2話
「皆んな! 不安なのは分かるけど、今は落ち着こう! 災害に巻き込まれた時、最悪なのは集団でパニックを起こす事だ! 僕たちはそこまで愚かじゃない筈さ!」
凛とした声が響き渡る。
声の主は茶髪の美少年。
彼はこのクラスの委員長を務める、大川輝人。
クラスの中心的人物の一人で、他クラスは勿論他学年まで人望が及ぶ、コミュニケーション能力の擬人化みたいな男子生徒だ。
俺とは正反対なのは言うまでもない。
委員長はクラスメイト達が鎮まると、満足したように頷いてから一歩、また一歩と前に出る。
俺達は円状に倒れていたようで、クラスメイト総数四十人がひと塊りになって集まっている。
その中心に、委員長は向かって行く。
中心部に辿り着くと、彼は再び口を開いた。
「まずは点呼を取って全員の安否確認だ。今から若い出席番号順に呼んでいくから、皆んな返事をしてくれと嬉しい。それじゃあ、出席番号一番!」
そうして点呼が続いていく。
俺はその様子を唖然としながら見ていた。
パニック寸前のあの状況から、ここまでクラスメイト達を纏め上げたその手腕に。
本当に同じ学生かと問いたくなる。
実は転生してて人生二週目なんじゃないか?
なんて馬鹿げた事を言いたくなるくらいには、大川輝人という人間は完成された高校二年生だ。
やがて点呼が何事もなく終わる。
結果、四十人全員が無事なのが判明した。
張り付いた空気が多少は緩む。
「うん、皆んな無事で良かったよ。不調を訴えている人も居ないし、とりあえずは安心かな」
「ハッ! 委員長サマは随分と呑気だな、おい」
しかし、そんな空気に水を差す者が一人。
黒髪をオールバックで整えた、大柄な男子生徒。
彼の名は骨澤勝間。
有り体に言えば、不良だ。
授業はサボり、暇な時間は常に喧嘩。
今時絶滅危惧種の古くて悪いヤンキー。
それが骨澤に対する俺の評価だ。
無論、こんな事が彼の耳に入れば、俺はその場でしばき倒されること間違いないだろう。
「どういう意味かな、骨澤くん?」
「周りを見ろよ、ここは森ン中だぜ? しかも相当に深い所だ、肉食動物の生息地かもな。それに灯りも何もねえ、夜になったら暗いなんてレベルじゃねーぞ」
「……皆んなの不安を煽るような言動は、今は慎むべきだ。例えそれが事実だとしてもね」
「そうやって取り繕うのが、ムカつくんだよ」
骨澤は自嘲気味に笑いながら喋る。
やけに森について詳しいな。
だが彼の言ってる事も間違いではない。
スマートフォンが繋がらない森の奥。
どのような方法でここに連れて来られたのかは分からないが、捜索隊が俺達を見つけるのに相当な時間がかかるのは誰でも想像できる。
「分かっていないことの方が多いんだ、その中でも、僕は最善を尽くしたいと思っている」
「テメーはいつもそうやって口先だけだろうが!」
「もうやめて、二人とも。時間の無駄よ」
口論に発展しそうな委員長と骨澤の間に割って入ったのは、艶やかな黒髪を腰まで伸ばした女子生徒だった。
「骨澤くん、貴方の個人的な感情で彼に食ってかかるのはやめてくれないかしら?」
「んだと、こら」
「貴方が言った通り、私達には時間がない。肉食動物が潜んでいるかもしれないし、夜になれば真っ暗。私は貴方が指摘した事は正しい部分があると思っている、だからは今は静かにして、話し合いを進めましょう?」
「……ぐ、分かったよ!」
論理的に、かつ骨澤のプライドを刺激しないよう、計算し尽くされた弁舌を披露する美少女、日浦美夜。
彼女は文武両道を現在進行形で体現している生徒であり、男女共に異常な程の人気がある。
実際人間離れしたその美貌には見惚れるものだ。
何より知的で、学生とは思えないほど落ち着いているその姿に同学年の俺達は憧れるのだろう。
「ありがとう、日浦さん」
「構わないわ。それより話しを続けましょう?」
「うん、その通りだ」
