5話
「さっき言いかけた事だけど、僕は周辺の探索に出ようと思っている」
委員長のその一言で、周りに集まっていたクラスメイト達が一斉に騒ついた。
俺達は直前に狼モドキに襲われている。
つまりは奴らのような埒外のバケモノが、少なくとも一種類は森で生息している事になり、そして同時に他のバケモノも生息している事を裏付けた。
動物は一種類では生存できない。
それが森の中なら尚更のこと。
狼モドキが餌にしている小動物なんか居るだろうし、武器を持っている事から何らかの狩り、もしくは外敵から身を守る為に武装しているのかもしれない。
どちらにせよ、あの狼モドキとそう大差ないサイズのバケモノが森に潜んでいるのはほぼ確実だ。
そんな森の中を、探索しに行く。
これはとても勇気が必要な行為だ。
見方によっては自殺と変わらない。
「嫌よ、あんな所に行くなんて!」
「そ、そうだ、また襲われるに決まってる!」
当然、委員長の提案は非難される。
だが彼は自分の意見を曲げない。
それが必要な事だと語り続けた。
「危険なのは僕も承知している。それでも少なくとも、焚き火用の木材は確保したいし、飲み水や食料になるものの採取もしておきたい」
「……さっきと言ってる事が違うじゃねえか」
急務となるのは飲み水の確保か。
委員長は既に、今日中の行軍は無理だと判断したのかもしれないな。
そしてそんな発言に対し、骨澤が物申す。
ただしそれは無意味に噛み付くのではなく、純粋に疑問を口にしただけのようだった。
「最初は今日中にここから出るつもりだったけど、さっきのは怪物達を見て考えが変わったよ。このまま森を突き進んでも、あの怪物達に殺されるだけだ」
「……ふん、そうかよ」
「だから、入念に準備をしてから脱出する。幸い、武器はあるからね」
俺が殺した十匹の狼モドキ。
奴らが持っていた手斧や片手剣そのままだ。
武器があるのは心強い。
だからと言って、探索者が募るワケでも無いが。
「……」
重い空気に息がつまりそうだ。
誰も貧乏クジを引きたくないと思っている。
この森は明らかに危険だ。
だから、この中で最も生きて帰れる可能性が高い俺が探索に出るのは、至極当然の事だ。
集団の中で挙手しながら言う。
「俺が行くよ」
「高橋くん……本当に、いいのかい? 僕はさっき、君にだけは背負わせないなんて言っておきながら」
「自分で決めた事だから、委員長は気にしなくていい」
「そうか……本当にありがとう」
申し訳なさそうにする委員長。
だけど本当に良いのだ。
自分で選んだ事にまで、後悔はしたくない。
「……?」
一瞬だけ、視線を感じた。
しかし三十人以上も人間が居る中で、特定の視線だけを探し出す技能なんて俺は習得していない。
直後のこと。
一人の男子生徒が真っ直ぐ手を挙げた。
その生徒に級友達の注目が集まる。
「俺も行くよ」
「佐藤くん!」
声をあげたのは佐藤という男子生徒。
俺と同じでクラスでは余り目立たない存在だ。
少し長めの黒髪が、若干目を隠している。
委員長は彼に駆け寄り、固く握手を結ぶ。
「ありがとう、心から感謝するよ」
「俺も、何かしなくちゃって思っただけだよ」
佐藤は柔らかい笑みを浮かべる。
「うん……それじゃあ、探索には僕と高橋くん、佐藤くんの三人で行くよ」
「いや、それは駄目だ」
「佐藤くん?」
ようやく目処がたった探索人員。
それになんと、佐藤本人が待ったをかけた。
どういう意図だ?
