第一章 七話
調停官と牛部族の攻防戦
東花と牛部族の争いは膠着状態が続き、気付けば次の日の朝になっていた。
牛部族頭領である紅牙は根城の中央で鎮座し、その隣で黒孤も静かに座り、部下からの報告を待つ。
そんな根城の外でこそこそと動く一つの影、中の様子を覗き込むその影は、朝日に照らされ燕の姿を映し出す。
今さら東花と行動する気になれなかった燕だが、やはり状況が気になってしまい、誰にも気付かれぬよう、壁の隙間から根城の中を覗き見た燕は、紅牙と黒孤の姿を確認する。
すると、根城の入口である扉が慌ただしく開かれ、一頭の部下が紅牙へ叫ぶ
「と、頭領‼あの女が見つかりました‼」
部下からの一報を聞いた紅牙は、さっきまで抑えていた殺気を放ち、
「確実に捕らえて、ここまで生きて連れてこい」
東花を見つけたと報告した部下へ指示するが、
「どうした?」
指示を受けても困惑した表情で立ち尽くす部下に、紅牙が問いただすも、
「そ、それが・・・・・」
どこか煮え切らない態度と困惑した表情を浮かべ、部下はそこから動こうとしないでいると、
「こんなか弱い女性をこんなところに連れ込んで、あなたはなにをする気なんですか?」
その部下の後ろから聞き覚えのある声が紅牙と黒孤、そして外で覗き込む燕の耳に届き、一斉に声がしたほうを見た次には、
「なッ‼」
「えっ・・・・・・‼」
紅牙が驚くように声を上げ、外で見ていた燕も目を見開いて驚くが、黒孤だけは表情を変えずそれを見る。
「昨日は話し合いもままならなかったので、今日はしっかりとした場を設けていただくと、こちらとしてはありがたいですね」
東花は驚く紅牙を後目に、勝手に根城へ足を踏み入れると、その後ろには牛部族副頭領である白阿の姿、そして白阿の部下と思しき牛達が、ぞろぞろと根城の中へと入っていく。
「白阿、裏切る気か貴様ッ・・・・・‼」
なに食わぬ顔で入ってくる白阿を紅牙は睨むが、
「なんとでも思えばいい。俺は自分の意思でこの女側に付いただけだ」
一切紅牙のほうへ目を向けず、白阿はそのまま床に座る。
白阿のその態度は紅牙を激昂させ、無言のまま白阿へ詰め寄ろうとすると、
「まあまあ、落ち着いてください。私はべつに内部抗争をさせにここまで来たわけじゃないですよ」
二頭の間に割って入り、冷静になるよう求めた東花だったが、
「だったら、なにしに来た?」
鋭い眼光を東花へ飛ばし、紅牙は問い詰める。
すると、東花は不敵な笑みを紅牙に向け、
「調停機関として牛部族に対し、警告を提示しに来ただけです」
「警告だと?」
「ええ、現在の牛部族は危険度が年々と増幅しており、このまま行けば人間界にも危害が及ぶ可能性があります。もし、この状態が続くようであれば、この村での牛部族という種族は除名処分になります。なので、これ以上危険度が増幅しないよう調停監視課を置き、牛部族の行動を制限させていただきます」
白阿までも引き連れて、ここまで来た理由を述べるが、紅牙はそれを鼻で笑う。
「・・・・・ふん、そんなことを言うために、わざわざ俺達を分裂させたのか?」
だが、東花も紅牙の言葉に鼻で笑い返すと、
「最初から分裂していたようなものでしょう?それに、こうでもしないと話しすらまともに出来なかったんじゃないですか?」
牛部族の現状について言及するが、人間に対し激しい憎悪を抱く紅牙は、東花の言葉に聞く耳を持たなかった。
「はっ‼俺は人間なんかと楽しく話す気なんてさらさらねぇよ」
「それは困りましたねぇ、こちらもあまり長引かせたくはありませんし、なにより私を支持してくださった牛部族の方々に申し訳ない」
わざとらしく白阿達を引き合いに出し、困った表情を見せる東花に、
「だったら貴様ごと、後ろの奴らを蹴散らしてもいいんだぜ?」
さっきは思わぬ事態に引っ込んでいた紅牙の殺気が、再び東花へ牙を剥き、その殺気は白阿達にも向けられる。
その威圧的な紅牙の殺気は白阿の部下を震え上がらせ、
「それは内部抗争を意味していますよ?」
「構わん。俺にはその覚悟も出来ている」
牛部族にとって最悪な結末を示唆する東花だったが、玉砕すら覚悟する紅牙に、
「・・・・・・どうやら、あなたとは話しが合わないようだ」
「当たり前だ。人間と意見なんて交わしたくもねぇよ」
肩を竦めながら言う東花に、紅牙は吐き捨てるように言うが、それは東花にとって、ただのポーズに過ぎない。
「まぁいいでしょう。それだったら私も、話しが出来る者と話し合うまで」
すぐさま次の手を用意するかのように、東花は紅牙側にいる牛達に話しかけ、
「はっ、こっちにお前と話そうなんて言う奴はいねぇよ」
無論、紅牙はそれを鼻にもかけず、すぐに東花の言葉を否定したが、
「それはどうでしょうかねぇ・・・・・」
含みのある物言いをする東花は、ゆっくりとある者へ目線を移し、
「ねぇ、黒孤君?」
視線の先に止まった黒孤へ声をかける。
「君はこの部族のブレインとして重要な鍵だ。現状も把握しているはず」
名前を呼ばれた黒弧は一言も発さずにいたが、東花はそんな黒孤に構わず、
「私と話し合いをしてくれるかな?」
話し合いという名の駆け引きを求めるが、返事を返したのは黒孤の声ではなく、紅牙の声だった。
「ふんっ、どこで知ったかは知らんが、確かに黒孤はこの部族にとって重要な存在だ。だが、お前なんかと話さねぇよ」
「あなたには聞いていません。私は黒孤君に聞いているんです」
横から割って入る紅牙を東花は軽くあしらうと、あしらわれたことに紅牙は怒りを覚え、東花の胸ぐらを掴もうとしたその瞬間、
「なんだ―――」
「頭領ッ‼」
紅牙の動きを止めたのは、東花が初めて聞く黒孤の大声だった。
黒孤は大声を出して紅牙を呼び止めると、
「ここは俺に任せてもらっていいですか?」
東花との話し合いに応じるべく頭を下げて頼み込む黒孤に、当然紅牙はそれを許さなかった。
「なっ‼お前もなにを言って―――」
「お願いします」
しかし、長い付き合いの中で今までに見たことのない黒孤の気迫は、頭を下げているだけなのに紅牙を一瞬たじろがせ、同時に初めて見る黒孤の真剣な表情に、
「・・・・・分かった」
しばしの沈黙の後、紅牙は東花と黒孤の話し合いを許可した・・・・・が、すぐに、
「だが、もしこの女に誘導されるようだったら、覚悟しろよ?」
脅しとは違う、本気の言葉を黒孤へ伝え、紅牙は身を引くように後ろへ下がると、紅牙から許可を得た黒孤は、
「ありがとうございます」
頭を下げながらお礼を述べ、ゆっくりと顔を上げたその先には、
「やっと、君と一対一で話し合うことが出来たよ」
嬉しそうに笑う東花の顔。だが、黒孤は一つ気になっていた点を尋ねる。
「あなたにそう言ってもらえるのは光栄ですが、初めに一ついいですか?」
