35 第4話03:依頼
シアの到来が告げられるとギルド長は彼女もこの応接室へ案内するように女性職員に指示する。どうやらハークが頼んだ良さげな依頼をこの場で提示してくれるらしい。
その証拠にジョゼフは応接室奥のこじんまりとしたデスクの上から幾枚かの紙の束を持ってきてテーブルの上に置いた。
再度のノックのあと、同じ女性職員と共に応接室にシアが入ってくる。
「やあ、お待たせ」
現れたシアは、工房での姿から大分様子が変わっていた。
荒く纏めていた髪を多少は整えており、纏めて結んだ位置もやや高く、髷に近い位置なのでハークと少し髪型がかぶっている。額には鉢金付の鉢巻が結ばれており、勇ましさが増している。さらに服装も工房での軽装ではなく、魔物の表皮をそのまま使ったかのような紅い鱗鎧とその上から胸当てに籠手と脛当ても身に着けており、視る者が視れば彼女が冒険者としても十二分に経験を積んでいることが覗える装備だった。
紅い鱗鎧は両肩の部分が異様に盛り上がっており、その肩に架けるように、シアの身長に届く程の巨大なハンマーを携えている。
何と言うか、見れば見る程、工房での職人姿とは一線を画している。ハークはその思いを素直に口にした。
「ほう、やはり随分と感じが違うのだな。勇ましく凛々しいものだ」
ハークのその言葉にシアははにかみながら頬を染める。
「やめとくれよ。誉めても何も出ないよ」
「いや、正直な気持ちを述べただけなのだが…」
ますます顔を赤くしていくシア。浅黒い肌も染まれば判るのである。
そんなシアは照れを誤魔化す意味もあり、ギルド長の方を向いて「そんなことより」と前置きしながら言葉を続けた。
「急に応接室なんかに呼ばれたからびっくりしたよ。ギルド長直々に依頼の斡旋をしてくれるっていうけど、本当かい?」
先程の会話とは打って変わって、若干緊張しているようにハークには視えた。
「おう、本当だ!シア!お前さん、随分と久しぶりだな!元気だったかよ!?」
シアの緊張感を吹き飛ばすかのように、ジョゼフは気さくに大声で話し掛ける。その勢いに当てられて緊張感がほんの少し紛れたシアが苦笑気味に返す。
「あはは、顔も出さずに不義理したね、ギルド長。それにしても何で応接室なんだい?ここに入るのはあたしも初めてだよ」
「先日、ドラゴンがこの古都に侵入したのを知ってるだろ?ハークはその時現場に居たらしくてな。詳しい話を聞かせてもらっていたんだ。その礼というワケでもないが、俺お奨めの依頼を紹介してやる。さあ、お前も座れ」
シアがハークのすぐ横に座ると、ジョゼフは早速テーブルの紙の束から一枚依頼書を引き出すと説明を始めた。
引き出された依頼書には巨大な角の生えた猪の絵が描かれていた。
「まずはコイツだ。ジャイアントホーンボア。今朝、北の村からの行商人たちが発見した。レベルは、大きさや一当てした護衛役の冒険者の証言から18から22と診ている。先程、依頼が出されたばかりのホヤホヤだ。達成報酬は銀貨1枚で魔石を含め魔物の素材納品請求も無い。純粋な討伐依頼だ」
冒険者への依頼は大きく分けて三つの種類がある。
一つは討伐依頼。単純に指定されたモンスターを倒せば良いだけの単純な依頼で、最も冒険者達に好まれる依頼だ。
二つ目は納品依頼。レベル幾つ以上のモンスターの魔石を入手せよというのが最も多く、次いで特定モンスターの角や牙、肝などの部位を要求されることが多い。魔石はまだ良いのだが、戦闘で要求された部位を傷付けぬように立ち回る必要があり、それなりの経験と腕が必要なものから、食肉用魔物の肉を数キログラム納品せよという簡単なものもある。
三つ目は捕獲依頼。研究目的や王都にある闘技場などで戦わせる為に魔物を生け捕りにする依頼である。基本ステータスで勝るモンスターを力ずくで捕えねばならず、大変な危険が伴うと共に相当な実力者でなければ務まらない。その分報酬は高額となるが、出来るだけ傷つけぬように捕獲する必要もあるため、名指しの依頼となることが多い。
