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RED:k  作者: しののめ とも
21/28

#6[たそがれ]-2-

 息を吹き返すように、意識が浮上していく。

 ゆっくりとまぶたを押し上げた。

 うす暗い。気だるさを感じながらもカレルは上半身を起こした。

 体にかかっていたタオルケットが膝元に落ちて、自分が今までソファで寝ていたことに気づく。

「よう、やっと気がついたか」

「……あれ? おじさん?」

 寝ぼけ眼のまま自然と口をついてでてきた言葉に、ミゲルが目を大きく張った。

 なんかへんなこと言ったかなと、たじろいでしまう。

 古時計たちのささやきで、自分が骨董品店にいるのだと理解した。

 部屋がうす暗かったのは、明かりがいくつもの間接照明だけだったからだ。

 頭がぼーっとして、体に見えない重しがのしかかっているみたいな感じがする。

 だけど、はっきり思い出したことがある。

「――よく眠れた?」

 はっとして顔を上げると、反対側のソファで足を組んで座るマグノリアの姿があった。

 彼女の翠緑色すいりょく双眸そうぼうを見たとたん、今まで起きたことが脳裏にかけめぐって心がざわつく。

 反射的に立ち上がった。目の前が真っ暗になる。

「うおいおい、大丈夫かよ」

 ミゲルの声で意識がもどってくる。ふらついたのか、叔父に体をささえられていた。

 腕をふり切ろうとしたが、できなかった。

 行かないといけないのに体が思い通りにならない。

 結局、肩を押さえ込まれてソファに腰をしずめるしかなかった。

「ちったあ落ち着けって……お前、本当にカレルなのかよ」

 それは、どういう意味だろう。

 ただ、ちいさく「うん」と答える。二人の顔を見ることができない。

 とても気まずい。

 ふと、ミゲルがなにか言いかけて、口をつぐんだ。

 なにが言いたかったのか聞き返すこともできなかった。

 だれも口を開かなくなる。

 古時計の音だけがコツコツと無神経に時間をかぞえている。

「本題に入ってもいいかしら?」

 マグノリアが静かに沈黙をやぶった。

 顔を上げると、マグノリアは厳しい面持ちでこちらを見据えていた。

「あらかたラキア君や子供たちに話は聞いたわ。……メレディがヤツらに連れてかれたこともね」

――自分のせいだ。

 ずきんと胸が痛む。この場にいることが苦痛になる。

 膝元のタオルケットを投げ捨てて、今度こそ立ち上がった。

 きびすを返しそうとして双方から「待てよ」だの「どこに行くの?」と声がとんでくる。

「だって、行かないと!」

 ふりむきざま叫ぶ。

「行くって。お前、どうするつもりなんだよ」

 渋面のミゲルに聞かれて、言葉につまる。

「すこしは話を聞きなさい。私だって今すぐどうにかしたいけど、なにが起きているのかわからなくてこまってるの。どうしてなのかわかる?」

 マグノリアの台詞の意味がわからなかった。首をふる。

「あなた、八年間もどこにいたの?」

 ぶしつけな質問にうろたえる。なんて答えたらいいのか見当がつかない。答えていいのかどうなのかもわからない。

 口ごもって、うつむくことしかできない。

 すごくみじめで、今すぐここで消えてなくなりたいと思った。泣きそうな自分が情けない。

「……でも行かないと」

 やっとのことで、のどからしぼりだした声は震えていた。

「オレが行かないと。あの人は、メレディにひどいことすると思う……!」

「一人でどうにかできるって思ってる?」

 なんとか言い返そうとした。

 だけど、まごつくだけで口からはなにもでてこなかった。

 いらだちをふくんだ物音で、マグノリアが席を立ったのだと察する。

