コーヒーとナポリタン
命がカツアゲされてから数週間。あのヤンキーは全く現れなくなった。
が、朝陽のもとには挑戦者が良く来るようになった。
「おい、お前強いらしいな」
「ちっせぇーのにホントかよ?ハハハッ」
「ちっちゃい言うなっつーの!」
今日はヤンキーが二人がかりで襲ってきた。最初のあいつは一体何をしたのだろう、挑戦者は殴っても殴っても、蹴っても蹴っても現れる。
ロケーションが悪いのかもしれない。
朝陽達が通う暮咲高校から徒歩で三十分程のところに、ヤンキー高で有名な七幡高校がある。
昔はもっと喧嘩が絶えなかったらしいが、今はなんやかんやでお互いに干渉はあまりしない事という暗黙の了解がある。
「くっそ、何なんだよ毎日のように来やがって」
暗黙の了解だって、ある時代にはルールだって法律だって、何かのきっかけで破れる。
お腹も減って少しイライラしているので、八当たるようにヤンキー二人を手早く片付けて家に帰る。
「朝陽!日に日に怪我が増えてくけど……ごめん、僕があの日ヤンキーに絡まれてからだよね」
「命のせいじゃねーよ。気にすんな」
「うん。ありがとう」
命は笑顔で頷いたが、やはり影にはまだ不安そうな表情があった。
「俺ん家寄ってかね?」
朝陽はそんな命を家に誘うことにした。
「ただいまー」
扉を開けるとカランコロンと軽快な音がする。それと共に、コーヒーの匂いが流れ込んできた。
「おかえり。命君も一緒だね」
「ご無沙汰しております、お兄さんっ」
色々あり朝陽は兄の夕陽と二人暮らしだ。夕陽はカフェを経営している。
そんなんで毎日暮らしていけるのかと思うが、なんでもネットでできる副業をやっているそうで、不安定な収入だが、楽しく暮らせている。高校にも通えているし本当に感謝だ。
「コーヒー飲んでいくかい?」
「飲みたいです!」
命は即答した。
「朝陽は?」
「いつものー」
「はいはい、オレンジジュースね」
コーヒーはなんか苦手なのだ。ブラックは苦いから当然無理だし、いくら砂糖やミルクを入れてもどうしても味が好きになれない。
「お待たせしました」
しばらくヤンキーの話をしていると、コーヒーとオレンジジュースが運ばれてきた。
「わぁっ、いただきます!……んん〜、いつ飲んでも美味しいです」
命は随分味わって飲んでいる。
「いつも感動してくれて嬉しいよ」
「本当、お世辞なんかじゃないんですからね!」
「分かってるよ」
しばらくコーヒーを堪能した後、満足そうな笑みを浮かべて命は帰っていった。
「じゃーまた明日ね!」
「おう、またな」
カランコロン……と、音を立てて扉は閉まる。
夕陽はさっきまで命が座ったいた席に腰を下ろした。
「ねぇ朝陽、最近ヤンキーによく絡まれてるみたいだけど」
突然その事を言われ、少し固まる。別に悪い事をした訳ではないがなんとなくきまりが悪い。
「別に何もしてねーよ」
一応、自分は悪くないという事をそこはかとなく示す。
「命を助けてから、らしいな」
「知ってんじゃん」
「聞こえてきちゃったからね」
夕陽はふふ、と微笑む。
「一体どんな助け方をしたら絡まれるようになるのさ」
ここまで学校の事を聞いてくるなんて珍しいので、少し不思議に思う。
「別にいいだろそんな事」
正直朝陽にとっては説明するのが面倒臭いので、これで流そうとする。
「気になるんだよー。普段あまり学校の事って話さないだろ?」
「じゃーいいじゃん」
「高校生活が始まってから何も話してないし、命が熱弁してたからね」
しかし何故か夕陽がとても食いついてくるので流す事が出来なかった。ここまでくるともう、説明してしまった方が楽なような気がしてくる。
「命がヤンキーに絡まれたから殴っただけだよ」
「本当に?」
間髪入れないツッコミだった。
「……自分の予想以上に飛んでったからちょっとビビった」
その事を言うと、夕陽の目つきが鋭いものになった。
「そういう事、いつからあったの」
「えっと、中学ぐらいの時かな?」
急に真剣な表情と声色になった兄に驚きつつも、それに答える。
夕陽は何か思いついたように立ち上がる。そこには、さきほどの真剣な表情はなく、いつもの朗らかな兄の表情が戻っていた。
「そっか。あまり大事は起こすんじゃないぞ。あ、因みに今日の夕飯はナポリタンだぞ」
「うん」
さっきの表情はなんだったんだろう……と気になったが、夕飯が大好物のナポリタンという事に全て流された。
その後、寝るまで始めて見た兄の真剣な表情を思い出す事はなかった。