練の剣士ならともかく、狼モドキは何処からか調達してきたに過ぎない仮の使い手でしかない。


 真上から振り下ろす、横に薙ぐ、そして突き。

 おそらくこの三つの行動しかとれない筈だ。


「ウオン! オオオオンッ!」


 業を煮やしたのか、連続で突きを繰り出してくる。

 俺は当たれば即死という恐怖を乗り越え、一撃一撃をよく見て躱し、反撃の糸口を見つけた。


 突きを繰り出したあと、腕を元に縮める瞬間。

 そこが最も脆くなる。


「っ、そこだ!」


 何発目かの突きを躱した時、打って出る。

 片手剣を縦に振り、直後に横へ振って斬りおろし、更に同じ動作を左右反対でもう一度。

 剣の跡を追えば、正方形が出来上がるだろう。

 片手剣技『エンプティボックス』。

 正方形をなぞるように繰り出される四連続斬りだ。


「ウ、オ……」


 四肢に大きな傷を負った狼モドキは力無く倒れた。

 トドメに心臓を突き刺す。

 何度か痙攣した後、狼モドキは絶命した。


 死体から剣を引き抜く。

 見れば続く連戦でボロボロだった。

 次、片手剣を武器にしたモンスターが現れたら、そいつを倒して交換しよう。


「……喉、渇いたな」


 武器の交換もいいが、その前に水だ。

 生物が住む森なら何処かに水場がある筈。

 当面の目標は、水と食料の確保。


 そのあとは、一週間後に生きてたら考えよう。


 邪魔な草木を斬り裂きながら、獣道を進む。

 死ぬほど悲しいが、まだ生きたい。

 生への執着が残っている内は、頑張ろうと思った。

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