192 第14話10:Walk Like SUPER HEROES②
前を疾走する虎丸、ハーク、シア、アルテオらに、僅かに遅れて目標に向かい走るテルセウスだが、彼女が最も早く攻撃SKILL発動準備に入り、がばりと両手を振り上げた。
「『岩塊!」
そしてその両手を地面へと落とし、溜め込んだ魔力を一気に大地へと放出した。
「隆起』!!」
瞬間、テルセウスの打ち込んだ魔力が地面の中で岩塊へと変化し、大地を伝わってヒュドラの胸元に真下から飛び出す。
地上では移動速度の遅いヒュドラに、テルセウスの狙い通りに岩塊は巨大な鈍器で巨躯の胴体を突き上げるかのように激突して、その身を大きく仰け反らせた。
先制攻撃の為に、迫り来るハーク達に向かって毒液を吐きかけようとしていたヒュドラの八本首たちは、その一撃で機先を制することに失敗する。
直後、自身の動きの制限を外した虎丸が、自然界で発生する筈の無い縦型の竜巻を引き起こす。
「ガウッウガウァアアアアアア・ゴッッアガァアァアアアアアアアアア!!!」
虎丸の挨拶代わりの最強攻撃は、ヒュドラの向かって左側4本の首を殆ど根元から捻じり斬り、バラバラに弾き飛ばした。
そして僅かに遅れて、虎丸が敢行した突進のすぐ後ろから、ハークの姿が現れる。
しかし、腐ってもヒュドラはレベル29。半分の首が破壊されたとて何の痛痒も見せぬ残り4本の首が迎撃に迫ろうとする。
ハークはその4つの蛇頭に向かって、駆ける速度を一切緩めることなく一足一刀の間境を超え、跳び込んだ。
「奥義・『大日輪』!」
いつもの如く真円を描く斬魔刀の軌跡が、残り4本のヒュドラの首の内、3本まで悉く両断する。
一瞬で己以外の全ての首が倒されたのを見て、流石に驚愕を顕わにしたのか、怯んだ様子を見せる最後の首に向かって、シアとアルテオの二人組が既に眼前にまで迫っていた。
シアであればあの程度の蛇頭一本など物の数ではないのだろうが、経験の無い初めて戦うモンスターであるということと、毒液を放つ種であることも含めて、寧ろアルテオの為でもあるが、安全策を取って二人一組としたのである。
「『剛連撃』!」
だが、ハークのそんな老婆心すら吹き飛ばすようにシアが発動した最大SKILL『剛連撃』が二連撃で痛烈に炸裂する。
カチ上げからの横殴り。特に横殴りにより上顎が歪むほどの衝撃を受けた蛇頭は、牙二本が折れて宙に飛ぶ。
そこにアルテオからの追撃が放たれた。
「『剛撃』っ! つぇえええい!」
脇構えから跳び上がりつつの水平斬りが決まる。『剛撃』と言いつつその動きはハークが先程繰り出した、奥義・『大日輪』にそっくりであった。
ハークから視れば、その軌跡は惜しいことに若干の楕円を描いていたが、それでも残るヒュドラ最後の頭を首の真ん中辺りで斬り飛ばしていた。
これにてヒュドラの首は全て斬り落とされて破壊され、奇怪な巨躯は攻撃手段を失った木偶の坊へと成り下がる。
だが、その時間は僅かなものだ。
既に虎丸によって最初に粉砕されていた首たちが再生を開始していた。薄い皮膜に包まれた花びらの蕾のような頭が、ミリミリという気味の悪い音を立てながら、傷口を内部より外へと押し広げるかのように生えてきている。
このまま何もすることなく眺めていれば、約30秒足らずで八つの首は全て生え揃い、元通りとなる。それほどの再生力であった。
〈そんな時間をくれてやるつもりはないがな〉
ハークはヒュドラの正面に陣取ったまま、その場で足を広げつつ、ぐいんと背筋を仰け反らせる。そして背面を魔力で包み込み、右手に持つ斬魔刀の柄頭も含めた背面重要可動箇所付近に魔力の塊を生成、一気に爆破させる。
「奥義・『朧穿』!」
押し出される感覚全てを斬魔刀に伝達し、回転まで加えられた必殺の雷光突きは空気を貫き、分厚い皮も鱗も、肉も骨も、臓器も魔晶石すらも、何もかも全てを消し去るかのように穿ち、打ち抜いていた。
再生が止まったヒュドラの巨体が、ゆっくりと仰向けに倒れる。
その胸元、心臓が存在していた辺りに、ぽっかりと空虚な穴が開いていた。
後にスタンは語る。
「巨大なヒュドラの首、その8本全てがほぼ同時に消え去ったと思ったら、エルフのリーダーの雷みてえな一撃が胴体に決まって、バッタリと後ろに倒れたんだ。後で見せて貰ったら、ヒュドラの胸の真ん中に拳がスッポリ埋まるほどの穴が開いていたよ。如何に強力な再生力を持つ魔物であっても魔力の源である魔晶石を失っちゃあ、それ以上再生は出来ねえってことさ!」
