ヘアピン
別に、近づきたいとは思わなかった。嘘じゃない。『となりのクラスのあいつ』でよかった。嘘だ。何も知らないままがよかった。全て結果論か。
いつの日か貰ったビターチョコの味を今でも覚えている。手と手が触れた時だって気付いていないフリをしただけ。本当は気付いていた。気付いてほしかった。
友達の友達って言葉がよく似合うと思う。あだ名を知っているだけで、本名は一切知らない。その上、喋ったのも両手で数えられるほど。そういう関係だった。
「そういうのいいよね。可愛いくて好き」
世俗的な一言が私自身に言われている気がした。勘違いも甚だしい。身につけていた赤色のヘアピンに対して可愛いと言っているに決まっている。それでも私は、あいつのことが好きになってしまった。
あいつはいつも私の教室で弁当を食べるものだから、昼休みは楽しみだった。月曜二限の移動教室の時、高確率ですれ違った。挨拶はしない。
私はあいつを見るだけで幸せになれた。幸せの理由なんていらない。勝手に満たされているだけで十分だった。
だから、卒業の時だって、あいつが背景に映り込んでいるくらいがちょうど良かった。あいつの進学先もあえて知ろうとしなかった。そうすれば、淡い初恋として思い出に刻まれ、何もなかったかのようにいられると思ったからだ。
そう信じていた。
SNSであいつと他の女性が抱き合ってキスしている画像が流れてきたのだ。瞬く間に鼻が赤くなって涙が頬を伝う。
赤色のヘアピンを取り、その辺に落とした。そしてベッドの中に潜った。
私は失恋したのだ。