「なんだい?」
「燕・・・・いや、補佐官はどうしたんですか?」
昨日会った時に、思い詰めた表情をする燕の顔を思い出す黒孤だったが、燕の所在を聞かれた東花は、
「ああ、彼女なら休みだよ」
「休み?」
呆れた表情を隠すことなく浮かべた次には、
「私のやり方が気に食わないらしい、朝から無断欠勤している。まぁどうせ・・・・」
東花は連絡もなしで休む燕に憤っていたが、
「どこかで道草でも食っているんじゃないかな?」
見透かしたような言葉とともに、東花は壁にあいた少しの隙間へ視線を送る。
その瞬間、外から中の様子を見ていた燕は、東花と自分の目が合ったように感じ、急いで隙間から目を離し、息を潜めて隠れるが、
「・・・・・そうですか」
その丸分かりの隠れ方に、黒孤も燕の存在を認識し笑みを浮かべる。
すると、逃げるように隠れる燕を気に止めない東花は、黒孤へ本題を切り出す。
「それよりも、さっきの話の続きなんだが了承してくれないかな?」
「調停監視課をここに置くってことですよね?」
「そうしてくれるとこちらも助かるんだが」
急な話題の転換ではあったが、黒孤は改めて内容を確認し、東花は了承を得ようとすると、
「べつにいいですよ」
出された提案に、あっさりと承諾する黒孤。
だが、後ろで聞いていた紅牙は当然それに驚き、
「なっ‼」
なにを言っているんだ‼という顔で黒孤を睨み、思わず立ち上ろうとするが、その動きを阻むように右手をかざし、黒孤は話しを続ける。
「ただ、調停監視課と言っても、あなたにそれが出来るんですか?」
「どういう意味だい?」
すると、黒孤は東花に笑みを向けると、
「いえ、この街で唯一の行政機関である今の役所って、そんなに働く生物がいましたっけ?」
自分が簡単に東花からの提案を呑んだ理由、それを明かすように黒孤は自分の意見を話し始める。
「確か、ほとんどの生物が辞めていき、今残っているのは数少なく、その少数でなんとか回しているはずですよね?それに、調停官のところで働いているのはあなたを除くと、補佐官である燕だけですよね?いくら調停官がこちらを監視すると言っても、一人と一羽だけじゃあ限界がありますし、監視の目から抜けることも容易い。なにより燕も役所の中で他の仕事も担っているはずです。こちらにばかり気を取られていると、他のところにも支障をきたすんじゃあないですか?」
調停監視課という仕事に対し、想定できる穴を次々と指摘する黒孤、東花はその指摘を聞き、
「やはり君は手強いな」
敬意を含んだ視線と、褒めるような言葉を黒孤に送るが、すぐに反論に出る。
「こちらの心配をしてくれるのはありがたいが、その必要はない」
「と言うと?」
「君が言ったことはこちらも想定済みだ。こちらに協力してくれる者達ならもう探してある」
その東花の言葉に返事、というより、噛み付くように紅牙が声を出す。
「協力だと?嘘をつくな‼この村で貴様みたいな人間に協力する奴なんていないはずだ」
「ええ、この村ではどうやら人間は相当嫌われていますから、説得するのに時間が掛かりましたよ」
「なに?」
しかし、紅牙の反論も東花にとって想定内、東花はすでに対策を済ましていた。
「嫌いと言っても、あなた達みたいに人間だけを嫌いなところもあれば、人間と同じくらいあなた達を嫌っているところもあるんですよ?」
東花が言い終える前に理解したのか、
「・・・・・まさか」
紅牙が勘付いたように呟いた瞬間、
「いやー、久しぶりに来たが、相変わらずむさ苦しい場所だな・・・・・紅牙よぉ」
根城の中を土足で上がり、高圧的な態度で紅牙を見下ろす男が突然現れ、
「・・・・・七海ッ‼」
紅牙は忌々しい表情で睨みを効かせ、
「貴様らも、その女に付く気かッ‼」
怒鳴り散らすように、その男へ向かって声を荒げるが、
「付くもなにも、俺達はお前の手下じゃねぇんだ。俺達は俺達で自由にやらさしてもらうぜ」
七海と呼ばれた男は、紅牙の睨みも意に介さず、
「それに人間は嫌いだが、この女は別だ。話してみたらなかなか面白い奴だし、俺達のことも分かっていやがる。なにより、お前達牛部族を手の平で転がせれるんだ。こっちとしては願ったり叶ったりなんだよ」
下卑た笑みを七海が浮かべると、その後方からは、七海と同じ黒の革ジャンを着た男達が続々と姿を見せる。
「豚野郎がッ・・・・・‼」
悔しそうに歯を軋ませる紅牙に、
「もうお気付きかもしれませんが、あなた達牛部族を監視する役目は、こちらにいる豚部族の彼らにお願いしております」
東花は突然現れた革ジャンの集団、豚部族に協力を得ていることを明かした次には、
「これで、黒孤君が心配してくれた協力者についてクリアーしましたけど、他にはなにかありますか?」
勝ち誇ったような笑みと、挑発的な言葉を紅牙に向ける東花、
「ふざけるなッ‼」
「ふざけてはいませんよ。彼らはこちらの提案をボランティアでやってくれると言っているんです。調停官としてはそんな彼らの温情を無視するわけにはいきませんから」
わざとらしい言葉で、まるで紅牙の怒りを煽るような演技をし、紅牙の神経を逆撫でする東花だったが、そこに黒孤が異議を唱える。
「仮に・・・・・仮に豚部族が私達を監視したとします。だけど、本当にそれでスムーズに事が運ぶでしょうか?」
「どういう意味だい?」
勝ち誇った笑みをそのままに東花が聞き返すと、黒孤は豚部族が牛部族を監視する危険性を示唆する。
「すでにご存知かもしれませんが、我々牛部族と豚部族は昔から仲が悪い。そんな両者が常に顔を合わせるのは非常に危険じゃないんですか?」
「大規模な抗争に発展するということかな?」
「それもありますが、もしかしたら我々がなにもしてなくても、豚部族がわざと悪いように伝える可能性も考えられます」
「なんだ、お前は俺達が不正をするとでも思っているのか?」
黒孤の言葉に引っかかった七海は、言葉は穏やかだったものの、明確な殺気を出して黒孤を見るが、
「絶対ないと言い切れますか?」
「・・・・ッ‼」
静けさを持った黒孤の声は、得体の知れない威圧感を持ち、七海の声を黙殺するだけでなく、その場にいた牛部族、豚部族にも緊張を走らせる。
殺気や威圧感といったものではないが、黒孤から発せられたそれは、東花の勝ち誇った笑みを別の笑みへと変え、
「確かに、君の言っている可能性はなくはない。だが、安心したまえ。そうならないようちゃんと策は講じてある」
「なんですか?その策ってのは」
黒孤が提示する懸念材料にも、東花は消えることのない笑みを浮かべると、
「君は私が調停官ということを忘れているのかな?」
東花は調停官としての役割を改めて言葉にする。
