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3話

 

 それは一瞬の出来事だった。

 牛山に襲い掛かった狼モドキは、手に持つ片手剣で彼の体を斜めに斬り、そのまま首に噛み付いた。


「ぎいああああああああああっ!?」

「う、牛山くん!」

「キャアアアアアアアッ!?」


 牛山はそのまま押し倒され、食われた。

 生々しい咀嚼音が響く。

 そしてそれを皮切りに、今まで悲鳴を押し殺していた者達の精神が乖離し、表に現れた。


 即ち、狂乱によるパニック。

 俺達を襲いに来たであろう狼モドキ達が、そんな隙を逃さない理由など、何処にも無かった。


「ウオオオオオオオオン!」

「グルルアアア!」

「ルルアアアア!」


 何かの合図か、一匹の狼モドキが咆哮をあげると、一斉に他の狼モドキ達が俺達に襲い来る。

 初めて向けられる、本物の殺意。


 数分前まで平和な日本でただの学生をやっていただけの俺達には当然、人型生物に殺意をぶつけられた場合の対処法なんて分かるワケが無い。


 立ち尽くす者、逃げ出す者。

 それぞれがバラバラに行動を起こした。


「うああっ!? く、来るな来るな来るなああ!」

「グルルアアアッ!」

「あ、ぎゃ、ぎっ!?」


 また一人、命を落とした。

 彼は手斧で頭をカチ割られる。

 ドバっと鮮血が面白いくらいに溢れた。


 それを見て、俺は立ち尽くす。

 ああ、もう終わりだ。

 ここは日本でも地球でもない。


 俺達は全く別の世界……異世界に来てしまった。

 だってそうだろう?

 何処の国に、武器を持った二足歩行の狼がいる。


 否定してくれるなら、否定してくれ。

 その方がまだ救いになる。

 地球上で死ねるなら、まだマシだ。


 けどもし、ここが本当に異世界なら。

 俺達は誰にも知られないまま、不運にも命を落としその哀れな一生の幕が降ろされる。


「グルルアアアアアアッ!」

「きゃあああああっ!」

「な、奈緒!」


 信条奈緒が狼モドキに捕まる。

 彼女とは日直の時に少し会話したっけ。

 走馬灯のように記憶が蘇る。


 否、これは確実に走馬灯だ。

 少なくとも脳はこれから死ぬと思っている。

 無論、俺の魂もそう思っていた。


 緩やかに死を受け入れている。

 なるべく苦しくないように、なんて考えていた。

 だが……


「うおらあああああっ!」

「ギャンッ!?」

「ハッ、これ貰うぜ! お返しだ!」


 そんな死の運命に、抗おうとした者もいた。


「信条さん、早くこっちに!」

「皆んな、バラバラに逃げてはダメよ! 一箇所に固まってアイツらを威嚇するの! いきなり襲って来なかったのは、集まった私達を警戒していたからに違いないわ!」


 骨澤が信条を捕らえていた狼モドキの顔面を殴る。

 突然の衝撃に仰け反った狼モドキは、思わず自分の武器の手斧を落としてしまう。

 骨澤は目ざとくその手斧を拾い、自らの武器として振り回し信条の奪還に成功した。


 委員長は逃げ遅れたり、立ち尽くしたりしてるクラスメイト達に声を呼びかけ、日浦は狼モドキ達に対する対応を早くも考え皆に伝えている。


 その光景を見て、ドクンと熱いナニカが流れた。

 俺は何をボーッと突っ立っている。

 あるだろう? 俺にも出来る事が。


 寧ろ人生の殆どを、それに注ぎ込んできた。

 誇張なしに、その分野では負ける気がしない。

 だから……勇気を、絞り出せ。


 虚構(ゲーム)の世界から、現実(リアル)へ。

 人から見たら遊びでも、俺は本気だった。

 本気で世界を目指し、そして獲ったのだ。


 世界一位という、とてつもない称号を!


「っ!」


 覚悟は決めた、あとは動くだけ。

 冷静に辺りを見渡す。

 そして目当ての物を見つけた。


 狼モドキが牛山の死体を夢中で食べている。

 俺は仮想世界のアバターを動かしている時のように、手慣れた体重移動で狼モドキの直ぐ側へ。

 彼には申し訳ないが、その隙に狼モドキが手放している片手剣を拝借した。


「ルアッ!?」

「遅い」


 狼モドキがこちらに顔を向けた瞬間、奪った片手剣で顔面を突き刺し、素早く抜いた。

 まずは一匹。

 残りは……九匹か。


 片手剣を『いつものように』前へ構える。

 幾度となく行ってきたことだ。

 落ち着け、ちょっとリアルなだけで、体の動かし方も何もかも、俺は全て覚えている。

 だからこの程度の数のバケモノに……怯むな!


