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54 第6話03:アサシンズ




 虎丸はレベルアップを経て更に(はや)くなっていた。

 ハークとて虎丸の全力疾駆に跨るのはこれで二度目となり、前回よりも大分レベルが上がったので以前ほどキツくはないと予想していたのだが、そんなことは全く無かった。

 しがみ付いていられるのが精一杯で、他の事などしようものなら忽ちのうちに地面に投げ出されかねない。


 とてつもない速度である。進行方向を指示する暇もない。眼前に叩きつけてくる風圧に抵抗し、両目を開け続けるのがやっとだ。


〈それだけ、速度能力の差があるということか。多少レベルが上がったところで焼け石に水、だな。いつかは虎丸の背に跨りながら刀を振るいたいものだが、この調子ではいつになるかわからんな〉


 虎丸の進む先のほうに城門が見えてきた。

 東門である。やはり、締め切られており、門兵の姿も確認できない。


『ご主人! ここまで来ても魔物の匂いは感じられないッス! けど、人間の血の匂いは漂ってるッス!』


『ということは襲撃しているのは人間か。戦闘が起こっているのもほぼ確実と言ったところか』


 こういう時、『念話』というのは実にありがたい。例え虎丸が言葉を普通に喋れたとしても、この速度では余程の大声を出し合わなければ、風切音で互いの会話内容が遮られてしまうだろうから。


『もう直ぐ壁の崩れた一画が見えてくるッスよ!』


 本当に見えてきた。どんだけ速いのだ。


 崩れた城壁の現場に着くと虎丸が速度を緩めた。

 何人かが倒れているのが見える。

 全員息絶えていた。虎丸の『鑑定』に頼る必要も無い。


 その内の半分は衛兵だ。統一された服装と武装で判る。残りの半分は皆バラバラの恰好をしている。だが、ハークには彼らの正体が何となく判った。

 冒険者である。戦闘に巻き込まれたか、ハークのように助太刀に現れて逆にやられてしまったのか。


 明らかな戦闘痕であった。血と何かが焦げた匂い。硝煙の香りではないところが前世と違ったがこれは正に戦場そのものだった。


 視界の奥、この前のドラゴン襲来の際にも災禍から免れた家々が勢いよく炎を噴き上げていた。

 立ち昇る炎と黒煙に遮られて見えないが、その後ろから喧騒が聞こえてくる。

 どうやら現在の戦場はそちらのようだ。恐らくハーク達がいるこの場所で戦端が開かれ、街を守る側が現在の位置まで押し込まれたというところだろう。


「奇襲を受けたようだな。虎丸、現在の戦場に移動しよう」


『了解ッス!』


 跨ったままハークがそう命じると虎丸が再び移動を開始する。タッ、タタッタッ、と虎丸が飛ぶように進むともう現場に到達していた。


 見回すと、互いに20を超える陣営がそれぞれ戦闘を繰り広げていた。どうやら街の内側がソーディアン陣営、外側が襲撃者側陣営なのだろう。ハークは街の外からやって来たので、今は襲撃者側の後ろにいることになる。

 襲撃者たちの服装は皆一見すると野盗のような荒くれ者そのもの。つまりは賊の襲撃、城壁の一角が無くなったことで好機と踏んだ周辺の盗賊集団が金目の物を奪う為、乗り込んできたというところだろう。


 だが、少し観察することでハークは直ぐにその襲撃者達の持つ違和感に気が付いた。


〈統率がとれ過ぎている。戦い方も似過ぎているし、何より得物(エモノ)が同じというのは…、隠す気があるのか?〉


 野盗などの盗賊団というのは普通、使用する武器はバラバラだ。武装を統一化するような必要も無く、というより、正規軍のように上から支給されないので己で調達せねばならないからだ。

 20人もの盗賊が揃えば、刀、槍、長刀(なぎなた)は言うに及ばず、棍棒や鎖鎌、木槌に、果ては(クワ)(すき)などの農具に至るまで、その様相はさながら武器博覧会の様になる。

 だが、彼らの武器は皆反りの無い両刃の直剣である。長さはシンなどの持つこの世界で一般的な片手剣と小刀の中間ぐらい。見たところ刺突用に特化した暗殺用武器と言ったところか。

 取り回し重視、携帯用武器としても持ち運びしやすい、受けにも使用可能なギリギリの長さ。まさに実用一点張りだ。

 それを所々細かい意匠の違いは有れど全員が装備し、更に予備武器としてか、もう一本同じものをこれまた全員が腰に括り付けている。ハークが、『どこかの国か組織の暗殺部隊か何かであるのを隠す気が無いのではないか』と疑ったのも無理からぬところであろう。


『ご主人、コイツら人間族ではあるッスけど、この辺りの、最低でもこの街の人間ではないッス。匂いが全然違うッス!』


 一方、虎丸は虎丸でしか成し得ぬ方法で敵の正体を探ってくれていた。まさに虎丸ならではの能力と考察で証拠を捉えたのである。


『流石は虎丸だな。なれば敵と味方を取り違えることはあるまい! 見極めは任せたぞ!』


『任されたッス!』


 虎丸の頼もしい返事を聞きながら、ハークは虎丸の背を降りた。

 実はハークの経験上、戦闘への途中参加で一番怖いのがこの同士討ちである。敵に圧されて瓦解寸前、混乱の極みにある部隊に、味方からの救援部隊を敵と勘違い、挟み撃ちにされたと誤解して迎撃し味方同士で相争う。なんてことはよくある話だった。