 つかつかと足音が近寄ってきた。乱暴に胸倉をつかまれる。

「結局、なにも考えてないくせに。子供ガキの思い上がりだけで、ぜんぶ解決できるとでも思ってんの?」

 はっとしておもてを上げる。

 目の先には冷たいナイフのような眼差しをむけるマグノリアがいた。彼女の瞳に宿るのは鮮明な怒りだ。

 言葉を返せず、ひるんでしまう。

「マギー、やめろよ。カレルに当たっても意味ねーだろ」

 マグノリアが無言のままミゲルのほうをふりかえる。胸倉をつかんでいた女刑事の手もはずれた。

 彼女は大きく嘆息すると「いったん帰るわ」と言い残して、玄関に消えてしまった。

 ドアの閉まる音とドアベルがいっしょに鳴る。

 来客が去ったことで、店内はさらにひっそりと静まった。

 あいかわらず古時計の音はするけれど。

「……アイツ、昔からちっと性格キツイとこあるし、大事な娘つれてかれちったからさ。単に機嫌悪くなっちまっただけだ。気にすんな」

 ミゲルは助け船をだしたつもりなのだろう。

 だからといって、軽い気持ちでうなずくことはためらわれた。

 マグノリアがいらだつのは無理ない。

 彼女はメレディの「おかあさん」なのだから、怒るのは当然なのだ。

「ところでさあ」

 再び話しかけられて、頭をもたげる。

「バカみてえに突っ立っててもおもしろくねえだろ。とりあえず座れや」

 言って、ミゲルが反対側のソファを指ししめす。

 おずおずと相手の顔を見る。かんたんにソファに腰をゆだねてもいいものか、ためらってしまう。

「なんだよ、遠慮すっことねーだろ」

 叔父がこまったように苦笑する。

 一瞬、昔もここで同じようなことがあったなような気がした。なつかしい記憶が呼び覚まされる。


――たしかその時は、いつものように兄とケンカをしていじけていたんだ。


 理由は忘れた。多分、くだらない内容だ。

「どうした?」と声をかけられて、意識が現実にもどる。

 店の雰囲気は、なんとなくかわった気がするが、年季の入った家具の乾いた古木のにおいも古時計の音もずっとあの時のままだ。

 カレルは無言でソファに近づくと、ぽすんと腰をおろした。

 みじめな気分は消えていない。うなだれてうつむくしかなかった。

「……なんだお前、デカくなっても泣きべそかくのかあ?」

「なっ、泣いてない!」

 顔を上げて噛みつかんばかりのいきおいで言い返す。

「目ぇ、ものっそ赤いぞ?」

 下から顔をのぞきこまれていることに気づいて、カレルはあわててそっぽをむいた。

「……泣いてない」

 涙がこぼれそうになるのを必死にこらえる。落ちてくる鼻水をすすった。

 自分の気持ちを素直に認めたくなかった。

 相手に胸中を見透かされたくなくて、あさってを見たままダンマリをきめる。

 ほどなくしてミゲルがうめいた。困惑がこもったため息にも聞こえた。

「どっちでもいいけどさあ。お前、真面目にどうするつもりなん?」

 なにも言えなかった。

 頬に相手の視線がつき刺さる。居心地が悪い。

 いつもだったら、耳をふさいでキレイさっぱりあきらめてしまえばよかった。

 でも、今回ばかりはダメだと踏みとどまる自分がいる。

 どうするかなんて、考えなくても決まっている。

 メレディに会ったあの時にわかっていたはずだ。

 かかわれば、どんな結果になるかなんて。

 心臓が痛い。頭のなかはたくさんの感情がうずまいていて、ぐちゃぐちゃだ。

 だれかが窓を開けた、音がした。

 気づけば、ミゲルは席を立っていた。

 開いた窓からひやりとした水気をふくんだ空気が入り込んで肌をなでていく。

 いつの間に移動したのか、ミゲルは窓ぎわで外をながめていた。

 雨は、もうやんでいたみたいだった。

 ミゲルがおもむろにジーパンのポケットからちいさな箱を取りだす。タバコの箱だった。

