#7[因果律]-1-
Quien a hierro mata, a hierro muere.
(刃で倒すものは、刃に倒れる)
*
『いなくなった、ですって?』
電話越しの声を聞きながら、おどろくのも無理ないよな、とミゲルはため息をつきたくなった。
「ああ、残念ながら。また煙みてえに消えちまいやがった」
無機質に告げる。
相手も言葉を失ったのか、ケータイからはなにも聞こえなくなる。
カレルに貸し与えた部屋の窓は開け放たれていて、備えつけのカーテンがひらひらと虚しくはためいている。
おそらくラキアに気づかれないように二階からぬけ出したのだろう。
――あんの大バカ野郎。
胸中で悪態をついても、もう遅い。
きびすを返してうす暗くなった部屋からでる。
『それで、連中と交渉するツテがあるなんて言って、結局どうだったの?』
「あー、真っ先に断られてダメだったわ。直接どーにかするっつってもなあ……俺、ほとんど顔合わせたこともないし、縁もクソもねえしだし」
でしょうね、とマグノリアがさも関心なさそうに返事をする。
『それで、いなくなったのに気づいたのは?』
「今、さっきだって」
いらだたしげに吐きだして、階段を下りる。
何事かと言わんばかりの面持ちをしたラキアが廊下にいた。待ち伏せしていたかのようだった。
目が合ったが、すぐに視線をはずす。
かたわらで甥がさも気に入らなそうに顔をしかめた。かまってるヒマはない。
なんというか、ラキアに話を聞かれるのはよくない気がして。
階段を下りてきたことを後悔した。
『相手との「約束」を守るつもりなんでしょうね、あの子は』
「だろうな」
頬にラキアの視線が突きささる。
二階に上がろうとも思ったが、ためらわれた。
『……どうしたの?』
聞かれて「なんでもねえよ」と、とっさに取りつくろう。
だが、ラキアがずっとなにか言いたそうにじっとこっちを見るものだから、迷った。
舌打ちするのをガマンして「ちょっとタンマ」とマグノリアに一言かけると、ケータイが音声をひろわないように遠ざけてから送話口あたりを手で押さえる。
「――ったく、なんだよ」
あくまでも小声で、それでも口の動きは大きくしてミゲルは言った。
「いや、アイツ、またいなくなったのかと思って」
アイツというのは、まぎれもなくカレルのことだろう。
甥の勘のよさについ閉口しそうになった。
一瞬、なんて言い返そうか考えてしまう。
「だからなんだっての?」
かくしても仕方がないと思って、正直に認めるしかなかった。
返事したとたんラキアが眉根をしかめる。
「なんか、めちゃくちゃあわててるっぽいけど」
「うっさいな、しゃーないだろ」
年甲斐もなくムキになって反論する。
ラキアは不思議そうに首をかしげた。こっちのようすがへんだとでも言いたいのか。
「……まさか、忘れたんじゃないだろうな」
あきれて半眼になったラキアの指摘に一瞬、思考がとまった。
――たしかに、なにか忘れている気がする。
「なんのために、カレルにGPSついたケータイ持たせたんだよ」
「あっ。あーっ! そうか……すっかり忘れてたわ」
大声を上げたせいか、ケータイの受話口から『えっ、なに?』とマグノリアが怪訝そうに聞いてくる。
となりでラキアが「アイツがちゃんとケータイ持ち歩いていれば、問題ないんだけど」とぼやく。
すぐにミゲルは階段をかけ上がった。
もう一度、カレルがいた部屋のドアをくぐる。
ベッドの脇にあるサイドテーブルにはなにもない。ベッドのシーツをはぎとる。もぬけのからだ。
シーツを放り投げて、念のためもう一度ベッドの下をのぞきこむ。
なにかが落ちているようすもない。
体を起こそうとしたら持っていたケータイから声が聞こえて、まだそういえば通話しっぱなしだったことを思い出す。
『ちょっと、なにがあったのくらい教えてくれたっていいじゃない』
ケータイを耳にあてた瞬間にマグノリアの苦言がとんできた。
やっぱりイラついていたか。とりあえず「わるいわるい」とてきとうにあやまる。
「一応さ、なんて言うの? ウチのラキちゃんの案でじー、なんとか?」
『なにそれ』
「なにってケータイについてるヤツだって。えーっと、さっき聞いたのになあ」
ケータイを耳にあてがったまま、部屋の外につづく廊下を見やる。
一階にもどってもよかったが。
『……もしかしてGPSのこと言ってんの?』
「ああ、ソレだソレ。じーぴーえす? ってやつついたケータイ持たせようってさ。どうやらカレルのヤツ、ケータイも持ってったみたいで」
『――早く言いなさいよ、そういうことは』
相手のするどい声音に、ぐっとうめきそうになる。
「しょーがねーじゃん、忘れてたんだからさ。機械とかそういう高度なのは俺、苦手だし」
『ああ。単純バカだから複雑で小難しいものは苦手だったわね、アンタ』
「うるせえ」
舌打ちしたいのをガマンしながら言い返す。
彼女は先ほどのことをあてつけて嫌味を言ったに違いない。
『じゃ、ちゃっちゃとこれから言う情報ちょうだい。あとはこっちで調べるから』
「……え?」
マグノリアにとっては、ミゲルの反応はあきれるものだったらしく。
盛大なため息が聞こえた。
『え、じゃないわよ。一般人のくせにこれ以上、首つっこむつもり?』
「あんだよ、そこで警察様ヅラかよ」
平然と彼女は『そうよ』と切り返す。
「利用するだけして、あとは警察にまかせろってか」
『当たり前じゃない。それに対する見返りだってあるんだから、感謝してほしいくらいだわ』
いつもどおりの返答をされて、一瞬だけ言いよどむ。
「――てか、まさか一人でのりこむとかそういうわけじゃないよな?」
『教えるわけないでしょ』
あっさりと一蹴された。答える気はさらさらないらしい。
無言の圧力に負けて、さっさと相手がもとめる用件を伝えてから電話を切った。
あとは、待つことしかできない。
なんとも言えない胸の重苦しさをため息といっしょに吐きだすと、ミゲルは部屋をでた。




