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4話

 

「ゲ、ゲームだって……?」


 困惑した表情を浮かべる委員長。

 まあ、普通はそうだよね。

 彼、明らかにゲームとかやるタイプじゃないし。


 その昔、日本でもゲームやアニメ、漫画が好きな所謂オタクは積極的に排斥されていたらしいが、VR技術が発展した今でもその風潮は消えてはいない。


「その、とても失礼なんだけど、ゲームで本当にあそこまでの動きが……?」

「いえ、あり得なくは無いわ」


 委員長にどう説明しようか迷っていた時、助け舟を出してくれたのは意外にも日浦だった。

 彼女は至極真面目な顔で言う。


「私は余り体験した事は無いけど、VRシステムはその人本人の意思で、仮想世界に存在するアバター……言わばもう一つの肉体を動かすの。自分の意思が介入してる以上、それはもう立派な経験の一つとして、脳に蓄積されていてもおかしくないわ」

「成る程、僕の知らない世界でそんな事が……」

「いやいやいや、ちょっと待ってくれよ!」


 日浦の考察に待ったをかける生徒達が現れる。

 確か赤崎、青嶋、黄鳥だっけ?

 今朝教室でケイオス・シーカーの事を話していた。


 三人のうち、赤崎が代表して物を言う。


「俺らもケイオス・シーカーやってるけど、ゲーム内の剣技は全部システムアシストで、体が勝手に動くんだ。俺も試しに一度現実で剣技をやってみたけど、頭では分かってても体が全くついて行けねえぞ」


 彼の言葉は間違ってはいない。

 俺も最初はそうだと思っていた。

 どんなにアバターを上手く動かせても、所詮アバターはアバター、仮想の肉体でしかない。


 つまりは肉体のスペックが違うのだ。

 ケイオス・シーカーはレベル製のゲームで、レベルが上がれば各種ステータス(筋力とか敏捷)が上がり、10も越えれば現実の肉体を遥かに上回る。


 システムアシストは補助であり、ゲーム内で完全な剣技を可能としているのは、その剣技を使いこなすに見合った肉体のスペックが備わっているからだ。


 だが、俺は同じ剣技を何千何万と繰り返している。

 赤崎には悪いが、おそらく彼とは比べ物にならないくらいの回数の剣技を使用している自信があった。


 そしてケイオス・シーカーには、公開されていないマスクシステムが存在している。

 それは自らの意思で『システムアシストと全く同じ動き』をする事で、体感1.5倍の速度と威力が上乗せされる、というものだ。

 PVP(プレイヤー同士の戦闘)の世界大会レベルでは、当たり前に認知されている技術である。


 それを赤崎に言ったら、驚愕に顔を歪められた。


「せ、世界大会レベル!? お、お前プロゲーマーって言ってたけど、どんな名前で活動してんだ!」

「アクセルナイトだけど」

「あ、アクセルナイトだと!?」


 赤崎は遂に腰を抜かし、地面に尻餅をついた。

 そうしてワナワナと震えながら呟く。


「あ、ありえねえ、そんな、でもそんな嘘をつくメリット無いし……え、マジ、マジなのか?」

「えーと、そのアクセルナイト……つまりは高橋くんって、ゲームの世界では有名なのかい?」


 委員長が赤崎に問う。

 赤崎は目をカッと見開きながら答えた。


「スゲーなんてもんじゃねえ、日本のゲーム史に残るレベルの天才VRゲーマーだぞ!? ケイオス・シーカーで初の日本人世界王者、それ以外のVRタイトルでも軒並み好成績を残してる……うう、もう我慢できねえ! 頼む高橋、いやアクセルナイトさん! サインください!」