◇ ◇ ◇
第一王子アレスの護衛官の一員であるクロウ=フジメイキとグレイヴン=ブッホは困り果てていた。何しろ数日後、下手をすれば、いいや、上手くすれば明日にでも、このトゥケイオスの街は崩壊するからだ。
「なぜ、どこの旅行業者も請け負ってはくれぬのだ!?」
だというのに、王都までの馬車をチャーターしようと訪れた、旅行業者というこの国ならでは看板を掲げる店をもう4件も回り歩いているというのに、首を縦に振る者は現れない。
「仕方あんめえ。ヒュドラが現れて湖畔街道は2~3日通行止めだそーですからなあ。ウチらを雇ったところで、衛兵や警備隊が通しちゃあくれませんわ。オレらも商売上、御触れにゃあ大人しく従うしかありゃあしません。今日のところはお引き取り下せえ。強い冒険者さんがヒュドラを倒してくれて、通行止めが無事に解除されりゃあ喜んで引き受けさせていただきますよ」
といった具合である。取り付く島もない。
「おのれ、役立たずの平民共め!」
店を出て、クロウは相棒相手に毒を吐くが状況が変わるワケでは無い。
そもそも貴族の命令に了承以外の返事を返すこと自体が彼らにとってはおかしなことだ。本国であれば叩っ斬って、その躯を軒先に飾ってやるところである。
しかし、この国ではどんな身分の人間にも簡単に手を出すことは出来ない。
彼ら護衛官の長であるボバッサからも固く禁じられていた。違反者は殺す、と。
何しろ第一王子に付いてこの国に初めて入ったその日、宮廷の女官に手を出そうとしてトラブルを引き起こした仲間の一人が実際に殺されている。
「おい、どうする?」
グレイヴンがいつもの仏頂面で訊いてきた。
クロウは思わず舌打ちが出そうになるのを堪える。
(こいつはいっつもこうだ。考えることをしない)
産まれた家と身分と歳が近い所為で、グレイヴンとクロウはいつも組まされてきた。
グレイヴンは一見すると物静かで質実剛健、淡々と仕事をこなすタイプに見え、部隊の他の人間からの評価も概ね同じようなものだが、クロウから視れば何も考えていないだけだった。
今回もそうだ。きっと何にも思考しちゃあいない。
重要なコトは全てクロウ任せ。いつもの事だがこういう時は本当に腹が立った。
だが、今更グレイヴンに当たったところで何が変わるワケでもない。既にケツの導火線に火が付いた状態なのだ。
後戻りなど出来るワケが無いし、この場に留まって巻き込まれるなどという間抜けな死に様は言語道断だった。
「どうするもこうするも無えよ。この街は早けりゃあ明日か明後日には無くなっちまうんだぞ? グレイヴン、お前ぇ、こんな娼館も無えような面白みの無え街と最後を共にしてえのかよ?」
「冗談じゃあない、願い下げだ」
「だろ? だったら脱出するぞ。この国の衛兵はどこもかしこも口うるせえし頭が固えが、今回は緊急事態だ。ぶっ殺してでも通らせてもらう。どうせ2~3日後には大混乱さ、バレやしねえ」
「おう、そうだな」
相棒がニヤリと笑う。
こういう事だけは一人前だな、という言葉は呑み込んだ。実際荒事になればグレイヴンは頼りになるからだ。
しかし、王都に向かう街道へと出る城門の前でクロウは異常に気が付く。
衛兵の他に、街道なんぞを守護し警備するというまたもこの国ならでは暇な部隊の隊員が数人いて、話し合いを行っていた。
(何だ? また新たなトラブルか? ……いや、そんな感じじゃあないな)
話してる衛兵と警備隊連中の表情が明るい。何かあったにせよ悪いトラブルではなさそうだった。
意を決してクロウは城門へと近づき話し掛ける。
「おい、衛兵。何かあったのか?」
「ん? ああ、お貴族様ですか。何か御用でも?」
「ああ、俺たちは王都に帰りたいのだが、通行止めだと聞いてな」
「ああ、それなら朗報ですよ、お貴族様!」
そこで一人の警備隊員が歩み出てくる。
「お貴族様! 実はつい先程、通行止めが解除されました! 通り掛かった旅の冒険者の一団が問題のモンスター、ヒュドラを退治してくれたのです!」
「おう、それは凄いな!」
二人にとってもの朗報にグレイヴンが突然大声を出す。気持ちは分かったが至近距離で突然の大発声は勘弁して欲しかった。耳がキーンとする。