 相手が一本、タバコを取りだして火をつけたところでおたがいの目が合う。

「あーっと。これ、だれにも言うなよ。窓開けてるし、セーフだセーフ」

 ミゲルがばつが悪そうに言った。

 はじめはなんのことかと思ったけど、彼の身振りでタバコのことなんじゃないかと勘づく。

 きょとんとしながらカレルはちいさくうなずき返した。

 でも、なんでだろうと胸中で小首をかしげる。考えてもよくわからなかった。

 ぼんやりとしてるあいだに、ミゲルが一服ふかす。煙が空中をただよった。

「でも、まあ……なんとかするしかねえよなあ」

 独りごちた相手の表情をうかがう。

 タバコを口に運ぼうとしていたミゲルが片眉を押し上げて、こっちをまじまじと見返してきた。

「にしても、お前、ちゃんと生きてたんだな」

 意外なことを聞かされた気がして、カレルは目をしばたたかせた。

 ミゲルは窓ぎわにもたれかかると、ひと呼吸おいてから口を開く。

「あの日から煙みてーに消えちまって、いくらさがしても見つからねーしで……八年だろ? さすがにもうダメなのかって思ったりさ」

 言葉を切ると、ミゲルは手もとのタバコの煙に視線を落とす。

「……ごめんなさい」

「なんでカレルがあやまるんだよ」

「だって、オレのせいで」

「いーじゃん、ちゃんと帰ってきたんだからさ」

 口ごもってしまう。

 いいわけがない。

 なのに、負け犬のようにうなだれることしかできない。

「こまけーことはどーでもいいって。お前は、ちょっと休めよ」

 絶句して、カレルは顔を上げる。

「……でも」

「こういうメンドクサイことは、大人に任せちまえばいーんだよ」

 言い返せなかった。眉根をよせてミゲルの顔を見返す。

 相手は閉口して、難しい表情をしたまま頭をかいた。

 それからミゲルは、タバコを窓のサッシに押しつけると「あ、しまった」と声をもらす。すぐに顔が苦虫を噛みつぶしたようにゆがんだ。

 もう一回、ミゲルは押しつぶした吸い殻を見やってから、窓の外に放り投げた。

 証拠を隠滅いんめつするかのごとく窓のサッシに残った灰を払って、手慣れた動作で窓を閉じる。

「……いっこだけ、聞いてもいいか?」

 だまったままでいると、ミゲルは反対側のソファに歩みより、どっかりと腰をおろした。

「いやさ。べつに、今、聞かなくったっていいんだけど」

 息をのむ。

 ミゲルは「影」とだけ言って、口をつぐんだ。

「……かげ?」

 よくわからなくて、首をかしげる。

 だが、次の瞬間に思い当たるなにかが脳裏をかすめた。

 おそるおそる叔父の顔をうかがう。

 目が合った。相手はやはり難しい顔つきをしている。

「お前さ、ときどきへんな黒い影とか見えたりしない?」

 率直に聞かれて、心臓が跳ねた。

 うなずくべきかどうなのか一瞬、ためらう。

 以前の自分だったら「知らない」と空とぼけていただろう。

 カレルは、たてに首をふった。かすかに足もとの影がざわついた、気がした。

「そっか。ラキアはそんな風にはならなかったんだけどな……そんな都合よくいかないか」

 なにが言いたいんだろう。のどがつまりそうで、苦しくなる。

「どういう、こと?」

 やっとの思いで聞き返すが、ミゲルは片眉を上げただけですぐに返事はしなかった。

「……知らなくても無理ないよな。お前、ガキだったもんな。……この町出身の人間は、いわゆる『いわくつき』なんだよ」

「いわくつき?」

 そういえば、以前、フロレンシアも同じようなことを言っていた気がする。

「あー、なんつうか、うまく説明できねえけど。アタマ狂うと影みてえな幻覚が見えて、そのうえ暴れて血をほしがる奇病があってだな。昔、その病気にビビったヤツらがいてさ」

