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1話

 

 右手に持った片手剣を振るう。

 鋼の重みが遠心力により増し手から離れようとするが、鍛えた体にはビクともしなかった。


 剣先は狙い通りに対象の生物へと吸い込まれる。

 その生物は人型だったが、人間では無い。

 首から下は紛れもなく人体のソレだが、肌は赤く、少し視線を上げればイノシシの顔が待っている。


 イノシシの頭部に、人の体。

 果たしてこれは人間と呼べるだろうか?

 俺の答えはノーである。


 何故ならこいつはれっきとした『モンスター』。

 名はボア・デミヒューマン。

 モンスター図鑑にも載っている危険な生物だ。


「ギュアアアアアアアッ!」


 剣先がボア・デミヒューマンの左肩を抉る。

 このモンスターは腰に布を巻いているだけで、身を守る為の防具らしい防具は一切纏っていない。


 故に何処を狙っても問題なく刃が通る。

 実際肉が剥がれ落ち、真っ赤な血が飛び出た。

 モンスターの血も赤色なんだよな。


「ギ、ギュア、ギュアアアアアッ!」


 ボア・デミヒューマンは怒りに顔を歪ませながら、手に持った手斧をデタラメに振り回す。

 俺は一旦距離を取り、確実に避ける。


 時にパターン化された攻撃よりも、こういうセオリーに従わない無茶苦茶な攻撃の方が危険だ。

 ボア・デミヒューマンの癖などは熟知しているが、その情報が命取りになりかねない。


 ゲームなら死んでもやり直せる。

 だが、これは現実だ。

 死ねばそこで終わりの真剣勝負。


 慎重すぎるくらいが丁度良い。


「ギュアアアアアアアアアアアッ!」

「……」


 だが、そうしていつまでも待っていても、ボア・デミヒューマンは死なず、奴を討伐するのが仕事の俺も、必然的に帰れないという事になる。

 だから気を伺う。

 パターンに無いデタラメな動き、その綻びを。


「……見えた」


 誰に言うのでもなく、ポツリと呟く。

 それとほぼ同時に俺は大地を蹴っていた。

 鍛えられた両足は脳からの命令をコンマ数秒の差で実行し、一秒後にはボア・デミヒューマンの前に立つ。

 そのまま下からすくい上げるように片手剣を振るい、振り上げた直後に再び斬り下ろした。


 片手剣技『リバース・ビクトリー』。


 斬撃は英語のVを逆さまに描き、ボア・デミヒューマンの肉体からも後を追うように血が吹き出る。

 それが絶命の合図だった。


「ギュ……ア……」


 ガクンと、糸が切れた人形のように倒れる。

 倒れたボア・デミヒューマンだった肉塊は、断続的に血を流して大地の色を赤黒く変色させていく。


 いつも思うが、環境的に大丈夫なんだろうか。

 血液って土に対して有害なのか?

 科学の点数が常に平均点ギリギリの俺には分からない、別に知りたいとも思わないが。


「ふう……」


 息を深く吸ってから、ゆっくり吐く。

 体を覆っていた緊張が少しほぐれる。

 完全では無いのは、まだ依頼の途中だからだ。


 チラリと後ろに目を向ける。

 そこは深い森の中。

 大きな草木が日の光を遮り、昼間なのに薄暗い。


 夜はきっと闇そのものになるだろう。

 そうなる前に、ボア・デミヒューマンを少なくともあと四体は討伐しなくてはいけない。


 勝てる相手だが、物事に絶対は無い。

 何かの間違いが起こり、ミスを連発して窮地に陥る事もあれば複数匹に囲まれる可能性もある。


 慎重、かつ迅速に。

 それがモンスター討伐には求められる。

 そしてそれだけやっても、報酬は一日分の食費だけ……ほんと、割に合わない仕事だ。


 日本のブラック企業が可愛く見える。

 俺、まだ十七歳なのに。

 なーんで、こんな事してるかなあ。


「はあ……」


 俺、高橋国光たかはしくにみつは高校生だった。

 とある一点を除き、それはもう平凡な毎日を送っていたのに、今では毎日モンスター狩りに勤しんでいる。


 数週間前。

 あの日を境に、俺の全てが変わった。

 文字通り、何もかも。


 あの時、何してたんだっけ?