「探索には、俺と高橋の二人で行く」
「そんな、危険すぎる! それに探索を提案した僕にはその責任があるんだ!」
「いや、委員長にはここで皆んなを纏めるっていう、委員長にしかできない事があるじゃないか」
「それは……」
佐藤の言うことにも一理ある。
ここまで無駄なパニックを起こさずにやってこれたのは、誰がどう見ても委員長のおかげだ。
そんな彼が居なくなればクラスメイトの皆んなは不安になるし、何より探索に出向いてそのまま帰って来なかった、なんてシナリオも大いにありえる。
それらを天秤に掛けた時……
「大丈夫だよ、委員長」
「高橋くん、君まで……」
「俺だって死ぬつもりはこれっぽっちも無い。絶対に生きて帰って来る、最低限薪になる木を持って」
「……分かった」
最終的に折れたのは委員長だった。
クラスメイト達も、心なしかほっとしている。
やはり彼は精神的な支えなんだ。
「僕が責任を持って、この場を纏めるよ」
「頼むよ、委員長」
こうして探索についての話はつく。
次に議題にあがったのは……五人の生徒の遺体だ。
今現在はそのままで放置されている。
「私としては、全員弔ってあげたいわ」
日浦が言うと、多くの生徒達も頷いた。
牛山のように食い殺された者の遺体がその場で放置されたままなのは、余りにも居た堪れない。
「それに死体をそのままにしたら、感染症の元になってしまう可能性もあるわ。感情的な意味で弔ってあげたい理由もあるけど、あのままだと私達も彼らの仲間入りよ……そんなの誰も望んでないわ」
そう、今はまだ大丈夫だろうが、時間が経つとそういう危険性も生んでしまうので、弔う必要はある。
「けどよお、弔うって言っても、具体的にはどうやるんだよ〜」
髪を明るい色に染め上げ、指輪にピアスと如何にもなチャラ男の飯田が間延びした声で言う。
燃やす……のは現実的じゃないな。
あれは火葬場の火力があって成り立つ。
巨大なキャンプファイアーを作るという案もあるが、時間がかかりすぎるのでこれも却下だ。
となると、残る方法はただ一つ。
「土葬か……」
「それなら俺に任せろ」
「骨澤くん」
骨澤がその巨体を揺らしながら言う。
「人一人が埋まる程の穴を掘るのは、かなり重労働よ?」
「コイツに比べりゃ、そんな仕事何でもねえ」
そう言って骨澤は俺の方を見る。
何か、意識されてしまったようだ。
「それでも一人は無謀よ。私も手伝うけど、他に手伝ってくれる人はいないかしら?」
「女の力は借りねえよ」
「あら、随分と時代錯誤な考えね。まあ、貴方が嫌と言っても私は彼らを弔うのに、全力を尽くすつもりなのだけれど」
骨澤の性差別的発言を全く意に介さない日浦。
彼もそれ以上は何も言わなかった。
結果として、穴を掘るのは俺と佐藤が探索しに行ってる間、見張りの生徒を除く全員で行われる事に。
人数が多い方が効率が良い。
委員長と日浦、二人の指揮なら安心できる。
「それじゃあ俺達もさっさと始めようぜ、高橋」
「確かに、いつまでも日が昇ってくれる保証も無いしな」
日はまだ高く昇っている。
直ぐに落ちる事は無いだろう。
「……よし。皆んな、それぞれ自分のやるべき事に向かう前に、一つ確認しておきたい」
真剣な声と眼差しで語りかける委員長。
俺達は茶化す事無く黙って聞く。
「もう皆んなも薄々気付いていると思うけど、多分ここは…….日本どころか、地球ですらない。上手く言えないけど、ここは『全く別の世界』だと、僕は考えている。あの狼のような怪物が、その証拠だ」
長い沈黙は、肯定を意味していた。
「別の世界か、まるで異世界だな」
佐藤がポツリと呟く。
「異世界……うん、佐藤くんの言う通りかもしれない。僕達は理由も経緯も分からず異世界に迷い込んでしまった、だけどクラス皆んなで力を合わせれば、きっとこの窮地を脱する事ができると、僕は信じている」
委員長の声はよく響く。
根拠も何も無いけど、不思議と彼の演説は、俺達に生きる為の希望を与えてくれた。
そして遂に、俺と佐藤が探索を始める。
「高橋くん、佐藤くん。少しでも何かあったら、直ぐに逃げてここへ戻って来るのよ? とくに高橋くんは、無理しないでいいの。まずは自分達が生き残る事を第一に考えて」
「二人はとても勇敢だ。もし元の世界に帰れた時は、僕が出来る限りの事でお礼をするよ、絶対に」
「大丈夫、安全第一で行くよ。なあ佐藤?」
「ああ、勿論だ」
俺と佐藤は皆んなに見送られながら、深い森の中へとその身を投じた。