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RED:k  作者: しののめ とも
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#1[迷夢]-5-

 ひとめ見て、一風かわった来客だと思った。

 ぼさぼさののびきった黒髪、フードつきの赤い上着、黒いよれよれの七分袖のカットソーとスラックスに素足という組み合わせだけでも首をかしげたくなる。

 ラキアはメガネのレンズ越しにうつる青年を見やった。

 青年はテーブルのむこうでちょこんと座っている。

 ダイニングキッチンのテーブルに並んでいた食器はもうすでにない。あらかた片づけは終わってしまっていた。

 やってきた青年は、おっかなびっくりキョロキョロあたりを見まわして、さっきから挙動に落ち着きがない。

 しかも、だされた料理を二、三人分ぺろりとたいらげた。しかもぼろぼろこぼす始末。

 面の皮があついのか、空気がただ読めないだけなのか。

 ラキアは、座っている車イスの肘掛けにひじをあずけて頬杖をついたまま、ちいさく息を吐きだす。

 いったい、どういうことなんだろう。

 車イスの横で伏せっているシェパード犬がソワソワ落ち着かないようだった。

 知らない人間がダイニングにいるのがめずらしくて仕方ないのだろう。

 メレディがいっしょだったことも意外だった。

 彼女の話によれば、彼は迷子だという。

 見てくれからして十代後半の青年が迷子だという事実もいささか信じられなくて、まさかうそでもついてるんじゃないかと勘ぐってしまう。

 ぼさっと虚空を見上げていた青年がこちらの視線に気づいて、しりごみするようなそぶりを見せた。

 べつ脅しをかけてるわけではないのだけど。

 青年のとなりに座っていたメレディが、おろおろと青年とラキアを交互に見ている。彼女がキョドるのはいつものことだ。

 ちょうどミゲルがラキアのうしろを通りかかる。

 すかさずラキアは、ミゲルの片腕を裏拳でしたたかに打った。

「いって!」とミゲルが大声を上げて、メレディが「ひゃっ」とおどろきの声を上げた。

 すかさずラキアはメレディに「あー、ごめん」と言葉をかける。

 青年がぽかんとした表情でこっちに視線をむけていた。

「痛いなもー、なにすんの」

 ぶーたれるミゲルへ冷たい目線をなげて、ラキアはダイニングルームの出入り口にむけてアゴをしゃくった。

「ええー?」とすっとんきょうな声で返答されるが、無視する。

 車イスのハンドリムを後方にまわしてテーブルからはなれると、部屋の外にむかう。近くで体を伏せていたシェパード犬のアンバルが顔を上げたが「待て」と命じるとその場にとどまった。