「調停官は生物間の平衡と均衡を保つことが役目。それなのに仲の悪い種族同士に差をつけるどころか、片方の肩を持つなんて愚の骨頂。なんの根拠もなしに一方的な見解を述べるのは私の意に反する」
だが、東花の言葉の中には黒孤が聞きたかった言葉が見当たらず、
「だったら、その根拠とやらをどうやって示すつもりですか?」
黒孤がもう一度問いただすと、東花はにやっと笑い、
「彼らには、ちゃんと証拠になるものを押さえるようある物を渡してある」
「ある物?」
その笑みと自信あり気な東花の言葉に、黒孤が眉を顰めると、
「ええ、確固たる証拠を押さえてくれる・・・・・」
東花が七海に目線を送ったのが合図かのように、豚部族の集団がある物を取り出し、
「カメラを渡してある」
一体いつ、こんな台数のカメラを用意したのか、豚部族の集団全員がカメラ手にし、
「まあ、文化が遅れている君達じゃあ、目にする機会も少ないだろうがね」
根拠を示す道具として、東花はカメラを提示した。
「なるほど、それを使ってこちらを監視するわけですか・・・・・」
黒孤もカメラの存在や用途を理解していたため、すぐに納得はしたが、多少なりともカメラの知識がある黒孤は、さらに、深く東花へ食らいつく。
「でも、ここには写真を現像出来る者はいませんよ?まさかわざわざこの山奥から都心へ行って現像でもする気ですか?」
「そんな面倒なこと、私がするとでも?」
「だったら、そのカメラも意味を成さなくなるんじゃないですか?」
「君は私を誰だと思っているんだ」
しかし、何度も食らいつかれても、それをものともしない東花、
「私は君達と違って頭の出来が違う。いわゆる天才って奴だ。そんな私に出来ないことはなにもないんだよ?」
見下すような言葉と、黒孤の指摘にも自信満々に答える東花だったが、その遠回しに出てきた言葉の意味を理解したのか、
「・・・・つまり、現像も調停官がするってことですか?」
「そのとおり」
自分がした疑問に対し、誘導されたかのように黒孤自身が答えを出すと、東花は満足そうに頷いた。
しかし、どれだけ自分の異論が論破されようとも、
「・・・・・ただ、あなたがなんでも出来たとしても、他の者が出来なかったら、それは失敗と変わらないですよね?」
黒孤は少しでも見える東花の隙を狙い、
「彼らにそのカメラは扱えるんですか?」
豚部族が持っているカメラに視線を移し、東花へ根本的なことを尋ねるが、何度目だろうか・・・・・東花の自信に満ちた表情と、何度も目にしたその笑みは、黒孤の冷静だった感情を掻き乱す。
「・・・・・七海さん、今は何枚撮られましたか?」
唐突に出た東花からの問いかけだったが、事前に打ち合わせをしていたかのように、七海は東花からの質問に笑い、
「へへっ、もう十枚以上は紅牙のマヌケ面が撮れたぜ」
「なっ‼」
いつの間に撮っていたのか、カメラを見せつけるように掲げる七海に、被写体である紅牙が驚きを見せるが、それ以上に、東花を含め、ここにいる全員を驚かせたのが、
「シャッター音が鳴っていないのに、撮れるわけがない‼」
さっきまで冷静だったはずの黒孤の怒鳴り声、そして余裕を持たないその表情。
それは、幼い頃から一緒にいた紅牙や白阿でさえ見たことがない。
だが、黒孤の指摘した通り、シャッター音が聞こえなかったのに写真を撮ったというのは無理がある嘘だと確信する黒孤だったが、東花は言葉を巧みに使い、嘘を本当に変える。
「君はカメラというものをあまり知らないからそんなことを言っているけど、このカメラにはシャッター音を消す機能が付いているんだよ」
カメラの機能を説明すると同時に、東花は七海が持っていたカメラを受け取り、
「だからほら、君達はさっきから何枚も彼らに撮られていたんだよ」
そのカメラの後ろに付いている液晶を黒孤に見せつけると、そこにはしっかりと、紅牙や他の牛達の姿が映し出されていた。
そして、奪い取るように東花が持っていたカメラを手にした黒孤は、自分の目で映っていたものを改めて確認すると、確かにそこに映っていたのは紅牙や他の牛達の姿、七海達豚部族がカメラを使いこなせないと思っていた黒孤にとって、普通に撮られたその写真でさえも衝撃的で、そんな黒孤に対し、
「どうだい?これで君が危惧していた事柄は、すべて潰したはずだけど」
東花は出された反論にすべて答えたことを宣言し、黒孤を追い詰める。
一瞬の静寂が根城内を包み込み、次に出てきた黒孤の声には力がなく、
「・・・・・・昨日一日で、うちの副頭領を味方につけるだけでなく、豚部族にも知識を付けたというわけですか」
打つ手をすべて打ったのか、カメラに映し出された写真に目を落としたまま俯く黒孤に、
「言っただろう?私は天才だ。こんなことは一日もあれば十分」
自慢とは違う、本当にそう思わせる自信を見せる東花、
「君が持っている知識なんて私から言わせれば赤子が覚えたての知識を使っているに過ぎない。いいかい?私の知識は君の百倍はあると思いなさい」
次々と出てくる自信過剰とも言える東花の言葉だったが、実際に目の当たりにした黒孤にとって、本当にそう思わせる知識や力が東花にはあった。
そう思った瞬間、黒孤の脳裏に過去の記憶がフラッシュバックする。
「頭領、食事をお持ちしました」
まだ幼さが残る黒孤は、牛部族の前頭領である色のもとへ食事を運ぶ。
色は布団に寝たっきりの状態だったが、顔だけは黒孤のほうへ向け礼を言う。
「おお、いつも悪いのぅ」
「いえ・・・・」
しかし、顔色があまり良くない色に黒孤は尋ねる。
「最近、体の調子が良くないみたいですが、大丈夫なんですか?」
元気だった前の姿が嘘のように、日に日にやせ細っていく色、表情や感情はあまり表には出していないが、黒孤はそれを心配するように声をかけるが、
「年を取ればどんな奴でもこうなるもんじゃ」
色は弱々しい笑みを浮かべ、
「わしも、もう長いこと生きられん。次の長を決めねばならんのじゃが、黒孤、お前さんは長になる気はないのか?」
自分の死期が近いことを感じ、黒孤へ次期頭領を勧めたが、
「・・・・・俺はそんな柄じゃないです。それに、紅牙や、白阿のほうが長に合ってる気がします」
呟くような声で、紅牙と白阿の名前を出す黒孤。
だが、色の見立ては違った。
「確かに、あやつらは牛部族の中では秀でた力を持っておる。だがだめじゃ」
「どうしてですか?」
秀でた力があると言ったのに、それを否定する色に黒孤が尋ねると、色は遠くを見るような目でその意味を黒孤へ教える。
「力だけあってもだめんなんじゃよ。大勢の仲間を引っ張っていける統率力と、それに対応出来る知恵が必要じゃ。だが、あの二頭にはそれが欠けておる。だから、お前さんみたいに統率力と知恵が備わった奴が適任なんじゃよ」