 俺はふと、数週間前の出来事を思い出した。

 蓋をした筈の、苦すぎる思い出に。




 ◆




「おい、昨日のアクセルナイトの配信見たか?」

「勿論! ほんとスゲーよな、五十連勝なんて」

「流石、日本人初の『ケイオス・シーカー』の優勝者! マジで強すぎるだろ! かっけえ!」


 朝、ホームルーム開始の少し前。

 クラスメイト達はほぼ全員揃い、教員が来るまでの僅かな時間を談笑で彩っている。


 俺も自分の席で静かに本を読んでいた。

 古本屋で適当に買った物なので、内容はおろか題名も曖昧でよく覚えていない。


 暇潰し……ではなく単にアピールしていたのだ。

 俺は本を読んでいる、だから一人なのだと。

 今思えば幼稚でくだらない自己弁護だ。


 そんな事をしなくても、誰も俺のことなんて気にしないし、最初から話しかけられない。

 その事実を否定する為に、読書に耽っている。

 読書好きの人に見られたら殴られそうだ。


 その日はやけに晴れていたのを覚えている。

 空が新たな門出を祝うように。

 だが特別な事は何も予定されていなかった。


 予定外の特別な事なら、見事に起きたが。


「ん、なんだこれ?」


 一人の男子生徒が疑問と共に呟く。

 他の生徒達の視線が彼に向けられる。

 かく言う俺も眺めていた。


「どうしたんだ?」

「いや、これなんだけど……」


 男子生徒が教室の床を指差す。

 そこにはいつのまにか、まるでゲームや漫画に出て来るような複雑な形の模様が描かれていた。


 それも教室の床中に。

 おかしい……俺がさっき教室に入った時は、こんなの何処にも描かれていなかったぞ?


 疑問はクラスメイト共通のようで、全員床を見ながらあーでもこーでもないと言葉を紡ぐ。


「何だこれ、模様?」

「魔法陣みたいだな」

「誰がいつ描いたんだよ」

「もう、男子の悪戯?」

「そこまでガキじゃねーよ」


 この時までは、全員事態を楽観視していた。

 床に変な模様が浮かんでいただけで、実害は何も無いのがら当然と言えば当然である。


 しかし……数秒後、俺達は地獄に突き落とされた。


「なんかこれ、光ってね?」


 誰かの一言。

 次の瞬間、魔法陣が有り得ない量の光を放出した。


「ぐあっ!?」

「眩しっ!?」

「きゃあっ!? な、何なのよ一体!」


 そこから先はずっと目を瞑っていたから、教室で何が起こっていたのかなんて知る由もない。

 ただ、目を瞑る寸前……空気が震えていた。

 例えるなら余震。

 カタカタと、小刻みに揺れていた。

 そして––––


「っ!?」


 突然、ガクンと意識が消え去った。

 スイッチをオフにするのではなく、スイッチそのものを壊して強引に電源を落とす感覚。

 最後に感じたのは、その程度の事だった。




「う……」


 ゆっくりと目蓋を開けた。

 最初に視たのはボヤけた視界。

 徐々に目が慣れ、輪郭がハッキリとする


 目の先にあったのは、青色。

 真っ青な空が無限に広がっている。

 この時点でおかしいのだが、状況を理解できてなかった俺は特に疑問には思わなかった。


「……?」


 やけに鼻をつんとする植物臭が漂っている。

 どうやら仰向けに倒れていたようだ。

 起き上がろうと片手を床に置くと、床だと思っていたモノはそこには無く、代わりに雑草が生えていた。


「は……? なんで草が……っ!?」


 そこでようやく気づいた。

 俺は気を失う直前まで、教室に居た筈。

 なのに今は外だ。


 青い空、雑草の生えた地面。

 これが外でなければ何が自然だ。

 そしてその事実に級友達も気付き始める。


「え、何ここ……?」

「おいっ、どーなってんだよ!」

「け、ケータイ、圏外なんだけど……」


 誰かがケータイを手にしながら叫ぶ。

 現代っ子の俺達は常にケータイ……スマートフォンをポケットに仕込んでいる。


 画面上部には確かに圏外と表示されていた。

 どうやら只事では無さそうだな……

 立ち上がりながら、状況の悪さに冷や汗を流す。


 委員長の声が轟いたのは、その直後だった。

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