 仕切りの役割をはたしているカーテンをのけて廊下まで行くと、ミゲルが車イスの前にまわって聞いてきた。

「なに、どーしたの?」

「しっ、ちょっと声大きい」

 いさめると、ミゲルはしまったと言わんばかりに口元に手をやる。

「いきなしなんだよ」

 甥にたしなめられたのが気に入らなかったらしい。むすっとミゲルは腕組みをする。

 相手の態度が独善的に見えて、こっちもつい目を細めてしまった。

「なんだよ、じゃない。状況説明」

「乱暴な聞きかたすんなよ」

「いや、帰ってきて唐突に「メシ!」とかよけいにわけわからないし。だれだよ、アレ。昼間なんかあったの?」

「あっちのほうの仕事。昼間、お前が大学行ってるあいだにマグノリアにたのまれたの」

 知り合いの刑事の名前を聞いて、合点がいく。骨董品店の店主としてでないほうの仕事だとすぐに察した。

「……仕事って言っても、ほとんどボランティアみたいなもんだろ。無報酬なんだし」

「ひっでえ言いぐさだなあ、もう。近所付き合いみたいなもんだからしゃーないの」

 これ以上、よけいにつっついても堂々めぐりになりそうな気がした。

「それで?」

 話をうながしてみる。

「まあ、具体的にどーこーしてとは言われてないんだけど」

「は?」

 わけがわからなくて叔父のまぬけ顔を見上げた。

「なんていうか、いきなりすぎて俺もよっくわかんないんだよねー」

「いやいや、話が読めないから。アンタがわかんないんじゃ、こっちはよけいわかんないって。もういいから結論だけ言ってもらえる?」

 ミゲルはうーんと眉間にしわを刻んで考えるそぶりをしてから一言。

「なんか喉に魚のホネがひっかかって取れなくて「んあー」って感じ?」

「はあ? ……さらにわかんねーよ」

 ゲンナリする。まともに話をするのがアホらしくなってきた。

「やだなあ、ラキちゃん。そんな顔すんなってばー」

「ちゃんづけするなよ」

 ラキアは射貫くようにミゲルを睨みつけた。

「もー、わざとじゃないってば。……そんなコワイ声だしたら女の子に嫌われちゃうよ? ねっ、めーちゃん」

 突然、うしろにむかってミゲルが言葉をなげたのでびっくりした。

 ふりむくと、メレディが出入り口のカーテンから姿を見せていた。

 目が合うと、彼女はあわててカーテンのうしろにかくれてしまう。しかも中途半端に体半分だけ。

「ご、ごめんなさい。もしかして大切なお話してた?」

「あー、うん。ちょっとね。どうかした?」

 ミゲルが言った。

 遠慮がちにメレディが口を開く。

「あの……さっきケータイに連絡がきて、おかあさんがはやく帰りなさいって」

「あっ、そっか。大丈夫だよ、俺、送っていくから」

「うん、おかあさんもそうしなさいって言ってた……けど……」

 彼女はうしろのダイニングを気にするそぶりを見せた。

 ラキアは叔父の反応が気になって、図体だけはでかい相手の顔をじろりと見やる。

「なんだよ」とミゲルが口だけ動かした。

 だが、すぐにメレディのほうに顔をむけるとへらっと笑顔になる。

「あのにーちゃんのことはこっちでなんとかするから大丈夫だよ。んで、悪いんだけど、ちょーっと待っててくんないかな。すぐ終わるから」

 ミゲルの猫かぶりはあきれるくらいお手のものだった。

 彼女は安心したのか、こくんとうなずいてダイニングにもどっていった。

 カーテンが閉じてゆれるのがおさまってから、気がぬけたようにミゲルが嘆息する。

「……とにかく調べがつくまで、迷子ちゃんをあずかっててだってさ。それが仕事」

「さっさとはじめからそう言えよ。なんかの事件がらみ?」

「らしいね。なんか派手なケンカ、ていうかもめ事? があった廃倉庫の前で、ぼーっとしてたらしくってさ。最終的に見つかってよかったけど、いきなし逃げちゃうんだもんなー」

 ラキアはあきれながら言い返す。

「どーせ、またよけいなこと言っちゃったんだろ」

「俺はなんもしてねーって。へんなこと言い出したのはマグノリアのほうで、なんていうか……あてつけくさいっつうかさ」

 ミゲルの言葉がひっかかって、つい顔をしかめてしまう。

「へんなことって、なに?」

 ミゲルの表情がこわばった。うめきだして、ラキアの視線から逃げるように一瞬、目をそらした。

「だっから「んあー」なんだってば。そんなわけだからさ、明日は電話の番しててくんね?」

「いや、さらにわけわからん理屈でお願いされてもこまるんだけど」

「わーってるってば。わーってるけど、例の迷子見つけたって連絡したらあずかっといてってあの刑事のねーちゃん言い出すし。俺も明日、本業で出かける用事があってさー……家からっぽにするわけにゃいかんでしょ?」