そして、弱々しい姿になりながらも、
「数年前、お前達三頭には自由に生きろとわしは言った。じゃが、ここにおる奴らはわしにとって仲間であり家族なんじゃ。だから、わしが死んだあとのことを考えると死んでも死にきれん」
遠くを見つめた色の瞳には、黒孤が頭領になる姿がはっきりと映る。
「過大評価ですよ。俺には統率力も知恵もそんなにない・・・・・」
弱っていく色を見ながらも、黒孤はそれに応えることができない。
それは、牛部族の中で一番の知識を持つ黒孤だからこそ分かることなのかもしれない。
自分の無力さを噛み締めるように言う黒孤だったが、次に色から出てきた言葉に、無表情だった黒孤の顔が一瞬驚きに変わる。
「まあ、老いぼれの戯言じゃ。忘れても構わん。ただ、なにもしなかったらお前さんが望む知識を吸収することも出来んぞ?」
黒孤が見せたその驚きを色は見逃すことなく、
「はっはっは、そんな驚いた顔をせんでも分かっておるわ。お前達を何年見てきたと思っておる」
「べつに、俺は・・・・」
さっきまでの弱々しい姿とは打って変わり、色は大声で笑い飛ばし、黒孤はすぐに驚きの顔を隠すように表情をなくすが、
「わしには隠さんでもよい。ここの連中は肉体の強さは誇るが、頭脳の強さについては軟弱だと言って放棄するからのう。長いこと隠していたつもりかもしれんが、いつも無表情でなにを考えているか分かりにくいお前さんが、なにかを覚えたとき少し顔が綻ぶ」
すべてをお見通しと言わんばかりの色。
「そんな顔はしてないです」
それに対して黒孤は少しばかりの反抗を見せるが、
「自分では分からないだけで、わしから見れば丸分かりじゃ」
親代わりで紅牙や白阿、そして黒孤を育てていた色には、その小さな反抗も通用しなかった。
すると色は、黒孤に行くべき道を親代わりとして指し示す。
「もし、お前さんがもっと知識を得たいと思うなら、ここの長じゃなく、調停補佐官になったほうがいいかもしれんのう」
「どうしてですか?」
「あそこにはこの村で唯一の人間がおる」
「調停官のことですか?」
「そうじゃ」
色が指し示した補佐官という道は、黒孤も興味があった。しかし、補佐官になろうとは思わなかった。
牛部族の歴史の中で、誰かが補佐官になったという経緯がなく、穏健派な牛も、過激派の牛も、全員が人間に対し隠しきれない憎悪を抱いていたからである。
「でも、人間側に付いたら皆怒るんじゃあ?」
それが分かっている黒孤は、自分が人間である調停官に加担することは裏切りを意味し、無駄な敵を増やすだけだと考えていた。
だが、色はそれでも黒孤の背中を押すように言葉を紡ぎ、
「わしからも説得して言ってやるから安心せい。それに、悔しいが人間の知識っていうのはわしらでは到底理解出来ん。じゃが黒孤、お前さんなら知識を得れば、もしかして人間と対等になれるかもしれん」
大きな期待を黒孤に寄せる色。だが、
「そんなことは・・・・・」
それに応える自信がない黒孤は言葉を濁らせる。
そんな黒孤に衰弱した体を震わせながらも、色は右手を伸ばし黒孤の頭にぽんっと手を置くと、
「試してみなさい。自分の力を」
優しい微笑みと、心強い言葉を黒孤へ託す。
暖かく、そして懐かしい記憶から戻った黒孤の目の前には、今までに見たことのない強さを持つ東花が立ちはだかる。
高くて崩れそうにない強固な壁、そんな印象を与える東花の姿に黒孤は突然笑う。
「・・・・・・やっぱ人間は凄いな」
しかし、それは諦めたような笑いではなく。ましてや、色に言われた通り、自分の力を試したが、その力は高い壁である東花の足元に及ばず、やけになって出た笑いでもない。
人間が持つ知識の凄さと、こんな大きな壁がこの世界に何枚もあるのかと感じた高揚感が黒孤を笑わせた。
そして、それら全部の感情を与えてくれた東花に対し、黒孤は尊敬の念を向けると、
「人間が凄いんじゃなく、私が凄いんだよ」
調子に乗るかのように鼻を高くして東花は言うが、それは黒孤にとって自惚れではなく本物の強さ。
「そうですね」
黒孤は素直に東花の言葉を認めると、
「紅牙、この勝負は俺達の完全な負けだ」
いつもの敬語ではなく、昔のように紅牙を呼び捨てにした黒孤は、自分達の負けさえも認めた。
「な、なにを言ってやがるんだ‼こんなくだらん話し合いだけで勝手に勝負を着けるじゃねぇッ‼」
しかし、黒孤の勝手な判断は、当然紅牙にとって受け入れるものではなかった。
すると、溜息をつきながら、
「あなたは本当に馬鹿ですねぇ」
東花の呆れた声が紅牙の耳に入り、
「なんだと‼」
今にも殴りかかってきそうな紅牙に対し、東花は牛部族の現状と、紅牙が戦う意味を消していく。
「こちらには牛部族半分の勢力と、豚部族の勢力、それに私が最も厄介だと感じていた黒孤君が負けを認めたんだ。あなたに打つ手はもうありませんよ」
「半分の勢力もあれば貴様ごとき簡単に潰せる‼」
どこまでも執念深く、どこまでも人間である東花に敵意を向ける紅牙。
両親を、仲間達を殺した人間に抱く深い憎悪は、紅牙の目をも眩ませていった。
「その半分の勢力が残っていればいいですけどね」
「どういう・・・・・」
東花の言葉でようやく気付いたのか、紅牙が後ろを振り向くと、そこには戦意を持った者が誰もいない。
「どうやら、やる気があるのはあなただけみたいですよ?」
東花の挑発するような言葉にさえ目も暮れず、
「お前ら、どういうことだ・・・・・‼」
紅牙は戦意を失った部下達へ詰め寄るが、東花の言葉が動きを止める。
「あなたは本当に馬鹿だな。あなただけが張り切っても周りは付いてこない。これは、あなたがその努力を怠った結果ですよ」
必然的な結果だと言い切る東花は、
「まあ、私が警戒していたのは黒孤君だけなんで、彼が負けを認めた時点で私の勝ちなんですよ」
喧嘩を売るような言葉を、次々に紅牙へぶつけ、
「それは、どういう意味だ」
ゆらりと、部下達から東花のほうへ振り向く紅牙が聞き直すと、
「あなた一頭だけなら私一人でも簡単に勝てるということです」
これまで以上に東花は見下し、囃し立てる言葉を紅牙へ向かって吐き捨てる。
「あなたは最初から眼中にないんですよ」
東花のその一言は、
「殺すッ‼」
全身の力を込めた紅牙の拳を、躊躇させることなく東花へ向けさせ、
「紅牙ッ‼よせっ‼」
それを慌てて止めようとした黒孤だったが、黒孤のその声を制止させたのは、今まで一言も言葉を発することなく、ただ、見届けるように座っていた白阿の右手。
繰り出された紅牙の拳、威圧的で殺気が乗ったその拳は、東花の顔と同じぐらいの大きさを持ったように錯覚させ、誰もが東花の死を予期した・・・・・白阿を除けば、