「っはあああああ!」

「ガルッ!」


 地面を思い切り蹴り、一番近くに居た狼モドキに肉薄して片手剣を水平に振るう。

 綺麗な横線の傷跡が生まれ、よろめく狼モドキ。


 その隙に今度は縦に斬りつけ、十字の模様を生む。

 狼モドキは堪らず倒れた。

 生死は不明だが戦闘不能になったのは間違いない。


 俺は次の狼モドキに向かって行く。


「た、高橋くん!? 何をしているんだ!」

「っ! やめなさい! 奴らを刺激するわ!」


 狼モドキに挑む俺を見て、委員長と日浦は驚きながらも必死で蛮勇(二人からはそう見える)を止めようとしてくれる。

 きっと、二人の脳裏には次の瞬間にでも、俺が狼モドキの腹の中にいる映像が浮かんでいるのだろう。


 だが、そうはならない、させない。

 二人が次に見るのは、全ての狼モドキの死体だ。


「グルルオオオッ!」


 二匹目の狼モドキが迫り来る。

 俺は片手剣を左側の腰に添え、一歩踏み込む。

 初期片手剣技『クイックスラッシュ』。


 居合斬りを彷彿とさせるそれは、通常の剣速を遥かに上回る速度を叩き出し、狼モドキがこちらに剣を振るうよりも早く攻撃を叩き込んだ。


 苦悶の表情を浮かべる狼モドキ。

 ゲーム風に言うなら、今の一撃であちらの攻撃はキャンセルされたも同然。


 クイックスラッシュの勢いを殺さず、その場で一回転した俺は左斜め上から斬りつけ、返す勢いで右斜め上に剣を持ち上げ狼モドキを斬り殺す。


 片手剣技『ビクトリー』だ。

 Vの字の傷跡を与えられた狼モドキは、僅かにふらふらと歩いてから倒れ、絶命した。


 剣が肉を抉る感触が、ハッキリと手に伝わる。

 それが嫌が応にでもここは現実だと訴えてきた。

 仮想世界のモンスター相手には一応物質的な感触はあるものの、感覚を失わせない為の補助的なシステムなので肉のような質感はまるでない。


 だが今この瞬間、俺は自分の意思で肉を斬り、動き回る生物を殺して回っている。

 不思議と嫌悪感は湧かなかった。


 そんな事を思う余裕も無いだけか。

 ちょっと前まで死を覚悟してたんだ。

 脳内で大量のアドレナリンが分泌されてるな。


 正気に戻る前に、全ての狼モドキを倒そう。

 俺は覚えていた剣技をフルで使い、ものの十分で残りの狼モドキを全て殺したのだった。




 ◆




 戦いが終わり、静寂が戻る。

 委員長が暗い顔で人数を確認した結果、今回の狼モドキ襲撃の犠牲者は男子三人、女子二人の合計五人。

 数字の上だけで見るなら四十人中、三十五人も生き残ったのだから大したものだ、なんて事が言えるが、それはゲームの中だけの話だ。


 命を落とした五人は、それぞれの人生があった。

 家族が居て、友達が居て––––俺は五人全員と親しくは無かったが、それでも顔は知っているし、極たまにだが言葉を交わすこともあった。


 悲しいかどうかと問われれば……悲しいさ。


「……ありがとう、高橋くん。君のおかげで、僕達は生き残ることができた、本当にありがとう」

「私からも、お礼を言わせてもらうわ……ありがとう、私達を助けてくれて」


 委員長と日浦が礼を言ってくれる。

 それが凄く、嬉しかった。

 こんな俺でも、人の役に立てるんだって。


「でも、高橋くんはあの戦闘技術をどこで……? 剣術でも習っていたのかい?」

「あー、まあ、近くて遠い、かな」

「……?」


 今更隠していても仕方ない。

 俺は自分の剣技の出所を明かした。


「俺、VRゲームのプロゲーマーなんだ。さっきの技は全部、ケイオス・シーカーっていうVRゲームで使われる動きで、普通はシステムが体を勝手に動かすんだけど、プロって関係上結構やり込んでて、システムアシスト無しでも殆どの剣技を現実でも再現できるんだ。本物の剣を使って、リアルで動いたのは今のが初めてだけど……」

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