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調停官と補佐官の燕  作者: ユキ
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第一章 六話

調停官とそれぞれの思い



根城から少し離れた森林で、黒孤はある場所に向けて歩いていた。

しかし、暗闇のせいでそう見えるのか、表情はどこか浮かないようにも見え、黒孤は歩きながら昔のことを思い出してしまう・・・・・



「頭領、今日も人間をびびらせてやったぜ」

今とは比べものにならない小さな体で紅牙は無邪気に笑い、

「まったく、お前は滅茶苦茶なんだよ。もうちょっと落ち着けないのか?」

子供なのに無邪気さを欠き、紅牙とは正反対に落ち着いた様子を見せる白阿、そしてその二頭の後ろには、今と変わらずなにを考えているのか分からない無表情な顔をした黒孤が、二頭の様子を見ていた。

「ふんっ‼俺はお前みたいに臆病じゃねぇんだよ」

「臆病?お前は馬鹿だから分からないだろうが、俺は周囲の状況を冷静に判断しているだけだ」

紅牙と白阿は互いに売り言葉と買い言葉を飛ばし合い、次第にボルテージが上がっていく二頭、

「馬鹿はお前だ。そんなちんたらしているから、いつも出遅れるんだぞ」

「はぁー・・・・馬鹿は死んでも治らんようだな」

「なんだと‼やるか‼」

「お前みたいな馬鹿に負ける気なんてしねぇよ」

二頭のボルテージが最高潮に達し、取っ組み合いの喧嘩が始まろうとしていたまさにその時だった。

「「だッ‼」」

二頭の頭上から大きな拳骨が直撃し、二頭は揃って頭を押さえる。

「まったく、お前達は顔を合わせれば喧嘩ばかりじゃな」

拳骨を食らわした男は説教をするように言うと、呆れた表情を浮かべる。

三代目牛部族頭領、色。

四代目牛部族頭領、紅牙の先代にあたる男だったが、頭領である色に怒られながらも、紅牙と白阿の喧嘩は続く。

「だ、だってよ、こいつが先に喧嘩を売るのが悪いんだよ‼」

「それはお前だ。バーカ」

「なんだこの野郎‼」

懲りない二頭はまたもや取っ組み合いに発展しようとしたが、

「また拳を喰らいたいのか?」

「「うっ‼」」

色の威圧感ある一言で、二頭は出していた拳を渋々しまう。

そんな二頭に溜息をつきつつ、今度は後ろで存在感消すように立っていた黒孤へ色は声をかける。

「黒孤も、こいつらのせいで苦労をかけたな」

「いえ、べつに」

子供らしさが皆無と言っていいほどに、大人びた対応をする黒孤に対し、

「なんだよ頭領。まるで俺達が黒に迷惑をかけているみたいじゃねぇか」

わんぱく小僧のような態度で色に反抗する紅牙だったが、

「達じゃなくて、お前一頭が迷惑なんだよ」

紅牙の言葉にすぐさま反論する白阿、

「もういっぺん言ってみろ‼こらぁ‼」

学習能力がない二頭は再び喧嘩を始め、

「同じことを繰り返すな。馬鹿者」

何度も始まる喧嘩にうんざりしながら、二回目となる色の拳骨が飛び、目に涙を溜めながら痛がる紅牙、なんで俺までという表情を浮かべる白阿、そして二頭を無表情で見続ける黒孤、そんな三頭の将来を思い浮かべ、色は憂いを込めた言葉をかける。