「なっ・・・・‼」
紅牙の拳が東花へ触れた瞬間、飛んだ・・・・・・
しかし、飛んだのは東花ではなく、紅牙の大きな体。
自分の身になにが起こったのか理解が追いつかない紅牙の視界には、宙を舞う光景と真っ白な天井が映っていた。
黒孤、七海、牛部族と豚部族の部下、そして、外で様子を見続けていた燕、白阿以外の全員が驚く中、紅牙は勢いそのままで床に叩きつけられ、
「言ったでしょ?あなた一頭だけなら私でも倒せるって」
東花は仰向けに倒れた紅牙の顔を覗き込み、
「あなたみたいに前しか見えない相手は、実に投げやすい」
不敵な笑みで笑うと、飛んだ拍子に憎悪も飛んだのか、
「貴様・・・・・最初から油断をさせておいて、実力を隠していたのか?」
紅牙は冷静になり、自分が東花に投げ飛ばされたことを理解する。
「切り札は最後まで取っておくものですから」
華奢な東花が紅牙の巨体を投げ飛ばした光景、それを見た白阿は自分をも貶すような言葉を呟く。
「ふっ、同じ技でやられるとは・・・・・俺もお前と大差ないってことか」
「どういうことだ?」
倒れながらも視線だけを白阿に向け紅牙が返すと、
「俺も派手に投げられたんだよ。今のお前みたいに」
白阿は苦笑いを浮かべながら、昨日の出来事を思い出す。
東花からの提案を受けた夜、月明りに照らされた東花の顔を見た白阿は、
「なるほど、他の奴らが言っていた通りの人間だな」
脅しではなく、牛部族である自分に牛部族を潰そうという馬鹿げた提案を、協力という名の取引を用いて本気で言う東花に白阿は笑う。
「あら、私ったらすでに有名になっちゃいましたか?」
「ああ、悪い意味でな」
白阿は口ではそう言うが、東花を好意的に受け取っているようにも見え、
「こんな美女を前にして失礼ですね」
「悪いが、人間の顔自体の良し悪しは分からんが、人間が持つ性格の良し悪しぐらいは分かる。素直に帰ったほうが身の為だぞ」
「それは勿体ない。こんな良い女はそうそう見つかりませんよ」
お互いが冗談を交わし合い笑っていたが、腹の底を見せない両者、
「ふっ、良い女は自分のことを良い女なんて言わねえよ。それに勘違いをしているようだが・・・・」
すると、先に腹の底に抱えたものを出したのは白阿だった。
「俺も人間を殺したいほど憎んでいる」
さっきまでの笑みが嘘のように、殺気を迸らせる白阿だが、
「少しはまともに話せると思っていたが、どうやら私はあなたを過大評価していたようだ」
殺気を当てられながらも、東花はそれをものともしていない様子で肩を竦め、
「人間の評価など、吐き気がするわ」
白阿は切り捨てるように東花の評価を突き返すと、東花もここで腹の底を出し始める。
「だったら、このまま自分の部族が崩壊していくのを見ていくんですか?」
「・・・・・人間に従うぐらいなら、崩壊したほうがまだましだ」
突然東花の口から出てきた崩壊という単語、それに若干ではあったが白阿の殺気が揺らぐ。
それを見逃さなかった東花は、白阿を突き崩すような言葉を並べ始めた。
「嘘ですね。あなたはそんな選択をしないはずだ。あなたは臆病で警戒心が強い。その証拠に、殺したいほど憎いはずの人間がたった一人、目の前にいるのにあなたはまったくと言っていいほど手を出してこない」
「挑発のつもりか?」
「ええ、挑発です。臆病者なのにそんな選択をして、本当は怖くて仕方ないくせに強がって見せている。無様すぎて笑いも起きないですよ」
「ふん、なんとでも言え」
東花は辛辣な言葉を次々と白阿に浴びせかけるが、言われたい放題言われても、あくまで冷静に思考を巡らせ、敵地でもある自分のところへ一人で来た東花に、警戒を緩めない白阿・・・・・・・だが、次に出てきた東花の言葉に、白阿の警戒心が怒気へと変わっていく。
「本当に情けないですね。あなたを見ていると、あの二頭がましに見えてくる」
「二頭?」
「今の頭領と黒孤君のことですよ」
紅牙と黒孤、その名前を出した途端、白阿から出される空気が微妙に変化し、
「なんでも、あなた達三頭は幼いころから一緒で、常に競い合っていたそうじゃないですか、時には喧嘩をして、時には勉学に励み、お互いが競い合うことによって自分達を成長させていく。とても素晴らしいことだ」
白阿の周りを飛び交う空気は、徐々に明確な殺気と怒気へと変わっていったが、それでも東花の言葉は止まらない。
「しかし、今のあなたを見れば分かる。成長していくにつれ、自分がこの三頭の中で最も劣っていることにあなたは気付いたんでしょうね。力では今の頭領に負け、頭脳では黒孤君に負ける。だから臆病者のあなたはそれを隠すためにわざと冷静なふりを見せている。違いますか?」
空気の変化とともに、東花の語尾も次第に強くなり、
「何年経ってもあの二頭との差は埋まらない。必死に努力をしても報われない。あなたはそれに疲れてしまい、努力することも諦めてしまった。そして今も冷静なふりをして自分を強く見せようとしている。今のあなたは無様で、情けなくて、あの二頭の足元にも及ばない卑怯者に過ぎない‼」
夜の静寂がより一層東花の声を轟かせ、両者の間に一瞬の沈黙が訪れる。
「言いたいことはそれだけか?」
散々言われたい放題言われた白阿が、次に言葉を発した時、そこにはさっきまで冷静だった白阿の姿はなかった。
ゆっくりと空気を切り裂くような白阿の声。それはとても低く、とても近寄りがたいものを感じさせていたのだが、
「おや?臆病なくせして一丁前に怒っているんですか?」
東花の尽きることのない挑発は、さっきまで冷静だった白阿を完全にかき消し、
「いいだろう。挑発に乗ってやるよ」
表情さえも消えた白阿の顔は、空気どころか、夜行性の動物達をも震わせていたのだが、
「無理しなくてもいいんですよ?素直に私が怖いと言えばいいだけのことですからね」
「舐めるなよ、小娘」
どこまでも馬鹿にした言葉を連ねる東花は笑みを消さず、白阿はさらに強く、そして威圧的な殺気を飛ばす。
しかし、いくら殺気を飛ばそうとも、
「どうしたんです?意気込んだわりには攻めてこないですね?私は武器も持っていませんし、援護する仲間もいません。ここには私一人だけですよ」
白阿の根底にある警戒心が、東花に向ける刃を躊躇わせる。
明らかに体格も力も自分より劣っている東花。
それなのに、一人でここまで乗り込み、余裕を見せる東花の姿に白阿が二の足を踏んでいると、
「あっ、もしかして赤い物を見ないと興奮できなくて、恐怖を除けないとか?」
東花は牛の習性を馬鹿にするような言葉を口にし、
「それだったら確か、私のポケットに・・・・・・」
自分のポケットを探る動作を見せた瞬間、その好機を見逃さなかった白阿は、隙だらけになった東花へと躊躇いのない拳を貫く・・・・・・・が、貫かれた拳は空を切ると同時に、白阿の体が宙へと舞った。