「そりゃ、そうかもしれないけど」

「迷子のお客さんに留守番たのむわけにゃいかないだろ」

 とどめの一言で反論できなくなる。

 かわりに迷子の見張りでもしろと暗に言いたいのか。

 ミゲルがいなければ店は閉めるしかない。ただの口実じゃないか、電話の番なんて。

 ちいさく舌打ちするのが関の山だった。

「タダ働きはゴメンだからな」

「へーへ、学生の身分なのに面倒かけて悪いね。つか、文句たれる理由、そればっかじゃないだろ。お前のカノジョにもあやまっといてやっから。まー、たのむわ」

「は? なんでそんな話に」

「じゃあ、よろしく」と、ニンマリとした顔でねじふせるようにミゲルが言った。

 ここまでされてしまうと、いらだちを感じながらも、やれやれとため息をつくしかない。

 話を一方的にまとめやがった叔父は、さっさとダイニングにもどろうとしていた。

「……面倒ごとにならなきゃいいけど」

「なんか言った?」

 もどりぎわミゲルに聞き返されてしまって、言葉につまる。ひとりごとだったのに。

「べつに。なんでもない」

 そっけない声でラキアは答えた。

 カーテンを静かに閉じて、メレディはうしろをふりかえった。

 席についている青年がこっちを見て、きょとんとしている。

「なんとかしてくれるって。よかったね」

 言ってみたものの、うまく意味が伝わらなかったらしい。青年は目をしばたたかせるだけで、うんともすんとも答えなかった。

 まごついてしまう。いい言葉が見つからない。

 立っているのもなんだかへんだなと思っていると、ナナメ横のイスが目に入った。

 そそくさとそばによると、イスをひいて座る。

 イスのとなりで伏せのポーズをしていたシェパード犬のアンバルが、顔を上げてシッポをふった。

――ぎこちない沈黙だけになった。

 息がつまりそうになる。

 ふと顔を上げると、青年と視線がぶつかった。

 自然と顔がほころんで苦笑してしまう。

 相手があまりにもあっけらかんとしていて、自分だけがほの暗い気分を味わっていただけだと気づいたからだ。

「なんか、今日はびっくりしたね」

 彼は不思議そうな顔をしたまま首をかしげただけだった。

「びっくり、した?」

「あ、うん。いきなりだったから」

 青年の返答はなかった。ぷつんと会話が終わってしまってまた不安になる。

 へんなこと、言ってしまっただろうか。

 おたがいだまりこくったままの状態がたえきれなくなって、メレディはテーブルの表面を見やった。

「ごめん、なさい」

「えっ」

 意味がわからなかった。

 メレディは、あわてて面を上げる。

 青年は表情をくもらせていた。

「なんで? キミ、なんもしてないよ?」

 メレディの言葉に、青年は豆鉄砲を食らったハトのように目をまんまるとさせた。

「……ほんとうに?」

 なにを心配しているんだろう。こっちが逆に心もとない気分になった。

「だって……さっきのアレは正当防衛みたいなものじゃないの、かな」

「せいとうぼうえい?」

 ぽかんと聞き返された。

 意外な反応だったのでメレディまでぽかんとした。

 じゃあ、なんて言ったらいいんだろう。言いかたをえらぶのに迷ってしまう。

 だまりこくるハメにおちいった。べつ今度は苦痛じゃなかった。

「……メレディっていうの?」

「え」

 唐突に言われてどう反応したらいいのか迷ってまごつく。

 もう一度「なまえ」と、たどたどしい口調で聞かれた。

「え、あ……うん」

 うながされるまま、うなずいて見せた。

 青年は「そうなんだ」とかき消えるような声で言って、すこしだけ首をかしげた。一瞬、なんだろうと思う。

 すぐに疑問は消えた。ちがうことが気になったからだ。

「キミの名前は?」

 おおよそ自然な流れで聞いてみた。

 なのに、彼は知らない言語でも耳にしたような顔になってオウム返しに「なまえ?」と聞き返してくる。

 まさか名前までわからないんじゃないかと今さら心配になってきた。

 ふと足もとに視線だけやると、アンバルが黙したままじっとこっちのようすを見ている。

 しまったと思って、相手にむきなおる。まだ返事は帰ってこない。

 青年はなぜか視線をさまよわせて考え込んでから、一言だけつぶやいた。

「……カレル」


――心臓が跳ねる。


 聞きまちがえたと勘違いしそうになった。

 めまいがする。指先から熱が逃げていった。体の機能も思考も動きがとまった、気がした。

 気のせいだったのだけど。

 相手はどうしたんだろうと言いたげな目線をなげかけてきた。

 ザッ、とカーテンをひいた音にびくついて、メレディは反射的に立ち上がる。

「……あれ? どうかした?」

「え、あ……」

 わたし、なにやってるんだろう。

 部屋にもどってきたミゲルの視線をあびてメレディは絶句する。

 あまつさえいっしょにもどってきたラキアにも疑問符を浮かべたような顔をされてしまい、居場所がなくなってしまったような気持ちなる。

「――な、なんでもないの。ちょっと、おどろいちゃっただけで」

「そうなの?」

 あっけにとられた表情のままミゲルが聞いてくる。

 メレディは必死にうなずいて見せた。

 カレルと名乗った青年は、眼前の成り行きをただ不思議そうにながめているだけだった。

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