8話
クラスメイトを斬ってしまった。
だけどもう迷わない。
彼は余りにも危険すぎる。
常識が通用しない今の状況で狂乱してしまったのならまだしも、正常な精神で俺の命を狙ってきたのだ。
命を脅かす敵対者と言っても差し支えない。
殺すまでには至らなくても、腕の一本、足の一本は斬り落とし戦闘不能にさせる……それが最大限の譲歩だが、杞憂に終わりそうだ。
「……コロす、殺す殺す殺す殺す殺す殺すっ! 今のは完全に俺が勝って真のヒーローになるシーンだろうがあっ! 何勝手に台本書き換えてんだお前!」
怒りの形相で顔を歪め、殺意をばら撒く佐藤。
彼はこの場で俺を殺す気満々だった。
もちろん殺されるつもりなんて無いし、向こうが殺す気でやって来るなら迎え撃つ。
生きたいから戦う。
それは生物として純粋な願いだった。
「でりゃあああああああああっ!」
佐藤は雄叫びをあげながら突撃してくるが、剣捌きは意外にも冷静さを失っていなかった。
的確に俺が負傷している箇所を狙って来る。
だがそれは読めていた。
弱い所を狙うのは非常に効率的な常套手段。
それ故に先読みしやすい。
最小限の動きで佐藤の剣を弾いて防ぐ。
俺自身の体力も残り僅かだ。
傷も負ってるし、長い時間は掛けられない。
勝負は一撃で決める。
今はその隙を伺い、チャンスを待つ。
「チッ、これならどうだ!」
弱点を狙う戦法が読まれている事に気付いたのか、今度は力に任せた大振りの攻撃を始めた。
それならそれで距離を取り、ゆっくりと避ける。
攻撃が当たらない事に、佐藤は苛立つ。
「くそっ! 何で当たらないんだ!」
そりゃそうだ。
俺はケイオス・シーカーで何人ものプレイヤーと日夜戦い、技術を研鑽してきた。
プロライセンスを得てからは俺と同じように努力してる連中とも競い続けている。
要するに経験が違う。
アマチュアが悪いとか、プロが良いとかそういう単純な問題じゃないが……少なくとも、プレイヤースキルは俺の方が上なのは間違いない。
加えて佐藤は冷静さを失いつつある。
決着の時は近かった。
「……」
「ああそうか、もう反撃する気力もねーのか! なら納得できるぜ!」
彼はそう言いながら『クイックスラッシュ』を使ったが、俺もクイックスラッシュを使い相殺させた。
刃と刃が激突する。
「お、俺の方が先に使ったのに、なんで……」
「お前が下手くそなんだよ、ニワカ野郎」
ここで俺は一つ、彼を挑発してみた。
挑発に乗って隙が出来れば儲けもの。
そうでなくても、さっきからベラベラ喋ってて鬱陶しかったので、その憂さ晴らしでもあった。
佐藤は––––
「ふざけんなあああああああああっ!」
見事なくらいにハマってくれた。
怒り狂いながら剣技を連発する。
狙いも定まってない、滅茶苦茶な攻撃。
こんなのに当たる要素は無いが、トドメとばかりに防御に徹する芝居をしておく。
「はあっ、はあっ……! はは、死、ね!」
『パワースラッシュ』を放つ佐藤。
だが、その剣技には威力もキレも全く無かった。
ただ単に上から下へ振り下ろしてるだけ。
とても剣技と呼べる代物ではない。
しっかりと受け止め……る必要もなく、少しだけ横に弾けば、それで終わりだった。
「はあっ……はっ……っ!」
佐藤は満身創痍だった。
剣を握る力は弱く、足元も定まってない。
それもその筈で、彼は後先考えずに剣技を……激しい動きをし続けて俺を追い詰めた気になっていた。
ゲームと同じように動けても、肉体は現実のもの。
動き続ければ体力を削り、疲れる。
彼はそんな当たり前の事を失念していた。
……実を言うと、俺も結構ギリギリだった。
最初の方は一方的にやられていたし。
作戦が上手くいって本当に良かった。
「……佐藤」
「はっ……はっ……高橋い……!」
憎悪の篭った視線が突き刺さる。
迷わないと決めたのに。
ほんの少し、揺らぐ。
「っ! おおおおおおおっ!」
「っひ……や、めろ……!」
弱い意思ごと叩き斬るように。
俺は『パワースラッシュ』を放った。
佐藤の左肩からバッサリと斜めに斬る。
「ひぎっ!? ぎゃあああああああっ!?」
今度こそ地面に倒れ、発狂する佐藤。
それを見てガクリと膝をつく。
肉体的、精神的にも限界だった。
「が、ごふっ……!? た、たかはしい……ぜ、ぜったいに、ゆ、ゆるさ……がはふっ……!」
口からも大量の血を吐く佐藤。
そのままフラフラと何処かへ消えて行く。
あの出血量だ、その内絶対に死ぬ。
それにあいつを追う力が、俺にはもう無かった。
「っ!」
全身が痛む、特に左肩と脇腹だ。
制服もボロボロで見るに耐えない。
傷の治療に関しては素人だが、このまま放置していたら更に悪化するのは流石に分かる。
「そういえば……」
どうしたものかと考えていたら、気づく。
先程狼モドキが潰して塗っていた薬草。
あれは使えないだろうか?