以上が、昨日の夜に虎丸とエルザルドからハークが教わった知識である。
勿論、これはあくまでも大別した場合で、一つ目の討伐と二つ目の納品が合わさった複合依頼も存在する。これはつまり、有り体に言ってしまうと、その指定されたモンスターを倒すと同時に依頼された特定部位を傷付けてはならなくなり難易度が急上昇した依頼となる。傷付けてしまった場合は報酬額を減らされたり、場合によっては失敗と見做されることすらある。
ハークにはそういった細かい依頼事情までは把握できない。
なので、依頼内容の良し悪しについては基本的に経験豊富なシアに任せるつもりで、何かあれば虎丸に念話で注意してもらうことになっていた。
「ふむ、どうかな、シア?」
そういう訳であるので早速シアに振るハーク。
「うん、とてもいい依頼じゃないかな、これは。報酬額は正直それ程でもないけど、余計なことを考えずに狩れるってのがいいね。ボア種なら肉も高値で売れるだろうし、角に毛皮も武具の素材や調度品として人気があるから上手くいけばかなりの額になる筈だ。懸念を上げるとしたら、もし、この魔物の予測レベルが最高値以上だったら、あたしと同レベル以上だから一人じゃあ危険だけど、ハークやあたしよりレベルの高い虎丸ちゃんもいるしね。問題無いでしょ」
どうやらシアの目から視たこの依頼の評価は上々のようだ。
「うむ、それでは次はこれだ」
その後、ジョゼフはさらに四つほどの依頼を提示してくれた。どれもシアの評価は中々だったが、最初に提示されたジャイアントホーンボアが最も良いということになった。特に、初のパーティーを組んでの戦闘という事でもあるし、細かい条件が全く無いということが決め手となった。
「ふむ、この依頼は俺からしても出来れば早めに達成させてやりたいんだ。実はこのジャイアントホーンボアが発見されたのは出来たばかりの北の村々への連絡路近くでな、ようやく軌道に乗ってきたこの街の御領主様キモ入りのスラム住民移住計画にも関わりかねん」
気になる『すらむ』という単語が出たため、先程までほぼ聞くに徹していたハークが話に加わる。
「スラム住民移住?それはなんだ?」
「ああ、お前さんはこの街に来て日が浅いから知らんよな。元々、数年前までこの古都には今とは比べ物にならんほどにスラム民が溢れていてな。前の御領主である伯爵様はそういうことに全く興味を示さないお方だったのだが、今の御領主様は食料を配給したり仕事を与えたりしてこの問題に積極的に取り組まれてな、最終的にはある程度開墾して整備された土地をお与えになられたんだ。それが北の村々でな。ようやく自分らの食事を自分らで賄えるようになって、その余剰分を売りに来れるまでになったのだが、その連絡路が魔物の出現の所為で潰されては敵わんからな」
「ほう…」
この街で初めてスラムの住民たちの惨状を見た際には、この街の為政者を無能と呟いたりしたものだが、領主と呼ばれる人物がそこまで行動しているものだとは知らなかった。心の中で無能者と断じたことを詫びる。
「なれば、あの『すらむ』の民達ももうすぐ移住するのか」
だが、ハークのその言葉にジョゼフは表情を曇らせて言った。
「いや、それがな…。ああ、いや御領主様は彼らが敵国からの流民であっても、村の土地をお与えになることを議会に認めさせたんだ。しかし流石にこの国の民が優先という事で延び延びになっていたのだが、開墾先の村の準備が整ったあたりで問題が起きてしまったのだ」
「問題?」
「ああ。1か月前くらいから、彼らの移住先となる新たな村予定地に『限界レベル』以上のトロールが住み着いてしまったんだ」




