6話
「でも、高橋があのアクセルナイトだったなんて、本当に驚いたぜ」
「はは……まあ、自分から明かすのも変だし」
「それもそうか」
佐藤と言葉を交わしながら、森の中を進む。
一定の距離を進んだら、帰り道で迷わないように剣で木の表面に印を付けていく。
森の中は静寂に包まれていた。
鳥の羽ばたきも、虫の鳴き声も聴こえない。
無音がここまで不気味だと感じたのは初めてだ。
正直言うとかなりビビっている。
片手剣をいつでも振れるようしっかりと握り、しつこいくらいに辺りを警戒しながら歩く。
恐怖心……俺の心に、恐怖心。
そんな謎ワードが浮かんでしまう。
気を紛らわす為にも、佐藤と会話していた。
「佐藤はVRゲーム、やってるのか?」
「やってるぜ、ケイオス・シーカーもそうだし、メジャーなタイトルは網羅してる」
「へえ、結構なゲーマーなんだな」
「まあな。それに俺も……」
「……っ!」
パキリ。
木の枝が折れるような音が響く。
静かな空間ではよく聴こえた。
佐藤との会話を打ち切り、全神経を音が鳴った方向へ向けて最大限警戒する。
「……どうする、このまま通り過ぎるか?」
佐藤に相談する。
彼は首を横に振り、地面から木の枝を拾う。
「これを投げて、確かめてみようぜ。怪物……いや、モンスターと呼ぼう。モンスターならビックリして飛び出して来る筈だ」
「それ、マズイんじゃないか?」
「平気さ。実は俺も、剣には心得がある」
初耳だった。
それなら……と、佐藤の作戦に乗る。
彼も命を懸けているこの状況で、剣の心得があるなんて嘘を言うとは到底思えなかったからだ。
「いくぞ…………おらっ!」
佐藤が木の枝を投げつける。
木の枝は弧を描きながらコツンと何かに当たった。
「キシャアアアアアアッ!」
「蛇!?」
木の影から現れたのは一匹の蛇。
だがそのサイズが地球の蛇とは比べ物にならない。
体の太さは成人男性と大差無く、全長は目視では測りきれない程に長いとしか分からなかった。
これぞまさにやぶ蛇か?
「シャアアアアアアアッ!」
「冗談を言う場面じゃないな……」
巨大蛇は俺と佐藤を睨む。
あれだけ大きければ接近していた事にもっと早く気付けそうだが、この異世界の森で生きるモンスターには、そんな常識は通用しないか。
隣の佐藤に手早く指示を飛ばす。
「佐藤! 俺が注意を引きつけるから、お前は様子を伺って攻撃してくれ」
「いや、俺がやる!」
「ちょっ、待て!?」
自信満々に巨大蛇へ突っ込む佐藤。
だがその動きに舌を巻く。
流れるような動作は森の中である事を忘れさせ、あっという間に巨大蛇との距離を詰めてしまう。
そして見覚えのある剣技を披露した。
「はああああっ!」
佐藤は走りながら剣を振るう。
右斜め上からから斬り下ろし、急停止してから今度は左斜め上から剣を振るった。
丁度バツの字が出来る具合。
片手剣技『クロスラッシュ』だ。
走りながら斬り込み助走の威力を上乗せできる、タイミングが重要な上級者向けの剣技。
それを佐藤は使いこなしていた。
もしかして、あいつも……
その後佐藤は何度か剣技を使い、俺の手助けなど必要無く巨大蛇を一人で難無く倒してしまった。
「初陣にしては、良いデキだったろ」
「あ、ああ、お疲れさま。なあ佐藤、もしかしてお前も」
巨大蛇を倒した佐藤は刀身に付着したドス黒い血液を葉っぱで拭いながら、堂々と帰って来る。
俺は労いの言葉をかけながら、もしやと思った事を口にしようとしたが、それよりも早く彼はニヤリと笑みを浮かべながら言った。
「プロライセンスは持ってねえけど、俺もケイオス・シーカーは相当にやり込んでる。アマチュア大会じゃ優勝したこともあるぜ」
それは疑う余地の無い事実だった。
彼の今の剣技はマスクシステムを理解した者の、無駄を排した効率重視の動きだったのだから。
