1の世界と100の世界
お手柔らかに。
四月下旬。高校の入学式から少し経ち、冬の寒さなんて何処かへ行ってしまって慌ただしくなってくる。
クラス内は徐々にまとまり、それぞれの個性が色を出してきた。
椎名朝陽は遅刻ギリギリに家を出たが、春ののんびりした雰囲気に包まれて急ぐ事を忘れていた。
「桜、綺麗だなー」
今が満開と見えるので後少しで散ってしまいそう。
暖かい風、平和な高校生活。なんとなく上手く行きそうな予感。
──はなかった。
「お前飛んでみろよ」
曲がり角を曲がろうとした時、そんな声が聞こえた。
ちらりと覗いてみると、金髪のヤンキーが黒髪でメガネのおとなしそうな学生をカツアゲしてた。
「ええ、イマドキそんなありきたりな事言ってカツアゲする奴いるの……」
よく見るとカツアゲされている生徒は朝陽と同じ学校の生徒で、さらによく見ると、朝陽の幼なじみの影山命だ。
「い、今は何も持ってません」
命からすると必死の抵抗だが、声は細々と震え体は縮こまっている。
「知ってんだよ、お前、持ってんだろ?」
「なな、何でし、知っているんですかっ」
必死のツッコミ。
朝陽は角から見守っていたがこのままでは命はカツアゲされてしまいそうだし、下手したら暴力沙汰になるかもしれない。
勿論、命が幼なじみで大事な友達という理由もある。
「おい、やめろよ」
さらに遅刻ギリギリな事もようやく思い出したので、手っ取り早く終わらせる事にする。
「あ?何だお前。ちっちゃいのに威勢がいいな」
「ちっちゃくねぇよ!そいつカツアゲするのやめろよ」
幼なじみがカツアゲされている怒りよりも若干身長の低さを馬鹿にされた事の怒りが強いが、どっちにせよこのヤンキーを殴り倒さなければ学校には着かない。
「こっちは遅刻ギリギリなの。早く終わらせようぜ」
「こっちは財布ギリギリなんだよ。早く終わらせようぜ」
一発目。右ジョブ。避けられた。
二発、三発。これもまた避けられる。
ヤンキーのローキック。ジャンプしてかわし、そのまま太ももあたりを狙ってキック。そして。
「はぁぁぁぁっ!」
頬に向かって顔面パンチ!決まった!
ヤンキーは朝陽が想定したよりも遥か遠くに飛んでいった。
「え?あんな飛んでいくほどの強さで殴ってないんだけどな」
前にも思った以上の力で殴った事があったようなと、違和感やデジャヴを覚えた。
「朝陽ぃぃ〜!ありがとうっ、本当に感謝!カツアゲされてたら僕、帰りにメガネ新しくできなかったよ」
命は入学後の身体計測で視力が思わしくなく、メガネの度を上げなければならなかった。
「メガネの新調か、結構な額持ってんじゃねぇか」
少しからかってみる。命はいわゆる、いじられキャラみたいなオーラがある。
「え!?朝陽カツアゲするのっ」
「バーカしねぇよ。学校遅刻すんぞ!」
朝陽は転けかけた命をよそに、学校に向かって走り出した。走りながら時計を見ると。
「もう八時四十分!?」
既に遅刻の時間だという事実に気付かされ、急停止する。命が急停止した朝陽にぶつかる。
「へぶっ。突然止まらないでよ」
「ごめんごめん。もう遅刻だ!」
「えーっ、そんな!でも助けてくれでありがとう!!」
時既に遅し。もう走る事は諦め、ゆっくり歩いて行く。
「見ーちゃった見ーちゃった」
そんな二人の姿を、少し後ろから一人の女子生徒が見ていた。
無論、この女子生徒も遅刻確定。