「まったく、お前達三頭がもう少し仲良くしてくれれば、わしら大人をも凌駕するのにのぅ。困ったもんじゃ」

「えーっ・・・・黒とは仲良くしてもいいけど、白とは絶対仲良くなんか出来ねぇよ」

「それはこっちのセリフだ」

反省という言葉を知らない紅牙と白阿、そんな二頭に嘆息しながらも、

「はあー・・・・・お前達は各々立派な個性を持っているのに、惜しいのう」

頭領である色は、子供ながらにして個々の能力が高い三頭の実力を認めてはいたが、

「個性?」

色の言葉はまだ子供である三頭には理解ができなく、紅牙が首を傾げて聞き返すと、色は三頭の顔を順番に見ながら、

「そうじゃ、紅牙は情熱、白阿は冷静、そして黒孤には頭脳。お前達の個性が上手く噛み合えば、もっと高みを目指せるはずじゃ」

三頭が力を合わせることを切に願う色。だが、前しか見ない紅牙の言葉は昔から変わらず、

「安心してくれ頭領。俺だけでも人間なんて簡単に倒せるぜ‼」

「お前のそういうところは良いところでもあり、悪いところでもあるな」

牛の本能を地で行くような紅牙の言葉に、色は頼もしさを感じつつも、同時に脆さも感じ、

「お前達が人間に敵意を向ける必要はない。お前達は自由なんだから、自分がしたいことをしていればそれで十分じゃ」

さっきまで浮かべていた呆れた表情を変え、まるで自分の子供を見るように、色は優しい笑みを三頭に向ける。



・・・・・過去の記憶からふと、我に返った黒孤は、つい昔のことを思い出してしまい、憂鬱な気分に襲われた。

しかし、頭を切り替えるため、下を向いていた顔を上げると、自分達の根城から歩いてきた黒孤の目の前には、牛部族が大勢で押し寄せていた昼とは違い、静けさをまとわせた役所が建つ。

黒孤がここまで来た目的はただ一つ、調停官である東花に会うためだったが、夜ということもあり、役所の中には人の気配が感じられなかった。

だめもとではあったが、東花がそこにいる可能性に賭けて、黒孤は調停官室へ向かおうと役所の中に入っていくと、

「あら?黒孤君がここにいる姿を見るのは久しぶりね」

親しみを込めた声が黒孤へかけられ、その聞き覚えのある声は、調停官室へ向けていた黒孤の足を止め、声をかけた相手を確認する。

「ご無沙汰しております」

丁寧な挨拶を返したその先には、満面な笑みを浮かべる環の顔、

「もーっ、相変わらず堅苦っしいし、相変わらずイケメンね」

丁寧に挨拶をした黒孤に対し、環は砕けた調子で迫っていくが、顔馴染みということもあり、あしらい方も熟知しているのか、詰め寄られる前に黒孤は別の話題へと切り替える。

「昼間はお騒がせして申し訳ありません」

「ああ、べつにいいわよ。最近暇だったからちょうど良かったし、それに・・・・」

昼に牛部族が役所へ押し寄せ、迷惑をかけたことを謝罪する黒孤に、

「あなたが、またここに来てくれたから」

気にしていないと言う環は、久しぶりに黒孤と会えたことを喜び、そんな環になんて返そうか黒孤が迷っていると、

「ところで、今日はなにしに来たのかな?」

空気を読んだように環から話題が振られ、牽制された黒孤は少し迷いながらも、

「・・・・調停官に会いに来ました」

正直に理由を述べる。

「あら?まさか黒孤君も調停官を襲いに来たのかしら?」

「いえ、ちょっと話しをしに来ただけです」

からかうような環の言動も慣れているのか、無視するようにちゃんとした理由を伝えるも、

「冗談が通じないところも変わってないねー」

「お互い様です」

茶化す態度も以前と変わっていない環に、黒孤も応戦するように言う。

だが、話すと言っただけで、その内容については触れていなかったのに、

「ふふっ、まあ、調停官となにを話すのか知らないけど、今の黒孤君じゃあ、あの人には勝てないよ?」

突然勝てないと言われた黒孤は、環の勘が鋭かったことを思い出す。

「それでもいいなら、調停官室に多分いると思うから」

「分かりました。ありがとうございます」

調子のいい態度は変わらないが、見透かしたようなその視線は黒孤にとってもやりにくかったようで、笑顔を貼り付けながら環にお礼を言い、足早に調停官室へ向かう。

そして、出鼻をくじかれながらも、黒孤は調停官室までたどり着くと、補佐官を務めていた頃と変わらない扉をゆっくり開ける。

「えっ‼黒孤君、なんでここに?」

すると、扉を開けた先に待っていたのは東花ではなく、少し目を腫らした燕の姿と、右手でなにかを隠すような仕草、

「調停官はいないのか?」

「う、うん。もう帰ったよ」

調停官室には東花の姿がなく、環に一杯食わされたことに黒孤は気付かされた。

しかし、突然現れた黒孤に燕は驚きが止まらず、

「ど、どうしたの?こんな夜にこんなとこまで?」

慌てて用件を尋ねるが、黒孤は燕の腫れた目と、隠したはずの右手からはみ出る一枚の封筒が黒孤の目に止まり、そこに書かれた辞表という文字を確認する・・・・・が、あえてそのことには触れず、