そして委員長は俺達の置かれた状況をキチンと整理し、未だよく理解してない者達にも分かるよう、丁寧に説明してくれた。纏めるとこうである。
俺達……○○高校二年四組の生徒四十名は、原因不明の現象により深い森の中へ迷い込んでしまった。
何故誘拐犯の可能性を消しているかというと、直前のあの様子からして、とても誘拐とは考えられない。
災害に近い何かと一旦は結論付けた。
そしてこの森の中だが、スマートフォンの電波は届かず近くに人里の気配もない。
助けを呼ぼうにもその手段は無いに等しく、助けを待つにしても俺達は手ぶらだ。
人が生きるには最低限水が必要であり、次に食料だが現状そのどちらも手元には無い。
一週間も経たずに全員餓死であの世行きだ。
以上を踏まえた上で、委員長は発言する。
「森を抜けて、助けを呼びに行こう。このまま此処に留まっていても、助かるとは到底思えない」
それは分かりきった事だった。
誰もその事について言及しなかったら、自分の身も危うくなるので勇気を振り絞っても俺が言うつもりだったが、我らが委員長は本当に優秀でいらっしゃる。
だが、クラスメイト達の反応は芳しくない。
人が行動を起こすのには物凄いエネルギーを要する、それが自分の命に関わる事なら尚更に。
「い、嫌よ! 待っていれば絶対に、警察やレスキュー隊が助けに来てくれるわ!」
「宇多川さん、確かにそうかもしれないけど、その間の水や食料は無いんだ。待ってる間に、僕達は確実に死ぬ。これだけは取り繕うつもりは無いよ」
「う、それは……」
女子生徒の宇多川は反論できない。
彼女と似たような第二第三の意見も同時に封じた。
その事実にホッとする。
理屈が通用するくらい、皆んなはまだ冷静だ。
感情論一辺倒になったらもう終わりだと覚悟する。
少なくとも、委員長と日浦は最後の最後まで理性的で在っていてくれる、という安心感があった。
「異論が無ければ、直ぐにでも準備を進めたい。いきなり森の中を突き進むのは流石に無茶だから、まず五人グループに別れて近場を捜索し––––」
「ウオオオオオオオオンッ!」
委員長が次の指示を出そうとした瞬間。
彼の言葉を塗り潰すような咆哮が轟いた。
続けて辺りの茂みがガサガサと揺れる。
ああ、最悪だ。
俺達は既に、狙われていたらしい。
腹を空かせた猛獣に。
「グルルルルル……!」
一匹、二匹……続々と姿を現す猛獣達。
灰色の毛並みに鋭い牙と爪。
限界まで見開いた瞳の先には何があるのか。
狼に似た二足歩行の獣達に、俺達は囲まれていた。
「キャ––––」
「全員、大声を出さないで……!」
叫び出しそうな女子生徒の口元を強引に塞ぎながら、委員長は短く簡素に伝えた。
咄嗟に口元を手で覆い、彼の指示に従う。
大声を出せば獣を刺激する。
それを防ぐ為の処置だ。
「グルル……」
狼達はこちらの様子を伺っている。
俺も彼らを観察してみた。
まず注目すべき箇所は、二足歩行というところか。
顔や体は完全に四足歩行の狼なのに、しっかりと大地に足を付け立っているではないか。
腰にはボロ布を巻いており、それぞれの個体ごとに手斧や剣といった武器を携えている。
物を扱う、と言うことはそれだけ知性がある事。
あの狼モドキ達には、少なくとも『武器を使う』程度の知識ないし知性があると言っていい。
あんな生物、地球上に存在するか?
雑学には疎いが、どう考えても目前の狼モドキは地球に生息する人以外の生物のルールを逸脱している。
……緊張で両足が震えてきた。
このまま森へ帰ってくれないだろうか?
なんて淡い希望を抱く。
いや、希望と言うより、願望か。
「グルル……ルアアアアッ!」
「……ひ、ひいいああああっ、あああああっ!?」
「っ!?」
そんな時、一人の男子生徒……確か牛山だ。
牛山が狼モドキの恐怖に耐え切れず、遂に決壊したダムのように悲鳴を漏らしてしまう。
直後……
「グルアアアアアアアッ!」
一匹の狼モドキが、牛山に襲い掛かった。