形は完全に覚えたので、直ぐに見分けがつく。
地面を這うように進みながら、薬草を採取した。
植物臭の強い薬草はかなりの数群生している。
二つほど摘んで、手の中ですり潰す。
植物特有の刺激臭が漂う。
潰し終えた薬草を、まずは脇腹に塗る。
「痛っ……!」
き、傷口に染みる……!
余りの刺激に叫び出しそうになる。
これ、本当に効き目あるのか?
疑心暗鬼になりながらも、放っておいたら悪化するだけなので信じて薬草を塗っていく。
脇腹を終え、左肩も。
丁度潰した薬草も使い切った。
「……念のため、だな」
効き目があるかどうか分からないが、一応何本か採取してブレザーのポケットに収めた。
さてと……これからどうしようか。
当初は周辺の探索だったのに、いつのまにか殺し合いに発展していた。
佐藤はもう死んだだろうか?
彼の流した血が点々と続いている。
日本なら救急車を呼べば助かったかもしれないが、現状あそこまでの傷を癒すのは不可能に近い。
ケイオス・シーカーにあったような『魔術』を使えば助かるかもしれないが、無い物ねだりだ。
「そうか、俺は––––」
人を殺した。
ようやくその実感が湧いてくる。
今さっきは無我夢中で気付けなかった。
その前に人型のモンスターを殺しているとはいえ、本物の人間相手だと流石に思うところがある。
だがそうするしかなかった。
仮にここで佐藤を見逃したとしても、あいつは必ず報復を俺に仕掛けるだろう。
反省なんて最初から期待していない。
ここで殺すしかなかった。
「……は、スゲエこと考えてんな、俺」
殺人が問題解決の選択肢に入る。
佐藤のように、俺もいつのまにか異世界という空気に影響され毒されていたのかもしれない。
……戻ろう、皆んなの居る所に。
佐藤についてはなんて話そうか。
理由はあっても、彼を殺めたのは俺。
その事で色々と言われるかもしれない。
でもきっと、話せば分かってくれる筈。
そう思いながら来た道を逆走して行く。
目印を付けておいたので、迷うことも無い。
だけど道中、佐藤が流したと思われる血が途切れずにいつまでも続いていた。
あいつは一体何処に?
それから然程の時間も経たずに到着した。
「皆んな、遅れてごめ––––」
言葉が途中で途切れる。
視界に入り込んだものに意識を奪われたからだ。
真っ赤……と言うより、黒に近い血の海。
そこに佐藤が横たわっていたからだ。
眼球が零れ落ちそうな程目が見開かれている。
憎しみという仮面が張り付いたかのような表情だ。
血が抜けきっているのか、肌が青白い。
それはもう完全な死体だった。
どうしてここに……態々やって来たのか?
それなら血の跡も納得できる。
しかし、何故––––
「皆んな、佐藤がどうしてここに?……あ、その、この状況についてはちゃんと説明するから––––」
「来るな、殺人鬼!」
それは内藤の声だった。
まるで恐れるように俺を見ている。
彼だけじゃない。
クラスメイトの半数以上が、俺に対し恐怖や畏怖といったマイナスイメージの感情を抱いているようだった……