「燕こそ、こんな夜中まで仕事をしていたのか?」

世間話をするような会話を続ける黒孤。

「ああ、うん。ちょっとやり残したことがあったから」

突然現れ、気軽な会話を始める黒孤戸に惑いを見せながらも、燕は黒孤からの質問に答えたのだが、やり残したと言う割には仕事をしていた形跡が見えない。

無理して明るく振舞う燕の姿に、それが元同僚で、付き合いの長い燕だから言ったのか、初めて腹の底を見せ、改めて燕が持っていた辞表と書かれた封筒のことについて問いただす。

「・・・・補佐官を辞めるのか?」

「えっ‼えっ?な、なんで?」

「べつに隠さなくてもいい。俺も辞めた身だ。お前がそうしたいなそうすればいい」

確信を突かれたように分かりやすい反応をする燕に、黒孤は優しい口調で落ち着かせるが、

「そ、そうだね・・・・・」

黒孤の言葉にどこか罪悪感があるのか、燕の表情は浮かないまま。

ただ、燕もまた元同僚である黒孤に対しては素直でいたかったのか、一つ溜息を吐くと、ぽつり、ぽつりと、独白を始める。

「私は・・・・・私が補佐官になったのは、べつに調停官になりたいわけじゃなかったし、調停官みたいに生物達の調和を守りたかったわけじゃない・・・・どちらかというと、私も人間は嫌いだし、仲良くしたいわけじゃない。でも・・・・・同時に人間に憧れている部分もあるの」

溜め込んでいた感情が一気に溢れ出し、燕は東花に言われたことを頭の中で思い出し、

「強欲で身勝手。だけど自由で楽しそう・・・・私はそんな人間と対等になりたかった。肩を並べてみたかった・・・・・だけど、出来なかった」

言い返せなかった自分の弱さと不甲斐なさに、燕は拳を強く握り締め、

「あの人の言葉になにも言い返せなかっただけじゃなく、私は納得してしまった。私はそんな納得してしまった自分が情けなくて悔しい・・・・・・とても悔しいッ・・・・・・‼」

俯いて言う燕の顔は黒孤から見えなかったが、肩を震わせ、声も震わせるその姿は、全身に悔しさを滲ませていた。

すると、黙って燕の話し聞いていた黒孤は、

「燕・・・・・お前はまだ、ちゃんと悔しがれるんだな」

その姿をどこか羨ましそうに見た次には、

「もう帰るよ」

「えっ?」

突然現れ、そして唐突に帰ろうとする黒孤、結局なにをしに来たのか教えてもらえなかった燕は、きょとんとしながら黒孤を見るが、黒孤はなにも言わずそのまま部屋を出ようとした。

しかし、扉に手をかけるのに合わせて、黒孤は動きを止め、

「もし、調停官に会ったら伝えておいてくれ・・・・」

背中を向けたまま燕に言う。

「明日には決着をつけようって」

「えっ‼ちょ、ちょっと待って‼」

いきなり帰ろうとした次には、説明もなく勝手に伝言を残す黒孤、その言動や行動に追いつけない燕は慌てて声をかけるが、その声を振り切るように黒孤は出て行ってしまう。

「な、なんなのよ。もう・・・・」

黒孤の身勝手な行動にやり場のない感情を吐き出す燕の声、その声を背中で聞きながら、黒孤はまた役所の廊下を歩いていくと、調停官室から出た黒孤を待っていたのは、壁に背を預け、笑みを浮かべる環の姿、

「話は終わったの?」

「ええ、あなたの思惑通りでしたよ」

黒孤は横目でそれを確認すると、環の意思を汲み取ったように返事を返す。

「あら?なんのことかしらね?」

「ごまかさなくていいですよ」

東花が調停官室にいない時点で、そんな見え透いた嘘は通用しなかったのだが、黒孤は未だにとぼける環を追求することはせず、環と同じように笑みを浮かべて返すと、

「あの子は私に弱みを見せないからねー」

肩を竦め、自白するような言葉を述べ上げる環。

「正しい判断ですよ。俺でもそうする」

それを理解するように黒孤が言うと、

「でも、さっきより良い顔になったわね」

環は黒孤の顔を見ながら笑みを浮かべ、

「ええ、スッキリしましたよ」

黒孤は環の言葉を素直に受け取ると、

「多分、今の俺・・・・・っていうか俺達じゃあ、あの調停官どころか、燕にも勝てない」

今の自分達が弱いことを認めたその上で、

「ふふっ、それでも戦うつもりなんでしょ?あの調停官と」

「ええ」

環からの問いかけにも、はっきりとした口調で答える黒孤の顔は、ここへ来る前とはまったく違い、吹っ切れたように清々しい表情を浮かべていた。

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