燈市
「ふぁ〜……」
「おはよう朝陽!昨日はあまり眠れなかったの?」
「まーなー。命はよく眠れたみたいだな」
一体兄は何を考えて真剣な表情をしたんだろう、と思いを巡らせていたらあまり眠れなかった。
一応言っておくが別にブラコンという訳ではない。ただ気になって気になって気になるだけだ。いつも兄は朗らかというか、へらへらしていて何でもお気楽な脳内お花畑だという印象。怒った姿や悲しそうな姿は考えてみれば見たことがないかもしれない。
そんな事を考えながら、下駄箱で靴を脱ぎ上履きに履き替えようとした時、手に何かが当たった。
「紙?」
「むむっ!?これはまさかラヴレター……!」
見た目は白い封筒に何も封はされてない。至ってシンプルだ。中を開けて便箋も表と裏を見てみるが、ノートを破ったようなものだ。
「んー何々、『放課後屋上にて待つ』か。もしかして、日々喧嘩している所を見ている誰かが俺にときめいちゃったとか?」
「にしては文量が少なすぎないか?ラヴレターっていうものはもっとこう、」
「とりあえず行ってみよーぜ!冷やかしでもマジでも、何か楽しそうだし」
朝陽はこの日の授業をほとんど寝て過ごした。楽しみがあるからといって、今頑張れる訳ではない。それとこれはまた別だ。それに寝る事で時間が短く感じ、なんとなく時間をワープしたような気分になる。この日と限らず、朝陽は学校で半分くらいを睡眠に費やしている。
そして放課後。
「ふぁ〜あ……さ、帰ろうぜ命」
「屋上は行かなくていいの?」
「あ、そーだった!あっぶね、忘れる所だった」
屋上へ続く階段まで行ってみたが、立入禁止の札が下げてあった。
「立入禁止ってなってる。冷やかしだったのかな?」
「朝陽!立入禁止って事は行けってことだよ!行こうよ!さぁ!!」
命は目をキラキラさせながら朝陽が有無を言う前に、無理矢理に屋上に続く扉を開けた。
「こういう時のお前の行動力、馬鹿力、尊敬するよ……」
風が強く吹き込み、目を閉じながら屋上へ出る。少しずつ目を開けると、そこには三人の、
「女の子?」
がいた。
「わーい来てくれた!ほらね、言ったでしょ琴羽」
「まさか本当に来るなんて。あんな手紙で来るものなのね」
「ボクの書いた手紙を馬鹿にするな、あれでも頑張ったんだよっ」
何やら賑やかな、この高校の制服を着ている三人の女子生徒がいた。
「いきなり呼び出しちゃってごめんね」
中でも一番背の低い、元気な女の子が近付いてきた。
「初めに言っておくけど、決してストーカーとかじゃないんだよ?たまたま見ちゃっただけだし、ストーカーじゃないからね?」
なんだかよく訳の分からない前置きをされた。
「見ちゃった?」
一体何を見たのだろうか。と言っても、特に見られて困るようなものはない。
「登校してる時、あんたすっごいパンチ!してたよねっ」
すっごいパンチ、朝陽自身はラッキーパンチと呼んでいるものだ。
「見てたの?」
「うん、まぁ」
ちょっぴりもじもじした様子の背が低い女子生徒。
これ、やっぱラヴレターなんじゃないか!?三人の女子に言い寄られて、今まさに世の中の男子のハーレム妄想ってやつを体験しているのでは!?一生に一度あるかないかのモテ期!?
「でね?その、なんて言ったらいいのかなぁ、うーん」
こっ、これはチャンス!?愛の告白の前にやっぱ恥ずかしい!って焦らしちゃうやつ!?