――さかのぼると数十年前になるらしい。

 ミゲルの話だと、奇病に対して恐怖感をおぼえた健常者たちが、その奇病もちの病人をこの町に押し込めて管理しようとしたのだそうだ。

 遺伝するからってだけの理由で、家族も一緒くたにして。

 自分たちはその子孫というわけらしい。

 話を聞いて、カレルが表情をくもらせたせいだろうか。

 ミゲルが言葉を切って、こちらを見返してきた。

「……それって」

「いや、みんながみんな狂って血がほしくなるってわけじゃねーよ」

 すっぱりと、ミゲルはカレルの台詞をさえぎる。

「病気になったとしても、ただ血が精神安定剤がわりになるってだけだし。でも、世間サマの認識としてはみんな『同じ』で、狂っちまうと血をほしがるはずだって危険物あつかいしてるけどな。今も若干」

「じゃあ、オレも化物って、こと?」

「んなわけあるか。アホなこと言うな」

 いさめられたせいで狼狽ろうばいしていると、ミゲルはぴしゃりと「もー、いいだろ。話はおしまい」と会話をしめ切った。

 彼は「はやく寝ちまえよ」とこぼすと、ゆっくりと立ち上がる。

 相手の薄情な対応に、カレルはとまどう。

 それでも部屋をでていこうとするミゲルを「待って」と制止した。

 ミゲルが「ん?」ともらしながらふりかえった。

 引きとめたのは自分なのに、あらためて、なにをどう言えばいいのか迷ってしまう。

 だまっていると、ミゲルはさも面倒くさそうに嘆息した。

「なに焦ってんだよ。まだ時間あるんだろ? あんまり悩みすぎると頭からケムリでちまうぞ」

 ちがう。そういうことが聞きたいんじゃない。カレルは首を横にふった。

「だって、まだよくわからないから」

 うまく質問ができなくてくやしかった。言葉をさがしているのにいいのが思いつかない。聞きたいことがたくさんあるのに。

「まさか、お前。本気でもどる気なのか?」

――どきりとした。

 目を見張って、カレルはミゲルの顔を穴が開くほど見返す。

「<緋色>(エスカルラータ)ってあだ名がでてきて、しかも、この町を仕切る犯罪組織の首領ボスがじきじきにやってきたってくればさ。お前がどこにいてなにをしてたかくらい予想つくんだよ」

 ぞくりと体中が総毛立った。

 結局、ぜんぶ見透かされてる。

「なあ、カレル。<緋色>(エスカルラータ)ってなんなのか、知ってるか?」

 首をふる。

 あの時、こじつけのようにあたえられただけの名前ということしか、知らない。

「――お前の父親につけられていたあだ名だよ。……人殺しの」

 一瞬、耳がおかしくなったんじゃないかと勘違いしそうになる。

「なんで?」

 その先が聞きたかった。

 なのにミゲルは視線をそらして「だから言いたくなかったんだっつの」と吐き捨てた。

 聞いてはいけないことだったのか、と内心うろたえてしまう。

「仕方なかったんだろうよ。そん時は、まだアイツも子供ガキだったろうし、きっと<緋色>(エスカルラータ)の役割を押しつけられたんだと思う」

 難解な問題をつきつけられた気分になった。

 ミゲルの表情は硬いままだ。

「兄貴といっても、腹違いだからな。具体的なことは俺も知らないんだよ」

「わかんない、なんだよそれ」

「――だろうな。無理ねえよな」

 ミゲルが苦笑する。

「だけど、アイツのことうらむなよ。なんだかんだいって、いろいろ大変だったけどさ。兄貴は兄貴なりにがんばったんだ」

 言って、ミゲルは、出入り口近くに飾られた絵画に一瞥いちべつをくれる。

 飾られているのは、まぎれもなく父親が描いた絵画だった。

 なんで忘れていたんだろうと不思議でならない。父は画家だった。

 ふと、今まで気づかなかった疑問が頭をもたげた。

 これだけはきちんと聞いておかなくちゃいけない気がした。

「ねえ、ずっと気になっていたんだけど……父さんと母さんは?」

「……死んじまったよ。お前がいなくなったあん時に」

 事実を知って、息ができなくなった。目の前が真っ暗になる。


 なんとなく、予想はしていたけれど。

……思い出した。

ゴロゴロと展開が進んでいきます。

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