「なっ・・・・・・‼」
同じタイミングと同じ技、紅牙と同様、白阿もまた東花の手によって投げ飛ばされ、そのまま地面へと叩きつけられる。
「あら残念。あなたの拳は私に届かないみたいですね」
嘲笑うかのような口調で言う東花に、白阿はすぐさま立ち上がり反撃を開始しようとしたが、
「くっ‼この―――」
「べつに臆病でもいいんですよ。臆病というものは自分の身を守る最大の術なんですから。それがあなたの個性で長所なんです」
東花のその言葉が、白阿の動きを止める。
今まで牛部族の中で、自分のやり方に共感する者などいなかった。
誰もが力だけを重視し、白阿のやり方に対し冷ややかな目を向ける。
付いてくる者は皆、牛部族の中でも力が劣り、部族内で馬鹿にされ続けた者達だけ・・・
それでも白阿は嬉しかった。
どんなに力がなくても、どんなに臆病者でも、自分のやり方に共感し付いてきた部下達を白阿は歓迎し、努力を惜しまず育てたことによって弱かった者が強くなっていき、牛部族の中で二番目の強さを与えてくれたことを誇りに思った。
だが、どんなに努力をしても紅牙という壁の前では二番目から抜け出すことができず、周りからも認められることはなかった。
しかし、目の前にいる人間は自分を認めてくれている・・・・・
東花の言葉で、さっきまで抱いていた怒気や殺気がどこかへ飛んでいってしまった白阿に、
「ただ、あなたが諦めてしまったら本当に牛部族は終わってしまいますよ?」
最後の警告をするように言う東花だったが、
「・・・・・俺にはあいつを止める力なんてないんだよ」
戦意を失った白阿の目には光がなく、やる気さえも失っているようにも見えた。
すると、そんな白阿に東花は笑みを向け、
「だから私が来たんです。私に協力してもらえれば彼の暴走を食い止めることも、牛部族を壊滅させないことも出来ます」
「人間のお前になにが出来る」
自信に満ちた言葉と表情を見せる東花に、白阿は静かに否定をするが、東花は真っ直ぐな瞳と、真っ直ぐな言葉を返す。
「私はただの人間じゃありません。調停官です。しかも、とびっきり天才の」
慢心や自信過剰とも取れる東花の言葉、だが、その自信に満ちた表情と迷いのない言葉の逞しさは、白阿を信用させるには十分だった。
そして、自分も同じように投げ飛ばされたことを笑い話しのように話す白阿は、床に大の字で倒れる紅牙へ向けて、自分の本心を語り始める。
「俺は、正直悔しくて怖かったんだ。お前に力では到底勝てない。かと言って、頭脳でも黒孤には絶対勝てない。そう思ったとき、俺は急に周りの目が怖くなり始めた。結果を出さなければ周りは俺を見てくれなくなる。だが、努力しても追いつけない。そしたらいつしか、俺は自分を強く見せようと必死になっていた・・・・・・」
今まで誰にも言えなかった自分のかっこ悪い姿。
「笑っちまうだろ?中身がないくせによ」
白阿はそのかっこ悪い姿を一番知られたくなかった紅牙へ話し、
「だけどよ。悔しいが、俺はこの女に言われたことが嬉しくてたまらなかったんだよ。昔頭領に言われたことを言ってくれたんだ」
昨夜、自分の臆病さを認めてくれた東花の言葉を、白阿は嬉しそうに噛み締め、そんな白阿の姿に紅牙は倒れながらも、
「なぜそれを俺達に言わなかった?」
白阿のほうを一切向かず、天井だけを見つめて聞くと、
「言えるかよ。そんなこと」
紅牙に弱みを見せたくなかった白阿は、自嘲したように笑みを浮かべ、
「・・・・馬鹿野郎が」
紅牙もまた、天井へ向かって呟く・・・・
しかし、紅牙の呟きを拾った東花は、
「馬鹿野郎はあなたですよ」
二頭の間に割って入り。
「彼は自分の臆病さを武器にしたんです。だからあなたを止めるため、私に協力するという覚悟を決めたんですよ。自分が人間の味方をして周りから軽蔑されようとも、どんなことを言われようとも自分達が生き抜いていくためには必要な犠牲だと覚悟をし、あなたの目の前に今立っている。それを分からず愚か者だと罵倒することしか出来ないあなたは頭領失格だ」
紅牙に対し、白阿の重要性と覚悟を訴える東花。
すると、その東花の言葉は紅牙の胸に突き刺さったのか、投げ飛ばされる前なら東花の一方的な言葉を許さなかったはずの紅牙が、
「・・・・・・っんなことは分かってんだよ」
消え入りそうな声で東花の言葉を認め、
「力が強いと言っても、ただそれだけだ・・・・・仲間を引っ張っていく力も、仲間を引かせる勇気も俺にはない。ただ単に前へ突っ走ることしか俺には出来ないんだ・・・・・」
倒れながらも拳を強く握り、紅牙は悔しさを前面に押し出す。
「だけどよ、人間を憎む気持ちも、殺したい気持ちも消えねぇんだ・・・・・・消えてくれねぇんだ・・・・・」
どこまでも人間に憎悪を抱く紅牙に、東花は溜息をつくと、
「あなたは本当に分かっていませんね」
呆れた表情で紅牙を見下ろし、
「また俺が間違っているとでも言いたいのか?」
何回も東花から聞かされた、分かっていないという言葉に、紅牙はうんざりしながらも聞き返すと、東花は首を横に振る。
「いえ、べつに自分の感情に抗うことが間違っているわけではありませんし、その気持ちを消す必要もない」
人間に抱く紅牙の憎悪は、紅牙自信を強くしている。
東花はそれを分かった上で言葉を続ける。
「あなたが人間に対し抱いたその感情はあなたを強くしている根源でもあり、強さの証でもある。だけど、それを否定したらあなたの強みがなくなってしまう」
「強み?俺はお前にこうして投げ飛ばされ、こうして無様に倒れているんだぞ?」
本当に投げられたことで邪気さえ飛んだのか、紅牙は覇気のない表情で言うが、
「確かに、あなたは私に投げ飛ばされましたが、次に対峙した時、あなたがこのことを学習していたら、違う結果になるかもしれません」
「違う結果だと?」
「ええ、投げられたという経験をあなたが活かせば、今度そこに寝転がっているのは私かもしれませんね」
東花の口から出るとは思わなかった殊勝な言葉、しかし、何回か接触して紅牙も学習したのか、
「ふんっ、どうせ他の手段も考えているんだろ?」
東花が普通の人間と違うことを覚え、少し呆れながら東花を見ると、
「それが知識なんです」
紅牙の言葉に食い気味で言い放つ東花は、
「私が他の手段を持ち得ることが知恵であり、投げ飛ばされたことによって覚えた痛みはしっかりとあなたの中に刻み込まれ、学習することによってあなたは私の考えを見抜こうとする。それこが知識なんです」
紅牙が東花に対する認識を変えたこと、別の手段でも戦うことができるという考えを持つこと、それが紅牙の知識だと東花は言う。
