プロローグ
なんで留学したん? 動機は? 目的は?
☆*:.。〜あれが、私の人生のハイライトやったわぁ~.。.:*☆
物心ついてから何度となく耳にしてきたオカンの口癖。
俺はそのハイライトとやらの中身を妙に知りたくなった。
「で、なんでアメリカに留学する気になったん? なんか、きっかけが
あったわけ?」
「動機は… やっぱり、あのジョニーとの『ひと夏の経験』かなぁ…」
わぉ! いきなり山口百恵さんの世界? ではなく、なんでも話はオカンが
6歳の夏に遡るとか・・・
当時小1のオカンは夏休みに横浜の伯父さんの家へ遊びに行っていました。
その伯父さん(俺のバーちゃんの兄貴)は、どういうわけか近所の教会の
神父さんと同級生で親友。偶々その神父さんの家に来ていたアメリカ人一家の
子供がジョニーくん。それまでキリスト教の‘キ’の字とも縁のない家に育った
オカンは毎日せっせと教会通い。もちろん、神に祈りを捧げるためでも聖書を
勉強するためでもなく、ひたすら金髪碧眼のジョニーくんと親交を深める
ために。
「めっちゃ可愛い子で、天使みたいでこの世のものとは思えへんかったわ。
Mちゃんと一緒に並んでるとこ見たら『これ、ホンマにおんなじ人類?
同じ神の子やったら、神さん不公平過ぎるやろっ!』って思わず目の前の
キリスト像にツッコミ入れたわ」
6歳にしてオカンはすでに大阪のオバちゃんしてました。
ちなみに、Mちゃんとはオカンと同い年の従兄。『渡鬼』シリーズの初期に
出演していた頃のえなりくんによく似た『ザ・昭和』な風貌の少年でした。
ジョニーくん一家はその夏限りで帰国してしまい、その後再会することは
なかったそうですが、彼と過ごしたひと夏の熱~い想い出がオカンの脳内に
深~くインプットされたようです。
それから6年・・・
ダメ押しするように中1の担任がなんと新卒の英語教師。
おまけに東京生まれの標準語を喋る高身長のイケメン。
オカン、どストライクな先生に当たり必死こいて勉強したのは言うまでも
ありません。ジョニーくんとイケメン先生の相乗効果で英語が大好きになった
オカンは、どうしても本場に行きたくなったとか・・・
実に単純で不純で分っかりやすい動機です。
「で、留学の目的はあったん?」
動機からして目的があったとはとても思えませんが一応、聞いてみました。
「語学力と国際性を体得しグローバルな人間性を身につけ将来に生かしたい…」
ほお・・・
「…のような面接の応答みたいなこと言うて、おじいちゃんを説得したような
記憶はある」
ああ、やっぱりね、予想通りです。
「目的ねぇ… まあ、しいて言えば『想い出づくり』かなあ…
Kちゃんらみたいな平成生まれには理解しがたいやろけど、当時は結婚適齢期
なるもんがあったんよ。女は25までには結婚しなアカンみたいな。
それを過ぎると『行かず後家』とか『オールドミス』とか『クリスマスケーキ』
とか、赤札の付いたバーゲン商品、賞味期限の切れた食品扱いされる風潮が
世間にはあったわけ」
おお、昭和の死語三連発キター--!!!
今のアラサーの女子たち、昔ならそのカテに入ったわけですね。
「お母さんの周りでも短大出て一、二年OLやって花嫁修業して見合い結婚、
みたいなパターンが多かったし、それはそれでええかなと思ってた。
別にやりたいことも、なりたいもんも、才能もなかったしね」
最後のセンテンス、まんま俺じゃないですか。DNA恐るべし!
「けど、それまで大恋愛とか不倫とか刺激的な事とはいっさい無縁の、なーん
もないフツーの人生やったでしょ、なんかやっぱ欲しいやん。人生振り返った
時に、『ああ、私にもこんなに輝いていた瞬間があったんやわぁ~!』みたい
なのが。そんな『想い出』があれば、結婚相手がそこそこの男でも、どんなに
平凡で退屈でつまらん人生でも耐えていけるぅー みたいな…」
なるほど。そこそこの男がオヤジで、その子供が俺で、つまらん人生が現在
進行形ということですね。
「それで、大学行く代わりに短大にするからその二年分の学費で一年間留学
させて欲しいって、おじいちゃんを説得したわけ」
俺のジーちゃんは、一人娘が将来『行かず後家』になることも想定して四年制
に行かせ教員免許を取らせるつもりでいたそうです。
で、オカン内部進学に有利な女子大付きの高校に通っていました。
しかしジーちゃんは元々 〝はんなりキャラ” の京男なので、あっさり娘に
押し切られ一年間の留学を認めてしまいました。しかも、最終的には一年の
約束が一年半になってしまうのです。
こうして見事アメリカ行きの『Goサイン』をゲットしたオカンは、意気揚々
と留学の準備を始めました。ところが、思いもよらぬ最初の壁にぶち当たり
出発を延期せざるを得なくなります・・・