「はぁ、お前はうじうじしすぎだ。ボクから言う」
しばらくもじもじしていると、前髪でやや片目の隠れた女子生徒が出てきた。彼女はロリポップキャンディを食べていた。
「ん、何だ。飴いるか?」
何だかクラスが一緒のような?と思い、じっと見てしまった。
「いや、いいや」
女子生徒は飴を口から出すと、こう言った。
「お前、ボクのものになれ」
「はい?」
何だか愛の告白ではない気がする。うん、これは絶対違う。それは分かっていたが、どういう意図でその言葉を選んだかまでは分からなかった。
「えっと、え?」
ボクのものになれ?これってよくよく考えると愛の告白にもな
「馬鹿、あんたはもっと言葉選びなさいよ」
「馬鹿とは何だ馬鹿とは」
今まで何も言わずに事の成り行きを見ていた、銀髪でモデル体型の女子生徒がツッコミを入れた。
「君。これはそういうのじゃないからね。君には私たちの仲間になって欲しいの」
「何の仲間?」
部活で人数が足りないから入ってくれ的なやつかな?
「邪神の討伐!」
背の低い女子生徒が答えた。そのまま続ける。
「この街って、ちょっと不思議な構造をしていてね、その辺は後々説明するけど。んで、そのせいで邪神って呼んでいる、悪い奴が棲みついちゃって。昔封印したみたいなんだけど、ちゃんと倒さないとまた復活するみたいなの。最近、その邪神が復活しそうで、もし復活したら、この街とその住民、多分その後は世界全がなくなっちゃう。私達はそれを食い止めるために選ばれた存在!って感じ。あんたもその才能があるから、是非とも協力して欲しいって訳」
何だか初めて聞く話だし、内容がぶっ飛びすぎているしで、朝陽は頭がこんがらがっていた。
命も目を白黒させている。
「それにそれにっ、君からはなんだかすっごい力を感じるから一度、能力を診断するだけでもしてみて欲しいの!」
「えっと、とりあえず、今日は帰っていいかな?一旦今の話整理したいし」
朝陽は必死に言葉を探る。とても思考が停止していて、何を言っているのか自分でも分からないほどだ。
「そうだよね、いきなりこんな話されても信じ難いもんね。あ、そうだ。自己紹介してなかった!私は二年の東城那美」
「ボクは架利青鳥。ちなみに同じクラスだ」
「私は日下琴羽。那美と同じクラスよ」
背が一番低いのが東城那美、片目が前髪で隠れているのが架利青鳥、銀髪モデル体型が日下琴羽。
「俺は椎名朝陽」
「同じクラスの影山命です」
帰り道、心ここに在らずといった二人は会話を一言もしないで帰った。
「あ、また明日ー」
「うん、ばいばい」
カランコロン、と扉についている鈴が鳴る。朝陽はただいま、を言うのも忘れていた。
「いらっしゃいませ──朝陽か。おかえり」
「ただいま」
「何か悩み事か?」
流石兄、弟の事ならお見通しだ。ちょっといつもと違うとすぐ気付く。
「難しい話とかぶっ飛んでる話って意外とあるんだなーってさ」
「授業か?高校にもなると難しいよな、俺でよければいつでも教えるよ」
「ありがとう」
全く授業とは別だが、兄は頼りになる。遠回しに相談してみるのもいいかもしれない、と思った。
自分の部屋に入ると、速攻ベッドに倒れた。
「あああああわけわかめええええええ」
本当、話を整理しよう。
まず俺たちの住むここ、燈市は不思議な構造をしているらしい。つまり、他の街とは違う空間という認識で間違っていないと思う。
そんな不思議な構造をしているから、邪神という悪い奴が来てしまったと。そして、昔それは封印されたがまた復活しており、完全に倒さないと何度でも復活してしまう。
という感じであっているはずだ。
「つってもさー、急にそんな事言われてもさー……ああああもおおおお!!」
しかも能力を診断?すっごい力?男子としてはワクワクするような、ちょっと正直そそられたけど、漫画とかで客観的に見るからいいのであって、実際目の前で、しかも自分が体験してしまうと戸惑ってしまう。
ふわふわしたまま、ぼーっとしたまま夕陽の作った夜ご飯を食べ、お風呂に入って、寝た。