 特にハークは街の外側、襲撃者が現れたであろう方面からやって来ている。何時味方に襲われてもおかしくはない。


 適当に危機に陥っているような者に助太刀をすべく、周囲を見渡す。

 戦闘は現在、膠着状態に陥っているらしかった。何処も一進一退の攻防が続いている。

 今、戦力として襲撃者たちと主に戦っているのは全員冒険者だった。衛兵の姿もちらほらと見えるが援護に徹しているか、傷を受けて倒れ込んでいるかだ。傷を受けている者も致命傷や重傷を受けた者はいない。現時点で治療を直ぐに施さねばならないほど差し迫った者はここにはいないようだ。


 そこで、ハークは見知った顔を見つけ、思わずその人物の名を口走った。


「…ジョゼフ殿?」


 そこには年齢に似合わず頑健な、筋骨隆々の姿で斧槍を振るう王国ギルド本部ソーディアンのギルド長、ジョゼフの姿があった。


「何故ギルド長であるジョゼフ殿がこんなところに…」


 彼が本来居るべきギルド本部はここから遠く離れた街の中心部近くにある。そこから救援に駆け付けたのだろうか。だとしたら、戦闘開始からかなりの時が経っているかもしれない、とハークは思ったが、これは思い違いであった。


 ジョゼフは先王でありこの街の領主であるゼーラトゥースから直々に城壁の早期再建の命を受け、ここで冒険者達の陣頭指揮を執っていたのだ。ベテランと呼ばれるレベル20以上の冒険者達は皆優秀だが、個人主義で同じ冒険者仲間と言っても商売敵の間柄にもある者同士、中々協力し合わないことが多い。

 そこで無用な諍いを避けるため、実力があり地位が高く皆に慕われるものが出向いて目を光らせる必要があった。

 即ちギルド長ジョゼフである。ジョゼフは襲撃前、作業現場から一歩引いた場所で全体の指揮を執っていたが、それ故初期対応が僅かに遅れることとなった。


 作業に当たっていたのは古都ソーディアンを拠点に活動している、中級以上の土魔法を扱うことの出来る『魔法士(マジックユーザー)』たちであった。皆レベル20以上の優秀なベテランと呼ばれる冒険者である。

 彼らは御領主様直々のご依頼をギルドから仲介を受ける形で、城壁再建任務に従事していた。既に瓦礫の撤去は完了し、いよいよ城壁基礎の組み立てに取り掛かろうというところで何者かの襲撃を受けたのである。

 皆忘れていたのだ。城壁というのは敵の侵入を防ぐためのもの、それが無くなれば敵の侵入を防ぐことは容易ではないということを。

 そして未だかつて建都以来、内部への敵軍侵入を許したことが無いというソーディアンの歴史にも胡坐(あぐら)をかいていたのだ。

 これはジョゼフにしても同様であった。現場作業に当たっていた者たちはレベル20を超えているとはいっても『魔法士(マジックユーザー)』である。普段は接近戦を味方に任せ、その後ろから援護もしくは強烈な魔法の一撃を決めるのが彼らの主な役割だ。

 襲撃時、彼らの仲間たちは瓦礫撤去の任を終え、後方の仮設工事拠点にて休息を取っていた。

 守られるべき盾の存在なくして彼らは力を発揮する事など出来ない。僅かな抵抗も虚しく襲撃者達に次々と殺害されていった。


 最適な襲撃タイミングを狙われたこととはいえ、警戒さえしていれば完全には防げずとも被害を最小限に抑えられた。その事実にジョゼフは責任を感じずにはいられなかった。そして複数の若き才能を奪っていった者達への単純な怒りで、ここ数年誰にも見せたことも無い鬼気迫る表情でもって襲撃者達に突進していった。


 ジョゼフは外見的にはまだまだ若々しくとも実年齢は老齢に差し掛かったと言ってもいい年齢である。如何にレベル30という高レベルであったとしても既に現役を引退した身だ。しかも、冒険者達にとって自分達を統率する頭であるべき人物が我先へと脇目も振らずに先陣を切っているのだ。その後ろ姿に感じるものの無い冷めた若者は一人もいなかった。


 ソーディアンのギルド長ジョゼフは大らかで面倒見の良い頼りがいのある人物である。陽性のカラッとした性格で、公正でありながら結果が伴わなくとも努力の跡を評価した。

 そんなジョゼフを慕うものは多く、陰日向に関わらず『親父』と呼ぶ若人は少なくない。

 そんな彼が敵陣に向かって決死の特攻を決行しているのである。

 その場に居た冒険者の誰もがその背を追い駆けずにはいられなかった。

 心の内を燃やさずにはいられなかった。

 最初の襲撃で仲間を失った者達は尚更である。怒りの炎を纏うが如くジョゼフに続いた。

 この瞬間、バラバラだった冒険者達の心が一つになった。

 敵をぶっ潰す、その一点に。


 最初の襲撃で、完璧な形で機先を制されていた冒険者側が現在五分五分の戦況に持ち込めたのは、この一丸となった突撃敢行が大きく影響していた。




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