だが、紅牙にとっては力がすべて、
「そんなものを身に付けたところで人間は倒せねぇんだよ」
今さら別の手段を用いるなんて考えを持とうとしない紅牙だったが、東花は紅牙にだけではなく、この場にいる生物達と、外で見ている補佐官の燕、全員に新たな知識を植え付けるように言葉を紡ぐ。
「そうやって学ぶことを諦めてしまったから、あなた達は人間との差を大きく広げられたんですよ。いいですか、人間の欲望は時として残酷ではあるが、同時に欲望を叶えるために努力をしてきた。それが知恵となり知識へと変わっていく。人間は進化をし、科学力を付けていった。科学力によって生み出された武器は今のあなた達を一瞬で根絶やしに出来るほどのものです。私の一撃が投げ飛ばすことではなく、猟銃による一撃だったらあなたはもうこの世にいないでしょう。だが、そうやって人間は現在の地位まで上り詰めた」
途切れることなく東花が語る人間についての強み、しかしその東花の言葉は、紅牙にとって知りたくもないし、聞きたくもなかった知識、
「結局は、俺達が人間に一生勝てないと言いたいんだろ?」
自分の誇っていたこの力でさえも、東花一人を押さえつけられなかった。その事実がよほど堪え、いつもの強気な態度は見る影もなく、紅牙の弱々しい姿を映し出す。
そんな紅牙に、生物との間を取り持つ調停官とは思えない言葉を東花は口にする。
「さっきも言いましたが、感情を殺す必要はないんです。人間を滅ぼす?結構なことだ。その野望は軸がぶれないあなたを作り上げ、そして強くしている」
世界政府や調停機関に聞かれたらすぐにでも問題提起され、東花だけでなく、この街全体が要注意対象になりかねない言葉を連ねる東花、事実、外でそれを聞いていた燕は顔を青ざめさせるが、東花はお構いなしに言葉を並べ立てる。
「ただ、今のあなたは力だけに頼ろうとしている。どんなに力が強かろうがその力には限界がある。神や鬼のような力があれば話は別ですが、あなた達は神でもなければ、鬼でもない。あなた達はこの世界で無数にいる生き物の中の一つなんです。その無数に生きる生物の中で頂点を目指したいならやることは一つです」
東花は人差し指の一本だけを伸ばし、
「なんだ、それは?」
紅牙がその人差し指に目を向けると、東花は真っ直ぐにその目を見て言う。
「人間を越える知恵を付けるんです。そして知恵を知識へと変えるんです」
「それで、なにかが変わるのか?」
言葉の意味が捉えられない紅牙の問いかけに、東花は笑みを浮かべ、
「あなたが変わらなければ現状は変わりません。もし、あなたが本気で人間を倒したいのであれば、さっきの言葉を実現させてみなさい」
人間との争いを意味する東花の言葉に、
「いいのか?調停官がそんなことを言っても」
さすがの紅牙も呆れて笑うが、東花は気にした様子なんて一切見せず、
「構いません。もし、あなた達の知恵と知識が人間と同等かそれ以上となり、そのことによって私達人間が生命の危機へと晒されても構いません。そうなったということは、人間が今の知恵や知識だけで満足し努力を怠った結果であり、今まであなた達を家畜としてしか見てこなかった罰だと諦めるしかない」
「ずいぶんと冷たいんだな」
同族である人間に対しても冷酷な態度を見せる東花に、苦笑いを浮かべる紅牙だったが、
「努力をしないで欲望だけを求めていった人間なんて、どこで野垂れ死にしよう私の知ったことではない。それが覚悟もない人間の末路ならなおさら」
どこまでも冷徹な価値観を東花は言ってのけ、
「覚悟?」
東花が言う覚悟という言葉に、紅牙が眉を顰めて聞き返すと、東花は調停官の前に、人間としての覚悟を宣言する。
「私が人類最後の一人になろうとも、私には生き抜く知恵と知識、そして・・・・」
大袈裟とも思える未来を想像し、変わらない自信を覗かせるが、その目には嘘偽りが一切なく、
「あなた達と死ぬまで戦い抜く覚悟・・・・・それが、牛を家畜として扱ってきた人間の礼儀です」
東花の目と覚悟を聞いた紅牙は、自分の中で人間に対する・・・・・いや、東花に対する憎悪が少し薄らいだことを感じ、
「偉そうに・・・・」
最後まで聞き終え紅牙は笑う。
しかし、それは諦めや絶望といったような負の感情を抱いた笑いではなく、憑きものが取れ、どこかすっきりとした表情で笑っているようにも見え、紅牙のそんな笑みを見た東花も、笑みを携え、
「そうですよ、私はあなたを越える権力を持ち、とても偉いんです」
いつもの口調で、いつもの自信を見せ、東花の変わらない姿を見せられた紅牙は、
「・・・・・・ふっ、好きにしろ」
観念したかのような言葉を口にし、
「それは、敗北宣言と捉えても?」
「構わん」
東花がもう一度聞き返しても、自分が負けたことを素直に認めた。
すると東花はなぜか、突然七海のほうへ目線を移し、
「だ、そうですよ?」
紅牙が負けを認めたことをなぜか七海に伝えると、
「まったく、いらん手間をかけさせやがって」
七海はやれやれといった表情をし、
「これは返すぜ」
手に持っていたカメラを東花に返す。
「おや?この村では高級品に相当する物なのに、いいんですか?」
東花は返されたカメラを受け取りながら、あくどい商売人みたいな顔で聞くが、
「使い方を知らねえ俺が持っていても仕方ないだろ」
「えっ‼」
手を横に振りながら、七海は興味がなさそうに受け取りを拒否する。
だが、七海のその言葉を聞いて、真っ先に驚きを見せる黒孤。
さっきまでそのカメラで撮影していたと思っていた七海が、使い方を知らないという訳の分からない言葉を口にし、黒孤が混乱するも、
「そんじゃ、俺達はこれで帰るぜ」
「ご協力感謝します」
七海は東花へ帰ることを伝え、東花も感謝の言葉を述べ見送ろうとしたが、
「ま、待ってくれ‼」
慌てて七海を呼び止めたのは、いまだ混乱したままの黒弧の声、
「カメラを使えるんじゃないのか?」
混乱する頭で疑問を投げかけるが、呼び止められた七海は黒孤のほうを振り向くと、
「ああ?あー・・・・ありゃ嘘だ」
しれっとした表情で嘘をついたことを認めると、
「嘘?」
「俺は機械とか苦手なんだよ」
自分の性に合わないカメラを見ながら七海は答える。
しかし、それが本当だとしたら、黒孤はますます訳が分からなくなり、
「だったら、さっき調停官が見せてくれた写真はなんだったんだ‼」
使えないと言う七海が、なぜ写真を撮ることが出来たのか、黒孤の混乱は強くなり、語尾も強めになってしまうが、それに答えたのは七海ではなく、七海にカメラを渡していた東花だった。
「ああ、だってそれ、今日撮った写真じゃないもの」
「えっ・・・・・?」
「昨日撮った写真をデーター化してこのカメラに移しただけ」