クロウは、考えて発言しろ、と文句を言ってやりたかったが、代わりに警備隊員に尋ねる。
「逃げたヒュドラはレベル30程度だったと聞いている。そんな相手を簡単に倒す冒険者がこの近くにいたのか?」
ヒュドラは本国でもたまに出現するかなり強力なモンスターだ。ただでさえ別個に思考して蠢く蛇の頭が8本に、毒液、更に不死身に近いとまで言われるトロールと同等の再生能力まで持ち合わせている。
レベル32のクロウとレベル33のグレイヴンだが彼らでも危ない。二人共魔法を使えないからだ。火魔法が無ければ傷口を焼くことが適わず、再生を阻むことが出来無い。自ずと長期戦となり、どこかで少しでもしくじればスタミナ切れからジリ貧の返り討ちにされる可能性が高い。
当然、討伐可能な冒険者など限られる。だからこそ、今回の通行止めは長引くのではないかと予測されていた。
「それがですね、隣の街道にえらく強い最近急に名を聞くようになった新人冒険者の一団が偶々いたんですが、そいつら態々街道間の草原を突っ切ってまでこっちの道に来てくれましてね。つい先程、彼らがヒュドラを無事討伐したっていう情報が入ってきたんですよ! いやあ、ありがたいモンですなあ!」
隊員は些か興奮しているようで早口で捲し立てる。誰かに話したくてしょうがないのだろう。確かに劇的な話ではある。
「ほう、その冒険者パーティーってのはどんな連中なのだ?」
クロウはそんな隊員を持て余し、何とは無しに訊いただけだったのだが、この一言が彼らの後の運命を決定付けた。
「私も直接見たり会えたりしたワケじゃあないんですが、話によるとやたら背の高い女性以外は皆一見子供に見えるぐらいの非常に若い集団らしいんです。ですが、実力は本物で、特にリーダーを務めるエルフの実力は群を抜いてるって噂ですよ。最近、ナントカって大会で優勝して、実力を示したって話です」
隊員が話す人物像に、クロウは心当たりがあった。頭の中で、ピン、と閃くものがある。
「そいつはひょっとして魔獣を連れていたりしないか?」
クロウの質問に、隊員は勢い良く首を2度ほど縦に振る。
「ええ、連れていると聞いてますよ、デカくて強そうな白い魔獣を! お知り合いなのですか!?」
「いや、俺も話に聞いたことがあるだけだ。それより通って良いか? 急いでいるんだ。もう通行止めは解除されたんだろ? まだ日は沈んでないよな?」
「あ、ええ、勿論です! では、こちらでお手続きをお願いします。オイ、お前ら、お貴族様の手続き処理を頼むぜ、俺はこの後、御領主様に報告に行かなきゃならんのだからな!」
そう言って衛兵でもない警備隊員に案内させたクロウ達は、詰所にて短い手続きを終えると詰所の出口から街の外へと出た。
すかさずグレイヴンが話し掛けてくる。
「おい、歩いて帰るのか? 旅行業者は手配しないのかよ?」
今度こそクロウは盛大に舌打ちをしてやりたくなった。街を出た今更言う事か、とも思ったが代わりに命令する。
「黙れ、もう少し離れたら説明してやる」
宣言通りクロウは数分黙ったまま歩くと漸く口を開いた。
「ここまでくれば衛兵たちにも俺たちの会話は聞こえねえだろう。いいか、あの警備隊員が話していた冒険者の一団ってのは逃げ出した王女とその護衛だ」
「何? 何故分かる?」
クロウは今度は溜息を吐きたくなったが、グレイヴンの考えの無さは今に始まったことじゃあない。気を取り直すと説明してやる。
「その団の連中の様相がほぼガキだったっていう点、リーダーらしき人物がエルフで、しかも白い魔獣を連れているなんていう連中、他にいるワケねえだろ。聞いてた王女の護衛連中の特徴にそっくりだ」
「そうか。クロウがそうだというならそうなんだろうな」
「ああ、そうなんだよ。オマケに、さっきの隊員はうろ憶えだったみてえだが、その大会ってのは『ギルド魔技戦技大会』に違い無え。そのエルフのガキは出場3種目全てで優勝してやがるからな、これ以上合致する特徴なんぞ無えさ。その一団の中に確実に第二王女もいるに違い無えんだ。そいつを捕らえるか殺しちまえば、俺たちゃ大手柄、大金星だぞ! そうすりゃあ、あのバカ王子のお守りもお役御免で、本国に大手を振って帰れるかも知れねえ!」
「おお! そいつは良いな!」
「しッ。声がデケエよ。それより急ぐぞ、このまま進めば夜には鉢合わせ出来るだろうからな」