「……」

「……」

「今、ペンも紙も無いから、ごめん」


 どうやら赤崎はかなりコアなゲーマーのようだ。

 その勢いに委員長と日浦は飲まれている。

 うーん、プロゲーマーなのを明かしたのは失敗か? いやでも赤崎が興奮してるだけだし……


 なんて風に考えていたら、休んでいた何人かの生徒がこちらへやって来る。

 そしてゆっくりと、本当にゆっくり口を開いた。

 最初の言葉が聴き取れないくらいに。


「……で、だよ」

「え?」

「なんで、なんでそんなに強えのに! 力があったのに! 最初から戦わなかったんだよ! 高橋っ!」


 それは怒声のような悲鳴だった。

 力強く、だけど儚げな声。


「お前が最初から戦ってれば、五人は……内藤は死ななくて済んだかもしれないのに!」

「そうよ! 浴衣ちゃんだって……あんな、あんな酷い死に方……ううっ!」


 ようやく理解する。

 彼ら彼女は、死んだ五人の友人達だ。

 そして俺に怒りをぶつけている。


 俺がもっと早く戦っていれば、犠牲者は出なくて済んだと……そしてそれは、事実だった。


「何とか言えよ、おい!」

「……ごめん」

「っ、ふざけんなよ、テメエッ!」


 内藤の友人……木村が拳を振りかぶる。

 だが、そこに割って入る影が一人。

 忘れたくても忘れられない、黒髪のオールバックに二メートル近い大柄な体の持ち主。

 何とあの骨澤が、俺を庇って拳を受け止めた。


「いい加減にしろよ、お前ら。さっきからピーピーうるせえんだよ」

「な、何を……!」

「仲間を守れなかったのは、自分が弱かったからだ……自分が、な」


 言いながら、骨澤は遠い目をする。

 俺はもう一度犠牲者の名前を思い出す。

 牛山、内藤、竜童、南、岩本。


 今更ながら、思い至る。

 竜童は、骨澤の悪友だった。

 骨澤ほどでは無いにしても、竜童もそれなりにアウトローサイドな人間であり、余り近付こうとはしていなかったから二人の関係性に気付くのが遅れた。


「コイツは命を張って戦った。俺らにはその戦う資格すら無かった、弱いからな」

「……っ!」


 木村は何か言いたげそうにしていたが、骨澤に圧倒され結局何もせず、他の生徒と戻って行った。


「あ、ありがとう、骨澤」

「……ふん」


 彼はチラリと俺を見て、離れて行く。

 普段の彼からは想像できない態度だ。

 竜童の死が……それだけ大きかったのか。


 罪悪感が胸に募る。

 あの時、もっと早く覚悟を決めていれば……!


「君一人が、抱えなくていい」

「……委員長」


 ぽんと、肩に手を置かれる。

 置いたのは委員長だった。

 彼は優しい笑みを浮かべながら言う。


「戦う力がある、イコール戦う必要があるなんて、僕は絶対に思わない。君がどんなプロゲーマーで、戦う資質が備わっていたとしても、命を懸ける事に変わりは無いんだ。僕はそんな事を強要するつもりは無い」

「私も同じ考えよ? 寧ろ、極力戦闘は避けるべきよ、音に連れられて他のバケモノ達が来ないとも限らないし」

「も、勿論俺らもそうだぜ、な!?」

「お、おう!」

「言うまでもねえ!」


 委員長、日浦、赤崎、青嶋、黄鳥。

 五人それぞれが俺を心配してくれていた。


 ……俺は今、猛烈に感動している。


 殻を破って踏み出した一歩。

 そこには確実に意味があったと実感する。

 正直、時折プロゲーマーとして活動している事を、恥ずかしく思う事も何度かあった。


 皆が勉強や部活に励んでいるのに、自分はゲームにばかり熱中していると。

 そして実際、家族からはそう言われ疎まれていた。

 ただ一人を除いて。


『じいちゃん、おれ、げーむでいちばんめざす!』

『ほー、遂に国光も目標を決めたか! いいぞ、どんな事でもいい、世界で一番を目指せば、それはきっと、国光の為になる! がはは!』


 遥か昔の記憶が蘇る。

 ––––じいちゃん、俺……ゲームで一番になるの、諦めなくて良かったよ。


「それじゃあ、そろそろ次の方針を決めよう。さっきは言いそびれたからね」


 委員長の周りにクラスメイト達が集まる。

 先行きは不安しかないが、彼らと一緒ならきっと乗り越えられると、この時の俺は信じて疑わなかった。








 ……表と裏があるように、人もまた、善と悪、二つの面に影響されやすいという事をこの後に嫌という程思い知らされるのを、俺はまだ知らない。

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