東花が明かしたタネは意外にも単純で、カメラの機能にそういうのがあると知っていた黒孤も、冷静に考えればすぐに見抜けるものだったが、それ以上に東花に圧倒され、自分が疑問に思うべき点を見逃していたことに黒孤は唖然とし、同時に、もう一つの疑問が黒孤の中に思い浮かぶ、
「いつの間に・・・・」
黒孤は驚きを隠せない表情で、生まれた疑問を尋ねると、東花はどこまで計算に入れていたのか、
「いくら私が天才と言っても、昨日の一日で機械音痴に機械が扱えるよう仕込めるわけがない。私が教えたのは「私の言ったことに合わせてくれ」っていうことだけ」
豚部族の登場から、黒孤が写真を見るまでを想定し、用意周到な策略を立てた東花に、黒孤は完全に騙されていた。
すると、東花に合わせた自分の演技を思い出し、
「そのおかげで、くだらねぇ三文芝居に付き合うはめになったけどな」
七海はむず痒そうに笑い、
「意外にノリノリだったように見えましたけど?」
七海の演技を見ていた東花は茶化すように言うと、
「馬鹿を言え」
肩を竦め、東花の茶化す言葉を否定する七海だったが、その表情は満更でもなさそうだった。
そんな東花と七海のやり取りを、いまだ思考が定まらない黒孤が見ていると、東花はその呆然とした表情をする黒孤に対し、さらなる知恵を植え付ける。
「天才は時間の使い方も上手いんだよ。誰がどういう役割に適しているのか、そしてどうすれば時間を短くして先手を打てるのか、そうやって何手もの戦略を考え、最善の手を導き出していく・・・・・・それが知恵と言うものだ」
ものを教えるように言う東花の言葉は、知識を得たいと思っていた黒孤に、新たな道を指し示してくれたように思えた。
すると、黒孤に呼び止められて機を逃したが、七海は改めて帰ろうと、
「それじゃあ、あとはお前達で好きにやってくれ」
誰かに向けてというのではなく、この場を託すように言い残し、牛部族の根城から出ていこうとした瞬間、
「待てよ」
またもや七海を呼び止める声が上がったが、その声は黒孤からではなく、倒れたままの紅牙から聞こえ、七海は声がした紅牙のほうを振り向きはしなかったが、顔だけを紅牙に向けると、
「お前達は俺達を監視するために来たんじゃないのか?」
もともと監視をするために来たはずだった七海や豚部族。
しかし、監視なんてもとからする気がない様子で、そのまま話しを終わらせようとする七海に紅牙が尋ねると、
「あんなもん冗談に決まってんだろ。お前達と常に顔を合わせるなんてこっちから願い下げだ」
紅牙の問いかけに七海は鼻で笑い、それを冗談だったと言うが、紅牙は七海がこんなくだらない冗談を言う男ではないことを知っている。ましてや、演技までして人間である東花に協力をしたことが信じられなかった。
「どうやってあいつらを騙して、ここまで引っ張ってきたんだ?」
紅牙は七海ではなく、この状況を作った張本人である東花へ問いただすが、
「騙したなんて人聞きの悪い。私はただ「あなた達が倒せない牛部族を、私一人で倒しちゃいますよ」って言っただけです」
べつに脅しや騙しを入れたわけでなく、あくまで少し煽っただけだと言う東花に、
「それだけで?」
もう一度聞き返す紅牙が、七海のほうへと視線を向けると、
「てめぇらが不甲斐ないと、俺らまで馬鹿にされるんだよ」
決して振り返らず、紅牙へ背を向けたまま話す七海は、
「紅牙、色さんに世話になったのはべつにお前だけじゃねえんだ。俺達じゃなく、人間一人にお前らが苦戦しているってなったら、色さんに顔向けできねえんだよ」
牛部族の前頭領である色の顔を思い浮かべながら話す七海、その背中は少し寂しそうに見え、
「あなたが相手だったら、もう少し手こずっていたかもしれませんね」
東花はそんな七海の後ろ姿を見ながら、冗談を混じえるように言うが、七海の背中へ向けた眼差しは、そんな未来を想像し、どこか楽しそうな表情を浮かべていた。
その東花の言葉を受け取った七海は、
「ふんっ、見え透いた嘘をつくな」
表情こそ見せなかったが、その声色はどこか嬉しそうに聞こえ、そのまま自分の部下である豚部族を引き連れ、外へと出て行った。
そして、去っていく七海の後ろ姿を目で追いながら、
「いい友達をお持ちで、羨ましい限りですね」
東花は倒れる紅牙へ話しかけるが、友達というのが気に食わなかったのか、紅牙は苦虫を噛むような顔を浮かべる。
すると、さっきまで混乱していたのが解けたのか、
「彼らが監視役をやるというのも嘘だったんですね?」
黒孤が改めて東花へ確認すると、
「当たり前じゃないか。私がそんなめんどくさいことやると思うかい?」
これだけ牛部族内を引っ掻き回したにも関わらず、東花は平然と自分の嘘を認め、あっけらかんとした態度を取る。
その姿に、怒る気力はなかった紅牙だが、
「・・・・・結局、貴様はなにがしたかったんだ?」
なんの目的でここまでのことをやったのか、東花の本心が分からず尋ねるも、
「と言うと?」
「とぼけるな、白阿を仲間に引き連れ、さらには豚野郎までここへ呼んだのに、あいつも白阿もお前の大嘘に付き合っただけだ。結局、なに一つ変わらず前のままだ」
白を切るように聞き返す東花に、紅牙が変わらない現状を訴える。
「なにかご不満でも?」
東花はそれのなにが問題なのかと言いたげに、紅牙へ聞き返し、
「ああ、不満しかねえ。こっちは負けを認めたのに、まるで、貴様から情けをかけられた形になった・・・・・不満しか残らねえよ」
戦いに負けてもお咎めなし、紅牙にとって負けるよりも屈辱的な東花のやり方に、
「お前はなにがしたかったんだ?」
心の底から答えが欲しかった紅牙が聞き直すと、東花はふっと笑い、
「最初に言ったじゃないですか、〝警告〟をしに来ただけだと」
ここへ来て、言葉遊びをするような東花の言葉に紅牙は心底呆れるが、同時に、この一言だけを言うために、白阿を引き連れ、豚部族までも巻き込み、牛部族をかき乱した東花に、
「・・・・・・ははっ」
今日初めて、心から笑った紅牙は。
「分かりにくいんだよ。お前の〝警告〟ってのは」
これまでに聞いたことのない穏やかな口調で言い、東花を見ると、
「負けた相手に優しく教えるほど、私は甘くありませんよ」
最後まで嫌味を忘れない東花は、指導者のように紅牙へ言い、
「相変わらず嫌な女だな」
力ではなく、本当に知恵と知識だけで牛部族を制圧した東花の強さを見て、紅牙は口では東花に悪態をついたが、次には、
「白、黒、ここまで完璧に負けると、逆に清々しいな」
昔のように白阿と黒孤の名前を呼び、紅牙は完全に敗北したことを告げると、負けたことさえも感じさせない笑顔浮かべ、その笑みは白阿と黒孤にも移っていった。