「さっきの高橋の戦いを見て、触発されたんだ。俺にも出来るかもしれないってな。これからは二人で、モンスターを倒しまくって皆んなを守ろうぜ!」
勢い良くグーサインを出す佐藤。
こんなキャラだったか? と一瞬戸惑うが、思えば俺は殆どのクラスメイトと交流が無かったので元々の性格なんて分かる筈もなかった。
それに一緒に戦ってくれる人が増えるのは嬉しい。
ゲームじゃないが、ソロには色々と限界がある。
死んだら終わりの現実では、殊更に協力が不可欠。
俺は多少の気恥ずかしさを覚えながらも右手を差し出し、握手を求めた。
「今更だけど……これからよろしく、佐藤」
「……おう! こっちこそよろしくな!」
彼と強く、握手を交わした。
◆
「へー、じゃあ高橋はコンボスタートのスキルは『エアストウェーブ』派なのか」
「そうだな、発動判定はシビアだけど、空中に浮かせられるのはやっぱり強い」
「俺は堅実に『クイックスラッシュ』かな。スピードだけなら『エアストウェーブ』より速いし」
「それも全然アリだと思う、そこまで来たらあとはもう状況と本人の好みだな」
探索の最中、佐藤との仲は急速に縮まっていた。
俺は元々人と接するのが苦手なだけで、こうしてお互いの好きな事について語り合うのは楽しいと思えるし、それがケイオス・シーカーなら万々歳。
道中現れたモンスターもそこまでの強さは無く、二人で戦えば危なげなく突破できた。
勿論、水や食料、薪の確保も忘れていない。
薪にできそうな木は所々に集めてあるし、食料は食べられるか分からないが何個か果実を見つけ、それが成ってある木の場所もある程度は把握している。
探索は驚くほど順調に進んでいた。
しかし余り遠くへ行くと戻るのに苦労する。
俺は佐藤にそろそろ探索をやめようと提案した。
「なあ、そろそろ戻らないか?」
「もうそんな時間か、仕方ねえな」
くるりと背を向け、来た道を戻ろうとする。
だが視界の端でチラリとモンスターを見かけた。
あれは……狼モドキ?
「佐藤、あそこに狼モドキが」
「本当だな。よし、最後にいっちょ狩るか」
「ちょっと待って、少し様子がおかしいぞ」
狼モドキはかなり周囲を警戒していた。
その割には鈍重な動きで、顔色も悪い。
「……怪我でも負っているのか?」
その予想は的中する。
狼モドキは傷口に何かを塗っていた。
まさか、薬があるのか!?
「佐藤、もっと近付こう。薬が手に入るかもしれない」
「ああ、いいぜ」
俺が前で、その後ろに佐藤。
結構ギリギリまで狼モドキに近づく。
奴も余裕がないのか、こちらに気づかない。
木の陰に隠れながら様子を見る。
あれはもしかして、薬草か?
それをすり潰して傷口に塗っている。
「グルル……」
狼モドキは器用に手製の薬を塗り続ける。
俺は薬草と思われる草の色や形を必死に覚えた。
濃い緑色で一つの茎に三つの葉が付いたような形。
思い返せば、そこら辺に生えていた気がする。
帰り道のついでに探してみよう。
「よし、大体分かったからもう離れ––––」
薬草の色や形を覚えた俺は、狼モドキと無理に戦闘をする必要は無いと考えその場から離れようとする。
その時……俺は大きく体を仰け反らせた。
何故そんな事をしたのかは分からない。
だが目と鼻の先にモンスターが居た事もあり、警戒心だけはバリバリに出していたからだろうか。
背後から突き出された片手剣。
その切っ先が俺の脇腹を僅かに抉る。
初めて経験する痛みに、思わず叫び声をあげた。
「ぐ、ああああああっ!?」
「ちっ……!」
「グルアアッ!」
ゴロゴロと転がり、狼モドキの前で倒れる。
脇腹から血が流れ衣服を赤色に染めた。
そんな、なんで、どうして。
様々な感情が洪水のように押し寄せる。
それら全てを纏め、俺は叫んだ。
「佐藤おおおおおおおおっ!」
「……」
俺を後ろから刺し殺そうとした、男の名を。